23:売人交渉
帰り道、途中の店先で酒瓶で買って、自宅のある住宅街の一角に入りました。辺りには街灯は一切無く、暗い道を静かに歩いていると、目の前に何やらぼんやりと明かりが見えました。その光は、道沿いの家の塀にくっ付くようにしていましたが、光る虫がフッと壁から離れたように、フラフラとニースキーの方に飛んできました。やがてその光の後ろに影を……余るほどの長い袖の外套をきた男の姿が見えました。彼は手元に持った、輝く花に顔を薄暗く照らされて、ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべてニースキーを見つめました。
「お兄さんよ、女より気持ちいいことがあるよ」、男は酷くしわがれた醜い声で話しかけてきました。そして、手に持っていた輝く花を前に突き出しました。
「コレ、だよ。コイツの種を潰して出た油を舐めるんだ。知ってるか? みぃんな、コイツに夢中だ」
「オイ、僕の顔をよく見ろよ」
ニースキーは親指を立てて自分を指しました。男はグイッ首を伸ばし、花の明かりを当てて、会得しました。
「何だ、お兄さんか。また夜遊びですか」
「丁度いいや、持ち合わせが少ないから、一本だけ買えるかな」
ニースキーは酒瓶を足元に立てて置いて、懐から金入れを取り出して、ありったけのお金を手の中にぶちまけました。
「ちょっと足りないけれど、まけときましょう。いつもお世話になってるしね」
男はニースキーの手から奪うようにお金を取ると、それを隠しに放り込んで、手の金色の花を一本、ニースキーに手渡しました。
「じゃあごひいきにね、また来ますよ」
男は残りの金花を、外套の裾の中へとしまい込むと、路上は真っ暗になってしまいました。そしてクルリときびすを返して立ち去ろうとしたら、またこちらを振り向きました。
「そういやお兄さん、いつもお世話になってますから御忠告しておきますよ。最近、お客さんの何人か、死んでいるんですよ。一応、お気を付けなさったほうがよさそうですね」
そして、男は足音を立てず、暗闇の中に溶け消えてしまいました。ニースキーは瓶を取り上げて、駆け込む勢いで、家へと帰りました。
その翌日、昨夜の男が殺されたことが分かりました。
「売人が死んだって?」
朝食の時間、ニースキーは焼いたパンを取り出して、皿の上に重ねて食卓に置きながら、父に驚きの声を上げました。
「ああ、さっき緊急に電話があったんだ。売人の周辺から調べを進めれば、奴らの組織を一網打尽に出来るな」
父は一枚取って、満足げな笑みを浮かべながらパンをかじりました。父は金花の売人組織を長い間追っていたのです。
「あの外套の男は、金花の生産者と面識があるという噂だからな。これで金花を確実に根絶できる」
「ごちそうさま」
ニースキーは手に残ったパンを飲み込むように一気に食べ切ると、さっさと鞄を取り上げました。
「行ってきます」
学校に着いて教室に入ると、もう既に二人の友達が、席に座ってお互いの教科書やノートを見合っていました。
「おはようッス」
「お〜す」
ニースキーも隣に座って加わりました。
「あの男、死んだって」
ニースキーがポツリと小声で、何気ない風を装って言いました。
「マジかよ」
「親父の話だから嘘は無いよ、死体で見つかったって」
「あのオッサンがいなくなるとすると、また一から売人探さないとな」
「面倒臭えな」
「あ、そうだ」、ニースキーは鞄を開けて、その中を二人に見せました。
「おお、あるじゃん」
「昨日買った分だよ。もうすぐ授業始まるから、終ったらな」
そして後は、黙々と週末に向けての試験の勉強を続けました。