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名前

「私の名前かい?」


王女のおつかいを済ませ、彼女が待つ西の塔へ帰る途中、奴は居た。

いや居たというか、湧いて出たというか……増殖した?


黒い霧がこう、フワッと、目の錯覚かな~って思って瞬いた次の瞬間にはあたり一面ブワッてなってグワッと!!こいつがいた。


元魔女アルシテ。類稀な美貌と魔力とで王宮に長く君臨した、白き金剛石の魔女。

それがこいつの前世らしい。


どういう仕組みで前世の自分が判明して、公然の事実になるのか。

理解するのは放置した。だって説明してもらっても、現代日本人の脳みそには沁みこまなかったし。なんというか受け取り拒否的な。

理屈や理論で片づけるのは早々に諦めて、眼の前の事象だけ受け入れる。

普段からどうやったってわからない事はそっとしておく人間だったので、そのお陰で傍目には順応性が高く映ると思う。


内心いろいろカオスだけどな!


開けばドロドロした感情が溢れだす心の宝石箱の南京錠をガッチリ施錠して、サラサラなのにボリュームの乏しくない頭頂部を眺めた。残念ながらハゲそうにない。


「ええ。皆アルシテって呼ぶけど、それアナタの名前じゃないですよね?だからなーんか引っ掛かって。ちょっとした違和感が私の中で主張するんです――――もしかして、名前にトラウマがあって、緘口令がしかれてるんじゃないか、って」

「で、トラウマがあるかも知れない名前を聞き出してネタにしようと」

「そうそう――……ハッ!作戦が!!さては今読心術を使いやがりましたね――うお!?」


なーんか今日ノリと雰囲気と感じが悪いな付き合ってらんね~と思い、塔の手前まで来たところでこの話題を切り上げようとして。

これだ。後ろから私の体を二つ折りにするように、抱きついてきた。


「お待ち。まだ、おしゃべりの途中でしょう?」


耳元で、トーンを落とした、誘惑ボイス。ちょ、ぞわぞわするさぶいぼ出たぁ!


「……いえ。ノリが悪かったのでこの話はナシです。がっかりです。もっとスキル上げてから出直さなくていいです」

「知りたい?私の名前」

「そんなもったいぶられて大したことなかったらリアクションに困窮するので結構です」


私の本能が全力でマズイと訴えている。聞くな、と。

大体魔女の名前なんて、興味無いことはないが。ただ――そう、ただちょっと。

名前を呼ばれない寂しさは、無いのかと思っただけで。

前世だろうがなんだろうが自分とは違う、他人の名前を呼ばれ続けること。

それってすごく、悲しいことのような気がして。


「名前を差し出そうとして、断られた魔女は私だけだろうねぇ。だから益々」

「私のリアクションに困る様子が見てみたいと!そんな微妙な困惑にも反応出来るなんて絶妙に変態ですね!!」


もう心読めるなら悟ってほしいな。本当心底結構です。

何ですかその綺羅い笑顔。

風に巻きあがった短い髪が色気を撒き散らしていますよ気を付けてくれ!凡人には目に毒にも程がある。


「名前は私たち魔女にとって命だ。知られたら、殺されるか利用されるか。だから皆知ることは無い。その魔女が死ぬまで」


罵倒か打倒か迷った隙に、彼は血なまぐさい単語を他人事のように並べる。

見下ろしてくる眼は、凪いでいて、でも底が見えない。


「……名前、呼んでもらったことは」

「あるよ。死んだけどねぇ」


クク。そう嗤いながら、私が殺したんだよと、こともなげに言う。

シリアスだったのがクレイジーに方向転換した瞬間を目撃。

ヤ バ イ☆


「それは何と言うかコメントを差し控えつつ私はこれにて失れッ――」

『琉胡子』

「ひ?!」

「こんな感じで名前って相手を縛れるから要注意☆私レベルじゃないと難しいけどね~ってことで」


顔を前方に傾け、逃れようとした私の頤を魔女が掴んで引き寄せた。


『     』

「へ?」


涼やかで凛とした響きが紡がれ、私の鼓膜を震わせる。


「呼んでね――――カラダが繋がった時に」



肩から背中に広がる蔦に、強い熱を感じた。

――お望み通り、人差し指同士で挨拶して公衆の面前で呼んでやろうかと思う。



魔女と私のそんな一日。

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