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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

食べ物シリーズ

かき揚げ

作者: 海老原 露
掲載日:2026/10/15

 天ぷら御膳を注文すると、珍しくかき揚げが入っていた。

「かき揚げだ」

「かき揚げだね」

「写真には載ってなかったよな」

「載ってなかったね」

「サービス、かな」

「どうだろうね」

 天ぷら御膳を食べ終え、伝票を持ち、レジへと向かう。

「お会計850円になります」

 青いトレーへちょうどの金額を乗せ、店を出た。

「かき揚げってさ、僕らみたいだよな」

「そうだね。同じ場所に沢山のモノが集まっている。同じだね」

「僕達も、纏まれるのかな」

「纏まれるよ。同じ場所に住んでるんだから」

 防波堤の上を歩く彼女を見上げる。太陽に照らされている彼女は、今にも消えてしまいそうだ。

 鍵を回し、家へと入ると、菜乃(なの)が出迎えてくれた。

「お帰り、お兄」

「ただいま、菜乃」

「今日もあの定食屋?」

「うん。あの定食屋」

「好きだよね~。飽きない?」

「飽きないよ」

 廊下を歩きながら話していると、和室から満(みちる)が本を片手に出てきた。

「ただいま、満」

「…うっす」

 満はそう言うと、二階へと上がっていった。

「満お兄、冷たいね」

「そうだね。でも、口を利いてくれるようになった」

「そっか」

「手を洗ってくるから、お茶を淹れて待っててくれるかい?」

「はーい」

 菜乃は小さな体を一生懸命動かし、台所へと走っていった。

「可愛いね」

「ああ」

「私もいつかお姉、とか呼んでもらえるのかな」

「言えば呼んでくれるさ」

「それじゃあ意味ないよ」

「それもそうか」

 手洗いうがいを済ませ、和室へと向かった。

「あ、お兄! ここにお茶とわらび餅置いておくね」

「ああ、ありがとう」

 わらび餅を置くと、菜乃は二階へと上がっていった。

 茶を啜り、わらび餅を味わう。

「そろそろ、名前を教えてくれないかな」

「あれ、付けてくれるんじゃないの?」

「…無いの?」

「今まではどうだったの」

「皆、来た時に自分から名乗ってたよ」

「そうなんだ」

 彼女と話していると、依織(いおり)が勢いよく襖をあけ放った。

「またなの?」

「ただいま、依織」

 依織は歯を食いしばると、僕の腹へと蹴りを入れた。

「私はまたなのって聞いたのよ。まずはそれに答えなさいよ」

「ごめんごめん。ああ、まただよ」

 依織は舌打ちをし「弱虫」と吐き捨て、和室を出て行った。今度は勢いよく閉められた襖が、少しばかり、隙間を開けている。

「おっかないね」

「ああ。でも、悪い子じゃないから、安心してくれ」

「信頼してるんだ」

「勿論」

 それから数分後。ちょうどわらび餅を完食した頃、慎二(しんじ)が入ってきた。

「おめえ、また依織を泣かせたな」

「うん」

 慎二は彼女を見つめている。

「本当にまた増やしやがって。それも女」

「なあ慎二、彼女名前が無いんだってさ」

「ああ? 名前がねぇだ?」

「そう。こんな事初めてだろう? どうすればいいと思う?」

「どうもこうもねぇだろ。てめぇが付けるしかねぇだろうがよ」

「やっぱりそうなるか」

 顎に手を添え、考えていると、慎二が溜息を吐いた。

「もう知らねぇ。和人(かずと)が戻るまでには決めとけよ。地雷は少ないに越したこたぁねぇからな」

 慎二はそう言うと、和室を出て行った。

「私、嫌われ者だね」

「ごめん」

「謝らないでよ」

 10分程経った頃、彼女の名前が頭に浮かんだ。

「楓(かえで)、なんてどうかな?」

「楓。うん、気に入った」

「良かった」

「楓か、嬉しい」

 午後8時。和人が戻って来た。

 和人は戻るなり、僕の髪を掴み、台所のシンクへと投げ飛ばした。その衝撃でシンク下の扉が開き、僕の身体が床へ倒れると同時に、中の物が一緒に床へ広がった。

「お前、何でまた増やしてんだ」

「増やしたんじゃない、増えたんだ」

「喧しい、言い訳なんざどうだって良いわ。前回言ったよな、これで最後だって」

「だから、増えちゃったんだって。意図的じゃない」

「んなわけねぇだろうが! 意図的なんだよ、無意識だがな」

「矛盾してないか?」

「してねぇよ。いい加減にしろよ、マジで。幾つ増やせば気ぃ済むんだよ」

「きっとこれで最後だよ」

「何度目のセリフだ?」

「…わかんない」

「70回目だ! まったく、また整理しなきゃなのか」

「しなくていいよ。もう、しなくていい」

「今がベストなんだぞ? しなきゃ均衡が崩れるだろうが」

「でも、楓は特別だ。だから、きっと大丈夫だって」

「大丈夫だ? 無責任なこと言ってんじゃねえぞ! この能天気野郎が!」

 和人が左横腹を蹴り上げた。

「もう止めなよ、和人」

 声の方を向くと、依織が立っていた。

「あ? 依織お前、新しいのを受け入れるのか」

「いいじゃない、別に。一人なら、なんとかなるわよ」

「あのな~」

「いいじゃん、和お兄。もうできちゃったし。それに、もう消すのも疲れたでしょ?」

「…菜乃まで受け入れるのかよ」

「だって、お兄がこれ以上疲弊したら、それこそ増えちゃうよ?」

「それは…」

「ねえ、かずと。今回は受け入れましょう?」

 和人は拳を握り込んでいる。

「残りの二人は、何て言ってた」

「慎お兄は『依織がいいなら良い』て。満お兄は『どうでもいい』だって」

 和人は頭を強く掻いた。

「楓、とか言ったな。そいつを出せ」

「…分かった」

 和室から楓が姿を見せる。

「初めまして、楓です」

「お前、何でできた」

「さあ、なんでだろう」

 楓は微笑んでいる。

「マジな話だぜ?」

「教えない」

「はあ?」

「だって、これを言ったら貴方たちが傷ついてしまうもの」

 和人が僕の方を向く。

「お前、何を悩んでやがった」

「…分からないよ」

 和人は舌打ちをし、楓を向く。

「傷つくのには慣れっこだ。とっとと言え」

 楓は顎に手を添え、少し考えた後、口を開いた。

「分かった、言うね。えっとね、彼はアナタ達の事で悩んで、私を作ったの」

 和人の拳から力が抜けた。

「なんだと?」

「アナタ達の存在で悩み、私を作ったの」

 和人は僕の襟を掴み、顔を近づける。

「今更、今更何悩んでやがる! 10年、10年遅いんだよ! バカ野郎!」

 和人の拳が右頬を殴りぬいた。

「止めて和人! もう止めて」

「依織! お前は許せるっていうのかよ!」

「許せないわよ! 許せないけど、もういいじゃない。悩んじゃったんだから」

 和人は僕の眼を睨んでいる。

「愚図が!」

 そう言うと、和とは僕を突き飛ばした。

「あのさ、そんなに私が気に入らないなら、良い方法があるけど、どうする?」

「良い方法? なんだ、それは」

 楓は僕の方を見ると、微笑んだ。

「かき揚げになるの」

「かき揚げ? なんだそりゃ」

「彼とね、定食屋の帰りに話したの。私達ってかき揚げみたいだねって」

「だからどういう…」

「一つに纏まれるかなって、話したんだ」

「は?」

 楓はそう言うと、和人の首を包丁で切り裂き、口へとその包丁を突っ込んだ。

「貴方が望めば、一瞬で混ざれるのにね。でも、それが出来ないから、自分の手を汚したくないから、私を作ったんだよね。貴方って、残酷。でも、そんなところも大好き」

 次に菜乃を殺した。

「菜乃ちゃんは小さいからヤリやすいね。手の力を少し入れただけで、首の骨、簡単に折れちゃった」

 楓は依織を一瞥し、二階へと向かった。

「何で? 何でこうなるのよ」

「…ごめん」

 依織は瞳に涙を溜めている。

「ねえ、多分最後になるだろうから聞かせて。私の事、好きだった?」

 依織の声は、震えていた。

「…好きだった、と思う」

「そう…そっか」

 依織はそう言うと、俯いた。

 楓は10分もせずに戻って来た。右手に慎二の生首を掴んで。

「どうしたの、依織。何で俯いてるの?」

「…」

「だんまりじゃ分からないよ?」

「…」

 楓がこちらを向く。

「何言ったの?」

「好きだったか、聞かれて、好きだったと思うって、答えた」

「も~う、そこは好きって言わないと! そんな言い方、好きじゃないって言ってるのと一緒だよ」

「そっか」

 依織の方を向くと、鬼の様な形相でこちらを睨んでいた。

「あとね、そういう事を他の人に話しちゃだ~め」

 楓が僕の唇を人差し指で軽くつついた。

「さ~、依織、纏まろうか」

 依織は立ち上がり、楓の前に立った。

「私はあんたと纏まる気はないわ」

「え~? じゃあどうするの」

「こうすんのよ」

 依織は楓の腹を思い切り蹴り飛ばし、楓の落とした包丁を持ち、僕の方へ歩み寄った。

「さようなら」

 腹部に激痛が走り、堪らず体を丸めた。

「これで誰も、纏まらない」

「ざーんねん。これが仕上げよ」

「!?」

 ゴトンと鈍い音がし、顔を右に向けると、依織と眼が合った。そして上の方へ視線をやると、満が立っていた。

「で、これからどうするの?」

「う~んとね、彼の傷口に私達の血を入れるの」

「そうしたら…」

「かき揚げになれるの。私たちは一つに纏まれる」

「後は、任せていいんだね?」

「うん! 任せて」

 そう言うと、楓は満の首を切り裂いた。そして、その裂いて落ちた首を持ち上げ、こちらへ歩み寄って来た。

 楓は腰を屈め、言う。

「さあ、いよいよ、かき揚げになれるよ。私達、一つになれるんだよ」

「あ、あああ」

「苦しいよね。もうすぐだからね。みーんな、ごちゃ混ぜになって、新しい物が生まれる」

 楓は、僕の顎を持ち上げ、キスをした。

「甘いね」

 いきなり手を離され、僕の顎は音を立てて床へと落ちた。

「始めるね」

 楓は腹部に刺さった包丁を抜き、傷口へ依織の血を入れた。すると、体が熱くなった。とても熱い。すごく熱い。

「あはは、苦しそ~う」

「や、やめ、て」

「だ~め! ちゃんと皆を受け入れて」

 続けて、慎二の血を入れられる。その次に和人、菜乃、そして満。

「さ~! 遂に私よ! 楽しみね。どんな人格になるのかしら」

「あんた、イカれてるわ」

「口調は依織なのね、これは愛の強さの証明ね。美し~い」

 そう言いながら、楓は僕(わたし)の腹部の傷を包丁で更に開き、自分の首を切り裂き、傷口の上へ倒れた。

「あづざぶい、ね(熱寒いね)」

 楓の血が入ってくるのを感じる。気持ち悪い。気持ち悪い。

 意識が遠のいて行く。身体の感覚も、ない。寒い。


 【一年後】

 病院の中庭で本を読んでいると、15歳の少女町田 子音(まちだ しおん)が話し掛けてきた。

「お兄姉(にねえ)さん、今日は何を読んでるの?」

「今日はね、【最愛の姉へ】ていう小説よ」

「どんな話?」

「お姉さんを虐めで亡くした女の子の復讐劇よ」

「暗! お兄姉さん暗い小説好きだよね」

「そうねぇ、好きね」

「昔から好きなの?」

「昔、昔ねぇ。どうかしら、好きな子もいたと思うけど」

「どういうこと?」

「ふふふ、内緒よ。良かったら貸しましょうか? この本」

「ええ、いいよ。私暗い小説苦手なんだ」

「案外これはハマるかもしれないわよ」

「う~ん。そんなに好きなの? その小説」

「ええ、好きよ」

「お兄姉さんがそこまで薦めるなら、貸りる!」

「ふふふ、かわいい子。それじゃあ、はい、クッキーもあげる」

「本当! やった~。ありがとう」

 子音は本とクッキーを大事そうに抱え、病室へと帰って行った。

「本当、かわいい子。まるで菜乃みたい」

 あの日、精神世界で腹を裂き行った儀式で、主人格とその他の人格は混じり合い、私、満和 楓依菜(まんわ かいな)と成った。

「本当、痛かった」

 蚯蚓腫れとなっている腹を撫でる。

 あの日の記憶はある。あるが、定食屋から精神世界で行(おこな)ったやり取りと、精神世界で行った儀式の事のみだ。現実世界でしたことは何一つとして、憶えていない。だが、その儀式を、現実世界でもしていたらしく、私の腹には大きな傷ができている。そして、主人格はこの儀式をする前に救急車を呼んでいたらしい。この救急車によって、私は九死に一生を得た。

 警察から聞いたところによると、私は精神世界の通り、台所のシンク前で腹に包丁を刺し倒れていたらしい。

「本当、嫌ね」

 ベンチの背凭れに背を預け、空を見上げると、鳥が伸び伸びと飛び回っている。

「いいわね。私も早く退院したいわ」

 退院したら、どこへ行こう。北海道で海鮮を食べるのもいい。沖縄でゴーヤチャンプルもいい。大分で温泉もいいな。

「あ、でもそうね。やっぱり、あそこに行かなくちゃね。あの定食屋に行って、天ぷら御膳を食べなくっちゃ」

 想像する。海老に大葉、茄子や南瓜が乗った御膳。

「またかき揚げ、おまけしてくれるかしら」

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