17:女たちの幻想
さて、ある日、あたしはその日ちょうど届けられた、丸い実が4つ5つ並んで連なっている変わった形の野菜をきざんでいたら、父が帰ってきて、こんなことを言いました。
「なあ、お前の誕生日、もうすぐだろう」
「あ、ウン……」
そう、もうあと何日かすれば、エウムの誕生の日でした。しかし、ここ何年も別に何も祝い事などしてもらっていないし、唐突に父がそんなことを言ったので驚きました。
「今度は齢15だ、大切な」
「あ」、それで分かりました。15歳、というのはこの村の人間にとってはとても大切な意味を持つ歳なのです。
「そうだ、もう15歳なんだ。もっとずっと遠くのことみたいに思ってたけど」
15歳になった少年少女は、「男」と「女」になり、一人前の大人として認められるための、ある儀式が行われるのです。それは、村の金花に宿った金の実、それを煎じて飲むのです。こうすると己の魂に、祖先の霊魂が流れ込み、互いの意識は融合し、体には溢れるほどの力が、頭には鋭い英知が身に付き、子供は「神の民」として生まれ変わるのです。しかし、儀式の意味はそれだけではありません。
「何か一つ、大切な願い事を考えておきなさい」
「ウン」
そう、金の実の栄養が溶け込んだ液を飲むと、その瞬間、意識は神の御許へと飛んでいき……神と対面するのです。そしてそこで神と言葉を交わし、たった一つだけ、どんな願い事でも神が叶えてくれるのです。エウムは村の年上のお姉さん達から、その時のことを色々聞かされていましたが、大抵の皆のお願いは「この村を出た果ての遠き幻想の世界」でした。
村の女達は、一生を村の中で暮らします。何故なら、女達はこの村から一生外に出ることが出来ないからです。長老様から聞かされたお話で、この村を出た女は、必ず体調を崩すか気が狂うかして、心身がボロボロになって壊れてしまうというのです。長老様がまだ幼少だった頃は、女達も男らと一緒に、村の外に金花を売りに出ていたというのですが、やがてある“事件”が起きてからは、女達は村外不出、そういう決まりが村に作られたというのです。その“事件”に関係した女は、行商に出かけた折に、一緒にいた仲間を「食い殺した」というのです。その中に若き頃の長老様もいましたが、当時の長老様(今の長老様の父上様)の御子息で大切にされていたので、他の村人が体を張って守ったおかげで、かろうじて逃げ延びて、その事件の事実を村に伝えに必死になって戻ったというのです。(それから長老様は“事件”で殺された父上から継いで長老になられたということです)
「女達は、村から一歩外に出ると、怨霊がとり憑いて狂気が発現する」と、金花畑以上の遠くへの外出を、一切禁止にされました。
それで、村の女達は、いつでも村の外の様子が気になってしょうがありません。行商から帰ってきた男たちから話をねだったり、遥か頭上の空の青を見つめ、その空の繋がったずっと先に幻想たる世界を夢想しました。エウムも勿論女の子として、そのことには強い興味がありました。そしてお姉さん達が、15歳の儀式で見た光景……それはキラキラと光り輝く眩いほどの光景で、そのあまりの美しさは言葉では表現出来ない、しかしそれを見たらもう涙が止まらなくてしょうがなかったと。皆ため息混じりに、そんなことを言うばかりでした。
「(ああ自分もついに15の歳を迎えた。やっぱり皆みたいに村の外、遠くの世界を見ようかな)」
そんなことを考えて、エウムは上の空で料理を続けていました。でもふと、自分の包丁を触っている姿を見て、ふとあることが思いついたのです。
「お父さん、あたし、おかあさんに会いたい」
「お母さんに……?」
意外な答えに、父は驚き聞き返しました。
「ウン、お母さんは小さい頃に死んじゃったから。あの頃の私は幼かったから何も分からなかったけれど、いつもお母さんは体調が悪くても、必死に立ち上がってあたしにご飯や色々な世話をしてくれた。あの時のお母さん、どんな風なこと考えていたのかなって思って」
「…………」
「そうか、どんなお願いでもいいんだもんね。神様は叶えてくれるんだよね。お母さんに、会えるんだ……」
目の端に僅かに雫が滲んで、腕でゴシゴシと乱暴に擦りました……野菜の汁が飛んで目を拭いたように見せて。
そして、あっという間に15歳の日はやってきました。