14:亡命
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「ッ!」
小石に足を引っ掛け、エウムは顔から倒れそうになり、しかしグッと足を踏ん張って耐えて、さらに次の一歩、次の一歩を踏み出します。足の親指にひりつく痛みを感じました。しかし下を見る余裕も無く、強く足を踏み込んで、痺れで痛みをごまかして、止まることは決してしません。
足は、本当に地面を蹴っているのか、まるで踏み応えの無い空気を蹴っているような感覚、少しでも急いで急いでと気が急いて、気持ちほどに体が早く動かなくて、もどかしくてたまりません。
「……!」
どこからか分からないけれど、それは間違いなくエウムに向かって叫ばれた声でした。チラと目だけ横へ向けると、ぶれて溶けて金一色の背景の中から、あのノッポの子がこちらに向かって走ってきたのが分かりました。
エウムは……コクリと一つ、彼女に向けてお辞儀をしました。
「エ……」
エウムはもう何も言わずに、彼女の前を猛烈な速さで走り去ってしまいました。ノッポの子は足を止めて、唖然と、金花畑の果てへと消えていくエウムの後姿を見送りました。
村の下から、一筋の煙が上がっています。煙は時々風に吹かれ形が乱れ、しかしおさまるとまた一本の茶色い道筋を空に作ります。村に近づくに連れて、段々と焦げ臭いにおいが鼻に沁み、少し痛みを感じます。
「待って!」
エウムは入り口にたむろっていた見張り番を突き飛ばし、一直線にウジカの家へと向かいました。
煙が! 赤い炎が! 群がる皆が! 全てを突き飛ばす思いで、エウムは、ゴウゴウ炎を上げるワラの中へと飛び込みました。そのまま真っ直ぐ突き抜けて、滑るように向こう側に飛び出ました。腕にはウジカの肩を掴んでいました。
「……ッ」
「……!」
「……ッ」
二人に、あらゆる罵声が浴びせられました。エウムは少し気を失ってしまったのか、暫く全く身動ぎせず地面に突っ伏していました。が、すぐにハッと気を取り戻し、ウジカを肩に担いで、ヨロヨロと立ち上がりました。
やがて暫くすると、長老様が部下を引き連れて戻ってきました。
「長老さま」エウムの父親が側に来て言葉を掛けました。が、聞こえてないように、そちらを見ようともしません。
「エウムよ」
長老は、不気味なほど静かな声で、目の前のエウムに話しかけました。
「今回のことは許し難し、お前は……」
「分かってます!」
長老の言葉をかき消す勢いで、大声で次々に言葉をまくし立てていきました。
「あの……この村にいられないっていうなら、この村を出て行きます!」
「だから殺さないで!」
そしてエウムは、ウジカを背中に回して、両腕を肩に乗せ、グッと引っ張って背負いました。エウムは長老達に背を向けました。
「待て」
長老の落ち着いた声色が、周りにいた人にも余計不気味に聞こえました。
「出て行ったら、お前はもう二度とこの村へは戻ってはこれない。二度とこの地を踏めない。それを承知か。今なら、ウジカを焼き葬れば、許してやろう」
エウムの足は、真っ直ぐに進みました。一歩、また一歩、止まることなく、進んでいきました。