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生きずらさに、名前をつけるなら  作者: あーちゃん


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第136ページ  休んだあとに、言葉が戻ってきた

何もしない二十分に、「休み」という名前をつけた凛。

休むことは、空白ではなく、自分を連れ戻す時間だった。


今回は、休んだあとに作品へ向かった凛が、思った以上に言葉が出てくることに驚くページです。

休むことは、書くことを止める敵ではなく、言葉が戻ってくるための場所なのかもしれない。

凛は少しずつ、そのことを知っていきます。

夜、凛はパソコンを開く前に、少しだけためらっていた。


 朝に二十分、何もしない時間を作った。


 お茶を飲み、窓の外を見て、ただそこにいるだけの時間。


 たった二十分。


 それでも凛にとっては大きな練習だった。


 休むこと。


 何もしないこと。


 自分を責めない時間を作ること。


 それは、思っていたよりずっと難しかった。


 何もしようとしないだけで、頭の中にはいくつもの声が響いた。


 作品を進めなくていいの。


 目次の空白はどうするの。


 みんなはもっと頑張っているのに。


 その声に、何度も立ち上がりそうになった。


 けれど凛は、そのたびに青いノートへ目を戻した。


『これは怠けではなく、休む練習。』


 その言葉を見て、また座り直した。


 完璧に休めたわけではない。


 心が空っぽになったわけでもない。


 罪悪感が消えたわけでもない。


 それでも、二十分の間、凛は何かを増やすためではなく、自分を連れ戻すために時間を使った。


 そのことが、夜になっても胸の中に残っていた。


 凛は机の前に座り、青いノートを開く。


 今日の最後に書いた言葉を読み返す。


『何もしない時間に、名前をつけた。

空白ではなく、休み。

怠けではなく、練習。

何も生まない時間ではなく、自分を連れ戻す時間。

私は少しずつ、休むことを地図に書き込んでいる。』


 その文章を見つめていると、不思議と胸が少し静かだった。


 いつもなら夜にパソコンを開く前、凛は焦っていた。


 今日も書かなきゃ。


 少しでも進めなきゃ。


 昨日より良い文章を書かなきゃ。


 そう思って、書く前から疲れていた。


 でも今夜は、少し違った。


 何かを書かなければいけないという圧力は、まだある。


 けれど、その奥に小さな余白があった。


 もし書けなかったら、それでもいい。


 今日は朝に、休む練習をした。


 それだけでも一歩だった。


 そう思える自分が、ほんの少しだけいた。


 凛はパソコンを開いた。


 作品ファイルを開き、『壊れないための地図』の章へ進む。


 昨日から書いている休むことについての文章が、画面に並んでいる。


『休むことは、何もしないことだけではない。

自分を責めない時間を作ることでもある。』


『何もしない時間は、何も生まない時間ではなかった。

自分を責める声と距離を取る時間。

壊れる前に、自分を連れ戻す時間。』


 凛はその文章を読み返した。


 悪くない。


 でも、まだ足りない気がした。


 休むことを書いたなら、その先も書きたい。


 休んだあとに、どうなったのか。


 休むことで、何が戻ってくるのか。


 凛はキーボードに指を置いた。


 最初の一文は、すぐには出てこなかった。


 でも、今日は焦らなかった。


 少し待った。


 言葉が来るまで、画面を睨みつけるのではなく、呼吸をした。


 そして、ふと浮かんだ一文を打ち込んだ。


『休んだあと、私は少しだけ自分の声が聞こえやすくなっていた。』


 打った瞬間、胸の奥が静かに震えた。


 これかもしれない。


 休むことの意味。


 休んだから急に元気になるわけではない。


 休んだからすぐに前向きになれるわけでもない。


 でも、自分の声が少し聞こえやすくなる。


 責める声に埋もれていた、小さな本音。


 疲れた。


 怖い。


 でも少し書きたい。


 今日はここまででいい。


 そういう声が、少しだけ聞こえるようになる。


 凛は続けて打った。


『休む前の私の頭の中には、いつも「もっと」「まだ」「ちゃんと」という声が響いている。

もっと書かなきゃ。

まだ足りない。

ちゃんとしなきゃ。

その声は大きくて、私自身の小さな声をすぐに隠してしまう。

けれど二十分だけ何もしない時間を置いたあと、その大きな声の隙間から、別の声が少しだけ聞こえた。

怖いけど書きたい。

今日は一段落だけでいい。

私の言葉を、もう少し待ってみたい。』


 凛は打ちながら、少し驚いていた。


 思ったより、言葉が出てくる。


 朝に何もしなかったから、夜は書けないと思っていた。


 休んだ分だけ、遅れたと思っていた。


 でも、違った。


 休んだことで、言葉が少し戻ってきている。


 凛は深く息を吸った。


『休むことは、書くことの敵ではなかった。

少なくとも、今日の私にとってはそうだった。

休んだから書けなくなるのではなく、休んだから聞こえた言葉があった。

何もしない時間は、空白ではなかった。

言葉が戻ってくるための余白だった。』


 打ち終えた時、凛の目に涙が滲んだ。


 余白。


 その言葉が、胸に優しく落ちた。


 凛はずっと、余白が怖かった。


 予定のない時間。


 何もしていない時間。


 誰にも必要とされていないように感じる時間。


 その空白を埋めるために、凛はいつも何かをしてきた。


 考える。


 書く。


 悩む。


 人の顔色を読む。


 自分を責める。


 でも、余白は本当は、何もない場所ではないのかもしれない。


 言葉が戻る場所。


 呼吸が戻る場所。


 自分の本音が、少しずつ浮かび上がる場所。


 凛は青いノートを引き寄せ、短く書いた。


『余白は、空っぽではない。

言葉が戻る場所。』


 その時、スマートフォンが震えた。


 七海からだった。


『夜、書いてる?』


 凛は返信した。


『書いてる』


『朝休んだから、夜は書けないかと思ったけど、逆に少し言葉が出てきた』


 すぐに返事が来る。


『休憩所で回復したんじゃん』


 凛は笑った。


『そうかも』


『やっぱ地図に休憩所いるね』


『いる』


 七海から、得意げなスタンプが送られてきた。


 凛はそれを見て、胸が温かくなった。


 七海の軽さは、今日も凛の地図に灯りを置いてくれる。


 凛はパソコンへ戻り、七海とのやり取りを少しだけ文章に変えた。


『友人は、休憩所で回復したんじゃないかと言った。

私は笑ってしまった。

でも、本当にそうなのかもしれない。

私は朝の二十分で、何かを大きく取り戻したわけではない。

けれど、ほんの少しだけ呼吸が戻った。

ほんの少しだけ、自分の声を聞く余裕が戻った。

その小さな回復が、夜の一文につながった。』


 凛は手を止めた。


 ここで終わってもいい。


 でも、まだ少しだけ書けそうだった。


 不思議だった。


 いつもなら、書けそうだと思った瞬間に、もっと書け、もっと進めろと自分を追い詰める。


 でも今日は、一段落ずつ確かめながら書けている。


 それは、朝に休む練習をしたからかもしれない。


 休むことは、書くことを止めるものではない。


 書くための呼吸を戻すもの。


 凛はさらに続けた。


『私はこれまで、休むことを遅れだと思っていた。

休めば、その分だけ遠ざかると思っていた。

作品からも、未来からも、誰かからも。

でも今日、少しだけ違う可能性を見た。

休むことで、遠ざかるのではなく、戻ってこられることがある。

作品へ。

自分の言葉へ。

今ここにいる私へ。』


 打ち終えた瞬間、凛は静かに泣いていた。


 悲しさではない。


 安心に近い涙だった。


 今までずっと敵だと思っていた休みが、少しだけ味方に見えた。


 もちろん、これからも罪悪感は来ると思う。


 何もしない時間を作るたび、また自分を責める声が鳴ると思う。


 でも今日の凛は知った。


 罪悪感が来ても、休む練習はできる。


 休んだあとに、言葉が戻ってくることがある。


 それは、大事な経験だった。


 翌朝、凛は昨日の文章を読み返した。


 思っていたより長く書けていた。


 休むことについて、こんなに書けるとは思っていなかった。


 凛は青いノートに書いた。


『休んだあとに、言葉が戻ってきた。

休みは空白じゃなかった。

書けない自分を責める時間ではなく、書く自分へ戻るための時間だった。』


 その文章を書いたあと、凛はカレンダーを見た。


 来週の水曜日。


『Word入門を一つ見る。できなかったら移動OK』


 予定はまだそこにある。


 凛は少し考えて、その予定の前日に、新しい小さな予定を入れた。


『十分だけ休む。次の日のための余白』


 予定に休みを入れる。


 それは、少し怖かった。


 でも、昨日の二十分があったから、できた。


 予定の中に、余白を置く。


 それは怠けではなく、続けるための設計。


 凛はその予定を見て、少しだけ笑った。


 大学に着くと、七海が凛の顔を見るなり言った。


「なんか今日、休憩所から帰ってきた顔」


「何それ」


「HPちょっと回復してる」


 凛は笑った。


「昨日、夜に思ったより書けた」


「やっぱり」


「休んだら言葉が戻ってきた」


 七海は嬉しそうに頷いた。


「いいじゃん。証明されたじゃん」


「何が?」


「休むのも作業のうち」


 凛はその言葉に、胸が熱くなった。


 休むのも作業のうち。


 昨日の真白の言葉とも繋がる。


 書くことを、文字数だけで測らない。


 整える日。


 保存する日。


 休む日。


 眺める日。


 そして、言葉が戻ってくるための余白。


 それらも全部、作品を最後まで連れていくための時間なのだ。


 凛は講義中、ノートの端へ書いた。


『休むのも作業のうち。

ただ止まるのではなく、戻るために止まる。

言葉が戻る場所を作る。』


 昼休み、凛は図書館へ行った。


 昨日書いた文章を、『壊れないための地図』の章の中でどこに置くかを考える。


 休む場所について書いたあと。


 何もしない時間に名前をつけたあと。


 その続きに、休んだあとに言葉が戻ってきた経験を書く。


 流れとして自然だった。


 凛は章の中に、新しい小見出しを仮に入れた。


『休んだあとに戻ってくるもの』


 その下に、昨日の文章を整えながら貼りつける。


 少しだけ言葉を直す。


 でも、直しすぎない。


 昨日の夜の温度を残す。


『休んだあと、私は少しだけ自分の声が聞こえやすくなっていた。

休む前の私の頭の中には、いつも「もっと」「まだ」「ちゃんと」という声が響いている。

けれど休みのあと、その声の隙間から、小さな本音が聞こえた。

怖いけど書きたい。

今日は一段落だけでいい。

私の言葉を、もう少し待ってみたい。』


 凛は読み返して、静かに頷いた。


 この章は、少しずつ形になっている。


 苦手を書く章。


 休む場所を作る章。


 そして、休んだあとに戻ってくるものを知る章。


 それは、凛がこの先も書き続けるために必要な章だった。


 夕方、凛は『cafe 月灯り』へ向かった。


 真白に、休んだあとに言葉が出てきたことを話したかった。


 店の扉を開けると、ベルが鳴った。


 真白はカウンターで、豆を挽いていた。


「いらっしゃい」


「こんばんは」


「今日は、何か戻ってきた顔」


 凛は少し笑った。


「言葉が戻ってきました」


 真白は目を細めた。


「いいね」


 凛は席に座り、昨日のことを話した。


 二十分休んだあと、夜に思ったより書けたこと。


 休むことは空白ではなく、言葉が戻る余白だったこと。


 予定の中にも休みを入れたこと。


 真白はココアを置きながら、静かに聞いていた。


「凛ちゃん、休むことを少し信じられたんだね」


 凛はカップを包む手を見つめた。


「少しだけです」


「少しで十分だと思う」


「まだ罪悪感はあります」


「うん」


「でも、休んだあとに書けたから」


「うん」


「休むこと全部を敵にしなくてもいいのかもしれないって思いました」


 真白は優しく頷いた。


「それは大きいね」


 凛は青いノートを開き、今日の言葉を書いた。


『休むこと全部を敵にしなくていい。

休みは、言葉が戻ってくる場所になることもある。』


 真白はそれを見て、少し笑った。


「その言葉、すごく大事だと思う」


 夜、家へ帰った凛は、パソコンを開いた。


 今日の最後に、章へもう一段落足す。


『私はまだ、休むことが上手ではない。

休んでいる最中に罪悪感が来る。

何もしない時間を作るだけで、置いていかれるような気がする。

けれど、休んだあとに言葉が戻ってきた夜を、私は忘れたくない。

休みは、私を作品から遠ざけるだけのものではなかった。

作品へ戻るための余白になることもあった。』


 凛は続けた。


『だから私は、これからの地図に休みを書き込む。

休憩所として。

セーブポイントとして。

回復アイテムとして。

そして、言葉が戻ってくる余白として。

休むことを、もう少し信じてみたい。』


 打ち終えると、凛の胸に静かな温かさが残った。


 青いノートを開き、最後に書く。


『休んだあとに、言葉が戻ってきた。

私はそれを覚えていたい。

休みは敵じゃない。

空白でもない。

戻るための余白。

私は少しずつ、休むことを信じる練習をしている。』


 書き終えると、凛はペンを置いた。


 窓の外では、冬の夜が静かに広がっている。


 作品はまだ長い。


 完成までの道もまだ遠い。


 けれど、その道には休憩所がある。


 セーブポイントがある。


 戻るための余白がある。


 そう思えるだけで、凛は少し安心できた。


 凛はパソコンを保存し、青いノートを閉じた。


 今日は、休んだあとに言葉が戻ってくることを知った。


 その小さな経験が、これからの凛を何度も助けてくれる気がした。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


今回は、凛が休んだあとに思った以上に言葉が戻ってくることを知るページでした。


休むことは、書くことの敵ではありませんでした。

何もしない時間は、空白ではなく、言葉が戻ってくる余白でした。


凛はまだ、休むことが上手ではありません。

罪悪感も残っています。

けれど、休んだあとに書けた経験が、休むことへの見方を少し変えてくれました。


休みは、戻るための余白。

凛は少しずつ、休むことを信じる練習を始めています。


次のページでは、「壊れないための地図」の章が整い始めたことで、凛が次に「夜に崩れそうなあなたへ」の章へ向かっていきます。

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