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イヴと予定調和の孤独

 宇宙へと旅に出る人類をいつか地球で迎えるため、100人の子どもたちがコールドスリープ用カプセルによって長い眠りにつくことになった。『未来の子ども計画』と呼ばれるそれは、運びきれない子供たちを置いていくための口実に過ぎない。

 人類は随分少なくなったけど、大人たちは地球に暮らす全員が乗れるような宇宙船すら造れないでいる。

床は勝手に進むし重労働や危険な仕事は機械がやってくれる時代になったのに、日に日に暗くなっていく空をどうにもできないなんて、科学は本当に役に立たない。便利さなんてスパイスみたいなもので、どう足掻いたって主食にはならないのに、それを追いかけ続けた結果がこれだ。

 昔々に人類が滅びると言っていた人たちは、それがこんなに味気ないものだなんて思っていなかっただろう。ある日何かが起こって全部がいっぺんに無くなるわけではなく、少しずつ色々なものが枯れるように消えていく。そんな地味な終末を、私たちは目前にしている。

 科学者だか偉い人だかはわからないが、危険な宇宙の旅へ全員で行って人類滅亡なんて洒落にならないとか何とか、あぶれる100人を男女一組でいわゆるつがいにして、地球で待たせておくことにしたらしい。そんな話が出た時、クラスでは宇宙派と地球派にわかれてどちらがマシか休み時間にひそひそ言っていたものだ。

 まさかこのクラスからその100人に選ばれる男女が出るなんて、その時は誰も、もちろん私も思っていなかったわけだけれど。

「チトセちゃん、先生なんだって?」

「奨学金の継続手続きしろって。最近ばたばたしてて、すっかり忘れてた」

「そっか、学校祭とかあったもんね」

 息を吸うように嘘をついて、焼きそばパンとヨーグルトが入った購買の袋を鞄から取り出す。待っていてくれたのか、友人の可愛らしいお弁当箱は閉じられたままだった。

 さりげなく鞄の中に滑り込ませたのは、先ほど顔色の悪い担任から渡された白い封筒。中には、私こと松田チトセが、未来の子どもとして選ばれたことを示す文書が入っていた。

「ユキちゃん、先に食べててよかったのに」

「ううん、好きで待ってたんだから気にしないで。あたし、一人でご飯食べるとものすごい早く食べ終わっちゃうんだ」

「それはお弁当が小さいからじゃないの?」

「食べ過ぎないようにちっちゃくしてるの。家でもお母さんに怒られるんだ、ぶくぶく太っても知らないよって」

「家でそんなに食べてるの? 全然そんな感じには見えないけど」

「うん、よく言われる」

 選ばれた子どもたちは、来るかわからない迎えを待って気が遠くなるくらい先の未来まで眠り続ける。それも、ただ眠るだけではない。男女一組で、二つつながったカプセルに入るのだ。

「でもあたしちっちゃいし、ほら、二の腕とかぷるぷるなんだよね。このままじゃ子豚だってお母さんと大騒ぎだよ」

「子豚ならかわいくていいと思うけどな。ほら、国語の大谷先生とかみたいな重量級になっちゃうと、女子高生としてはまずいと思うけど」

「あはは、あれはもう熊だよね、熊」

 つがいは通称アダムとイヴと呼ばれているらしい。随分雰囲気のある呼び方だが、遺伝子的にうまいこと組み合うだろうと判断された二人がペアにされるというだけの話だ。本人の感情はおろか、家族まであずかり知らない遺伝子なんてものによって機械的に組を作る。これはもちろん、いつか目覚めて宇宙からの帰還者たちを迎えるまでの間、優秀な遺伝子を持つ子孫を作って待っていろということに他ならない。

 未来だの希望だのと言っておいて、正直馬鹿にしていると思う。私にだって感情も自我もあることを、大人たちはきっと忘れている。

「そういえばさ、今朝から千葉ちゃん先生顔色悪かったよね。どうしたんだろ」

「さあ……さっきも職員室で会ったけど、確かにちょっと具合悪そうだったかな」

「うーん、やっぱり空気悪くなってるのかな。昼間も結構暗いから、電気つけっぱになってきたし」

「うん、確かに最近肌寒いね」

「これはやっぱり宇宙行くってことになっちゃうのかなあ……やだな、あたし高所恐怖症なのに」

「宇宙なら上も下もないだろうから大丈夫じゃない?」

「だといいけど。みんなが出て行くのに地球に残るってのも嫌だし」

 地球組こと『未来の子ども』は、遺伝子や家族構成、才能の有無、親の職業などによって決まる。つまり、天涯孤独で健康しか取り柄のない根暗こと私が選ばれるのは、何も不思議なことじゃない。私が納得いかないのは、私のつがい、アダムについてだ。

 食べ終わって出たゴミを袋に入れて縛った辺りで、教室の扉が勢いよく開いた。

「あーもー、やっと昼休みだ! 千葉先生話むっちゃ長い!」

「おー、マサト! 遅かったからお前の分のパン食っといてやったぞ」

「えっ、何でだよ! お前弁当持ってきてんだろー!」

「うるせえ、千葉ちゃんにまでもてやがって! 天罰だ天罰!」

「冤罪だって! ちょ、佐藤! マジで俺のパン食うなって!」

 にぎやかだったクラスが一段と騒々しくなる。中心となっているのは、先ほど教室へ帰って来たばかりの赤茶けた短髪が印象的な男子生徒だ。直前まで私と話していた友人が、熱のこもった視線を送る。それは何も彼女ばかりではない。かくいう私も、昨日まではそのうちの一人だったのだ。

 パンをめぐって友達とじゃれあっているクラスの王子様は、永井マサトくんという。

女子の憧れ、男子の中心。明るくて優しくて頭が良く、運動神経も抜群。お父さんが有名な科学者で家はお金持ち。おまけに容姿端麗で高身長、爽やかな笑顔は御年五十八歳の教頭先生が初対面で頬を赤らめたほどの破壊力を持つという。

 そんな彼が、どうして。


『じゃあ、その時はよろしくな、松田』


 ――どうして、私なんかと一緒に凍らなくちゃならないんだろう。

 私は、机の下でこっそり拳を握りしめた。


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