14話 来訪者
朝の光がハウスを柔らかく照らしていた。
トレーに並んだ芽を見ながら、ゆっくりと水やりを進める。
少しずつ動きにも慣れ、体も軽く感じる。
「おはようございます」
「おう、今日も頼むぞ」
北大路さんはすでに作業を始めていた。私は挨拶を返し、黙々と作業に集中する。ハウスの中は温かく、湿った土の匂いが鼻をくすぐる。
そのとき、ハウスの扉が開き、見慣れないスーツ姿の男が顔を出した。
「おはようございます、北大路さん。今日も順調ですか?」
農協の職員のようだ。
「おお、おはよう。最近人を新しく使うことにしたんだわ」
北大路さんが私を指さす。
「はじめまして」
3人でしばらく、苗や発芽の状態、気温や湿度の話をする。
「最近はこうやってセンサーでデータをとる農家も増えてますね」
「なるほど。うちはまだまだ感覚に頼ってるからな」
「発芽率が上がる工夫、こっそり教えてもらえませんか」
なんて軽い雑談を交わしながらも、会話は穏やかでほのぼのとしていた。
最後にJA職員がふと、私の手元のメモに目を留めた。
「ずいぶんしっかりと記録してますね?」
「ええ、ちょっと自分用にメモしてるだけです」
北大路さんはにやりと笑った。
「いや、こいつは面白いやつだ。ちょっと熱心すぎるな」
職員は軽く笑い返しながらも、ハウスを出て行く。
扉の向こうに姿が消した瞬間、ふと足を止め、視線を戻す。
目の奥には、
「こんな田舎に1人で移住、薬指の指輪。結婚もしているようだし何者なんだ?」
というわずかな疑念がちらりと浮かんでいた......
そんな事を考えられているとは気づかずに、
私は作業に戻った。
午後の作業を終え、ハウスから出ると、夕日の光が土を赤く染めていた。明日も同じ作業が待っている。しかし、この地で安全な生活と、少しずつわかってくる仕事の面白さが、胸の中に小さな充実感を残してくれた。
「北大路さん、今日もありがとうございました」
「おうよくやったな、随分と手際も良くなってきた」
「まだまだですけど、少しずつ覚えています」
北大路さんは笑みを浮かべながら、トラクターのカバーを軽く払った。
「そうだ、今夜はどうだ?一緒に飯でも行くか」
「え、いいんですか?」
「お前もこの生活に慣れてきただろう。少し外で気分転換だ」
私は一瞬考えた後、頷いた。
「はい、ぜひ」
こうして、今日一日の締めくくりは、畑の匂いや汗の残るまま、二人で食事に出かけることで決まった。明日への小さな期待を胸に抱きながら、家へと戻る足取りは軽かった。




