27:略奪
駆け足で学校まで行き、一番で教室に入ると、ジッとあとの二人が着くのを待ちました。二人は意外と早く、ニースキーの次と次に教室に入ってきました。教室には三人しかいません。ニースキーは口の前に一本指を立てて、近づいてヒソヒソと話し掛けました。しばらく問答して、そして決が出たようで、三人は足早に、また教室を出て行きました。
やがて着いた先は、あの林檎腹のいるボロ家です。三人は自身の鞄の中身を確認して、そして中に入っていきました。
「おじさん、いるかい?」
ニースキーは明るい声で、奥にいるだろう奴に向けて叫びました。すると何かガタゴトと物の落ちるような音がして、「アア〜……」と間抜けなうめき声がします。
部屋に入ると、林檎腹が、あの女に組み伏せられて、上に乗っかり、背中の金花に噛み付いていました。相変わらず無理矢理、歯で引っ張られていて、傍から見れば痛そうなのに、何故か林檎腹は無抵抗に耐えるばかりで、それどころか今日は口の端にかすかに笑みがうかがえます。
「なんだかな……喜んでるのかなコイツ」
「まあいいじゃん、なんでもさ」
「まあ、な」
今日の女は特に興奮しているようで、茎の根元に近い辺りに深く食いついて、ウーウー唸っては……涎をダラダラ、本当にまるで獣です。やがて一息に力をこめて引いたら、女の歯が欠けて、勢い余って後ろに転がりました。壁にぶつかり、上から埃と共に布やら木の欠片やらよく分からないものが降り注ぎ、女はゴミの中に埋もれてしまいました。そのまま気絶してしまったのか、やがてゴミの落下も落ち着いて、場はやっと静かになりました。
「さてと、オジサン」
改まって、ニースキーは林檎腹の前に立ちました。彼はまだうつ伏せに荒い息を吐いていましたが、顔だけ上げてこちらを見ました。
「昨日の分の儲けだよ」
ニースキーは懐からお金を取り出し、前に差し出しました。
「ああッ ああッ」
林檎腹が手を伸ばすと、その手のひらにお金が転がり落ちました。よく見て確かめて、やがて満足げな顔をニースキーに向けました。
「よくやったよ。ありがとう、ありがとう」
林檎腹は、腰に紐で結び付けてあった皮袋に、お金をしまいました。
「ところでオジサン、一つお願いというか、聞きたいことがあるんだ」
「ん〜なんだ?」
林檎腹はすっかり機嫌が良くなったのか、満面に抑え切れないという風な溢れる笑みを浮かべています。それは無理もありませんでした。さきほどニースキーが渡したお金、それは昨夜に渡した金花の売り上げとしては、破格といっていいほどの高額だったのです。
「もしよかったら、金花の育て方とか教えて欲しいんだ。俺たちも金花自体に凄くお世話になってるし、どんな風に出来ていくのか興味あるよ」
「ああ、うん、いいよ、たいしたことないけどね、うん、ついてきな」
もう背中の痛みは忘れたようにスクッと立ち上がり、後ろの金花の庭へと歩き出しました。
「それにしても、おまえらすごいな。どうやってあんなに、たかくうれたんだ?」
軋ませ、扉が開かれました。パッと白い光が目を打ちました。
林檎腹は手前の一つの花びらを撫でました。
「せわっていっても、たいしたことないよ。ミズやったり、へんなエダきったり。エダをうまいこときっていくと、タネはとても“こく”なるからな」
そして、脇の方に小さく生えていた枝を千切りました。
「あとはタイヨウさまがあたえてくださる、たっくさんのヒカリ、コレがいちばんだいじだよ」
林檎腹は眩しくないのでしょうか、太陽に向かって真っ直ぐに顔を上げて見つめました。
「なるほど。で、幾らか種を植えていけば、どんどん育つってわけだ」
「いや、そだたねぇ」
「なんだって?」
「このタネはな、そのまま、まいてもネがはえねぇ、メもでねぇ。つちくれになっちまうんだ」
「じゃあどうやって増やすんだ?」
「……ヘヘッ」
何故か林檎腹は、顔を赤くして笑いました。
「なんだよ、その辺詳しく聞きたいんだけど」
「ウ〜ン、タネを……ツクルんだ」
そしてまた、顔を赤くします。ニースキーたちには何がなんだかさっぱりです。
横にいた二人が、ニースキーに耳打ちしました。
「おい、どうなってるんだ」
しかし不安そうな二人と比べ、ニースキーはあえてそうしているのか落ち着いた様子です。
「大丈夫だよ。多分。もともとコイツは頭がおかしいんだぜ。多分。さっきも女に噛み付かれたり、イカレてるんだよ」
あと二三の言葉を掛けて、二人を強引に言いくるめました。
「まかせるよ」、何とか納得させたようです。
「ところでオジサン、金花の世話、大変だろう。俺たちが代わってあげようか」
「おまえらは、うりにでてくれよ。きょうだってこんなに、もうけてきたんだし」
「いや、ソイツはある金持ちの馬鹿に買わせたんだよ。なあ、俺たちに花を譲ってくれよ」
「だめだ、おまえらにはムリだ、そだてられねぇ。オレだって、シッカリやれるんだ」
「なぁ?」
「ダメだ、できねぇ」
「しょうがないな……」
「なにがだ?」
「こういうこと……だよ」
ニースキーはクルリと身を翻して、林檎腹の背後に回って羽交い絞めしました。
「な、なんだぁ!?」
「バイバイ」
その言葉が引き金になって、突如、前の二人が突進してきました。
「あ? あ?」
素早く、真っ直ぐ、二人の手が、林檎腹の胸元と腹に突き立てられました。それと共に、二人の手元の隙間から、赤い液体が漏れ出しました。
「あ……ァッ…………」
林檎腹は、思ったよりも大きな声を立てずに、生命の活動をゆっくりと止めていきました。やがてガクリと首が折れ曲がり、ニースキーの合図で二人は手元を離し、後ろへ下がりました。そして自然にくずおれるままに、ニースキーも力を抜いていって、彼の体はドシリと重い音と埃を上げて、地面に突っ伏しました。
そして一同、カラッと乾いた笑い声を一杯に上げました。
「おーし、コレで完璧、だな」
「まあ、ね」
「だけど……本当に大丈夫だろうな」
「オイ、今更俺を疑うのかよ」
「いや、まあ、万が一って不安が無いことはないよ」
「任せとけって、カンペキに処分しておくから」
「じゃあとりあえず……」
「ああ、祝いに一発やるか」
「凄いぞ、裏の金花、どれも滅茶苦茶、でかいからな」
「パーッとパーティやろうぜ」
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([第二節]了、次回より[第三節]へ)