王女の憂鬱
「仕事を増やしてほしい?」
ぷるっとしたみずみずしい唇をすぼめ、王女は首を傾げた。
フワフワでいて、それなのに絡まる様子のない豊かなお髪は、幼げながら美しいご尊顔を引き立てる。
そんな美少女に見つめられてきょとんとされたら、赤面してしまうのも無理はないよね。心拍上昇しちゃうよね。
「どうして?何かあったの?」
「逆です!私、仕事をしてないんですよ……全くと言っていいほど……」
言ってますます、罪悪感と居たたまれなさを感じる。
こちらに来てからありえない!と思ったことは何度もあるが、なんとかありのまま受け入れるフリをしつつ流すスキルを最大出力でやりすごした中。どうしてもこれだけは生理的に無理だった。
仕事がなくてただ立っているのは、苦痛です……。
いや指示はあるんだけど、椅子にかけて本でもどうぞとか、お菓子が届いたからいただきましょうとかそんなんばっかりで……ダメ人間がますますダメになります……。
そうしてある昼下がり、思いきって相談してみた。
ここが地球で無いことが判明してひと月。
色々あったが何と、現在王女付きの臨時召使いとして雇用してもらっている。
通常ロイヤルファミリーに素性の知れない人間が近づくなんてとんでもない話だが、何故かまかり通っている現状。面接だって、歳と既往歴、得意分野等を聴かれただけで。
「それなのに衣食住保障でかつお給料まで頂戴しているという恐ろしい待遇……」
またその衣食住が、特に“住”がありえない。
王城の使用人はそれぞれ、担当のフロアや塔によって、その地下や当てられた宿舎に部屋を持つ。
ある程度の身分と役職でなければ、城内の正規の間に、自室を構えることはできない――なのに。
「さらに言うと貸していただいている隣のお部屋なんて、我が家が充分おさまる広さなんですよ……」
「ルーのご家族は慎ましやかなのね。わたくしの部屋より狭くて不便でしょうけど、近くにいてくれないと困るの。耐えて下さる?ああ、内装に不備はなくて?時々遊びにいらしていた従妹達用に設えてあったから、幼稚だったかしら?壁紙も好きなように変えて頂戴ね」
「イエ大変素晴らし過ぎる部屋ですスミマセン!!」
つまり王族用の客室ですかこれは何かのプレイでしょうか。
極上至上スイートルームに30連泊は、人間をダメにします。初めの5日間は何かの罠かと眠れず、その後はなにも壊さない!汚さない!という現場保存を意識しすぎて部屋の隅で小さくなっています。軽く鬱状態です。
と、とりあえず、部屋のことは保留。他にも、気になることがある。
「……あの、聞きたいことが」
「なあに?」
「私が帰ったら部屋にいつもいるあの女性は――」
「あなたの侍女でしょう?」
「ホラおかしい!いろいろとおかしい!」
召使いに侍女が居る訳ない!うなだれる私に、訳が解らないという表情をされる王女。が、突然「ハッまさか!」と、顔色を変えられた。
「ルーはっ、ル―はわたくしの世話など面倒なのね……!?それならいっそ胡散臭い魔女のもとで肉体的に奉仕した方が良いと仰るのね!?」
「落ち着いてください何昼間から美少女にあるまじき発言してるんですか」
「あら?だって労働したいんでしょう?」
「…………あぁ私の思考!!」
脳みそが不治の病に侵されかかっている……!!しかも恥ずかしい方向に!!
「王女のこと大好きです、面倒なんて思う訳無いです!だからもう、申し訳なさ過ぎて……そうだ、任せていただける仕事が無いなら、私厨房の方で皿洗いとかやらせていただきます!人手不足と聞きましたし、守秘義務が無いあの内容なら、私にも出来ますよね!」
いつも王女のお茶器を返却すると、忙しそうにしながらも労ってくれる洗い場の人たち。新参者の私にも親切にしてくれて、可愛いお菓子とお茶を、つまんで行きなさいといつも勧めてくれる。
一度仕事が無いと零したら、贅沢だと言いながらもいつでも歓迎するよと、言ってくれた。
「駄目よ。この役目はあなた以外に果たせないの」
「ええ~……お茶の用意とか、お手紙受取とかですよ……お茶なんて、私素人ですし」
今だって、お茶の淹れ方を教わっているところだ。王女に。王女の母君は南方のご出身で、その国は茶葉の名産地。王女の淹れられるお茶は、香りも味も素晴らしい。
さらに自分がどれだけ役立たずか熱弁をふるいかけ(悲)、ふと、いつになく真摯なまなざしの王女に気づき、口をつぐむ。
「ル―。では、一体誰がわたくしと魔女を無傷で会わせる事が出来て?アルシテの授業は受けなくてはならないけれど、受ける意欲は毛頭ないのよわたくし」
「……えぇ?!でも――」
「同じく教える気力もないねぇ」
「……もう、もう驚くことは止めますが、なんでいつの間にか湧き出でるんですかアンタ」
特等席のようにいつもの一人掛けのソファに陣取っている魔女。
驚いてくれないのかい~?と、眉根を寄せ悲しそうな眼をする。
しかし口元が笑っているので、その顔腹立ちます、イラっとします。
容貌だけは優れていらっしゃるので、ほけ~と見惚れないようにするには中身の残念さを思うことがコツだ。
「ね。つまりわたくし達は居合わせたところで学ぼうともしないし教えようともしない、不毛な、師弟関係さえソレどこの誰の話わたくしとコレでないことは確かねと断言できるほどに、関係を持ちたくない仲なの」
「ルー子に言われたら傷つくけど王女だから気分爽快望むところっていうか私の心を読んだな☆レベルで同感だね遺憾ながら。彼女の肩を持つ訳ではないけど、ル―子が居ないならここには寄りつかないのは確かだよ」
「わたくしもル―が居ないなら、入室拒否するし面会謝絶するしむしろ殺――……とにかく会わないわね。でも、あなたが還る方法を、一緒に探すと約束したもの。それに」
う……!そんなことを美少女に言われたら眩暈が……!!
ちょいちょいと手招きされた王女に応えるべく、テーブルをよけ彼女の膝下にフラフラと跪いた私。
ふわりと微笑んだその可愛らしい口元から、ささやき声で、驚愕の爆弾が投下される。
「あなた、わたくしの管轄を離れた次の瞬間には、魔女に監禁されるわよ」
これ以上に安全な職は無いと判断した私は、土下座して引き続きの雇用継続を王女にお願いした。
王女(と魔女)の憂鬱(なひとときを回避するための召使いとの、そんな昼下がり)
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