5話 石のベンチ
どれくらい経っただろうか?
2006年にきたばかりの頃は田舎で無一文でどうなることかと思ったが、人の温もりに触れてなんとな札幌に着く事ができた。
周りはもう薄暗い。
すぐにでもUSBを売って金を作りたいところだが、
今晩は貰ったお金で夕食を食べて地下歩行空間で寝て明日USBを売る店を探す事にする。
地下の冷たい石のベンチに背を預けながら、私は目を閉じていた。
札幌駅の地下通路。
人通りはあるが、夜が深くなるにつれて次第に人影も減っていく。
手の中には、あのおじさんにもらった千円の残り。
それと大量のUSB
金もない、宿もない。
「とりあえず、今日はここで寝るか……」
疲れは限界だった。
気がつくと、そのまま意識が落ちていった。
どれくらい眠っただろうか。
「ちょっといいですか?」
低い声で肩を叩かれる。
目を開けると、目の前に立っていたのは二人の警察官だった。
やばい。
一瞬で眠気が吹き飛ぶ。
「あの、ここで寝られると困るんですよ」
「あ、すみません……」
反射的に謝る。
だが問題はそこじゃない。
「ちょっと確認いいですか?身分証あります?」
終わった。
頭の中が真っ白になる。
そうだ、俺は今2006年にいる。
当然、現代の免許証も保険証も存在しない。
いや、正確には まだ発行されていない 。
つまり
「……いえ、その、持ってなくて」
警察官の表情が少しだけ変わる。
「持ってない?財布は?」
「ありますけど……」
財布を取り出す。
中には現代の紙幣。
栄一、、、
出した瞬間に詰むやつだ。
やばい、見せられない。
「……すみません、ほとんど入ってなくて」
誤魔化すように言いながら、財布は開かない。
完全に不審者だ、自分でも分かる。
「どこから来たの?」
「えっと……札幌です」
とっさに答える。
嘘じゃない、今の拠点はそこだ。
「なんでこんなところで寝てるの?」
「……ちょっと、所持金なくて」
半分本当。
半分どころか、ほぼ全部本当だ。
警察官同士が目を合わせる。
空気が少し重くなる。
「名前と生年月日言えます?」
言える、でも意味がない。
この時代に自分のデータは存在しない。
照合されたらアウトだ。
それでも黙るわけにはいかない。
観念して口を開く。
「〇〇〇〇です。1997年〇月〇日生まれです」
一瞬の沈黙。
警察官の片方が小さく笑った。
「いやいや、まだ生まれてないでしょそれ」
完全にやらかした、今は2006年。
私は“まだ存在していない人間”だ。
終わった、そう思った。
だか、
「まぁいいや。変なことしてるわけじゃなさそうだし」
もう一人の警察官が軽くため息をつく。
「ここで寝るのはダメだから、始発動いたらどっか行きなさい」
「……はい」
拍子抜けするほど、あっさりだった。
「あと、ちゃんと宿取るなりしなよ。風邪ひくぞ」
「すみません……ありがとうございます」
深く頭を下げる。
警察官たちはそれ以上追及することなく、その場を離れていった。
「……危なすぎだろ」
小さく呟く、身分を証明できないそれがここまで致命的だとは思わなかった。
もしさっき、もう少し厳しく追及されていたら詰んでいた。
間違いなく。
ポケットの中のUSBに触れる。
そして、未来の情報が書いてある手帳。
これだけが頼りだ。
「……明日、絶対に金作らないと」
そう呟きながら、もう一度だけ目を閉じた。
だがもう、さっきのように深く眠ることはできなかった。




