おじいちゃまと墓と招待
おじいちゃまが失踪して数日。
王女と魔女双方それぞれ捜索に当たっているらしいが、一向に消息がつかめていない。
手がかりは信じるかどうか微妙な、東王家からの招待だけ。
じゃあその誘いに乗ってやんよ!ということで、現在魔女所有の離宮におじいちゃま捜索本部が移された。ここからの方が東王家の宮に近くて、いろいろと設備も整っているため便利らしい。
「いろいろ、ですか」と呟いた私に、またもや魔女がにこりと微笑んで接近してきたため満面の笑みで首を振りながら後ずさった。
誤魔化されている言葉にはそれなりの意味があるのだといい加減この脳にも学習してもらいたい。
さておじいちゃまといえば。
本人は無事だろうというのが王女と魔女二人の一致した見解だった。あー良かった、と思うと同時。
「無事ならもう探さなくてよくね?」
と口から出そうになった正直な想いをそっと胸の宝石箱に仕舞い込んだ私に、魔女はニヤニヤと笑って「イイことを教えてあげようか」と近づいてきた。
反則、反則ですよその設定!
感想なんてこれ以外なかった。
「おじいちゃまが人間じゃないってそんな!闇討ち夜討ちの意味がないってことじゃないですか!!」
「え、憤るのそこなの?それに何?私以外の男に夜這いかけようとか考えてたの?だめだよ絶対しないで。でも私ならいつでもどうぞ?むしろ待機しててあげようか?」
「待機されたら不意打ちの意味がないです。いや本来ならあんたにも奇襲かけて差し上げたいところですがいかんせん私だって命は惜しい!自分は可愛い!勝てない勝負は挑みません!」
ただでさえ自分の不用意な発言で魔女の名前を知ってしまい致死率が上昇しているのに、これ以上墓穴を二個も三個も掘るわけにはいかない。
悔しそうに拳を握りしめる私に、魔女は残念そうに肩を竦めた。
「ええそう?ルー子が全身全霊で何とかすれば初めてなりにも勝負の行方なんてわからないよ?頑張って堪えればもしかしたら私の方が先にハジけてイっちゃ――」
「勝負の内容が違う!話も逸れた!」
「全く。ルー子が他の男を襲うようなこと言うからだよ」
「すみません内容に誤りはないんですが心証が別物になるんでもうほんと止めてください!で?」
「………………」
「美形にぶすっとされても残念レベルが上昇するだけですからね?間違っても血迷っても可愛いとか可哀そうとか思いませんからね?」
「ルー子、何だか最近私に対してイロイロ冷たくない?何、そういう趣向なの?私はそれに対してどう出れば満足させられるの?」
「普通で。あんたが被ってる余所行き用の猫ちゃんで対応してくれれば当方満足な次第です」
聞く限りにはこの魔女、周囲に変態行為を働いてはいないようだ。
女性には優しいらしいし、善良な城仕えの間で聞く噂はすこぶる良い。一方善良にも関わらず、生来のトラブル体質を備える一部の哀れな同類には、そうでもない部分を隠しもしないらしいが。
「無理。愛する人の前では、素のままでいたいでしょう?」
「その中身知って受け止めくれる人が現れるといいですね」
「うん、だから、ルー子に惹かれるんだよねえ」
どう取ったのか、くすりとひとつ笑みをこぼした魔女は、ひと口紅茶で喉を潤してようやく話しの軌道を修正した。
曰く。
おじいちゃまは長く存在した無機物に宿る意識体で、本体はあの広大な魔女の墓と呼ばれる地帯にある“何か”らしい。
起源もなにも不明で、ただ現王家が存在すると同時に、彼の存在は今と同様の認識に置かれたと。
正体とその存在意義の真意を知るのは、本人と魔女のみ。
墓はおじいちゃまの意志で以って管理されていて、墓の機能もあの翁の一存で動く。
そんな理由で、たとえ王族であろうとも墓守に関しては治外法権。
まさかその墓守に、南と東の王家が干渉するとは思わなかった王女は驚いたんだそうだ。ちょっとやらかしてしまったよねぇ、と肩を震わせながら魔女は言う。
ちょっと……ちょっとかな……それちょっとなのかな!?とか思ったが、魔女が楽しげなので追及しない事にした。コイツの笑いが凶悪な事象に帰結することは身をもって学んだ。かけがえのない大切な知識である。
で、おじいちゃまはその本体と意識体(触れるけれど)とがコネクトしていて、生命維持は大本が損傷を受けなければ不自由なく可能。
だから、連れ去られたと言っても危険が迫ることはないと魔女は言う。
それでね――と言いながら、ここでもヤツはやらかしてくれた。
「その本体って言うのが」
「……ってちょい待ちそのお口チャーーック!!!」
「え?知りたくないの?いいよルー子には教えちゃうよ?それ知っていれば墓守に強気に出れるよ?ばっちりアレの存在に直結する弱みが握れちゃうんだよ?」
「アナタとおじいちゃまだけの秘密っていう時点でクーリングオフ不可が前提なんでしょうね聞きませんよ私!」
耳を塞ぐ私に、魔女は信じられないというような眼を向けてくる。
こちらが明らかに間違っているみたいな怪訝な顔やめてくれませんかね!
「そうなの?本当にいいの?教えるって言っているのに?見返りとか要求しないよ?え、聞かないの?聞くでしょう普通?いや聞かないとか、がっかりだわー」
「アンタのその容姿で中身がアンタっていう方がむしろがっかりです。何をたくらんでいるんです!」
「何も?」
うっわそのキラキラした眼!超イイ笑顔ですね!うっさんくさ!!
「疚しいことだらけじゃないですか疚しさオンリーじゃないですかアンタを構成する成分は疚しさでできているんですか」
「そんな訳ないでしょう?あでも、ちょっと悪いかな、でもまぁいいや☆って良心が疼いてしまう程度には心のどこかで引っ掛かるものがあったりなかったり――うん、ゴメンなかった。だってアレの本体を知ってしまうともれなく致死率が上がるっていうくらいだし」
「またかおまええええええ!!」
私が中央塔に入ることができた理由以来の危険物が投げつけられようとしていた。
あれですか?アンタの中で私の命の重さって気のせいで済ませられる程度のもんですか理科の実験で使う天秤の薄っぺらい金属片程度ですか!
大体そもそも!
人さまの秘密を本人の居ないところで聞き出すなんてそこまで人間腐っちゃいませんよ私!
決して自分の命を優先させた結果じゃなくね、ええ、決して自分の安全さえ確保できていれば魔女を問い詰めてでもおじいちゃまの本体を手に入れようなん――――――ぇォホン!思ってないですよ!
「本当。お前の名前に次いでの禁忌じゃないの」
「おおう!びっくりしました王女!ああ、すごくお似合いです!」
「ありがとう。これ、すこし腰回りを詰めてもらえるよう表に伝えてくださる?陛下の夜会にはこれで出るわ」
「はい。やっぱり変わるものなんですねぇ」
言いながら、奥の衣装合わせルームから出てきた王女を、失礼ながら足元から頭頂まで堪の――拝見した。
受取った服の形は、以前のように色とりどりの布で豪奢に仕立てられたものではない。
品良い色見の石がところどころにちりばめられたローマ法王が着るような上衣と薄紅を基調にした長衣。どこをとっても理想の王子そのものだ。ああ、結婚してほしいとか言いそうになる……!
そんな私のイケナイ思考に気づかず、王女は儚く微笑んだ。
「そうね。大分、骨格も伸びるから、少し辛いの。ねぇルー。不安だから今日、一緒に寝てもいい?」
「もちろんで」
「ダメに決まっているでしょう?もう以前のようにツいてない身体じゃないんだからいい加減この脳みそも学習したらどう。無理?難しいの?なら古典的条件付けでしっかりきっちりイヤって言うほど身体に教え込んであげるからね。で、私の私室と研究室どっちがイイの?どちらでも構わないよ?」
ほら言ってみなさい?と、頭を大きな手ですっぽり包まれて顔の向きを魔女に固定されてしまう。
「すみません王女こちらから折り返し後ほどお返事を」
「ちょっと魔女。邪魔をしないで。わたしはルーのこと、今夜はいっぱい気持ちよくさせてあげようと思っているの!あまり育っていないけれど、ルー、わたし、精一杯頑張るから」
「と思ったんですがこっちも何やら危ない感じ!!ま、まさか魔女にアレコレいらん知恵を吹き込まれたんじゃ」
「アルシテに?いいえ?整体は武術の教師が趣味で学を深めていたから、わたくしも共に学んだの。手が大きいと、ツボに力が入りやすくていいわね」
「あ、ですよねー、親指とか痛くなるんですよ私だとー……ってああもう私の脳内がエマージェンシー!!」
恥ずかしくて頭を抱えて部屋の隅まで逃避。
くう!広いとここまで来るのに距離があるから羞恥がさらに増す!
壁際の狭い空間に落ち着いたところでそっと当りを窺うと、魔女が肩を震わせ笑ってやがった。
「くっ、ルー子、私の言ったことはそのままオトナの調教だからn」
「そんなドンマイ要らないよ何なの笑いながら慰められる内容に覚えがあり過ぎてさらに貶められるんですけど!!じゃあ私王女の衣装のお直しお願いしてくるんで!!ついでにちょっと部屋に下がりますぅぅぅぅぅ」
「あら、だめよ」
「あう!いいえ離して下さいもうここには居た堪れない!自分が汚い大人に思えるんです!」
「どうしたの?大丈夫よ、いつも通りルーは可愛いわ。それにほら、あなたに似合う素敵な服を選ばないと。夜会前に慌てるのは面倒よ?」
「服ですか?え?ちょっと待って夜会?私出ませんが……」
「出すよ?」
つい先ごろまで腹筋を震わせていた魔女が、いつもの二つ折りでぐいっと私を抱え上げる。
「下着から素敵なものを仕立てようね。ああ、どうせなら夜用の衣装も作らせようか」
「ちょっとアルシテ!ルーの見立てはわたくしがするの!邪魔をしないで!」
「だあめ。趣味は悪くないが、他の男が選んだものを付けているのを見るのは気持ちがいいものではないからねぇ」
「わたくしの言葉よ!引きなさい!」
「そちらこそ。ああ、君たち。王女は身体が揺れていて気分が優れないそうだよ。侍医を呼んだ方がいいかもね」
入室してきた王女の衣装係と侍女に向かって言いながら、先ほどまで彼女が籠っていた部屋に魔女は私を抱えて移った。
直後、魔法だかが発動した高音が響く。
「ちょっとアルシテ!ここを開けなさい!」
「外野はさておき。ルー子。墓守の正体を知るかここで大人しくするか、選ばせてあげよう」
呆然としている間に追い込まれた窮地に、小心な私は自分を売った。