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第二章  真実


旅を開始したリュウとライラは今、月と星が瞬く漆黒の空を移動していた。

勿論獣の背に乗ってだが。


リュウがあの森で呼び出した獣は、ドラゴン族のなかでも小型のワイバーンという獣だ。

二足で立てるように発達した後ろ足、すこし出っ張った胴から生えるように伸びる首、その先はドラゴン独特な堅い表皮で纏われた鋭い顔に牙の並ぶ口腔、腕から皮膜が伸び、腕を上下して飛ぶ。

小型と言えど、大きさはゆうに五メートルは越えている。

ドラゴン族には珍しく大人しい種族で、人になつきやすい。

この世界では、輸送や街から街への移動手段としても活躍している。

リュウはワイバーンなら怪しまれないだろうと呼んだのだ。

始めは驚き怖がっていたライラも空を飛ぶにつれ、馴れたのか頬を霞める風を感じながら星を眺めていた。


「寒くないか?」


夜風の肌寒さに彼は前に座るライラに問う。


「大丈夫です」


星に目を取られていた彼女は、星空から真後ろへと視線を移して笑顔で答える。


「そういえば、今から何処に行くんですか?」


続いて頭に浮かんだ疑問を口にした。


「ドーハという小さな街さ。貴族の別荘地としても有名な所」


彼は分かりやすいよう簡潔に説明する。


「ドーハですか。話にはよく聞きます」


その説明を聞き、軽く鳶色の瞳を輝かせて言う。


「まあ着くにはまだ時間がある。それまで少し休んだほうがいい」


彼は外套を器用に外して彼女の肩にかけてやる。

事件中は、眠っていたとはいえ強制的な眠りだ。

疲労は蓄積する。

それに家族を失った痛みは、それ以上に彼女を悲しみに沈ませ、疲れさしたに違いない。

明るく振る舞う彼女だが、顔色は良くないのだ。


「着いたら起こす。だからワイバーンに持たれて休め」


リュウは優しく促す。

ライラは小さく頷くとワイバーンの背に持たれた。

彼は彼女から眼を外すと、眼の前に広がる星へと眼をむけた。

暫くの間、静寂が風と共に流れる。


「・・・魂は光となりて、空に浮かぶ」


不意に彼が口を開く。


「・・・俺の両親も、ライラの家族も皆、見てるんだな・・・」


リュウは眼を細め遠くを見つめたまま呟く。

そんな彼の前でうつ伏せになっている彼女は、閉じた瞼から一筋の雫を流してそのまま眠りにはいったのだった。










「ライラ・・・もうすぐつくぞ」


辺りが薄く色付いたころ、彼は優しく彼女を叩いて起こす。

ライラは、浅い眠りから不意に醒めて体をゆっくりと起こした。


「ほら、あそこがドーハだ」


目覚めた彼女に笑顔を向けて、ある一点に指を指した。

ライラは軽く重たい瞼を擦りながら、指した先に眼を向ける。


「わあ・・・」


彼女は声をもらす。

地平線から出たばかりの太陽から受ける光で、城壁が光り、街を照らす様に輝いていたのだ。


「ここの城壁はクリスタルと呼ばれる鉱石で造られているんだ」


光り輝く街を、食い入るように見つめるライラにそう説明する。


「クリスタルですか!?すごい・・・。でも凄く堅いと聞いたことが・・・」


眼を輝かせて感嘆したあと、彼に好奇心満々の眼で問いかける。


彼は軽く笑って

「魔術で形を整えたらしい。絶対防御の壁として昔はここを砦に使ったんだ」

そう答える。


「そうなんですか・・・」


好奇の眼を再び街に向けて、何度も頷く彼女。


「ハハハ、朝だけではなく夕刻はもっと素晴らしいんだ」


リュウは彼女の仕草に声を上げて笑い、楽しそうにそういう。

その言葉に眼を更に輝かせて彼に眼で訴える。


「わかってる。また夕刻に連れてくるよ」


リュウの言葉に、満面の笑みで返して喜ぶライラ。


「さあ、降りるからワイバーンにつかまって」


そんな笑みが微笑ましく、彼は眼を細めて優しくそう言うとワイバーンを降下させていった。



「クリスタルなのに中が見えないんですね!?」


地上に降りた瞬間にライラは声を上げる。

城壁前ではテンションが上がりっぱなしのライラ。

そんな彼女からの質問攻めに、彼は苦笑やら小さな笑いやらを浮かべながら丁寧に答えていった。


街に入り、今度は街並みにくいいるライラ。

煉瓦造りの家々が規則正しく並べられ、いしだたみを歩く度にコツコツと音がなる。

彼女はその音も楽しむかのように無邪気に歩いていた。


「おいおい、そんなに・・・」


と注意しようとした矢先に、ライラは盛大に転んだ。

リュウは吹き出しそうになるのを堪えながら、駆け寄ってライラを起こす。


「いわんこっちゃない・・・大丈夫か?」

「アハハハ・・・だ、大丈夫です」


恥ずかしさを誤魔化す様に笑い、立ち上がって体をはたく。


「大丈夫ならいいが・・・。まあ先ずは宿屋だな」


笑いを堪えるあまり、苦笑が口許に浮かびあがる。

ライラはそんな彼にちょっとムスッと頬を膨らます。

彼等はまず宿屋に足を向けた。

リュウが向かったのは、いつも利用するスラム街の宿ではなく市場に隣接する宿だった。

彼なりの考慮だ。

部屋は何故か一緒になってしまったが・・・。


「あのおばさんはいつもいつも・・・」


と部屋にはいるなり愚痴を言うリュウ。

そんなリュウを見て小さく笑うライラ。

彼女は真っ先に窓を開ける。

窓の下はモール通りになっており、活気に満ちていた。


「活気ある所ですね」


眼下に広がる暖かな日常を見つめて、ライラは優しい声音で呟く。


「ここはある意味孤立した街だからな。聖都の秩序から放たれた場所。・・・そう俺は呼んでる」


彼女の隣に立ち、街並みを見つめながら言うリュウ。

ライラは首を傾げて不思議そうな顔を向ける。


「簡単に言えば、自由な街だな・・・。まあ、いずれ分かるさ」


未だに分からないのか眉根を寄せて唸るライラに、苦笑しながらリュウは話を打ち切った。


「それから、俺から離れるな」


街並みに向けていた視線をライラに向けて、真剣に言う。

余りの真剣さに、彼女はコクリと頷くしかなかった。


「よし、そうだ君の名前を決めないとな」


その反応に強く頷き、唐突にそう言う。

彼女はキョトンとして動きを止めた。


「ええ!?」


数秒の間を置いてやっと驚きの声をあげた。


「ハハハ!そんなに驚くことないだろう。これからが始まりなんだ」


ライラがあまりにスットンキョンな声をあげるので、自然と笑いが込み上げてくる。


「それにラミアという名を使うのに抵抗あるだろう?」


以前の事件の真相をリュウに伝えられているライラは、少し眼を落として頷く。


「そんな顔をするな。君らしくない・・・」


太陽が影るように暗くなる彼女に、優しく微笑んでリュウは言う。


「・・・なんでもいいんですか?」


ライラはそんな彼の瞳をジッと見つめ返して問う。

彼は深く頷いて返してやる。


「それじゃ!今の私がいいです!ライラという私が!」


彼女の強い発言に眼を丸くするリュウ。


「それでは君の正体がわかってしまうかもしれないぞ?」


予想外の言葉に少し驚きながらも、確かめるように彼女に聞き返す。


「それでも、私の名はライラなんです。本当の私なんです」


彼の言葉に少しだけ瞳に不安を宿らせたが、直ぐに強く答える。


「・・・そうか、わかった」


強い、強い意思の灯った言葉に、彼は首肯し軽く笑った。


「宜しくな。ライラ」


改めて彼女の名前を呼び、初めて会ったとき同様手をさしのべた。

今度は戸惑うことなくライラはその手を取り「はい」と答える。

そんな彼女の顔には、嬉しさで現れた満面の笑みが浮かんでいた。


「さて・・・話も終わった。次はお前の番だ」


ライラとの話を終え、彼女から視線を外すと油断なく部屋の扉に視線を向けた。


「・・・さすがリュウ殿・・・バハル様から伝言がございます」


リュウの言葉に、気配を隠していた人物が扉から姿を現す。

赤黒い外套に身を包んでおり体格は分からないが、気配からして修羅場を何度もくぐり抜けて来たことがわかる。

それと褐色の肌と尖った耳によって人間ではないとも。

リュウは前にたたずむ彼を知っていた。


「・・・たく。盗み聞きとは趣味悪いぞ“黒”」


呆れた声で古い仲間、黒に声を掛けた。


「するつもりは無かったが、聞こえてきただけだ」


黒は肩をすくめて無表情に答える。

そんな彼にリュウは「変わらないな」と呟いて苦笑した。


「それで?バハルはなんと?」

「風の旅人亭にて待つ。との事だ」


本題をため息と共に切り出し、黒の言葉に長い溜め息を再度吐いた。


「分かったと伝えてくれ」


リュウは実に面倒臭そうに言い放って煙草をくわえた。

黒は初めてそこで小さく唇を曲げて苦笑、そのまま部屋を出ていった。

リュウは煙草に火を付けて、紫煙を肺に入れると溜め息と共に吐き出した。


「フフフ」


そんなおりライラが小さく笑う。

リュウはどんより顔のまま彼女を見る。


「ごめんなさい。・・・でもさっきから溜め息ばかりついてるからつい」


まだ笑いが止まらないのか、堪えながら理由を述べるライラ。


「そんなについていたか?」


片眉をあげて問う。


「はい。溜め息をつくと幸福の精霊が逃げるんですよ」


瞳に溜った涙を拭いながら彼に答え、それから真剣に言う。

リュウは暫しキョトンとしたのち、声を出して笑った。

あまりに彼女が真剣だったからだ。


「なんで笑うんですかあ!?」


急に笑いだした彼に、真剣に言った彼女は反論した。


「い、いやなに。余りに真剣なもんだから変に拍子抜けしたというか・・・クックッ」


リュウが弁論しつつ笑うので、彼女はますます頬を膨らませジトッと彼を睨む。


「すまん、そうだよな!溜め息はよくないよな!うん」


と笑いを堪えて同意してみせる。

堪えるあまり頬が引きつっているのは明らかだ。


「さあて!行くか」


まだむくれている彼女に、誤魔化す様に背を向けて部屋をでる。


「あっ待ってくださいよ」


背を向けて歩きだすリュウに慌ててついていく。

そんな様子を背中で感じて彼は再び笑う。

今度は聞こえないようにだが・・・。

宿から出たリュウとライラは、風の旅人亭へと向かう。

活気あるモール通りを抜けて静かな路地へと入っていく。

細い路地を進むに連れて空気が変わった。

微かだが暗く澱んでいるのだ。


「ここがスラム街と言われる所だ。まだ入口だがな」


宿から出たとたん、店や街並みに関しての質問をしてきたライラが、ここに入ってから沈黙してしまったのに気づいてそう説明した。

彼はまだ入口と言った。

つまりもっと奥に行けばこれより酷い所だと示しているのがライラにもわかった。


「自由な所といえど貴族どもの力は強い。嫌な奴らだ」


苦虫を噛んだような顔をして呟くリュウ。

ライラはというと、口を固く結び、今の現実を悲しげに見つめた。


「サザンクロスには無い場所だからな。それでも人間らしさはここのほうがある」


彼は前方を見据えたまま言う。


「私もそう思います。あの街は人が人をさぐって、いつも華やかを装って、作った笑顔で過ごしてる・・・。ここは違う。様々な人々が住んでいて、自然に皆笑ってる」


と眼の前を無邪気に走りさっていく子供達を見つめながら、優しく噛み締めるように呟いた。


「確かに・・・っとここだ」


首肯したと同時に足を止めた。

リュウが足を止めたのは、古びた煉瓦に挟まれた暗い道の一角。

木製の扉の真ん中に、“風の旅人亭”とシンプルなプレートが打ち付けられている。

リュウは扉を開けて中に、少し遅れてライラも入った。


「珍しい、女連れかい?」


入ったとたん威勢のいい声が響く。


「依頼人だよ」


カウンターに立つ中年の女性に、ぶっきらぼうに答える。


「なんだい、面白くない」


実に面白くないように呟く。


「俺で遊ぶな。・・・それでバハルの奴は?」


眉根を押さえ、もう既に疲れてしまったかのように言うリュウ。


「アッハハハ!あんたイジルの面白いからついねー」


ゲラゲラと笑いながら一角を指差す女性、周りの客もつられて笑いだす。

リュウはげんなりとうなだれ、軽く手を振って指差す先へと向かう。

バハルは一番端の目立たない、四人掛けのテーブルにいた。


「待たせたな。それからそろそろ放してやってくれ」


先に彼女を座らせてからバハルの向かいに座り、苦笑を浮かべて言う。

眼の前に座るバハルは、渋面のまま握っていた手を緩める。

そこからピュンと飛び出して来たのは、他ならぬティンカーベルのティーだった。

あの夜に白虎を送還したあと、ティーをバハルの元に向かわせたのだ。


「まったく・・・ティーを人質にするとはな」


逃げる様に飛んできたティーを、片手で抱きとめながら呆れた口調でバハルに言う。

バハルの元について事情を話した瞬間、彼女は捕まってしまったのだ。

勿論、逃げるなよとの意思を伝える為の行動なのだが。

リュウが街に着いてから溜め息ばかり付いていたのは、それが原因の一つでもあった。


「ティーには悪い事したと思っているよ」


バハルは青い瞳をティーに向けて、軽く微笑んで謝罪する。


「だがまさか初日で事件に巻き込まれるとはな・・・。想定外だったよ」

「何故“それ”を隠した?」

「これは俺個人の依頼だったからだ。噂程度しか情報が無い状態だったからな。だからあえて隠した」


リュウの言葉にそう答えるバハル。


「だが、今回で噂が事実と確定した・・・。あの司祭を始めとする組織が動き出したという現実がな」

とバハルは苦い顔で彼に言う。


「司祭は自らに魔を埋め込んでいた・・・。まさか!その組織のたくらみは・・・」


バハルの言葉にあの時の司祭を思い出し、ある答えが浮上してきた。

それを読み取ったのかバハルは無言で頷く。


「馬鹿な!またあの惨状を繰り返す気か!」


彼の顔が一気に険しさを増して声を荒げる。


「そう怒鳴るな。あの組織は全滅させた筈だ。だとすれば未だ完全な組織ではないのだろう」


身をのりだしたリュウに落ち着けと言い。バハルなりの見解を説明する。


「だが聖戦前の奴らの行動に似すぎている。クソっ司祭の言葉で気付くべきだった!」


バハルの言葉に過去を思い出しながら言葉を吐き捨て、親友に言われるまで気づかなかった自身に叱責する。


「その時点でわかったとて何も出来なかったよ。現に魔王の一人は不完全とは言え復活してしまった」


リュウとは異なり、冷静に判断しようとするバハルは彼を抑えるように言い放った。


「聖戦と同じならば魔王はあと二人。・・・もし司祭の仲間がいたとしたら、司祭同様復活させようと行動に出ているだろう。なんとしても阻止せねばならん」


冷静な言葉と厳しい瞳を彼等に放った。


「軍はそれを知っているのか?」


リュウは怒りを抑えて煙草を取り出しながら問う。


「いや、まだ噂としかみていないだろう」


とバハルは首を振って否定した。

その答えにリュウは苛ただしげに眉を寄せる。


「俺達で動く方が早いな。それで・・・司祭の様な奴らの目星はついているのか?」


煙草に火を付けて、紫煙を吐きながら呟くと険しい顔のまま聞く。


「場所なら一ヶ所ある。西のエクアで最近魔属性に侵食された樹木や魔物が発見され、そして人々が次々に姿を消していると報告があった」


「エクアか・・・あそこは山に囲まれた土地だったな」


バハルの答えに何かを思案しながら呟く。

エクアはリュウの言葉通り山と森に囲まれた街だ。

属性的に言えば大半が土属性になる。

その属性が魔に染められつつあるというのだ。

明らかに不自然な変化だった。


「・・・いってみる価値はありそうだな」


リュウの言葉にバハルも強く首肯した。


「それはいつ頃から始まったか分かるか?」


リュウは煙草をくゆらせながら再度質問する。


「目立つ変化が見られたのは半月前のことだ」


「てことは・・・あまり時間はないな」


バハルの答えにリュウは深刻そうにいう。

暫く沈黙が続いた。


「明後日に発つ。お前はどうする?」


口を開いたのはリュウだった。


「俺はここで情報を集めよう。主を置いて行けば首が飛ぶ。そのかわり黒をよこす。新たな情報が集まり次第黒を通して連絡する」


リュウの質問に答えて彼は席を立つ。


「待て、黒ってお前の体力が持つのか?」


席から離れようとしたバハルを引き留めてリュウは聞いた。

黒をリュウ達に同行させるということは、バハルが黒を“呼ぶ”必要がある。

リュウは旅の間、バハルが召喚し続けることを彼なりに心配しているのだ。

そんなリュウに小さく笑って「馬鹿にするな」と返して店をあとにした。



「あの・・・」


それまでほぼ置き去りにされていたライラが隣に座るリュウに声を掛けた。


「ん?あ、すまん置き去りにしてしまったな」


友人との話に集中していたあまり、彼女を置き去りにしたことを謝罪する。


「いえ。・・・あの、聞いていいですか?」


「どうぞ」


彼女の言葉にやさしく促す。


「えっと、過去の惨状って・・・?」


ライラは何故か恐る恐るといった風に聞く。

そんな彼女にさっきまでの険しい表情を和らげた。


「そうか・・・君は当時幼かったから知らないのか」


と言って煙草をまた取り出す。


「・・・聖戦って言葉は聞いたことあるだろう?」


火を灯し紫煙を彼女にかからないよう吐いた後、そう聞くと彼女は「はい」と答える。


「聖戦を世間ではこう呼んでいる。“悪魔到来”“魔王復活”とな。その名の通り、魔属性の強大な力を持った魔物が三体呼び出された」


昔を思い出し、遠い眼をしたリュウは淡々と話だした。

ライラは彼の横顔を見つめながら静かに聞く。


「呼び出された魔物たちは暴走し始めた。呼び出した組織の人間達は、最初驚きに混乱していたがな。だが悪魔の囁きにより彼等は魔物達のしもべとなり、自らに魔を埋め込んで世界を襲いだした」


リュウはそこで煙草を吸う為言葉を切る。

チラッと彼女を見ると、真剣にこちらに視線を送り静かにまっていた。

フゥっと肺に入れた紫煙を吐き、続きを話すべく視線を再び前に向けた。


「俺はその当時、師匠と共に依頼を受けていた。一日で終わるような簡単な依頼だったんだが、ある事件に巻き込まれて足留めをくらったんだ。その時、バハルと知り合った。奴は軍人でな。その事件を奴なりに探っていたらしい。その事件がその後聖戦につながる最初の鍵だった」


小さくなった煙草を消して、いったん言葉を切り彼女に視線を移す。


「俺と師匠が巻き込まれた事件・・・どんなのか分かるか?」


不意にライラに問いかける。

問いかけられた彼女はその意図が分からず首を振る。


「今回君が巻き込まれた事に似ているんだ。そう、復活の瞬間、俺達はそこに居た。あの時は完全な力を取り戻した状態だったがな。復活前に俺と師匠はその現場となる場所に標的がいると知り、屋敷に潜入した。人気が無い代わりに、異様な雰囲気を漂わせていた。不審に思った俺達は警戒しながら奥へと進んだ。・・・その奥に災厄があるとも気付かずに」


リュウは瞼を閉じ、当時を鮮明に思いだそうと一度言葉を止めた。


「俺と師匠はある部屋に入った。気配を辿たどって、行き着いた悪魔の部屋に・・・。そこから惨劇が始まった。眼の前に現れた魔物に俺達は戸惑った。なんせ下級デーモンとはあきらかに違うレベルだったからな。ソイツは俺達を取り込もうと襲いかかってきた。俺達は必死に戦ったが、最終的に助けが来たときには致命傷を受けた師匠と、それをかばう傷だらけの俺がいた状態だった」


そこまで話すと一息入れるために言葉を切った。

運ばれてきたウイスキーを一口含む。

ライラも緊張していたのか溜め息を漏らすと、眼の前の水でカラカラになった喉を潤した。


「大丈夫か?」


そんな様子をみて小さく笑い聞くと、コクコクと小刻みに頷く彼女。

その反応に再び笑い、話を続けた。


「助けに来たのは、あのバハルとその仲間の軍人達だった。召喚獣を駆使してなんとか魔物を“追い返す”事はできたんだ。その後俺と師匠は保護され、傷を治療してもらった。その時にバハルの口からあの魔物の他にあと二体、同時期に復活し、それぞれ復活したその街を破壊したと知らされた・・・。それが聖戦の始まりだ。初めは関わりたくないと思ったが、どの街にいけど巻き込まれた俺達は軍勢に加わることにした。戦は一年の年月を費やした。人々は傷つき死人も後をたたなかった。しかし皆諦めなかった。傭兵や一般戦士から有志が募り、義勇軍がたちあがった。軍隊と義勇軍、そして俺と師匠は最後の決戦で最後の一体を倒し、長かった戦は終わった」


長い長い話を終えた彼は、少し疲れたように息を吐き彼女に視線を向けた。


「・・・私、初めて知りました・・・そんな戦争があったなんて」


過去を知った彼女は、悲し気に瞳を落としてそう呟いた。


「世間では聖戦の話はかなりねじ曲げられているからな・・・。まあ、あまり良い話でもないから、それはそれでいいのかもしれんがな」


と彼は言い、微かに悲しみを含んで笑う。

彼自身そう言ってはいるが、死んでいった戦友達の存在が消えていく事に悲しみを覚えているのだ。


「そんな顔するな」


まだ顔を影らせるライラに頬をつついて声を掛ける。


「でも・・・でも!それがまた繰り返されるのなら!・・・私の・・・」

「君のせいじゃない。司祭が始まりの歯車で、君はそれに利用されただけなんだ。それに・・・」


ライラは顔を上げ悲壮の声を上げる。それをリュウは遮り優しく説く。


「前の様にはさせない。・・・いやさせてはならないんだ。俺が止めてみせる」


そして強い意思のともった言葉を自分に刻む様に言った。

ライラはその言葉に眼を見開き、そして頭の中にある決意が浮かび上がる。


「私、共に行きます」


彼女がそう口を開いたのは一呼吸置いた時だった。

リュウはその言葉に驚いた。

彼は準備が整い次第、彼女をバハルに預けるつもりだったのだ。

これだけの大事だ、賢者とて共に来れば生きて帰れる保証はない。

ましてや彼女はまだ目醒めてもいない。

だから彼はバハルに預け、事実を見る側に置こうと思っていたのだ。

驚きに言葉を失った彼は、どうやって諦めさせるか必死に考えた。


「私、賢者って言う特殊な人間らしいんです。まだ何も自覚した事が起きてないから分からないんですけど・・・。でももしそれが“始まれば”力になれると思うんです!だから私も同行させてください」


先に口を開けたのはライラだった。

リュウの考えを見抜いたのだろう、必死に意思を伝える。

彼は驚きに再び眼を見開いた。

彼女に賢者の話は伏せていたからだ。

聖女とは自覚させて運命が同じだとはいっていたが・・・。

だから彼女が賢者と言葉にしたとき、臓器が飛び出るかと思うほど驚いた。


「ライラ・・・その言葉誰にきいたんだ?」


やっと口に出せた言葉だった。


「良く分からないんです。でも頭・・・というか体の内から賢者って言葉が浮き出てきたっていうか・・・自然に口からでてました」


と自分でも驚いているのか混乱しつつも答える。


「・・・!そうか・・・君にもあるんだな!」


その答えを聞き少し黙った後、急に声を上げて彼女を凄い勢いで見た。

ライラはなんのことか分からず眼を白黒させていた。


「あ、すまん。・・・実は俺にもたまに有るんだ。知らない筈の言葉が不意に出たり、助言の様な声が聞こえたり」


と苦笑を浮かべ謝り説明した。

その説明にまだ分からないのかライラは首を傾げる。


「・・・もしかして、さっきの初めてのことか?」


その様子にそう聞いた。

彼女はコクンと正直に頷く。


「・・・君はもうすぐしたら目醒めるかもしれない」


彼は嬉しい様な、それでいて苦しいような複雑な顔をしてライラに言った。

ライラは「え?」と一言言葉を漏らし、それから眼を見開いて止まってしまった。


「良く聞くんだ。賢者と言う力は俺にも良く分からない。ただ強大な力が君に宿る。俺の時は暴発して目覚めてしまったんだが、君は順序を辿って来ている。だから、もしかしたら覚醒時に力を抑え切らず暴発するかもしれない・・・。俺より長い時が経っている分、それより遥かに膨大な暴発が・・・。君はそれをも受け入れられるか?」


真剣な眼を向けて、自らの過去を振り返りながら見解を話した。

彼女は暫く息をするのも忘れる程に驚き、自分の存在がそれほど強大だと思い知らされた。

リュウは少し後悔した。

まだ早すぎたかと。このまま彼女が壊れないかと恐れてもいた。

だが彼女の次の言葉に、彼は驚きと安堵の感情が駆け巡ることになった。


彼女はこう言った。


「前に進みたい」



その瞬間、彼はこう思った。


(これが賢者なのかと)


彼女が進みたいと言った瞬間、一瞬だが威圧感と神々しいなにかが彼を貫いたからだ。

彼が彼女の意思を優先させることにしたのは、それからすぐあとのことだった。


自分の宿命も意思を表したのだ。


――賢者の姿を見届けよ――


この意思を拒絶することは出来ない。


リュウは宿命に従い、共にエクアへと向かおう。そうライラに言ったのだった。


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