表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/56

03:食事

「さあ、それではご飯を食べようね」

 ひとまず仕事を終えて、一段落ついたので、ウジカのためにご飯を作ろうと、エウムは立ち上がり、一度小屋の外に出ました。二人はいつも一緒にご飯を食べるのです。

 エウムは料理がとても得意でした。エウムの親……母親は病気がちで、いつも寝ていることが多かったのです。父親は仕事でとても忙しく、いつも家にいる母親は床に伏せていて、自然エウムは自ら家の家事を手伝うようになりました。結局エウムの母親は長生きせず、エウムが十年の年月を生きた時、母親は床に眠ったまま静かに息を引き取りました。

 それからエウムは、親の忙しい、村の小さな子供たちの世話を進んでするようになったのです。幼い頃から人の世話をするのが当たり前の環境で育ったせいか、それは実際大変な仕事なのですが、頑張って必死に働きました。それが彼女の大切な、彼女自身やりがいのある仕事なのでした。今ではたまに金の花の世話の代わりに、子供のお守りを任されることもしばしばあるのです。

 しかしウジカには、また特別な思いを持っていて、彼女自身進んで世話をしたがったのです。先に書いたようにエウムの家は母親が倒れていて、父親も毎日が忙しく、家ではほとんど一人ぼっちといってもいいような世界で育ちました。幼い時分……体の小さい力の無い頃、料理を作ったり家事をするのは当然の重労働です。鍋を振るったりすることさえ全力の力仕事なのです。また家にいるとはいえ母親は眠っている時の方が長く、家にいる時は誰とも話をする相手もなく、大抵は我慢できずに家を飛び出して、友達のところに行ったりして、寂しい心をごまかしていました。

 しかしウジカは病気のために、家でたった一人ぼっちでいても、自力で外に出られないので、友達のところに行くことは出来ません。それ以前に、自らの病気の伝染を恐れられて、嫌がったりからかわれたりするので、友達も誰もいません。ウジカの親は二人ともいません。エウムはそのことについて詳しくは知らなく、ただ両親とも生きていないということだけは聞いています(村の人にそのことを詳しく教えてもらおうとするとエウムは彼らに物凄く怖い目で睨みつけられてそれ以上何も聞けなくなってしまうのです。きっと何か特別な事情があるのかもしれません)。

 自分自身、たった一人で、話す相手もなく家にこもっている怖さを知っている彼女だから、ウジカがどんな恐ろしい病気を患っていると聞かされても、決して放っておくことが出来なかったのです。


 さて、エウムはひとまず小屋を出ると、水をくんでこようと村の井戸へと向かいました。もう外はすっかり日が暮れていて、星空と、辺りの家々の明かりを頼りに、薄暗がりの真っ黒な草を踏みしめ踏みしめ、やがて井戸場に着くと、一人のおばさんが先に水をくんでいました。

「エウムちゃん、こんばんは」

「こんばんは」

 少し緊張した面持ちでエウムは軽く会釈すると、くみ終ったおばさんと入れかわり、一度井戸の中を覗き込んで、綱を掴みました。すると背後からおばさんが、「ねえねえ」と、ヒソヒソ小さな声で話しかけてきたので、エウムは綱を持ったまま顔だけ振り向きました。

「あの家の子……まだ大丈夫なの?」

 あの……というのは、いうまでもなくウジカのことでしょう。

「ハイ、なかなか良くならないけど……前より顔はずっと楽そうにしています」

「そう」

 するとおばさんは、別れの挨拶もせず、そのままさっさと帰っていきました。……それは少し、早くエウムから離れようと急いでいるようにも見えました。エウムはしばらくあのおばさんの(少し驚いていたような)顔と、ウジカの顔を思い出して、サッと顔を戻して手元の綱を引いていきました。桶に水をいっぱい入れて、そしてそのまま一度自分の家へと向かいました。

「帰ったか」、部屋に入るとすぐに父親の声が聞こえました。

「ただいま、すぐにご飯を作るね」、ガタガタと足元の農具や道具を蹴ったりして、慌てて桶を置いたりしてご飯の準備を始めました。

「早くしろよ」

 父親は、とてもよく働くのですが、とてもよくお酒を飲みました。今もご飯が待てないとばかりに、大分たくさんあおっていたようでした。父親は酒を飲むと少し気が荒くなるのですが、いつも仕事を頑張っているのだし、本当の気持ちとしては酒を飲んでいる時の父親はあまり好きじゃないのですが……そのことは何も言わず、早くご飯を作って機嫌よくなってもらおうと、急いでご飯の準備をしました。

 食卓にご飯を並べると、エウムはすぐに立ち上がって、幾つか料理を見繕い、大きめの袋にそれを入れました。

「またあの家で食べてくるのか」

「うん、お皿はそのままにしておいて。ちゃんとあたしで片付けておくから」

 夕ご飯はウジカと一緒に食べるのです。

「いつもベタッと世話してるが、気をつけろよ」

「大丈夫よ、もうどれだけずっとお世話していると思うの。女の子にはうつらないから大丈夫」

「そうじゃないんだよ……」

 そこで父親の言葉は途切れました。まだ何か後に続くと思ったけれど、父親はそのまま黙り込んでしまったので、「なに?」と聞き返してみました。しかし父親は酒瓶を掴んで、注ぐことに目を向けてしまったので、それ以上待っても何も返ってこないので、すぐに袋を持ち直して、家を出て行きました。


 再びウジカの家に向かう途中、先ほどの父親の「そうじゃない」という言葉の意味が……一体どんな意味を持っているのか、ふと頭の中に浮かんで気になって仕方がありませんでした。歩きながら、おぼつかない真っ暗な足元から、ガサゴソと草の踏まれる音が、妙に大きく印象深く聞こえました。

 ウジカの家に入ると、どうやら彼は眠っているようで、黒い影から細い寝息が漂い聞こえてきます。エウムはウジカの肩に触れて軽く揺すると、彼はすぐに目を覚ましました。お腹が空いているはずですので当然でしょう。背中に手を当てて起こしてあげました。

 そしてご飯をウジカの目の前において、サジを彼の手に持たせて、しっかり握らせました。お世話のはじめはエウム自らご飯をすくってあげて食べさせていましたが、それではいつまでたっても一人で食べられないし病気も治らないだろうと思って、今では自分でサジを持たせて食べさせました。幸い指にはさほど症状が出ていないので、腕はゆっくりゆっくりしか動かないのですが、それでも……ひとくち……ふたくち……と何とか食べることは出来ました。今日も上手く食べられるようになったのを確かめて、あらためて自分もご飯を食べ始めました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ