第4話 托卵の報いと、すがりつく男
私が十四歳の秋に婚約を破棄したウィリアムは、それはもう迅速にコリンヌと結婚した。
学園の最高学年である三年生に在学中という身分でありながら、未婚のまま男爵令嬢を妊娠させたのだ。ダグラス伯爵家の世間体は最悪。それでも、お腹の子の「責任」を取ると息巻くウィリアムに押し切られる形で、実質的な追放に近い扱いで二人の新婚生活は始まったという。
神聖な結婚、命の誕生。本来なら祝福されるべきそれらは、彼らが私を踏みにじって始めたものだった。
――けれど、天罰というものは、忘れた頃にやってくる。
婚約破棄から数ヶ月後。シシリー伯爵邸で静かに日々を過ごしていた私の元に、信じられない報せが届いた。
コリンヌが産気づき、赤ん坊が生まれたのだという。
しかし、その出産はあまりにも「早すぎた」。
ウィリアムとコリンヌが深い関係になったとされる時期から数えれば、どう考えても月足らず――いわゆる未熟児として生まれてこなければおかしい時期だった。ダグラス伯爵家の人々が慌てて駆けつけ、生誕の儀に臨んだその場で、決定的な悲劇が幕を開けた。
生まれた赤ん坊は、少しも小さくなどなかった。
それどころか、肌はつやつやと血色が良く、丸々と太った、十分すぎるほどに大きな赤ん坊だったのだ。
さらに決定的なのは、その容姿だった。ダグラス伯爵家の血筋である琥珀色の瞳も、柔らかな髪質も、何一つ受け継いでいない。赤ん坊の髪と目の色は、ウィリアムとも、コリンヌとも全く違う、社交界の誰もが見覚えのない特徴を持っていた。
――明らかに、違う男の種だった。
「托卵」。その醜悪な二文字が、ダグラス伯爵邸を震撼させた。
慌てて伯爵家がコリンヌの周辺を調査したところ、出るわ出るわ、彼女の奔放すぎる男関係の証拠が山のように見つかった。学園の平民特待生、街の商人の息子、果ては素行の悪い他家の令息まで。
コリンヌは初めから、ウィリアムを愛してなどいなかったのだ。ただ、一番騙しやすくて、一番身分の高い「ダグラス伯爵家の長男の妻」という座を狙い、別の男との間にできた子をウィリアムに押し付けただけだった。
「あれは無理やり迫られたの! 本当に愛しているのはウィリアム様だけ!」
往生際悪く叫ぶコリンヌだったが、激怒したダグラス伯爵夫妻によって、即座に男爵家へと叩き返された。もちろん、赤ん坊と共に。
結果として、ウィリアムは「ただの哀れな道化」となった。
家柄も、将来も、そして私という完璧な婚約者をも捨てて守ったものは、他人の仕込んだ種を抱えた、稀代の稀血女の嘘だったのだ。
学園内での信頼は失墜し、親族からは白い目を向けられ、父親である伯爵からは「我が家にこのような無能な愚か者は必要ない。即座に廃嫡とする」と言い渡されたという。
そして。
秋の冷たい雨が降る日の夕方、その男は私の前に現れた。
「……マーガレット……っ」
シシリー伯爵邸の応接室。父の立ち会いのもとで通されたウィリアムの姿に、私は声を失った。
かつての、絵本から抜け出してきた王子様のような気品は、どこにもなかった。雨に濡れた髪は乱れ、服は汚れ、目の下には酷い隈が浮き出ている。
ウィリアムは私の姿を見るなり、ガタガタと膝を震わせ、そのまま床に崩れ落ちた。
――ドサリ、と重い音が響く。
かつて高慢に、私に「君は強いから」と言い放ったあのウィリアム・ダグラスが、私の足元で、プライドを全てかなぐり捨てて額を床に擦り付けていた。土下座だ。
「すまない……っ、すまない、マーガレット! 僕が間違っていた、僕が完全に愚かだったんだ……っ!」
床に涙をボトボトと落としながら、ウィリアムは声を上げて泣き叫んだ。
「コリンヌに騙されていたんだ! あの子は私の子供じゃなかった……! 僕は、君という最高の婚約者を裏切って、あんな泥棒猫の嘘に唆されてしまったんだ! お願いだ、マーガレット、僕を許してくれ……!」
必死に床を這い、私の靴に縋り付こうとする男を、私は冷めた目で見下ろした。
気の毒だとは思った。けれど、それ以上に、ひどく滑稽だった。
「ウィリアム様。頭をお上げになってください」
「嫌だ、許してもらえるまで絶対に上げない! 僕は廃嫡されてしまうんだ! 君が、君がもう一度僕の婚約者に戻ってくれれば、父上も廃嫡を取り消してくれると言ってくださった! 頼む、マーガレット、僕を救ってくれ!」
ああ、結局は自分の保身のため。
私が愛した、あの十二歳の誕生日に優しく口付けてくれた真面目なウィリアム様は、もうどこにもいない。ここにいるのは、自分の仕でかした罪の重さに耐えかねて、かつて切り捨てた女に泣き縋るだけの、哀れで器の小さい男だった。
「君は優しいから……僕を、助けてくれるだろう?」
ウィリアムは涙と鼻水で汚れた顔を上げ、縋るような目で私を見上げた。
今度は「優しいから」ですか。本当に、どこまでも自分に都合の良い人。
私の初恋は確かに死んだ。けれど、泥塗れになって泣き叫ぶ彼の姿に、私の心の中に、ほんのわずかな「別の感情」が芽生え始めていた。




