おはよう新世界
気づいたら膝をついていた。
久々に呼吸をしている。何度か咳き込んで、一度大きく深呼吸をする。ひんやりとした空気が、雲のような形のまま部屋の隅へと逃げていく。
髪に触れると、ぱりぱりという音がして氷が崩れ落ちる。頬にへばり付いていた髪の毛からしずくが顎へと伝っていった。
瞬きすると、どんどん視界がはっきりとしてくる。握力がだんだんと戻ってきて、靄がかかっていたような意識が目覚めるのを感じた。いつもよりずっとずっと長く眠っていたはずなのに、まるで目覚まし時計で起きるいつもの朝のような感覚だった。
振り向くと、自分が入っていたコールドスリープ用カプセルが両腕を広げるようにして中身を晒していた。棺のような箱の正面に大きな筒のようなものがついているそれは、以前目にした時よりも随分古ぼけて見える。左下のパネルが、持ち主が外に出たことを示すように緑色の光を放っていた。
――まさか目覚められるなんて思ってなかったな。
はたらかない頭で考えて、立ち上がろうと膝に力を入れた時、周りの景色が随分と変わっていることに気付く。コールドスリープ用のカプセルは、確か地下のシェルター内に設置されていたはずだ。それが今は古代の遺跡のような古ぼけた石畳の上に横たわっている。崩れかけた岩の隙間からは日が差し込み、楕円形に照らされた床には見たこともないような植物が這い、花弁の多い小さな花がぽつぽつと咲いていた。
乾いた空気を吸い込んでカプセルに視線を戻すと、右側についていたはずのもう一つのカプセルがなくなっていることに気付く。切り離されたように綺麗になくなった右側は、空っぽだったとはいえ、勝手に外れるようなものではない。
内心首を傾げながら左下のパネルを覗き込むと、ちかちかと緑色に光る文字が絶望を映し出していた。
「現在の生存者、1名……って」
瞬間、背筋が凍った。この意味が分からないほど馬鹿ではない。これは、他のカプセルの信号が完全に途絶えたということ。そして、地球上にもはや人間の存在が認められないということだ。つまり。
「え、うそ、ぜ、絶滅……?」
長い眠りから目覚めてすぐに自分が最後の人間となったことを知った彼女は、同時に人類が事実上絶滅したことを悟ったのだった。
演出として、数字の表記を漢字と数字に変えています。