変化
前話ちょっとちょいちょい変更しました……定まらなくて見苦しいことを致しましたすみません(>_<)!
「明日からしばらく、西の塔を留守にするよ」
おなじみ、お茶の間と化した王女の応接室。
思い出したように魔女がつぶやいた一言で、今日は始まった。
昨日、王女が倒れられて以降。
医師も趣味で兼任(瀕死にならないと診てもらいたくない)する彼による、たぶん朝まで眼を覚まさないんじゃない?という診立てに従って、王女の部屋にて待機中でございます魔女と二人で。
別室にて控えていた王女の身の回りを整える侍女さんたちを塔から下がらせ、魔女はそのまま魔法で寝室と応接室含む王女の私室と塔の他の部分を3つに隔離した。
キン、とマイクが不調をきたしたときのような音がして直後。見た目に変化はないが、回廊に繋がるドアが開かなくなった。
出られない。出て行ってもらえない。出て行って欲しいんですけどー。
え?なに?本日の営業は終了いたしました?ってここにきて普段無駄遣いしている力、ケチっちゃったりするんだ!するんだね!
通知表で『相手の気持ちを考える』欄に間違いなく☓をつけられる魔女とのそんないきさつがあり、コイツと同じ空間で夜を明かしてしまいました。
東の空がだんだんオレンジに染まってきている。
ああ、ご来光が眼に沁みます。
睡眠?敵に背を向けるほど耄碌はしてません……すみません気付いたらヤツの膝の上で寝返り打ってました。
寝心地なんて聞かないで頂けるとありがたいですが爆睡してたよいつのまにかね!
プニプニではないが(筋肉質でもないような)程良い固さと上質な肌触りの良い衣装に、よだれのシミが付いていることは黙っておこう。
とりあえず眼がさめて明るくなりつつある窓の景色を認識して、頭を撫でられる感触に再び眼を閉じようとして、5秒後くおッ!っと現状把握ができた私は転げ離れようとした。
が、その私の頭を撫でつけた手でそのまま拘束し、冒頭の内容を告げた。
「お、お出かけですか?お二人で?」
「うん、ココに入っているのは短期記憶もできないふわふわなムースなのかな?食べてあげようか?」
言ったよねぇ君が居ないなら王女には近寄らないって、と魔女は私の頭を掴んで(グワシっと!)揺さぶった!希少で貴重な私のニューロンが!シナプスがやられる!
「美味しくない!美味しくないですし地味にグロぃ想像をしてしまったッ!」
「そうだよねぇ、生きて気持ちイイことシたいよねぇ?だったら私のこと以外考えられなくなるまであそこもここもトロットロに溶かしてあげ」
「アンタはエロスか惨忍ドSどっち担当なんですか?ああどっちもでしたね!」
いい加減離してもらいたくて、大腿の一部を渾身の力でツボ押した。魔女が一瞬ひるんだ隙に、ソファの下へ転がり落ちる。
前に厨房で小耳に挟んだよ!
ポウっと頬を染める女性陣に対し、魔女の話題になると急に口数が少なくなるか姿を消す男性陣。
私のお仕事が王女付き召使いだから、魔女の事が話に上る頻度だって多い。その度そそくさと消えていく彼らに、私嫌われてるんだ?!と地味にちょっぴり傷ついたりもした。嘘です、凄く傷ついた。
女性は基本、男性に嫌われたくないようにできているんです本能レベルで!だからそんな、これだから独り立ちできないオンナはイヤよねなんて眼で見ないで!
気になった私は、その理由を先輩達の様子を苦笑いで眺めていた純情そうな美少年に教えてもらった。
『僕が眼にしていないモノなら数え切れないほど噂で聞くんですが――眼にしたモノなら、ホラあの奥のナイフ類。アレ、料理長の道具でとても高価な品なんです。それを贈られたのは魔女さまです。アレを僕らが手に入れようと思っても、資金調達に一つ当たり2~3年はかかるでしょうね。それで、あの贈り物を賜る時期と言うかタイミングが――』
『オイ、セプタム言うな!言ったら……』
『――――魔女さまが切れ味鋭い料理長のエモノを借りに来られたあとなんです……っていうのならセーフですよね先輩?』
にっこりと可愛らしい表情で振り返った少年(セプタム君というらしい)に、男性陣は安堵したように力なく頷いた。
うーん、ここにも中々に将来有望な腹黒族が潜伏中。
色素の薄い茶の、ウェーブのかかった短髪のセプタム少年は、ついでくるりとこちらを向いた。
『で、使い物にならなくなったそれの代わりに新しいものを置いていかれるんです。清々しい笑顔で葬送の塔の鐘が鳴り響く中』
『結局言ったーー!!ちょ、言っちゃだめなのソコーーッ!』
あ、たまに医療塔の方が騒がしいときもありますね。と困ったように、私と同じような高さにある首を傾げた。
困りたいのは私です。ナニコレ超可愛いとか思った私お馬鹿さん……ッ!
危険物だ。美形で暗黒オーラを振りまく該当例を存じ上げているため即避難とはならないが、君将来ホントに有望だねースカウト来ちゃうかもねー。おねーさんそんな子になって欲しくないけど、もう無理そうだねー。え?私の名前?いいよ覚えなくても通りすがりの召使いだよって、何呼んでくれてるの外野ァッ!!
――以来。
厨房に出向くたびセプタム君はお菓子と仕入れた魔女情報を(欲しくないのに)くれるようになった。おそらく王女とそうかわりない年齢の美少年に餌付けされる、20代の成人女性私。
情けない図だが、最近開花した能力、逆らわない方が良い相手センサーがシグナルを送ってくるので従うしかない。
なんて回想途中、絨毯に座りこんだ私の眼前に、にゅっと白い手が振られた。
「ルー子、それって、私に関する面白い話でも聞いたんだね?教えてくれるよね?」
聞きたいのは話の内容じゃなくて、ドコの誰が話していたかって事ですよね!
「か、風の噂とかで聞いた話だったらしいんで止めておきます伝聞の伝聞の伝聞は最早別の話ですしね!そもそも私の妄想だったかも!」
セプテム君が犠牲になるなんて嫌だよ、いやどちらかっていうと彼より周りのほうが被害を被りそうだ。これ以上美少年の黒さと、厨房の人数が減って料理長の道具が新調されているのを目の当たりにしたくない!
愛と勇気が友達の彼ではないし、頭蓋の中身にアンコもムースも詰まっていないハズだが、魔女を筆頭とする腹黒族の行動が読めてしまった私は中身が換え時ですかねJAM☆Oじさん。
「そうなの?妄想で私のことを想像しながらヒトリでなんて寂しいことはしないでね?君がそういったプレイを望むなら残酷な悪魔にだってなってあげる。ってことで今から」
「ありがとうございますじゃあ悟りを開いた清廉高尚な僧侶になってください極度の潔癖症の」
「で、留守にする話ね。招待が届いたよ。墓守の誘致先から」
聞けよ。と、ツッこんだが、その先のワードに反応する。
誘致って各国各機関がおじいちゃまを取り合っているような言葉ですねと言ったら、あながち間違いでもないらしい。私ならおじいちゃま誘致のエントリー権を永遠に放棄するが。
墓守を動かすことのできる存在は国王と魔女のみで、それに応じるかどうかもまた本人の気まぐれ。
そんな彼を招くこと、眼をかけてもらうことに、とある利益が生じる場合があると。
で、その難攻不落な行方不明中のおじいちゃまをお招きできたらしいホストが、今度は王女に誘いをかけてきたそうだ。
その実も怪しいものだけどね、と魔女が気のない様子でカップを傾けた。
夜のうちに用意して冷めていたはずのお茶が、湯気を立たせる。
それなんて言う機能!って食いついたら教えて欲しい?と聞かれた。授業料が払えなさそうなので見なかったことにする。
「けれど行方の手がかりもないし。タノシイお遊びを考えてそうな東の王家から墓守を餌に誘われたなら、まあ伺って向こう2~3代先まで大人しくしていてもらう程度には喰らい貪ってやろうかなと」
「言い方が怖い!王家ってアナタが仕えている上司ですよね?誰かに聞かれたらどうすんですか減棒ものですよ!」
この国において魔女は、王城および王家の繁栄に献身する職業だったはず。
王権国家なんて、名誉だの階級だの重んじる社会において、その発言はマズくないのか。
そのせいでお土産お菓子のランクが落ちるなんて悲し過ぎる!ヒトごとじゃないぞ私!
「団体としてはそうだけど、別に忠誠なんていう綺麗事が核ではないよ?そんな関係だとしたら、東よりも王女にとっている態度こそが咎められるだろうね。アレ、現時点でも一応世継ぎだから」
「こちらは女王制なんですね?じゃあ王家って、方角で分けられていますが、それにも継承順位が?西が一番高位?」
「女系継承なだけだよ。西の塔を賜った一族から輩出されたのが王女というだけ。ちなみに傍流――一度男子を介したり、他国に嫁ぐと女性でも継承権は発生しない。過去には系譜をつなぐために国王位につかず王女を産み落とした女性もいたし。強い魔力と女王に遜色ない遺伝で密かに容認された異例も異例だったねあれは」
なつかしむような柔らかい表情に、ふと、疑問が。
「それって今でも秘密なんじゃ」
「え、うん?」
「アンタってヒトはぁ!!」
やっぱりな!!頭を抱えて脳細胞に忘れろと指令を下すが、無理忘れられない!
またやりやがった!再犯ですよこの人お巡りさん!
小学生の頃だって『ムラサキカガミ』って成人まで覚えていたら不幸になるんだという話を聞いた3月から誕生日の12月までしっかりと毎日忘れられないことに絶望していた私なんですよ!誕生日を過ぎたら安堵して忘れたけど。
「まあそんなことはいいじゃない。私の名前に比べたら利用価値低いし」
「アナタの名前の利用価値の高さと危険度を今引き合いに出さないでください。私をどん底にめり込ませたいんですか」
「どちらかというと私をルー子のナカにめり込ませた」
「もう黙れぇぇ!!」
「聞かれたから答えたのに。まあ、それで招待の件ね。本来なら自分より仮にも上位の相手を呼びつけるなんてしないんだよ。それが墓守が居るということをオープンにして、かつ、現時点では王女より権力を持つ翁が呼んでいるからと、東は王女を招きたがっている」
「それ、おじいちゃまが居なければ東王家は体裁的にマズいことになるんでは?」
「なる。王女が招きに応じたのは墓守の召喚に応じたから。行って彼が居ないなら、世継ぎを謀った罪に問われるよ」
「王女がそう言えればってことですか」
ご招待に応じるしか墓守の手掛かりは得られないが、無事に収穫を持ち帰ることは容易ではないと。
すごく嬉しそうに魔女が微笑む。
コレ、この顔で今晩どう?なんて聞かれたらコロっと今晩の中味を確認しないままついて行っちゃう幼女~熟女、多いんだろうな。迷惑防止条例違反で取り締まられてしまえばいいと思う。
「ルー子は賢いねぇ。そう。ただし現状、こちらの方が分が悪い」
魔女が言い終わったタイミングで、カチャリ、と奥の寝室から扉の開く音がする。
ヒタヒタと、布製の部屋ばきが、毛の長い絨毯を踏みしめる音。
王女が眼を覚まされたんだと思い、勢い付けて振り返った場所に、小柄な彼女の姿はなく。
驚く私の背後で、魔女の笑みが一層深くなる気配がした。
「あぁ――完璧に分化しちゃったねぇ。もう本当、ルー子が来てから退屈しない」
「お前が退屈でなくなると、国が滅ぶから迷惑よ」
私の目線より少し高い位置からの、聞きなれた王女のものよりオクターブ低い声。
彼女の豊かな髪はそのままに、色は倒れる前よりも深みの増した、濃紅。
汗を結ぶ血色の優れない顔は、どこか変ったような、でも王女本人だと解るもの。
けど。
その、姿が。
「王女……むねが、え、のどぼとけ?」
寝室横にある簡易シャワールームを使用したらしく、バスローブを軽く羽織っただけの王女は、白磁色の控えめな胸をさらけ出し――て、いるはずの場所には、薄く張った成長途中の胸筋。
顔をもう一度確認しようと視線をのぼらせると、頤下に確認した骨の出っ張り。
例えなくても、成長期の少年のそれだ。
「否定はしないが。王家断絶の一端は、君にも責任が発生しているよ?」
「もともとお前と婚姻するしかないなら考えていた手段よ。断絶するかどうかはイロイロと考えているし。時期とやる気が変化しただけ。ルー?変かしら」
「ぅ、え、ホントに、王女、ですか」
あぐあぐっと口を開閉させる私に、そっと可憐な微笑みで答える。
「身体はこうだけれどね。中身はそのままよ?」
儚げで、加えて憔悴感を漂わせた王女はコトリと首を傾がせた。
鎖骨が浮き、首筋の育ち過ぎていない骨格が、魔女とは別の色気を醸し出す。
何だろう、動悸がしてくる。天真爛漫だった彼女(多少黒くはあったけど)に、神秘的な魅力が加わっていて、どう対応すればよいのか戸惑ってしまう。
一歩距離を詰め、手を伸ばしてきた王女に、はっと気付いて私は半歩下がった。
「ちょ、王女ダメ……エロカッコイイ……!」
「ルー?」
「ルー子!?」
「私はっ……美少女美少年萌えなんですッ!!王女近づいちゃダメ押し倒しちゃいそう……っ痛ッ!」
心拍数の上昇が止まらず紅潮する私の顔を、魔女が横からグイッと強引にそらせ、彼の胸に押しつけやがった。
近づかないでとは言いましたができればもうちょっと眺めていたいのに!距離は保ちつつ鑑賞したいのに!
目的のため頭を動かそうとしたら、変態思考が漏れ出ていたのか、大した成果も出せないうちに頭部への圧迫が増す。後頭部に絡む魔女の指がさらに食い込んできて、地味に痛い。
ミシって言った、派手に痛くなってきた。
「ルー子、今日は私の塔に来なさい」
外耳と胸板から響く魔女の低音ボイスに、私は自分の頭と王女の貞操のためにとりあえずブンブンと首肯した。
私の可憐な王女が、私の超絶好みな王子になっちゃった、一日の始まり。