邂逅
降水確率20パーセント。
今のこの時期に、これ程あてにならない数値はない。たとえ確率が2割しかなかろうと、5分の1しかなかろうと、日本という国の梅雨という季節に、人間の予測が通用するはずもなく、雨は降るのだ。
洗濯物を部屋干しにしてきたのが唯一の救いね、と、澪木綾吏はひとりごちた。
彼女は青色の折り畳み傘をさしているが、これは借り物である。お天気おねえさんにまんまとだまされ、傘を持たずに登校してしまったため、放課後に昇降口で途方にくれていたところを、クラスメイトが半ば押し付けるようにして貸してくれたのだ。
おかげで綾吏は悠々と帰路につくことができている。
「ありがとう。稲田くーん」
作りかけの高層マンションをぐるりと囲む、白いトタンの壁の角を曲がりながら、今頃、頭上にかばんをかかげながら走っているであろう同級生に、感謝の言葉を捧げた。
ふと、曲がりきったところで、突然足を止める。雨音に混じり、なにか、声のようなものが聞こえたのだ。ところが、道には人っ子ひとりいない。
「猫でも鳴いてんのかな…?」
綾吏は、雨に打たれながら必死に鳴き続ける猫を想像してしまった。何気なく壁の切れ目から、内側を覗いてみる。
その行動が、澪木綾吏という少女の運命を、そっくり変えてしまうとも知らずに。
まず最初に目に入ったのは、自失した様子で佇む、少年の姿だった。綾吏はとっさに、「捨て猫みたい」と思った。
小柄な体躯に、羽織っている明るい色のパーカーと、膝下丈のズボンが、活発そうな印象を与える。しかし、身にまとう雰囲気が、どこか、信じていたものに裏切られたような、そんな痛ましさにあふれていた。
だが、綾吏の憐憫の情は、少年の足元に転がっているものに目をやった途端に吹き飛んだ。
少女の、死体。
どこかの学校の制服らしきものをまとったその少女は、雨水と血液が混ざりあった液体のなかに、すらりとした体を横たえていた。素人目にも、これだけの出血量で、彼女が生きているという判断はできそうにない。
「ひいッ!?」
綾吏は短い悲鳴をあげる。と同時に、取り落とした傘が地面に当たり、小さく水がはねた。
「!!」
瞬間、少年が全身で振り返る。ほんの一瞬だけ怯えたような表情を見せると、すぐに目を大きく見開いた。
「あっ…」
綾吏の背筋に嫌な汗が流れる。やばい。これは、見てはいけないものだった。触れてはいけないものだった。
「…ッ!」
きびすを返し、走り出す。頭より先に、体が動く。
が。しかし。
「待てぇッ!」
少年は叫ぶと、地面を蹴り、すぐさま綾吏に追いついた。
「きゃああ!」
肩をぐい、とひかれ、仰向けに倒される。少年は無言で綾吏の上に覆い被さるように膝をおり、彼女の頬のわきに手をついた。首筋に、大型のサバイバルナイフをぴたりとそえて。
「あ…」
殺される。あの女の子みたいに。
倒れふす、血まみれの少女が脳裏に浮かんだ。
口の端が痙攣して、ぴくぴくと動く。目の中に入ってくる雨粒さえも気にならないほどに緊張した。
嫌だ。まだ死にたくない。
雨に打たれて冷えたのか、恐れからくるのかはわからないが、やたらと体がふるえた。
「なあ」
少年が口を開く。綾吏の体が大げさにびくり、とはねる。
「ヒロインに、なってくれないか?」
「……は?」