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第一章  依頼

夕闇の街中。

規則正しく敷かれた頑丈ないしだたみと煉瓦の家が立ち並ぶ一角に、一人の人物が道なりに歩いていた。

人物は長身とは言い難いがそれなりに高く、体躯もガッシリした男である。

髪は短く切り揃えてあり、その下の瞳は黒く真っ直ぐなそれである。

黒の外套を身に纏い、ツカツカと足早に歩いていた。

この男の名はリュウ。

各地を旅する放浪者とでも言っておこうか。


 彼はある屋敷に向かう所だ。

今歩いているマネー・ストリートと呼ばれる道を抜けると直ぐにその屋敷が目につく。


「ここか・・・貴族とは分かりやすい者だ」


リュウは苦笑しながら門番の男に近付いた。


「貴様何用だ?」


門番は見下した眼差しでそう問う。

リュウは懐から便箋を取り出し門番に渡した。

門番は怪訝そうにそれを受け取り、中身を取り出すと内容に目を通した。


「成程、失礼した。こちらに・・・」


先程の態度とは一変して門番はリュウを快く招き入れる。

屋敷に招かれたリュウは客間に通された。

煉瓦の壁に囲まれ、一角に暖炉、中央には低い机、それを挟むようにして置かれたソファーがあった。

リュウは執事に勧められたソファーに腰を下ろし、自らの横に黒く細長い包みを置いた。

執事はうやうやしく礼をし、部屋から出ていく。

彼は小さく溜め息を漏らし部屋を見回した。

客間にしては暗く粗末な作りである。


(扱いは変わらずか・・・)


門前での扱いと比べて再度苦笑しながら彼は思う。

そんなときノックが響き、静かに扉が開いた。

そこからガッシリした長身の男が現れる。

軍人であるようで、白を基調にした軍服をまとっていた。


「またせた、ミスターリュウ。いや無名の剣士と呼ぶべきかな。それとも・・」


低く響く声で言い、リュウの前にドッシリと座る。

 軍人は彫りの深い顔をしており、見るものを萎縮させてしまうような鋭く強い青く光る眼孔をもっていた。


「ミスターバハル。えらくピリピリしているように見えますが・・・」


リュウは青い眼を静かに見返しながら軍人、バハルに問掛けた。


「そう見えるかね?」


口調を和らげたバハルが疲れたようにそう言う。

リュウは小さく頷き戦友を見つめる。

 この二人はかつて聖戦とよばれた戦で、共に戦った戦友であり、唯一リュウの秘密を知る人物であった。


「護衛はピリピリしているものさ」


と軽口をたたきながらも、疲れを隠せぬ口調のバハル。

そんな戦友を呆れた顔で見つめ、溜め息をつくリュウに苦笑して返すバハル。

口数すくなくとも通じあっている、そんな感じだ。


「それで何の用だ?」


リュウはうつ向くバハルに本題をきりだした。


「うむ、お前に行って貰いたい所があってな」


バハルは顔を上げ、リュウの眼を真剣に見ながら答える。


「?・・・なぜ俺に?お前の部下は?」


リュウは不思議そうな顔でバハルに再度問掛けた。

バハルは渋い顔を小さく作りながら重い口を開けて

「依頼をしたいんだ」

と一言告げた。


リュウの瞳が一瞬にして鋭くなる。

リュウの旅人と言う名は肩書きだ。

本当の姿は、今は知るものも少なくなった“影武者”。

暗殺を主に裏で様々な事をする。

主に付き、族という集団で活動するのが本来なのだが、リュウは単独というスタイルでおこなっていた。

いわば異端児。

その身体能力も並外れており、バハルですら未だ驚くほどである。

そんな彼に依頼ということは、良い事と言うわけではないのだ。


「・・・成程、そりゃ部下には無理だな」


リュウは腕を組み静かに呟く。


「で、標的は?」


バハルの渋面を見つめながら冷静に質問した。


「・・・ここから南の聖都サザンクロス、そこの大聖堂・・・」


バハルはそこから口を閉ざしてしまった。


「どうしたお前らしくない。それだけでは内容が読めんではないか」


少し苛立ちながらバハルに静かに言うリュウ。


「・・・そうだな」


渋面のまま苦笑し顔を上げるバハル。


「大聖堂に隣接する孤児院、そこのライラと言う者がターゲットだ」


リュウの漆黒の瞳を真っ直ぐに見つめながら迷いを消した声で告げる。


「女か、くわし・・・」


「何も聞かず実行してほしい」


リュウの問掛けを強く遮り、バハルは懇願する。

リュウは面食らった顔をバハルに返し


「・・・獣でも降るんじゃないか?」


とバハルに言う。

バハルは常に忠実に情報を伝える男だ。

その男が口を濁すことは一度もなかった。


「降る方がマシだ」


苦笑を返しながらバハルは力無く答える。


「まあいいさ、依頼を遂行すればいいんだろ」


バハルの苦い顔にリュウは笑顔で返した。


「有難う」


「なにいってんだ、お前らしくない。俺にまかせといてくれ」


バハルの言葉にリュウはおどけた態度で返し、バハルの胸を小突く。


戦友は笑顔を取り戻し「そうだな、頼む」と返した。


「にしても初めの挨拶は肝が冷えたぞ」


リュウは立ち上がりながら笑ってバハルに言う。


「たわむれだ。許せ」


リュウはバハルに見送られて屋敷をあとにした。


(バハルの奴もややこしい屋敷に就いたものだ)


裏にまで手を出すような、ぬかりない主だ。

たとえ下らない問題としても確実に潰すのだろう。

主に下らない用事を申し付けられ、忠実にこなすバハルを脳裏に浮かべ、小さく笑いながら街灯が照らす夜の街を進む。




 リュウはこの街、ドーハのスラムにある酒場『風の旅人』亭にいた。


ウィスキーロックを眼の前に、煙草をくわえ紫煙をくゆらせている。

彼は明日発つ。


―無名の剣士、それとも・・・―


彼はリュウという名を持ちながら後2つ、名をもっていた。


(1つは“無名の剣士”、もう1つは、封印された名。口にしては成らない名)


「・・・か、もう忘れかけていたよ」


独り呟き苦笑を浮かべる。

そして隣に立掛けてある包みを見つめた。

包みの中身は彼の分身。


「また世話になるかもな」


と包みを軽く叩き、ロックを飲み干して銀貨を残し宿へと向かった。



 翌日早朝。

まだ朝日も出ぬ薄闇の中リュウは外套がいとうまとい、包みを肩に掛けて街を出た。



 サザンクロスには直ぐに着いた。

理由は空。

この世界では、人間以外を側に呼び寄せる事が出来る術がある。

つまり“召喚”だ。

言葉で言うのは簡単だが、実行するとなるとかなりの技術と体力がいる。

彼はそれを軽々とこなしていた。

だから空を移動することなど、彼にとっては普通なのだ。

そして獣たちも彼を慕い、呼び声に喜んでやってくる。

今回は巨大な鷲が彼の隣に立っていた。


「ありがとう、助かったよ」


鷲の首筋を撫でながらそう礼を言うと、鷲は嬉しいという思念を送り消えていった。


「サザンクロスか、三年ぶりだな」


緑豊かな、それでいて神々しい大都市を見つめ皮肉に呟く。

街に入る門をくぐり、真っ直ぐに大聖堂を目指す。


(先ずは下調べ)


そんなおり

「わっ!!」

と彼の直ぐ側で、小柄な女の子が何も無いところで転んだ。


「大丈夫か?」


リュウは女の子の腕を優しく掴み、起きあがらせる。


「え?あっだ大丈夫です!ありがとうございます」


女の子は黒い修道服を慌てて払いながら、耳まで赤くして礼をいう。


「修道女か?」


彼女の身なりをみてそう質問する。

彼女はきょとんとするが、直ぐに満面の笑顔を向け「はい」と答えた。

リュウは自然と眩しい太陽を見つめるように眼を細める。


「そうか。これから大聖堂に行きたいんだが案内頼めるかな?」


輝く彼女を見つめながら彼はそう訪ねた。

彼女は鳶色の瞳を真ん丸に見開いて、転びそうな勢いで頷く。

そんな彼女を見てリュウはつい笑ってしまう。


「ハハハ、そうか有難う。助かるよ」


そう言って右手を出す。

彼女はその右手とリュウを交互にみて不思議そうに首を傾げる。


「俺はリュウっていうんだ。宜しくな」


軽く笑いを堪えながら手を軽く前に出した。

あっ!と言う顔をして直ぐに右手を出して彼の手を握る。


「私はラ・・・ラミアと申します」


次いで名前を言うのだが何故かギクシャクしているラミア。

少し不審には思ったが、何も言わず優しく笑いかえしてやるリュウ。

そのままリュウは手を引き、道を歩き出す。


「リュウさん」


そんな彼に慌てつつ声をかける。

リュウは振り返り短く「どうした?」と聞くとラミアは逆の手で右手を指し、恥ずかしそうに「手を」と言った。


「すまない!わすれていた」


と少し赤くなって離す。


「ふふ」


照れを隠す様に視線を空に向けていたリュウは、その笑い声に視線を戻した。

彼女が小さく笑っていたのだ。


「忘れてたって・・・面白いですねリュウさんて」


と笑いを堪えながらもリュウにそう言った。


「そうか?」


少しムスっと口を尖らすが直ぐにつられて笑うリュウ。

この朗らかな風景を作り出す二人に、最悪な運命が訪れるのは少し先になる。


大聖堂に着いた二人はラミアからの勧めもあって、ある女性に逢うことになった。

女性はすぐにみつかる。

大聖堂を入って直ぐの、聖ミリアの前に立っていた。


「司祭様!」


ラミアが小走りに駆け寄り司祭を呼んだ。


(司祭?・・・女性とは驚きだな)


この国では女性はシスターと呼ばれる。

女性が司祭の位になることは極めて異例なのだ。


「ラミア、神の前で走るとは関心出来ませんね」


司祭は口調とは裏腹に、柔らかな顔でラミアに注意をする。


ラミアはすぐに「ごめんなさい」と身なりを整えて一礼した。


「それで、どうしたのです?」


一つ頷いたあとラミアが慌てていたことを問うと、はっ!とした顔になり、すぐに後ろを振り向いてリュウを確認する。

そんな仕草が子供っぽく愛らしい。


「この方が是非、大聖堂を見学したいと申しまして、お連れしました」


「リュウと申します」


ラミアの紹介にリュウは軽く頭を下げ名乗る。


「そうでしたか。どうぞご自由に見回ってください。神もお許しになるでしょう」


司祭は柔和に笑い、胸の前で印をきるとラミアへと視線を戻した。


「ラミア、リュウ様を案内してさしあげなさい」


「はい」


司祭の言葉に大きく頷き、小さく印を返した。


(神か・・・許してくれますかね)


彼女らの話を軽く聞きながら、聖ミリアの像を見上げる。


「リュウさん、まずはこちらに」


リュウが皮肉気に考えていると、ラミアにそう言われ意識を彼女に集中した。

大聖堂の中は広く、白を基調にした壁と床の大理石は磨きあげられていた。

それを目にし、皮肉に笑う。

理由は二つ。

この建物の高級さとそれを保持する権力。


(神とは金か?)


少し呆れ気味に内心呟く。

勿論、表はラミアの話を一身に聞くふりをしてだが。


「だいたいはこんな感じですね。あとは私たちの家にもご案内します」


小さな一室で茶を飲みながら一息ついていると、ラミアがカップを両手に持ちながら笑顔で言う。


「家?」


意味が分からず聞き返すリュウに、ラミアは「そうでした」とカップを置く。


「私は孤児なんです。生まれてすぐにミリア様の前におかれていたそうです」


「そうだったのか。てことは大聖堂に孤児院・・・いや君たちの家があるのかい?」


ラミアの告白に、リュウは気持が暗くなるのを感じながらも明るく質問した。


「はい」


ラミアは曇りない笑顔で頷く。

それをみて彼は軽く微笑みを返し、茶を一気に飲んだ。


「そうと決まれば早速行きたくなったな。君の暖かい家に」


悪戯っぽい笑顔をラミアに見せる。

ラミアは少しボーとしたあと、直ぐに頬を軽く赤くさせてうつ向く。


「どうした?」


そんな彼女をみて少し不安げに問う。


「あっいえ、じゃいきましょう!私の家に」


ラミアはパッと顔を上げ小さく首を横に振ったあと、満面の天使の笑顔を向ける。

二人は同時に立ち上がり“家”に足を向けた。


「ここが私の家です」


大聖堂の正確にはその隣に隣接する、同じく大理石造りの建物の前でラミアが胸を張って紹介する。

そして扉に手を掛け開けるラミア。


「お姉ちゃん!」


と大勢の幼い声が響き、一気にかけよってくる子供達が一番に眼に入った。


「お姉ちゃんおかえり!」

「どこいってたの?」

「その人誰?」

「こわい」


等々、一斉にラミアは質問攻めを喰う。


「こーら!お客様の前でいきなり騒がないの」


ラミアは苦笑を交えながら子供達を軽く叱る。

それから驚くことに、ひとりひとり先ほどの質問に答えてあげていた。


(すごい)


彼は素直にそう感想を内心のべ、微笑ましくその光景を眺めていた。

しばらくすると子供達の波は引き、解散していった。


「ごめんなさい、お待たせしてしまって」


「いや、弟妹きょうだい達か?」


リュウは首を軽く振りラミアに尋ねる。


「はい!ちょっと我が侭だけど可愛い弟妹なんです」


と彼女は胸を張って誇らしげに、それでいて優しげに答えた。

あえて先程の、一斉にはっせられた質問を答えあげたあの特性には触れず。


「いい弟妹たちだな」


とだけ返し和やかに彼女を見た。


「有難うございます。では案内します」


彼女は薄く頬を赤く染めながらそう言い、歩きだした。

中は大聖堂ほど広くないが清潔に保ち、尚且なおかつ温もりが絶えない場所だった。

案内中にラミアが言うには、ここの皆は戦争孤児や放棄、虐待や拉致被害等で保護された子達なのだそうだ。

中で働く者も殆んどが彼女の“姉”や“兄”だという。


「血は繋がらずとも皆、絆をもってるんですよ」


彼女はうれしそうにそういった。

ある程度回り、休憩を取ろうとの彼女の提案があり、今は彼女の自室にいる。


「本当に暖かい家だな」


茶で軽く口を潤しながら素直にリュウは言う。


「私もそう思います」


カップに自分の分を注ぎながら柔らかく返す彼女。


「そうだ、一つ尋ねてもいいかな?」


ふと頭の中に記憶されたある場所を思い出し、カップを手にとるラミアに質問した。


「はい」


彼女は柔和に笑いながら頷く。


「家の中庭に石造りの広場があったけど、あれ鍛練場だよね?」


少し声色を落としてそう尋ねる。


「えっ、よくわかりましたね!説明も・・・」


ラミアはかなり驚いて言い、ソレから慌てて口を両手で塞ぐ。


(やはり・・・孤児院にあんなものは必要ないはず・・・なんかあるな)


ラミアの反応に、あらかた予想はついていた疑問が確信に変わった。


「聞いては駄目だったかな?」


内心の確信は表に出さず、申し訳なさそうな表情でラミアに尋ねると、少し困った顔で彼女は小さく頷いた。


「そうか、なら話題変えようか」


リュウは苦笑して告げると、やっと口から手を放してホッとしたような表情をうかべるラミア。


「この街で安宿はないかな?その下か近くに酒場があれば申し分ないんだが」


そんな表情を眺めながら尋ねる。


「宿ですか?・・・あっありますよ!」


ラミアはウーンと顔を傾けて悩みこんだ末、パッとリュウの顔を見てそういった。


「そうか、なら早速教えてくれないかな?旅荷物を置きたいから」


コロコロと表情を変える彼女に小さく笑いながら、荷物を軽く持ち上げて言う。


「場所は“ここ”です」


彼女は唐突にそう答えた。


「・・・え?」


ワケが分からず、つい聞き返してしまう彼に吹き出してしまうラミア。


「フフフ・・・済みません唐突すぎましたね。この家に泊まればいいんですよ。近くに酒場もありますし、客室もあります」


彼女は眼を爛々と輝かせながら胸を張ってそういった。


「でもいいのか?部外者を泊めるなんて」


ラミアの提案に眉を寄せて問う。

一修道女が簡単に決められる事ではないのだから。


「大丈夫です。私こう見えて結構偉いんですから」


(いやそうじゃなくて)


胸を張って言い返す彼女に、ついツッコミを内心入れつつ苦笑を浮かべる。


「偉いとは、どれくらい?」


彼は苦笑を浮かべたまま、未だ得意満面の顔を一杯に出した彼女に問う。


「一応、聖女なんです。司祭様が言うには特別な存在らしいです。実は私もよく分かってないんですけどね」


とそれこそ機密ではないかと疑う程の事をスラスラと答えた彼女に少し驚き、リュウは眼を見開く。


「聖女!?・・・驚いた、いや本当」


つい口数も減ってしまう位に。

聖女とは神に選ばれた特別な存在。

神声しんせいと言われる人には聞こえない言葉を聞く事ができる。

何処にも属さない彼でも尊敬するに値する相手である。


「驚きすぎですよ」


自覚なしの顔で彼にそういう。


(本当に聖女なのか?)


つい疑ってしまう。


「本当に驚いたよ、そうか」


だが彼女の澄んだ瞳を見ると、嘘だとは信じられなくなるのは彼女の特性か。

彼は認めるしかなかった。


「じゃ決まり」


ラミアは手を叩いて急に言い出した。


「えっ、ちょ・・・」


「部屋に御案内します」


またまた驚いて反論しようとすると、すんなり先回りされ、手を引かれて部屋に連れていかれた。


(まあ、いいか)


リュウは諦めてついていくことにした。

司祭の許可ももらい、宿は孤児院に決まった。

彼にとって良かったのか。

悪かったのか。



彼は今、酒場にいた。

実は宿が決まり次第連絡をする予定だったのだ。

しかし宿が宿だけにそこが連絡先にするわけにはいかず、酒場“旧き友の舘亭”を急遽連絡先にしたのだ。

勿論、そこが待ち合わせ場所ともなる。

リュウは小さく呪文をうたい、印を机にグラスのしずくで描いた。

そこから小さな妖精、“ティンカーベル”が現れた。

ティンカーベルは瞬時にクリアの呪文を自らに掛け姿を消した。


『きこえるか?』


ティンカーベルに思念でといかけると手に触れてきた。


『いい子だ。バハルにこの場所を教えてやってくれ』


ティンカーベルの頭を人差し指の腹で撫でて命じた。

ティンカーベルは小さく頷いて飛んで行く。


(ふう、それにしても・・・動きにくくなった。決行日は顔を隠す必要がありそうだな)


軽く疲労を覚えながら溜め息をつく。


(にしても、聖女とは驚いた・・・そしてそれが凶と出るか吉と出るか・・・)


ウィスキーグラスを片手に思案し続ける彼の表情は、思考とは裏返しの楽し気な顔となっていた。

空が闇の衣に覆われた頃、ティンカーベルがもどってきた。

ティンカーベルの特性、テレポート[空間転移]を使い、短時間で移動をしたのだろう。


『こら、あまり無茶をするなよ』


主人の為にかなり急いだのか、彼の肩でティンカーベルは倒れている。

その様子を見て彼は思念で軽く叱る。

が顔は苦笑している。


『で?バハルは何か言ってたか?』


小さくなった氷をさりげなく渡しながら、本題をきりだす。


『バハル様、黒をよこすって』


氷を軽く舐めながらも、真剣に思念を送ってくるティンカーベル。


『黒を?奴も自ら出向けなくなったか、まあいい。黒なら明日には着くな。ティーはどうする?帰るか?』


グラスの中身を一気に飲み干し、銀貨を懐から取り出しながらティンカーベルのティーに尋ねる。

ティーはリュウの頭の中に嫌だという思念を送りつけ、肩にしがみついた。


『我が侭。仕方ないな・・・そのかわり部屋に着くまで姿は消すこと、いいな?』


リュウの苦笑まじりの思念に、顔が輝くティーを感じとり銀貨をカウンターに置くと孤児院に戻っていった。


孤児院についたころ、肩に乗っていたティーに小さな異変が起きていた。


『・・・どうした?』


小刻に震えるティーに思念で問掛ける。


『リュウさま、ここ怖い・・・何かがいるよここ』


ヒシッと彼の首に抱きつき、恐怖と戦いながら答えるティー。

リュウは気配を消し、周りの気配を探った。


『ティー、ふところに入ってろ』


鋭い眼孔のまま優しくティーに言う。

ティーは素直に彼の懐に入り身を隠した。


(なんだ?この気は)


近くには居ないとわかる気配だが、あまりに強大で重い。

気配を消したまま、奥へ進む廊下を静かにすすんでゆく。


(鼓動?それにこれだけの気だ、常人でもわかるはず)


進むにつれ重い気配はその強大さを増してゆく。

それにも関わらず誰も起きている様子は無く、逆に不審をもてるほど静寂に満ちていた。

まるで誰も居ないかのように。


『ティー、一度クリアを解いて聖域を発動してみてくれ』


未だ脅えるティーに優しく思念で指示すると、ティーはクリアを解いてコクッと頷く。


「聖に守護されし空間よ今解放す」


小さき少女は震える声を押さえて、呪文を詠い解放した。

それと同時に、脈動というべき重い気配も強大さを更に増す。


(間違いない。魔の要素だ。しかも上位の・・・しかし何故?聖の要素が濃いはずのこの場所で)



「魔に染められし空間から我等を守護せよ、聖域隔離」


内心で今の現状を思案しながら、ティーの魔法を応用して彼等の周りだけを聖域と縮小させた。


「いずれにせよ、先へ進むしかないか」


聖域に守られた空間に入って、少し安心したティーの頭を撫でそう呟く。


「リュウさま・・・あの気配、下から伝わって来るよ」


懐から顔だけを出して主に言う。


「地下か・・・ありきたりだな。それを隠す主は相当な馬鹿か。バレないのに自信があるのか」


ティーの主張に溜め息混じりに皮肉を口にする。


「でもね、ここの真下じゃないよ。少しだけずれてる」


小さな少女は懐から出て、感覚を研ぎ澄ます。

彼も同じく気配をたぐり寄せるように探った。


「あっち」


彼が顔を上げると同時に、ティーはある方向を指差した。

無言で頷き返し、彼はその場所へと駆けた。

彼が向かった場所は、大聖堂だった。

そう、孤児院の隣。


大聖堂の中に入ると、先程より比べ物にならない程の魔の要素が充満しており、霧となって形を現していた。


「リュウさま!あそこから霧が」


懐に戻った少女は、眼の前を指差した。


「聖ミリア・・・」


少女が示した先には彼の言葉通り、白く磨きあげられた像、聖ミリアが立っていた。

その像の背後から、大量の濃霧が湧き出ていたのである。

眼孔を鋭くし、肩に担いでいる包みをチラッと確かめユックリと歩み始める。


「?・・・!」


あと数歩と言うとき、何かが動き出した。


「くっ!」


彼はとっさに後ろへ跳ぶ。

その直ぐあとに轟音が轟いた。


「聖ミリアの像は実はゴーレムでしたってわけかよ」


聖ミリアの形をしたゴーレムがくりだす攻撃をかわしながら悪態をつく。


「光の結晶よ、敵を裁て!ジャスティス」


ティーがとっさに高等術を詠い放った。

光の粒が凝縮し、十字となって敵に吸い込まれる様に消える。

直後拡散するように内側で爆発した。


「・・・なっ!」


爆煙が消え去るまで見守っていたが、そこから現れたのは粉々にされたゴーレムではなく、黒き表皮を持ったデーモンであった。


「聖なる着ぐるみを着ていただけかよ」


皮肉を口にするも、彼の額には冷や汗が一筋ながれる。


「・・・人間よ。我等が王の復活を妨げる者よ。我の血と肉となれ」


デーモンは脳裏に響く、低く貪欲どんよくな声でリュウに言うと前進しだした。


「おいおい高等魔族のロストデーモン!」


数歩後退し素早く印を結ぶ。


「刻と門を守護す黒き獣よ。呼び声に応え我が前に来れ」


迫り来るデーモンの前で詠唱し、印を解放した。

印から飛び出す様に出てきたのは黒き毛皮を纏った巨大な狼、ガルムだ。

ガルムはデーモンに怯む事なく、飛び出した勢いのまま突進した。

ガルムが召喚されたと同時にデーモンの胸が赤黒く膨張し、それが喉から口へと移動すると、口腔から赤黒い灼熱がガルムに向けて吐き出される。

とっさに空中で体を右に捻り直撃を免れたガルム。

しかし熱波の為かガルムの巨体から煙が出ており、時折ブスブスと音を立てている。

動きを止められたガルムは、自らも黒煙を吐き出し姿を隠して敵に近づく。

リュウも黒煙の中に入り、肩に担いでいた包みから一振りの剣の様な物を引き抜く。


「無駄な事を」


部屋に黒煙が充満したとき、不気味な声がそう呟いた。

瞬間

唸り吠えるガルムの声が響き渡った。

反らすより早くデーモンは眼から体内へと侵入してきた。

致命的なミスをしたリュウは、精神に壁を造ろうと集中するが苦痛にうまく行かない。

直視を免れたティーが心配そうに主の顔を伺い、対応呪文を必死に考えていた。

ガルムはというと、唸りもがき苦しんでいる。


「がぁっ!・・・俺から・・・出ていけぇ!」


余りの苦痛に顔を歪めながら、中にいるデーモンに怒鳴る。


『もがけ苦しめ・・・ほぅ』


脳裏に直接響く声で含み笑いと共にそう言い、記憶内で何かを見付けたのか興味深げにそしていやしげにソコに留まる。


『同族にさげすまれた呪われし人間か・・・面白い』


デーモンが言うや否や、記憶がフラッシュバックするようにリュウの脳裏で拡大してゆく。

さかのぼり、ある時で停まった。

リュウはビクッと痙攣し、一瞬で顔が蒼白になり頭を抱えて膝を着いた。

停まった時はユックリと動き出し再生する。

記憶の中では一人の少年が人間からさげすまれ、愚痴をいわれ、物を投げられる光景から始まった。


『同族に裏切られて過ごすのはどうだった?』

「うるさい」


『憎いだろ?』

「だまれ」


『そんな人間を守ってどうなる?』

「だまれ!」



記憶が雪崩込むなか、デーモンが楽しむようになぶり嘲笑う。

その度に必死に抵抗をするリュウ。

そんな抵抗は無駄に終わり、記憶は次々と進んでゆく。

少年とその両親であろう人間は、街を追いやられ孤独な生活へと旅立った。

だがどの街や村でも何故か彼等の噂は広がり、追いやられ最終的に両親は殺された。


少年は怨み憎みそして我を無くす。

少年は父親の形見となった“刀”を手に、両親を殺した国王へ刄を向けた。

しかし近衛兵にあっけなく捕まり彼は王の前へと膝まつかされた。

王に憎しみの眼で無言のまま睨みつける。

そんな記憶が彼の頭の中でめまぐるしく展開してゆく。

魔物が現れ人々を虐殺し、国を廃墟と化した記憶が蘇る。

彼は息を詰まらせ必死に闘った。


『フハハハハ!苦しいだろう。お前は我等と同じではないか。憎しみにかられ人間を殺し生きている』


デーモンは大きく笑ったあと愉快げに言い放った。


「ちがう!俺は!俺は・・・」


首を横に振り否定はするが、思考がまわらずデーモンの良いように侵食されてゆく。

すでにガルムはぐったりし動かない。

その為リュウに標的をしぼられた為に苦痛が倍となる。

奥歯がギリギリと鳴り、もう限界に達しようとしていた。

そんな矢先、ほんの小さな暖かい光が精神の断片に現れる。

ティーが無駄と知りながら、癒しの光と呼ばれるヒールを彼に施したのだ。

未だ詠唱を続け、彼を救おうと必死になっている。

リュウは気力を振り絞って立ち上がり、刀を青眼に構えデーモンに切り込んだ。

デーモンは意表を付かれたのか精神を我が身に戻すのが遅れ、胸を斜めに切り裂かれてたたらを踏む。

精神が正常に戻ったリュウは、大きく息を吸い呼吸を整えた。

未だヒーリングをかけるティーに『ありがとう』と思念を送る。

ティーは疲労が残る顔をした主を見て、少し不安そうに眉を寄せたが詠唱をやめてまた懐に身を隠した。


「よくも過去をひっかき回してくれな・・・しかも最悪なものを」


ガルムを送還しつつ、憤怒の形相でデーモンに言い放つ。

デーモンはその言葉に小さく笑い、体勢を整えて彼を見下ろした。


「油断が過ぎたようだ。どうやら本気を出してもよさそうだな」


「口数だけが取り柄か?」


デーモンの言葉と重なる様にリュウが皮肉に問う。

デーモンは牙を剥き出し、怒りを爆発させた。

それを合図にリュウは刀身を下段に構え駆けた。


刀身に魔力を帯させ、デーモンから放たれた豪風を切り裂いて交すと、その軌道を軸に左腕を切り付ける。

肉が裂け骨に当たる感触が腕に響く。


「!?」

その直後刀が抜けなくなった。

デーモンが裂かれた筋肉で刄を掴んでいるのだ。

デーモンが逆の腕を振り上げ彼に向けて拳を下ろした。

リュウはとっさに印を素早く結ぶ。


「神の武器よつらぬけ!」


印から光の槍“トライデント”が現れ、眼の前の敵に突き刺さる。

デーモンが苦痛と驚愕に一瞬動きを止めた。

リュウはその一瞬の隙に素早く刀身を抜き、数歩後方に退く。

トライデントが完全にデーモンの腹を突き破り消えた直後、地響きと共にデーモンが膝をついた。

だがデーモンは膝をついたまま、無傷の腕を振り上げ床に叩き付ける。

床が盛り上がり波のようにリュウに襲いかかる。

彼は横に飛び退き避けたが体勢が崩れた。

デーモンは続けて地獄の業火を吐き出す。


「ぐぅ!ぬぁぁ!」


業火の直撃を受け肉が焼ける。

それを耐えそのまま炎を纏いデーモンに突っ込んだ。

切っ先をデーモンの胸に合わせ、駆ける勢いと共に突き刺す。


デーモンも同時に手刀を彼に向けて突き出した。

肉を突き破る音が響き、侍と魔物は動きを止めた。


「・・・クックックッ、人間・・・名を聞こう」


激痛に顔を歪めつつ低く笑うと彼に問うた。


「・・・リュウ・・・リュウ・サナダ」


油断なく見据えたままリュウは名乗る。


「リュウ・・・我は誇りに思う。お前のような人間と・・・立ち合えて」


デーモンはその言葉を残し灰となって崩れていった。

血に濡れた刀を下ろし、そのまま崩れるようにリュウは倒れる。

重度の火傷と最後の手刀によってえぐられた脇腹の傷により、彼は限界を越えていた。

息を乱し痛みに顔をしかめる。

その時、彼の外套から泣きそうな顔でティーが出てきてヒーリングを唱え始めた。

ティー自身も外套に守られたとはいえ、業火で軽度の火傷を負っているというのに。

癒しの暖かい光に包まれ、徐々にだが痛みが軽くなる。

彼は人差し指の腹でティーの頭を軽く撫でた。


暫く癒しの光に包まれたまま倒れていたが、おもむろに体を起こす。

体が動くか確認したあと立ち上がる。


「大丈夫だ。まだ終わってない」


心配そうな顔を向けるティーに向けて微笑み返し、像があった場所を油断なく見つめ刀を鞘に納めて歩きだした。

火傷はほぼ治ってはいるが、神経は軽く麻痺を起こしている。

そしてなにより、いまだ血が軽く流れる脇腹は、薄皮が傷口を覆っている程度にしかなっていない。

痛みは歩く度に響いたが顔には出さず、目的の場所へと急いだ。

像が立っていた裏には地下へと続く階段があった。

彼は躊躇なく階下へと足を向ける。

気配は先程より薄くなっていた。

戦いの轟音を聞き付けて緩めた為だろう。

周りに注意を払いながら、階下先に続く暗く湿った回廊を進む。


「・・・」


少し先に明かりが漏れているのに気付いた。

明かりの元に行くと、大きな木製の扉が現れその隙間からもれていた。

扉を静かに開けて中に入る。

幾つも並べられたランタンの光が部屋を照らしていた。


「まってましたよ・・・リュウ様」


聞き覚えのある声に呼ばれ、彼はそちらに眼を向ける。


「司祭様。貴方が・・・なるほどな」


姿を写した瞳を細める。


「こんなにも早くみつかってしまうとは驚きですよ」


柔和な笑みを張り付けたまま、司祭は小さく首を横に振る。


「下手な嘘をつく。これはわざわざ貴方の気配を解放し、俺をここに誘き寄せるための罠だったのだろう?」


険しい顔をしながら問掛ける。

司祭は柔和から少し怪しい笑みを口許に表し、肩をすくめる。


「流石は“無名の剣士”殿。でも私ではないのですよ」


「貴方ではない?」


司祭の言葉に片眉を上げて聞き返した。


「私はただのしもべ。そして王を目覚めさせる材料を集める為の手と足。強大なこの力は王の魔力が漏れだしているの」


熱にうかされたような声で彼に言い、怪しく唇を歪める。


「材料には若々しい精神、最高の肉体と最高の能力が必要。精神はもうにえになりました。あとは肉体と能力・・・」


司祭は後ろを振り向き、何かを一瞬見つめた。


「貴方は・・・人間なのか?」


虚ろな目で立っている司祭に、彼は油断なく身構えて再び問掛ける。


「・・・ええ、人間よ。ちょっと違うのは、魔力の違いと悪魔に心を売った所・・・かしらねえ」


司祭はフフフと妖しく笑い一歩前に出た。


「あっ、そうそう。最初にいった若々しい精神て何かわかるかしら?」


いつの間にか口調が変わり、表情までもが変わっていた。

彼は眼を細め少し思案してから「まさか!」と声を上げた。


若々しい精神・・・つまり子供。

孤児院に入ったときのあの静寂。


「子供達をどこにやった!?家族を・・・ラミアの家族を!」


リュウは怒りに顔を歪めて怒鳴った。


「家族?・・・アハハハハ!くだらない、それにラミアならアソコに居るわよ」


その様子を嘲笑うかのように笑い、そして後ろを指差した。

指した先には祭壇のようなものがあり、その上に横たわるラミア。


「ラミア!!貴様」


「眠っているだけよ」


怒りに身を乗り出す彼に、司祭は冷ややかに言い再び笑う。


「一つ・・・貴方にお教えしましょうか。ラミアの本性を」


彼女に近づき、艶やかな髪をもてあそぶように手で触りながら試すように言う。

彼は今にも暴走しそうな精神を抑え込み押し黙る。


「フフフ、お利口な人。ラミアという名は偽名よ。私が隠す為に付けたの。本当の名は“ライラ”。賢をもつ“過去の英雄”にして“現在未来の最厄”。聞いたことあるはずよ、賢者という名を・・・」


まるでライラのまだ見ぬ魔力に酔っているかのように、虚ろな目で淡々と答える司祭。


「ラミアがライラ・・・賢者だと!?」


探していた人物がラミアであったことに驚き、賢者であったという事実に驚愕した。


「そう、貴方・・・“刀者”と同じ運命を辿る最厄最強の人間。そして刀者様が加われば我等の王は眼を醒ます」


演技のように声を張り上げ空を仰ぐ。


「それで俺か・・・。だが彼女からは魔力を感じない」


リュウは、あの無邪気な笑顔を思い出しながら呟くようにいう。


「これはまだ覚醒していないのよ。違う言い方で言えば魔力を貯蓄しきった宝玉」


ライラを“これ”と呼び、もう人間とは認識していないかのように淡々と述べる司祭。

そんな司祭に奥歯を噛み締めながら睨みつける。


「さて、もうお喋りは終りにしましょ」


両手をパンっと打ち、張り切る主婦のような顔で彼に向き直る。

まるで今からメインディッシュをこしらえるかのように。


「さあ、いらっしゃい・・・」


子供をベッドへ誘導するかのような口調でリュウを手招く。


「・・・断る」


リュウはきっぱりと言い、刀を下段に構えた。


「そう・・・なら!眠ってもらうわ!」


司祭はギロっと眼をむき、素早く印をつむぐ。


「我が王の意思で呼ぶ、霧に纏われし翼あるものよ現れよ」


司祭は印をリュウに向けて放ちながら詠唱し、獣を呼び出す。

リュウは印から飛び出すであろう獣に身構えた。

印から出てきたのは巨大な漆黒の翼を持ち、頭は鷲だが体は人間のような作りの“魔物”。

しかしその皮膚は羽毛で覆われており、奇抜怪奇な姿をしている。

鳥人種族という獣なのだが、目の前に居るのは魔に身を委ねているデビルバードというはぐれ者。

デビルバードは翼を広げ空中で命令をまっている。

リュウも印を紡ぎ、眼の前に放つ。


「盟友よ我の前にきたれ」


リュウの呼び声に応えるかの様に印が明滅した。

そこから現れたのは白の毛並を持つ虎。

白虎ビャッコ

聖獣と呼ばれる幻の存在、国によっは神の子とも呼ばれ崇められている獣である。

白虎はデビルバードに対峙するように立ち、喉を鳴らす。


『また厄介な事に巻き込まれてるな、小僧』


低く唸るような声がリュウの脳裏に響く。


『それが運命らしい』


苦笑を浮かべ白虎に答えた。

白虎は何も言わずにニヤッと口を歪めて牙を見せた。

リュウは小さく微笑み頷く。

それを合図に白虎はデビルバードに接近していった。

デビルバードは今まで闘った事のない相手を前に、少し戸惑いをうかべていた。


「貴方は本当に素晴らしいわ!伝説の白虎まで手駒にしてるなんて」


「手駒じゃあない、相棒だ」


司祭の叫びのような声の直後、リュウは即座に否定しきっぱりそういった。


「王よ!最高の素材を今、お持ちいたします」


司祭はリュウの言葉など聞こえていない様にそう言い、腕を振るった。

それを合図に今まで戸惑っていたデビルバードが、翼を目一杯に広げそして振るった。

翼から抜けた何本もの羽根が、矢のように白虎に襲いかかる。

が羽根は白虎が居たはずの床に刺さり動きを止めた。

デビルバードは敵を見失ない、辺りを見回す。


「ガアアア!」


獣独特の吠えと共に、デビルバードは頭から床に叩き付けられた。

白虎が瞬時に背後に回って敵に襲いかかったのだ。


「よそ見しすぎだ」


デビルバードを鋭く見つめていた司祭に一言言うと、音もなく斬り付ける。

瞬時に司祭は身をひるがえし避けた。

刀身は彼女に届かず空を斬る。

司祭は懐から短剣のダガーを取り出し、彼に突き刺す。

それを体をずらして避け、刀を横なぎに振るった。

刄は司祭の服を切り裂き朱に染まる。

二人は後ろに跳び、間隔を取り睨みあった。


「あんた普通の司祭ではないだろ?」


あまりの俊敏さにそうリュウは問掛ける。


「言ったはずよ。魔の僕と」


妖しい笑みをのせてそう答える司祭。


「・・・魔を埋め込んだのか」


リュウは司祭の言葉に顔をしかめて呟く。


「それがどれ程危険かも分かっててやったのか?」


再び問掛けたリュウの声は軽く悲しげに聞こえた。


「何もかも承知のうえよ。そして私は魔に負けずに力を手に入れた。王を守るための力を!!」


彼の胸中など関係無い様子で、彼女は狂喜を伴う声で答え動いた。


「くっ!」


おどりかかる司祭に内心哀れみを覚えながら見つめ、振るわれたダガーを軽くかわすと刀身を上に向けて振り上げる。

金属が落ちる音と共に、ボトっと何かが落ちる音が響いた。


「ギャァァ!」


腕を落とされた司祭は、血が流れ落ちる右腕を押さえ悲鳴を上げながらうずくまる。

リュウは彼女から離れそのままライラの元へと向かう。

向かう途中チラッと白虎のほうへ眼を向けると、もう決着がついたのか白虎は吠えていた。

祭壇に近寄り、その上に横たわるライラを抱き起こす。

無理矢理眠らされているためか軽く苦しげだが、命には問題ないようだ。

リュウは小さく安堵し、視線を司祭に再び向けた。

司祭は肩をワナワナとさせ、此方を憎悪の眼で睨みつけていた。


「・・・これ以上邪魔はさせない!」


と言うと立ち上がり、血が飛び散るのも構わず両手を頭上に上げる。


「?・・・まさか!やめろ!不完全の者を呼び出す気か!」


リュウは眼を見開き司祭に叫ぶ。


「私が贄と成れば・・・」


彼の叫びに眼をむけ半ば狂人のように言い、詠唱を始めた。


「我が主にして世の王よ。今再び世界を掌握するべく、我が魂をもって呼びだす!!我らに栄光を!!」


うたい終わった瞬間、莫大な魔力が解放され部屋の圧力が重くなる。

リュウは急いでライラを抱き上げ祭壇から離れる。

その直後祭壇が黒く光、柱を作る。

リュウは祭壇から爆発的に溢れた魔力にライラごと吹き飛ばされた。


「ぐっ!白虎ぉ!」


ライラをかばい背中を壁に叩き付けられながらも叫ぶ。

白虎は指示より早く動いていた。

司祭を止めるべく駆け、牙を立てる。

肉と骨を突き破る音が牙に響き、口の中を血の味が広がる。

しかし司祭は痛みを感じていないのか、魔力解放を止めず生命力と共に排出し続ける。


「ちぃ!」


舌打をしティーにライラを任せて彼も駆ける。


「止めるんだ!あんたまで食われるぞ」


司祭の前で必死に訴え自らも魔力を解放した。

二つの異なる魔力と魔力がぶつかり、火花のようなものが散る。


「本望よ!邪魔するなあ!!」


魔力の邪魔により集中を削がれた司祭は眼を血走らせながら叫び、魔力を増強させた。


「くっ!」


膨大で強力な力にされ彼は顔をしかめる。

そうしている間にも司祭の体は痩せこけ、未だ咬まれ続けている脇腹は限界を超える力により血が吹き出ている。


「あああ、王よ・・・私を取り込み下さい」


血の気を失った唇から最後の言葉を発した後、更に魔力は増し黒くまがまがしい光に包まれ、そのまま爆発した。

建物は地下の土台を無くし崩壊しはじめる。


「かはっ!」


司祭と真っ向に対峙していたリュウと白虎は吹き飛ばされ、壁に再度叩き付けられた。

遠のく意識のなか、巨大な影が眼に映る。


「我を不完全な覚醒にした者共・・・次会う時は死ぬときと思え」


巨大な影は冷徹な声で、半ば意識の無い彼等にそう言い残すと魔力と共に姿を消す。

その瞬間リュウは意識を手放し、暗闇へと堕ちていった。








「んっ」


肌寒い風が頬をかすめ額に冷たい物が置かれた時、意識を取り戻したリュウは無意識に体を起こした。


「!・・・つぅ」


身体中に痛みが走り顔を歪める。


「りゅうさま!まだ駄目だよ」


と声が聞こえ、彼の眼にティーが映る。


「ここは?」


痛む箇所を押さえながらティーに問う。


「街の外にある森だ」


ティーとは違う声の主がそれを答えた。


「白虎、無事だったのか」


隣で見張りをしているのだろう、耳をピンっと立てて座っている白虎に安堵の声を掛ける。

白虎は彼の声に答えるように軽く喉を鳴らした。

小さく微笑みそれから再び、小さな体で彼の傷口を必死に癒すティーを見つめる。


「・・・ティー、彼女は?」


と問掛け、小さな体を両手で包み込む様に抱き上げる。

ティーは呪文を遮られ困ったような、それでいて照れた様な顔をしたまま「白虎さまの隣」と指差した。

彼は顔を白虎に向ける。

白虎は軽く体をずらして彼女を見せる。

ライラは規則正しい寝息を立てて、未だ眠っていた。


「・・・ティー、良く守ってくれた有難う。それから君も無事で良かった」


再度安堵の溜め息をついて、手の中にいるティーに礼を述べる。

ティーは頬を軽く赤らめてうつ向く。

主人の言葉に照れているのだ。

そんなティーの姿に小さく笑うと、彼女を抱えたまま立ち上がってライラの元に向かう。


「・・・ラミアはライラ・・・か。本当は俺が・・・」


ライラを見つめて呟くが、途中言葉を飲み込み黙りこんだ。

暫く彼女を見つめたまま立ち尽くし、不意に彼女の隣に腰を下ろす。


「・・・何故、守ってしまったんだろうか。あんなに必死になって」


あの時の自分を思い出し、溜め息混じりに誰ともなく問掛ける。

また再度沈黙が辺りを支配する。


「同じ立場の彼女に、お前は過去を重ねたのではないか?」


不意に白虎が口を開き問掛けで答えた。


「・・・そうかもしれないな・・・。昔、師匠がしてくれた様に、俺も救いたかったのかもしれない」


その問いに直ぐに答えず、遠くを見つめる様に視線を上げて答える。


「どうするんだ?バハル殿からの依頼なのだろ?」


白虎は尾をフイとライラの顔に寄せて、指差す様に彼女を尾先で指した。

というよりくすぐっているように見える。


「どうするかなあ・・・」


そんな様子など見えるはずがなく、あぐらをかき愛刀を斜めに立てて額を柄頭に乗せる。

彼が悩む時にとる癖だ。

まるで子供だなと思いながら、白虎はライラを軽く擽り続ける。

無言の風が吹くなか不意にその風が止む。


「んんっ」


ライラが擽ったさに身じろぎしたのだ。

やっと白虎の行動に気付いたのか、リュウは尾をひっつかみ退ける。


「馬鹿。起きるだろうがこの擽りフェチが」


軽く睨み付けながら白虎に叱責する。


「フェチではない!楽しいだけだ」


フェチと言う言葉に敏感に反応し反論する白虎。

とても心外そうな顔だ。


「それがフェチと言うんだよ・・・歳考えろよエロオヤジ」


反論を反論で返し、最後の一言はボソッと付け加える。


「エロオヤジとは心外な!俺はまだ半世紀しか生きとらん!」


唸りながら立ち上がり、リュウに憤慨の眼差しを向ける。

それを真正面から受け止めて

「俺からしたら年配者なんだよ」

と反論返しの眼差しを返す。

なんとも幼稚な言い争いが始まったのは、その直ぐに後だ。

ティーはその二人を交互に見つめ呆れた様に溜め息をつくと、ライラの元にヒラヒラと飛ぶ。


「!?貴方・・・」

「しー!」


ライラの顔の前に降り立ったティーは小さく驚き、声をかける。

それを直ぐにさえぎり、唇の前で人差し指を立ててウィンクする。


「起きてたんですか?」


そんな彼女に近より、囁く様に問掛ける。

彼女は縦に首を振り「今さっきですけどね」と返した。


「なんか喧嘩が始まったみたいな声が聞こえたから」


っとチロッと舌をだして苦笑いする。


「あれいつものことなんです」


ペタンと地面に座り呆れた顔で言うティー。


「そうなんですか・・・何だか兄弟みたいですね」


小さなティーを見つめながらクスリと笑う。


「それでここはどこなんですか?」


小声の会話が続けられるなか、不意にライラが質問した。


「・・・あなたの街の外。気を失っていたあなたとリュウさまを、白虎様がここに運んだんです」


ティーは話すか話すまいか暫く悩んだあと、詳しい事は伏せて説明した。


「そうですか・・・」


ライラは眼を伏せて元気無くそう言う。


「・・・あっ私はラミア。妖精さんは?」


少し暗い雰囲気になってしまった事にハッとして、妖精にそう問掛ける。


「私はティンカーベルのティーって言います」


ティーは気を遣った彼女に笑顔で自己紹介をした。




「リュウ、彼女気が付いたみたいだぞ」


幼稚な言い合いを続けていた二人だが、白虎が中断してそう言った。

その言葉にライラに視線を向ける。


『いつから?』


リュウが周りに聞こえないように思念で問うと、白虎が『さっきだ』と答えた。

リュウは複雑な顔を浮かべる。


『言うのか?』


白虎はそんな彼を見て試す様に聞く。


『・・・このまま何も知らない方が良いとおもうか?』


その質問に質問で答える。


『知らぬほうが残酷で先にも進めぬ』


白虎の言葉は、今の彼に重くのしかかるものとなった。

彼は一度大きく息を吸うと彼女に近寄る。

丁度、彼女達の自己紹介が終わった時だったようだ。


「気が付いたか?」


リュウはぎこちない笑顔で声を掛ける。

ライラは驚いた様でビクッと体を振るわせて振り返る。


「ああ、すまん驚かせた」


リュウは苦笑をもらして謝罪する。


「バレてましたか」


ライラは体を起こし、チロッと舌を出してそう呟く。


「ハハハ、それで気分は?」


そんな彼女に笑いを漏らし、隣に腰を下ろしながら問う。


「んーちょっとだけ頭がモヤモヤするくらいです」


ライラは少し考えて正直に答える。


「そうか、多分魔法の副作用だろう問題ない」


元気そうな彼女を見てそう説明し、懐から煙草を1つ取り出してくわえる。

暫く静けさが辺りを支配し、一筋の紫煙だけがゆらゆらと揺らいでいた。

時が流れるにつれ、段々と陰っていく彼女に気付き、彼は小さく息をつく。


「嫌な過去を振り返ると前には進めない」


煙草をくわえたまま呟く。

彼女は不安気な眼を彼に向ける。


「“ライラ”・・・君は前に進みたいかい?」


彼は本当の名前をあえて呼び、そして問う。

彼女は悲しげに瞳を落として思案するように一点を見つめた。


「・・・私は、正直不安です・・・でもまだ生きたい、進みたい」


ライラはポツポツと呟くように答える。

その答えに無言で頷き、紫煙を一息肺に入れ吐き出す。


「君が眠っているあいだ・・・」


彼は地下での出来事を説明する。

うつ向いたまま彼の言葉に耳を傾ける。


「・・・つまり君は始めから狙われていたんだ」


説明を終えると腰のポーチから銀の箱を取り出し、小さくなった煙草を入れる。


「司祭様が・・・」


信じがたい事実に彼女はポツリと呟く。


「実は俺も君を狙いにきた一人だ」


沈む顔を見つめながら静かにそう告げる。

彼女は驚愕の表情で彼を見る。


「依頼でな・・・だが」


ライラの不安な眼が恐怖の色に染まった。

彼はそれを確りと見つめ、一度言葉を切る。


「君を守りたい。俺と同じ運命の君を・・・」


一呼吸間を置いたあと、キッパリそう言う。

彼女は驚きに目を見開く。


「でも、それでは貴方が!」

「俺から依頼者に言うさ。だからついてきてはくれないか?」


彼女の叫びに彼は落ち着いた声で答え、問う。


「でも・・・」


その問いに口を閉ざす。

ライラは怖いのだ、自分のせいで彼に危険が及ぶのが。


「大丈夫。言ったろ同じ運命だと・・・。危険は馴れてる」


暗い顔をするライラに、彼は笑いかけて安心させるように言う。


「それに・・・君には現実を見て貰いたい。俺がかつてしたように」


彼は更に本音を言う。

あの街で司祭によって洗脳された彼女を、外の世界に触れさせたい。

彼が師匠に教えられた事を、彼女にも知ってもらいたいと本気で思っているのだ。


「私もそれを勧める。閉じ籠れば恨みが募るものだからな」


彼の言葉に低い声で同意する白虎。


「・・・信じて大丈夫なんですよね?」


今まで裏切られ続けた彼女らしい質問だった。

彼は強く頷いて返す。


「私・・・進みます」


彼女は今までとは違う。

強い瞳でそう答えを出した。


「なら行くか・・・まずは、こわーい“オジサン”に会いにいかなくてはな」


立ち上がり彼女の答えに笑顔を返して、バハルのことをオジサンと言いながら肩をすくめて言う。


「バハル殿が聞いたら斬りかかるぞ」


おどけるリュウに呆れた声で呟く白虎。


「かもな・・・まあ先ずは会うしかあるまい」


笑顔が苦笑いに変わりつつ、ライラに手をさしだす。


「行くか、旅立ちに」


そうして彼等の旅立ちは始まった。


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