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02:金色の背中・黒い背中

 ウジカの家は、木を簡単に組み込んで、周りにワラを……それは屋根だけでなく四方の壁にまで囲った作りで、こうすると病の毒菌がワラに遮られて、病気を周りに散らさないですむように出来ているのです。屋根のワラは、エウム自身が上にのぼってのせました。

「ウジカ、起きてる?」

 エウムはワラの壁のすぐ横に立って、その縦横に重なった茎のわずかにあいた隙間に、厚い唇をうずめるようにして、そっと小さな声で中に声を掛けました。すると……耳を澄ませてみると、何かかすかに衣擦れのような音が聞こえたような気がしました、どうやら、ウジカは起きているようです。

「入るね」、一言声を掛けて、そっとワラの隙間に指を添え、静かに開けて入りました。

 外の夕日は大分傾いてきましたが、光にはまだ濃い赤みを残していて、薄暗いながら部屋の様子は何とかうかがえました。ウジカは、背中を家の一番太い柱にもたれかかるようにして、手も足も前に放り出すようにベタッと地面に投げ下ろして、座り込んでいました。ワラを通した光の陰影で、彼の顔の左半分が、赤黒く……うすら寂しく照らされています。瞳に赤色が差し、まるで充血したような暗い眼で、どこを見るとも無く、いうならば何も無い空中を見つめているように、定まらない視線で、呆然と、ただぽつねんと座り込んでいたようでした。

「遅くなってごめんね! すぐに服をかえてあげるね」

 エウムはあえてわざとらしいくらいに声を高くして上げて、サッと勢いよく部屋の中へと上がりこみました。ウジカのすぐ横へと行き、彼の脇においてあったワラの寝床を一度持ち上げ、軽く叩いて、崩れていた形を綺麗に整えて、敷き直しました。そしてくるりと向きを変え、今度はウジカの体を、その寝床の上へと寝かせようと思いました。ウジカは変わらず無表情のまま、エウムがしていることを、ただ目だけでそれを追って見ていましたが、彼女の顔がこちらに向くのに気付くと、棒のようにだらしなく投げ出されていた腕を、震えながらエウムのほうへとまっすぐ差し出しました。

 エウムはその手を、上と下から……彼の手を挟み込むように包み込むように、手を取り、そして何気なく彼の瞳の中を覗き込んでいました。彼の眼は、相変わらず、うつろに濁った灰色の瞳で、顔はこちらに向いているけれど、はたして自分のことをしっかり意識して見ているのかいないのか……よく分からない顔をしています。彼が言葉も発せず、また目が、彼の黒い瞳が灰色になっているのも、全て病による影響だと長老様に聞かされました。しかし、何も反応もせず、何も言葉を返してこない彼を見ていると、果たして一体自分は何をしているのだろうかと、彼の世話をしていることに意味があるのかと、エウムは時々、ふと不安になるのでした。

 しかし、そんな気持ちが胸の中一杯に……服に跳ね飛んで、付き、染み込んでいく汚れた泥水のように……ジワジワと大きさを広げていった……ある瞬間! ハッと気付き、彼女の顔が急激に、物凄く熱くなるのでした。今もエウムは、火照った顔を冷ますように、ブルブルと頭をかき回し、そして必ず一つ、突き出した厚ぼったい唇から、薄く細くため息を吹くのでした。

「さ……いくよ!」

 エウムは膝を立ててグッと体中に力をみなぎらせ、ウジカの腰と背中に手を回し、そして力いっぱいウジカを持ち上げて寝床へと引っ張りました。しかし彼女の力ではなかなか及ばず、わずかに体が浮いては、少し横へ、わずかに浮いて、また少し動いてと、ゆっくりゆっくり、ワラの方へと運ぶのが精一杯でした。ウジカも気を使って、エウムを手伝うように自ら動こうとするのですが、彼の病気は背中や腰の神経が壊れていて、自分では思うように体を動かせないのです。二人とも、すぐに汗まみれになってしまって、それでも何とかゆっくりと時間を掛けて、無事にいつもの寝床にたどり着くことが出来ました。

「ふう……」とエウムは一息を置いて、そしてゴロリと、彼を寝床の上で反転させました。

 彼の……茶色い背中が……それはまるで火傷でただれたように酷く醜く汚れた……「腐れ花」の咲いた背中が目の前に現れました。


 ここで、この村のことを少しお話しなければなりません。

 この村の全ての男の背中には皆、あの先ほどの村の畑に咲き誇っていた「金色の花」が咲いているのです。この村に生まれた男の赤ん坊は、ある「洗礼」を受けるならわしがあるのです。それは、生まれたての赤ん坊の背中に針で無数の穴を開け(それは目には見えないほどの細かい無数の穴です)、そこにこの村の象徴ともいえる「金色の花」の種をたっぷりとすり込むのです。赤ん坊の成長と共に、花は養分を背中から吸って、二つは共に大きく育っていくのです。その金色の花が、太く大きく立派に育つほど、その男は天寿を全うし、美しく立派な人生を歩んだのだといわれているのです。そして、その男たちの遺骸はやがて死に、あの畑へ順々、植えられていくのです。またその畑でさらに大きく育ち、やがて花に多くの蜜が作られると、村人全員で畑へ向かって収穫をして、それを飲むのでした……長寿の妙薬としてありがたがられているのでした。


 しかし……ウジカの背中の花は金色に光り輝いているどころか、花びらは土気色に醜くよどみ、茎は狂ったように縦横によじれ曲がり、全てがグシャグシャに腐食し、さらに臭いを嗅げば、すえた鼻に付くような異臭さえ放っているのです。ウジカと花は共に生きており、朽ち果てた花は、背中に根ざした根っこから、どす黒い毒を吐き出し続け、彼に容赦なく痛みや苦しみなどの苦痛を与え続けているのです。そのただれたようなあまりに酷い姿に、エウムはいつもの見慣れたものながら、喉の奥からの吐き気を覚え、それを口元に手を当てて必死に押さえつけて、ようやくしてからグッと唾を飲み込んで、そしてその背中に触れるのでした。はじめは触ることさえためらい、恐る恐る指を当てて手当てをしていましたが、三度四度繰り返して世話をするうちに、今ではすっかり自分には何もうつらない(女の子の背には花はありませんが万が一何かの偶然で菌が自分にうつってしまいやしないか……そう思うほどにその腐った花はおどろおどろしく見えるのです)と分かってからは、手早く治療してあげることが出来るようになりました。

 腐りきった花びらや葉を丁寧につまんで落とし、茎に髪の毛のようなとても細い針を刺してある秘薬の液体(それは黄金の花の花粉や他に色々の薬草を混ぜて作られた薬です)を流し込み、そして仕上げにエウムは秘薬を今度は自らの口に含み、フゥと霧吹きをして背中の花全体にかけてやりました。

 こうして全ての手当てが終わり、ふとウジカの様子を見てみると、この時のウジカは、霧吹きの秘薬の冷たさが心地良いのか、彼の頬は少し緩み、かすかに微笑んでいるように見えて、その顔を見るのがエウムの一番の楽しみなのでした。

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