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魔女の牽制

「止まれ」


さして大きくもない声が、けれど言葉に込められた魔力によってか、場に衝撃となって響いた。

同時に、寸前まで感じていた王女の衣装の重さが消えていることに気づく。

彼女の所在を確かめるべく首をめぐらそうするが、仰臥位から腕を取られ、起き上った私は何故か魔女の背後に庇われた。


うぐっ、遠心力で頭がグラって揺れた!

気持ち悪……!


「王女、どういうつもり」


それ私のセリフー!なんて私の訴えはもちろん酌まれない。

魔女の言葉は一応訊ねる姿勢だが、理由なんかどうでもいいんだよどういう了見かを聞いてんだよああ?!的な意志がオープンだ。


で、対する王女。

……こっちもです。

王女がすっごい苛立っているのが顔見なくてもわかります私の気のせいとかじゃなく。

っていうか怖くて顔見れません!背後に何らかが渦巻いてるし!


「“つもり”を聞きたいのはこちらだ」


突き飛ばされたのだろう(何てことを!)向かいのソファにもたれる格好の王女は、前髪をかき上げながら視線を寄越した。

その仕草にいつもの繊細さは窺えず、話し方も、私の知る可憐な彼女のものとは全く異なる。


「昨日はルーを中央へ連れて行き、その前は所有印を付けた。お前のことだから他にもあるんだろうがやり過ぎだ。東宮南宮に嗅ぎつけられたぞ」

「私が所有した被験者を部屋へ入れることは珍しくないけれど?」


魔女の背から伝わる振動で、彼が嘲笑したのがわかった。

ところでその被験者って私でしょうか。所有された覚えはありませんけど!


「詭弁だな。中央“宮”――お前の居住区に入れておいてそれを言うか?しかも」

「“体液の交換”?それが、何?」


し、してない!

魔女と体液の交換なんて怪しげなこと、した覚えがな――――――――、あ。


「……体液って」

「まあ、微量ではあったけど一応ルー子と私のものが混ざったでしょう?」


もう忘れたの?そのくちから、零れたものをぬぐってあげたでしょう?私の舌で。


「あああああ王女おおおぅ助けてぇ!!」


耳元で紡がれた言葉に、ぞくぞくぞくっと何かが這い上がる感触がした!!

生命の危機に近い何らかを感じたせいか、割とがっちり魔女に掴まれていた腕をほどき、王女の元へ駆け寄る。


「ルー!!怖かったわね!もう大丈夫。わたくしが居るわ。怪我はなくて?腕は後でしっかり消毒してさしあげるわ」

「ぞ、ぞくってしたんですぅ!怪我はないので消毒はいらないです、というか!王女こそお怪我は?!」

「ええ大丈夫よ。それよりも、ルー。……先ほどのこと、怒っていて?」


たった瞬きする前まで漂っていたダークネスオーラを霧散させた王女が、キラッキラのうるうるな瞳とくちびると上目づかいで私を出迎えてくれる。プラス叱られる前の子どものようなおびえた表情がそこに追加され、私の脳内イケナイ成分が疼いた。


「ッ……いいえ!あの、心臓がドッキンドッキンして持ちませんでし――じゃなくて、すごく驚きましたがラッキーとかああ何言ってんだろ私!ええとつまりごちそうさまでし」


ヤダどうしても心の声が漏れちゃうっ☆っていうところで、背後に立った魔女が私の肩を掴んだ。

何だよ邪魔すんなよいいとこなんだぞ!


「ちょっとルー子。昨日の私に対するものと温度差を感じるんだけれど」

「昨日って何ですか離して下さい変人!」

「あれ、無かったことにするつもりなの?でも私はルー子の柔らかいくちびるを忘れるなんてできな」

「公然と妄想を垂れ流すのは公害だって知ってますか変態!」

「いやむしろ変態はあちらじゃない?成りは女性なのにルー子に手を出したでしょう?」


その発言に、え、解らないんですか?!っていう顔で魔女を見据える。


「私、王女が何をしても許しちゃいます!!だって私のドストライク好みな美少女!」

「美少女、ねぇ」


含むところがあるような言い方をした魔女が、ニヤニヤ王女と私を交互に見る。


こんなイヤらしい表情でも、見る人のフィルターにかかればフェロモンたっぷりの妖艶な芸術となるらしい。

いつだったか私のお部屋にいらっしゃる侍女というお仕事を持て余してらっしゃる女性がぽつりと漏らしていた。

「あの宝石の輝きを受け止められるルーさまがお羨ましいですわ」って。「わたくしごときがあの光を間近で眼に入れてしまうと、きっと失明してしまいます」って。

普段の彼女からは想像もできないポエムチックな言葉に、持っていたお菓子をボトリと落としてしまったのは、悲しいけどしょうがなかったと思うんですよ私。


肩にある変態の手をぱぱっと払い、しゃがんで王女と視線を合わせる。

さっき大丈夫って言ってたけど。

潤む眼で見つめてくる王女に動悸と眩暈を覚えながら、燃えるような紅い髪が一筋食まれているのを除けて彼女の口の端をあらわにした。


「くちびる切れてる!大丈夫じゃないですよ王女!お薬頂いてきます!」


言って、侍医のいる塔へ向かおうとした私を王女の手がやんわり押しとどめた。


「大丈夫よ。ルー、先ほどは驚かせてしまってごめんなさい。……あの、ね。あなたとの約束の、優先順位が変わってしまって……それでわたくし、焦って」


申し訳なさそうな王女に、彼女がかわしてくれた約束が浮かぶ。

なんだ、そんなこと。


「帰ることですか?良いですよそんな!長期戦のつもりでしたから」


諦めきれていはいないが、帰れない覚悟はしている。


最悪の事態を想定して行動すること。

親や友人にはネガティブすぎると日頃批判されてきたこの性質は、直そうとはしていたけど、ここにきて出てしまった。

世界変わっても、人間っていうのはなかなか、変われない。


王女は待っていてね、わたくしを信じて、まかせて頂戴って言ってくれた。

けど、信じて待っているだけという言葉も行為も、私は嫌いでできない。

自分で何もしないで、人や運命に任せるのって、現実味や真実に欠けている気がするのだ。


自分の人間不信の根深さを思い知る。

信じて欲しいと言ってくれる人に対して、口では頼みにしている風でいて、いつでも裏切られる(・・・・・)心の準備をしておく。

そうすれば、痛みが少なくてすむからと。


こんな汚い自分を知られるのが怖い。

庇護する私という対象が、ズルくて可愛げのない人間だと知られたら、すぐにポイっと捨てられるだろう。


私の視線が罪悪感で俯きがちになったのを、不安を感じていると思ってか、王女がきゅっと手を握った。


「あなたのことが東と南の王家に嗅ぎつけれてしまった。そこの馬鹿のせいもあるのだけれど、墓の異変に気付いたようなの。魔女の墓守が、消えたわ」

「え、おじいちゃまが?」


こくんと頷いた王女の口の端の、盛り上がった血が揺れる。


「昨日私も様子を見に行ったけど、髪の毛一筋も落ちていなかったよ。存在と空間を遮断されている。魔女の眼でも届かないどこかへ」

「わたくしが甘かったのよ。彼には手を出せないと高をくくっていたから。けれど、甘かったわ」


王女の白い眉間にしわが刻まれる。

……あれ、深刻ですかもしかして。


私がおじいちゃまと呼んで懐いている恰幅のいい翁。辛そうな王女には失礼だが、失踪したと聞いてもあまり心配できていない。

待って!酷いと石を投げる前に私の話を聞いて!


おじいちゃまは毒舌で、辛辣な七福神みたいな、私のカードゲームのライバルでして。

かなり黒い・セコイ・卑怯と三拍子そろった彼と和やかな時間を過ごしたことはないんです。だって負けるとハゲタカのように財産をむしり取る。そのくせ自分が負けると都合よく姿を見せなくなるんだよ悪いにも程がある!

基本的に、魔女の墓と呼ばれる地帯から離れることはないらしいから、姿が見えないっていっても居るのは居る。陰で笑ってやがるのだ。

捜して見つかればいいけど、あそこは広いしそれは困難だ。地図に街として記載可能な広さがあるから、失踪って言ったってどうせ隠れてるんでしょと思っているんだけど。


しかし、王女の様子だとそうではないらしい。

もしかしておじいちゃま、危険な状態なんですかと聞くと、王女は大丈夫だとは思うのだけれど、と顔を曇らせた。


「あの王家には確かに、私達に比べると大した魔力は無いの。せいぜいが所領を納めるに不都合が無い程度。けれどそれでも常人には備わらない力を持っている。墓守もある程度は抵抗できるけれど、抵抗で終わってしまうくらいには彼らは強いわ。はやく爺を見つけないと」

「契約がなければ私があれらを塵に変えるのにねえ。残念。でもルー子に手を出されたら問答皆無で原子に帰すけどね。だからルー子、攫われると怒るからね」


苦しそうな王女と、愉快そうな魔女。


「それ私のせいじゃないですけど怒り被害こっちが被るんですか!?いやまず攫われる予定があるんでしょうか私」

「お兄様の方でも手を尽くしていただいているけれど、可能性は少なからずあるわ」

「攫われてもお役に立てないこと確実なんですけどね、っと王女、すみません!」

「ルー……んッ!?」


王女に急接近急退避したあと見上げると、ものすっごい眼を見開いた彼女がいた。


「…………あ、つい。血が零れそうで、セーフでした!」


王女にキスし、じゃなくて、彼女のくちびるから零れそうだった血液を、口で受け止めた。

衛生的によろしくない行為だって解ってますけど、でもだって衣装が!ドレスが汚れちゃ大変じゃないか!って庶民派感覚が私を操ったんです。

いや、さっき王女からキスしてきたし、そういう接触に関して忌避されてないならいっかな~って……


「琉胡子こっち向いて」

「うあっ?!」


魔女が私の名前を間延びせず、本来の発音で呼ぶ。ついで、首がもげるかと思うほどぐりん!って引っ張られた。

そっちを向かせていただく前に向かせられた。

明日寝違えてたらお前のせいだかんな!


「ああ!舐めたね……面倒な。しかも血って」


私の時より濃いじゃない、と、溜息ついて額を抑える魔女。流れで、こめかみを片手でモミモミしだす。

この人頭痛持ちでしたっけ?と、王女に尋ねようとして。


息をのんだ。

王女の強い意志を宿して煌めく瞳に、見つめられた私の思考が奪われる。


「アルシテ。やって頂戴――――ルーはわたくしが守る」

「あー、もー……私に共同戦線なんて必要ないのに。まあ、確かに王女の魔力は無用ではないけれど。でも本当嫌心底嫌」

「うるさいわ。中性でなければ、魔力の質ではお前に負けない。お前の手こそ不要よ」

「良く言う。どんな状態だろうと経験の差がありすぎるんだよ、諦めろ。伊達に魔女は歴々繋がっていない――――邪魔だけはするな?」


釘をさすように魔女が言い、王女が眼を眇めて返事をする。

王女の腰掛けるソファに一歩踏み出した魔女は、懐から出した小刀を手指に一閃させ。

にじむ紅血を、彼女のくちびるにぐいっと馴染ませた。


事態がのみ込めず、ただぼけっと見つめるだけの私の耳に、不穏な言葉が滑り込む。


「これで、王家は断絶」


魔女の得意げで、けれど一瞬感じた、どこか苦しそうな声。


「王女位にありながら、魔女と同性の次代、ねぇ。おもしろい」


王女のくちびるから指を離すと同時、ふらりと傾いだ彼女を再びソファに押し付け、魔女は私に視線をくれた。





「墓守の件が片付いたら私と一緒になろうね……王女から、奪ってあげる」





言葉と一緒に向けられた感情は、けして綺麗なものじゃなく。

のぞくと引きこまれて同化させられそうな闇に、ちょっと、本気で危険だと感じた。ここにきてやっと。

とりあえず、おじいちゃまが見つかる直前に逃亡しなくちゃならないみたいです!全力で以って!!




王女の乱心と魔女の撹乱と脅迫に惑う召使いの、おじいちゃま救出劇の幕開け。

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