19:今一度踏み出していく
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「ウジカ」
もう真っ暗闇で草原も砂漠も見えないのに、ウジカはうつぶせに、片腕に頭を乗せてベタッと転がって、完成した絵を眺めているようです。時々、もう片方の指で線をなぞったりしたりして遊んでいます。
エウムはウジカの体を起こしてあげて、背中から腕ごと抱きしめました。人気の全くない夜の平原、こうしていると自分自身も多少安心するのです。ウジカが指を動かして、エウムの腕をつつきました。
「星……」エウムは村のことで、一つ、長老様がお話されたことを偶然思い出しました。
頭を上に向けて、空のいっぱいの星空を、あちこち眺めました。やがて、探し物の、大きな十字を形作っている星座を見つけました。
「あっち……かも」
それは、村を出られない女達に向けてお話しされた、異境への旅のこと。
「我々はいつも十字の星を目指して歩く。十字の元には、必ず豊穣が与えられるからな。そこには必ず人がいる。道標だ」
「だから長老様の家の頭には十字が付けられているのですか?」
「フム、そうじゃ。お造りになったのは先代じゃがな」
「長老様のお父様ですか」
「先代は、この村自体をお創りになられたんじゃ。元々は遊牧の民じゃったからな。安住の地を見つけ、金花を見つけ出し、そして今の村の基礎をお創りになった」
「凄い方ですね……尊敬致します」
「あの呪いが無ければ……もっと長生きをして、さらなる貢献をされていたじゃろう」
「そうよ、十字の下には安息の地あり。あっちに行けば……ううん、行くしかないわ」
星を頼りに行くならば、夜のうちに出発しなければなりません。昼間もずっと歩いてきて相当疲れていますが、今休むと、丸一日を潰すことになります。無駄に時間を潰してはいられません。
「ウジカ、これからすぐ出発しようと思うんだけど、大丈夫?」
ウジカの肩を軽く揺すって聞きました。が、特に動くような気配が無く、微かに背中が膨らんだり萎んだり……寝息が聞こえてきました。
「頑張ろうね」、それだけ言って、ウジカを背中に回して、起こさないように気をつけておぶりました。
目の前は、何も無い石ころの砂漠。グッと歯を食いしばり、口にたまった唾をひと飲み。背中の重みは、むしろエウムにとっての勇気になりました。
幾らかの食べ物は野草を取って集めたけれど、ウジカも背負っていくのであまり多くは持てず、何日も持つものではありません。が、心を決める以外、残された道はありません。
「行こう」、空の星に向けて、願いを伝えるように呟きました。目指すは空の一点。
地表はサラサラと乾いた砂が吹き流れ、生命の息を感じられない世界。エウムがこれまでに見たことも無い、死の臭いの漂う世界。
最初の一歩、砂の冷たい足音。その音の怖さ。
少しだけ気持ちが怯む。…………
風の中に飛び込んでいく。…………