かき揚げ
天ぷら御膳を注文すると、珍しくかき揚げが入っていた。
「かき揚げだ」
「かき揚げだね」
「写真には載ってなかったよな」
「載ってなかったね」
「サービス、かな」
「どうだろうね」
天ぷら御膳を食べ終え、伝票を持ち、レジへと向かう。
「お会計850円になります」
青いトレーへちょうどの金額を乗せ、店を出た。
「かき揚げってさ、僕らみたいだよな」
「そうだね。同じ場所に沢山のモノが集まっている。同じだね」
「僕達も、纏まれるのかな」
「纏まれるよ。同じ場所に住んでるんだから」
防波堤の上を歩く彼女を見上げる。太陽に照らされている彼女は、今にも消えてしまいそうだ。
鍵を回し、家へと入ると、菜乃が出迎えてくれた。
「お帰り、お兄」
「ただいま、菜乃」
「今日もあの定食屋?」
「うん。あの定食屋」
「好きだよね~。飽きない?」
「飽きないよ」
廊下を歩きながら話していると、和室から満が本を片手に出てきた。
「ただいま、満」
「…うっす」
満はそう言うと、二階へと上がっていった。
「満お兄、冷たいね」
「そうだね。でも、口を利いてくれるようになった」
「そっか」
「手を洗ってくるから、お茶を淹れて待っててくれるかい?」
「はーい」
菜乃は小さな体を一生懸命動かし、台所へと走っていった。
「可愛いね」
「ああ」
「私もいつかお姉、とか呼んでもらえるのかな」
「言えば呼んでくれるさ」
「それじゃあ意味ないよ」
「それもそうか」
手洗いうがいを済ませ、和室へと向かった。
「あ、お兄! ここにお茶とわらび餅置いておくね」
「ああ、ありがとう」
わらび餅を置くと、菜乃は二階へと上がっていった。
茶を啜り、わらび餅を味わう。
「そろそろ、名前を教えてくれないかな」
「あれ、付けてくれるんじゃないの?」
「…無いの?」
「今まではどうだったの」
「皆、来た時に自分から名乗ってたよ」
「そうなんだ」
彼女と話していると、依織が勢いよく襖をあけ放った。
「またなの?」
「ただいま、依織」
依織は歯を食いしばると、僕の腹へと蹴りを入れた。
「私はまたなのって聞いたのよ。まずはそれに答えなさいよ」
「ごめんごめん。ああ、まただよ」
依織は舌打ちをし「弱虫」と吐き捨て、和室を出て行った。今度は勢いよく閉められた襖が、少しばかり、隙間を開けている。
「おっかないね」
「ああ。でも、悪い子じゃないから、安心してくれ」
「信頼してるんだ」
「勿論」
それから数分後。ちょうどわらび餅を完食した頃、慎二が入ってきた。
「おめえ、また依織を泣かせたな」
「うん」
慎二は彼女を見つめている。
「本当にまた増やしやがって。それも女」
「なあ慎二、彼女名前が無いんだってさ」
「ああ? 名前がねぇだ?」
「そう。こんな事初めてだろう? どうすればいいと思う?」
「どうもこうもねぇだろ。てめぇが付けるしかねぇだろうがよ」
「やっぱりそうなるか」
顎に手を添え、考えていると、慎二が溜息を吐いた。
「もう知らねぇ。和人が戻るまでには決めとけよ。地雷は少ないに越したこたぁねぇからな」
慎二はそう言うと、和室を出て行った。
「私、嫌われ者だね」
「ごめん」
「謝らないでよ」
10分程経った頃、彼女の名前が頭に浮かんだ。
「楓、なんてどうかな?」
「楓。うん、気に入った」
「良かった」
「楓か、嬉しい」
午後8時。和人が戻って来た。
和人は戻るなり、僕の髪を掴み、台所のシンクへと投げ飛ばした。その衝撃でシンク下の扉が開き、僕の身体が床へ倒れると同時に、中の物が一緒に床へ広がった。
「お前、何でまた増やしてんだ」
「増やしたんじゃない、増えたんだ」
「喧しい、言い訳なんざどうだって良いわ。前回言ったよな、これで最後だって」
「だから、増えちゃったんだって。意図的じゃない」
「んなわけねぇだろうが! 意図的なんだよ、無意識だがな」
「矛盾してないか?」
「してねぇよ。いい加減にしろよ、マジで。幾つ増やせば気ぃ済むんだよ」
「きっとこれで最後だよ」
「何度目のセリフだ?」
「…わかんない」
「70回目だ! まったく、また整理しなきゃなのか」
「しなくていいよ。もう、しなくていい」
「今がベストなんだぞ? しなきゃ均衡が崩れるだろうが」
「でも、楓は特別だ。だから、きっと大丈夫だって」
「大丈夫だ? 無責任なこと言ってんじゃねえぞ! この能天気野郎が!」
和人が左横腹を蹴り上げた。
「もう止めなよ、和人」
声の方を向くと、依織が立っていた。
「あ? 依織お前、新しいのを受け入れるのか」
「いいじゃない、別に。一人なら、なんとかなるわよ」
「あのな~」
「いいじゃん、和お兄。もうできちゃったし。それに、もう消すのも疲れたでしょ?」
「…菜乃まで受け入れるのかよ」
「だって、お兄がこれ以上疲弊したら、それこそ増えちゃうよ?」
「それは…」
「ねえ、かずと。今回は受け入れましょう?」
和人は拳を握り込んでいる。
「残りの二人は、何て言ってた」
「慎お兄は『依織がいいなら良い』て。満お兄は『どうでもいい』だって」
和人は頭を強く掻いた。
「楓、とか言ったな。そいつを出せ」
「…分かった」
和室から楓が姿を見せる。
「初めまして、楓です」
「お前、何でできた」
「さあ、なんでだろう」
楓は微笑んでいる。
「マジな話だぜ?」
「教えない」
「はあ?」
「だって、これを言ったら貴方たちが傷ついてしまうもの」
和人が僕の方を向く。
「お前、何を悩んでやがった」
「…分からないよ」
和人は舌打ちをし、楓を向く。
「傷つくのには慣れっこだ。とっとと言え」
楓は顎に手を添え、少し考えた後、口を開いた。
「分かった、言うね。えっとね、彼はアナタ達の事で悩んで、私を作ったの」
和人の拳から力が抜けた。
「なんだと?」
「アナタ達の存在で悩み、私を作ったの」
和人は僕の襟を掴み、顔を近づける。
「今更、今更何悩んでやがる! 10年、10年遅いんだよ! バカ野郎!」
和人の拳が右頬を殴りぬいた。
「止めて和人! もう止めて」
「依織! お前は許せるっていうのかよ!」
「許せないわよ! 許せないけど、もういいじゃない。悩んじゃったんだから」
和人は僕の眼を睨んでいる。
「愚図が!」
そう言うと、和とは僕を突き飛ばした。
「あのさ、そんなに私が気に入らないなら、良い方法があるけど、どうする?」
「良い方法? なんだ、それは」
楓は僕の方を見ると、微笑んだ。
「かき揚げになるの」
「かき揚げ? なんだそりゃ」
「彼とね、定食屋の帰りに話したの。私達ってかき揚げみたいだねって」
「だからどういう…」
「一つに纏まれるかなって、話したんだ」
「は?」
楓はそう言うと、和人の首を包丁で切り裂き、口へとその包丁を突っ込んだ。
「貴方が望めば、一瞬で混ざれるのにね。でも、それが出来ないから、自分の手を汚したくないから、私を作ったんだよね。貴方って、残酷。でも、そんなところも大好き」
次に菜乃を殺した。
「菜乃ちゃんは小さいからヤリやすいね。手の力を少し入れただけで、首の骨、簡単に折れちゃった」
楓は依織を一瞥し、二階へと向かった。
「何で? 何でこうなるのよ」
「…ごめん」
依織は瞳に涙を溜めている。
「ねえ、多分最後になるだろうから聞かせて。私の事、好きだった?」
依織の声は、震えていた。
「…好きだった、と思う」
「そう…そっか」
依織はそう言うと、俯いた。
楓は10分もせずに戻って来た。右手に慎二の生首を掴んで。
「どうしたの、依織。何で俯いてるの?」
「…」
「だんまりじゃ分からないよ?」
「…」
楓がこちらを向く。
「何言ったの?」
「好きだったか、聞かれて、好きだったと思うって、答えた」
「も~う、そこは好きって言わないと! そんな言い方、好きじゃないって言ってるのと一緒だよ」
「そっか」
依織の方を向くと、鬼の様な形相でこちらを睨んでいた。
「あとね、そういう事を他の人に話しちゃだ~め」
楓が僕の唇を人差し指で軽くつついた。
「さ~、依織、纏まろうか」
依織は立ち上がり、楓の前に立った。
「私はあんたと纏まる気はないわ」
「え~? じゃあどうするの」
「こうすんのよ」
依織は楓の腹を思い切り蹴り飛ばし、楓の落とした包丁を持ち、僕の方へ歩み寄った。
「さようなら」
腹部に激痛が走り、堪らず体を丸めた。
「これで誰も、纏まらない」
「ざーんねん。これが仕上げよ」
「!?」
ゴトンと鈍い音がし、顔を右に向けると、依織と眼が合った。そして上の方へ視線をやると、満が立っていた。
「で、これからどうするの?」
「う~んとね、彼の傷口に私達の血を入れるの」
「そうしたら…」
「かき揚げになれるの。私たちは一つに纏まれる」
「後は、任せていいんだね?」
「うん! 任せて」
そう言うと、楓は満の首を切り裂いた。そして、その裂いて落ちた首を持ち上げ、こちらへ歩み寄って来た。
楓は腰を屈め、言う。
「さあ、いよいよ、かき揚げになれるよ。私達、一つになれるんだよ」
「あ、あああ」
「苦しいよね。もうすぐだからね。みーんな、ごちゃ混ぜになって、新しい物が生まれる」
楓は、僕の顎を持ち上げ、キスをした。
「甘いね」
いきなり手を離され、僕の顎は音を立てて床へと落ちた。
「始めるね」
楓は腹部に刺さった包丁を抜き、傷口へ依織の血を入れた。すると、体が熱くなった。とても熱い。すごく熱い。
「あはは、苦しそ~う」
「や、やめ、て」
「だ~め! ちゃんと皆を受け入れて」
続けて、慎二の血を入れられる。その次に和人、菜乃、そして満。
「さ~! 遂に私よ! 楽しみね。どんな人格になるのかしら」
「あんた、イカれてるわ」
「口調は依織なのね、これは愛の強さの証明ね。美し~い」
そう言いながら、楓は僕の腹部の傷を包丁で更に開き、自分の首を切り裂き、傷口の上へ倒れた。
「あづざぶい、ね」
楓の血が入ってくるのを感じる。気持ち悪い。気持ち悪い。
意識が遠のいて行く。身体の感覚も、ない。寒い。
【一年後】
病院の中庭で本を読んでいると、15歳の少女町田 子音が話し掛けてきた。
「お兄姉さん、今日は何を読んでるの?」
「今日はね、【最愛の姉へ】ていう小説よ」
「どんな話?」
「お姉さんを虐めで亡くした女の子の復讐劇よ」
「暗! お兄姉さん暗い小説好きだよね」
「そうねぇ、好きね」
「昔から好きなの?」
「昔、昔ねぇ。どうかしら、好きな子もいたと思うけど」
「どういうこと?」
「ふふふ、内緒よ。良かったら貸しましょうか? この本」
「ええ、いいよ。私暗い小説苦手なんだ」
「案外これはハマるかもしれないわよ」
「う~ん。そんなに好きなの? その小説」
「ええ、好きよ」
「お兄姉さんがそこまで薦めるなら、貸りる!」
「ふふふ、かわいい子。それじゃあ、はい、クッキーもあげる」
「本当! やった~。ありがとう」
子音は本とクッキーを大事そうに抱え、病室へと帰って行った。
「本当、かわいい子。まるで菜乃みたい」
あの日、精神世界で腹を裂き行った儀式で、主人格とその他の人格は混じり合い、私、満和 楓依菜と成った。
「本当、痛かった」
蚯蚓腫れとなっている腹を撫でる。
あの日の記憶はある。あるが、定食屋から精神世界で行ったやり取りと、精神世界で行った儀式の事のみだ。現実世界でしたことは何一つとして、憶えていない。だが、その儀式を、現実世界でもしていたらしく、私の腹には大きな傷ができている。そして、主人格はこの儀式をする前に救急車を呼んでいたらしい。この救急車によって、私は九死に一生を得た。
警察から聞いたところによると、私は精神世界の通り、台所のシンク前で腹に包丁を刺し倒れていたらしい。
「本当、嫌ね」
ベンチの背凭れに背を預け、空を見上げると、鳥が伸び伸びと飛び回っている。
「いいわね。私も早く退院したいわ」
退院したら、どこへ行こう。北海道で海鮮を食べるのもいい。沖縄でゴーヤチャンプルもいい。大分で温泉もいいな。
「あ、でもそうね。やっぱり、あそこに行かなくちゃね。あの定食屋に行って、天ぷら御膳を食べなくっちゃ」
想像する。海老に大葉、茄子や南瓜が乗った御膳。
「またかき揚げ、おまけしてくれるかしら」




