アドリブ
鼠色の雲が、小降りの雨を延々と吐き出し続けている。びしょ濡れ、とまでいかずとも、5分も外にいれば、服は、それを着たものを不愉快にさせる働きを充分にするだろう。
そんな天気の中で、少年は何をするでもなく、ただ呆然と立ち尽くしていた。
彼のいる場所は、高層マンションの建築現場だ。作りかけの建物と、それを組み上げるのに必要な材料やら機材やらは、白いトタンの壁にぐるりと囲われており、閑静な住宅街の景観を崩さないようにされていた。
彼はその内側、車両出入口付近の、道路からは見えにくい位置にひとりで立っている。否、正確にはひとりではなく、彼のそばにはもうひとり、少女がいる。
だが、それをもはや人数として数えてもよいのだろうか。
少年の足元に倒れている少女は、ぬかるみにその華奢な体を沈めたまま、ぴくりとも動かない。濡れた長い髪が顔に張りついているため、表情はうかがい知れないが、腹部からあふれ出る大量の血液と、青ざめて人形のようになった肢体から察するに、すでに事切れていると見えた。
「あぁ……ン?」
ふと、少年が間の抜けた声をあげる。
右手には大型のサバイバルナイフが握られており、彼が少女を刺したことは明白だ。
「あ、れ…おい、嘘だろ…?」
少年は信じられないといった顔をする。右頬にはられた白いガーゼが、雨水をたっぷり吸って今にもはがれ落ちそうだ。
「やべェ」
自分のしでかした過ちに、気がつく。
「やべェ」
事の重大さに、気がつく。
「やべェ」
後戻りできないことに、気がつく。
「どうしろってんだよ…」
彼の声は、雨音にかき消されて、誰にも届かない。