9話 遊園地
地の文の1行空けを減らしてみました。
「それでさぁ、記録会で記録更新できたんだけどさぁ、ユニフォーム着るとあの時のこと思い出しちゃうんだけど。どうしてくれるんだよ」
「テストに負けたんだから仕方ない」
「そうだけどさぁ」
昼休み。いつものように弁当をつつきながら、四人で机を囲んでいた。かりんが語っているのは、リリへのご褒美の話だ。
「リリ、どんなご褒美をもらったの?」
「おしえなーい」
ご褒美の内容は秘密らしく、いくら聞いても教えてくれない。かりんの話ぶりからして、ユニフォームに関係しているのは間違いなさそうだが、それ以上はわからなかった。
「気になるわね……かすみも気になるわよね?」
「え? あ、う……うん」
シオンに話を振られ、かすみは一拍遅れてうなずく。
どこかぎこちない。
「おいおい、大丈夫かかすみ? 最近ぼーっとしてるけど、体調悪いのか?」
「ううん、そういうわけじゃないけど……いや、夏バテかもね」
「水分補給はしっかりした方がいいぞ。もうすぐ夏休みだしな! 体調崩したらもったいないぞ!」
心配しつつも、かりんは唐揚げをもぐもぐと頬張る。その様子に、かすみは苦笑した。
「わたしちょっとお手洗いいってくる」
そこで唐突にリリが立ち上がった。
「あ、私も」
シオンもリリを追いかける形で席を立った。
教室を出ると、リリが正面切って待ち構えていた。
「で、何があった?」
どうやらお手洗いというのは建前らしい。
シオンの方も、リリに相談したくて席を立ったわけだから話が早い。リリとかりんは自分たちよりも進んだ関係だ。だからこそ、良いアドバイスをもらえるかもしれない、という期待があった。
「相談に乗ってくれるの?」
「もちろん。二人とも大事な友達だから」
「リリ……」
リリは普段こそ気だるげだが、他人の機微には聡い。かすみとシオンの間に流れる微妙な空気を察して、こうして相談に乗ろうとしてくれたのだろう。こういうときに気を遣ってくれるのはありがたい。
「実は、詳細は控えるけど……かすみが私に隠していたことを無理やり暴いてしまってね。私は気にしてないんだけど、かすみの方がそれを気にしちゃって……」
あれからお互い気まずくなっていた。特にかすみの変化は顕著で、事務的な会話以外はほとんどしなくなり、食事の際もどこか上の空だ。今まで騙していたという罪悪感がそのような態度にさせたのだろう。
この変化にシオンも「やっぱり秘密なんて暴くんじゃなかった」と後悔を抱くようになり、日課のかすみの使用済み皿ペロペロも気が乗らず自粛していた。一生自粛しとけ。
「なるほど、事情は理解した」
顎に手を当て、探偵のようにうなずくリリ。小柄な体格のせいで見た目は小学生のようだが、どこか頼りになる空気を纏っていた。
「詳細がわからないから何とも言えないけど、仲直りしたいなら、やっぱりコミュニケーションをとるのが1番だと思う」
ごく真っ当な答えだった。正論すぎて、反論の余地がない。
シオンはわずかに視線を落とし、指先でスカートの裾をつまんだ。
「そうしたいんだけど、避けられている気がするのよね」
食事の時など以外は、かすみの方から自然と距離を取られている気がする。目が合えば逸らされ、話しかけようとすればタイミングよく別の用事を作られる。それにどことなく「一人にしてくれ」オーラを放っているから、どうしても話しかけづらい。
「なら、避けられないようにする」
リリはあっさりと言い切った。
「え? どうやって……」
あまりにも簡単そうに言うので、シオンは思わず聞き返す。
リリは少しだけ考える素振りを見せたあと、すぐに顔を上げる。その表情はいつもの気だるげなものではなく、どこかいたずらを思いついた子どものように、ほんのわずかに口元が緩んでいた。
そして、続く提案を聞いたシオンは、そんな表情になった理由を理解した。
「もうすぐ夏休みだし、私たち4人で遊びに行こう。そうしたら逃げられない」
◆
「イェーイ! 遊園地だー!」
そうはしゃぐのは、キャラクターの丸い耳を模したヘッドバンドを頭につけたかりんだった。短く結んだ髪が跳ねるたびに、耳も一緒にぴょこぴょこと揺れている。
天気は雲一つない快晴。そんなガラガラ状態の空とは打って変わり、地上の遊園地は夏休みとあってか人がひしめき合っていた。色とりどりの服と笑い声がごちゃ混ぜになって、みんな楽しそうだ。
「にしても珍しいなー! リリが自分から遊園地行きたいなんて言い出すなんて! 普段なら『わざわざ人の多いところ行きたくない』とか言うのになー!」
「たまたまそういう気分になっただけ」
リリはいつも通りの気だるげな声で答える。眠たげに半分だけ開いた目をしているが、どことなく楽しそうに見える。相談など関係なく楽しんでくれたらいいな、とシオンは思った。
「まあ、なんにせよ今日は思いっきり楽しもうぜ!」
かりんが拳を握って高らかに宣言する。
——本当にこれでいいのかしら……
テンションが高いかりんとは裏腹に、シオンのテンションは低かった。隣にいるかすみも、一応笑顔は浮かべているものの、これから遊園地で楽しむにしてはぎこちない。
リリの話だと「エキサイティングしたら多分うちとけられる」とのことだが、本当にそう上手くいくだろうか。
「かりん、いこいこ」
「おお、今日は積極的だな!」
「早く」
リリがかりんの袖を引っ張って急かす。小学生みたいな見た目をしているだけに、その姿は完全に遊園地ではしゃいでいる子どもだった。
「リリちゃんが元気なの意外だね」
「そうね、いつもは元気なさそうなのに」
「だってあのエリアに行きたかったから」
この遊園地には、数年前に有名なゲームのテーマエリアが追加されたのだ。リリはゲーマーで、ずっと気になっていたらしい。
シオンは内心ほっと息をついた。自分たちの事情に付き合わせてしまったのではないかと少し気にしていたのだが、純粋に遊園地を楽しみにしてくれたようだ。
「朝イチで行かないと混むから早く!」
「わかったわかった」
リリに急かされ、そのゲームのエリアに向かう。周囲の人もそのエリアが目当てらしく、人の流れができていた。
「やっぱり夏休みだから人多いわね。日差しとか大丈夫?」
「う、うん……大丈夫」
かすみに話しかけてみるが、やはり不自然な感じだ。
この遊園地で、なんとかしてこの態度を和らげたいところだ。
歩くことしばらく、そのエリアの入口が見えてきた。
シオンも見覚えのあるそれは、円形の転送ゲートだった。内側は淡く光っていて、向こう側が見えない。
「本物だ……! すごい……!」
リリの目がわずかに見開かれる。スマホを取り出し、珍しくテンポよくシャッターを切った。
そのゲームはシオンもかすみとプレイしたことがあるほど有名だった。その転送ゲートのことも知っていた。かすみとの問題を解決するのが目的ではあるが、少しワクワクしながら足を踏み入れる。
暗いゲートを抜けると、ゲームのエリアに入った。
「うわあ……!」
エリアの中に入った瞬間、思わず声が漏れた。
目の前に広がっていたのは、まるでゲームの中に入り込んだかのような世界。色鮮やかなブロック、立体的に配置された地形、動き出しそうなオブジェの数々。
非現実的な光景だった。
「すごい! すごいこれ! シオンちゃん一緒に写真撮ろ!」
気づけば、かすみが腕に絡みつくように近づいてきていた。さっきまでのぎこちなさが嘘のように、目を輝かせている。半ば強引に肩を引き寄せられ、そのまま写真が撮られる。
「最高ね!」
「そうだね!」
シオンの言葉にかすみは頷いた。だが、シオンの言葉は、かすみの胸の感触に対するものだった。性欲が男子すぎる。
ふと視線を向けると、リリとかりんも並んで写真を撮っている。リリは無表情のままピースをしていて、かりんは満面の笑みだ。
そしてこちらに気づいたリリが、さりげなく親指を立てた。なるほど、たしかにリリの言う通りだった。遊園地程度でかすみの閉ざした心を氷解できるのか不安だったが、杞憂に終わった。
そもそも遊園地とは人を楽しませるのを生業としている場所だ。プロが本気を出せば小娘一人笑顔にするくらいたやすいのだろう。
シオンは、プロはすごいものだと素直に感心した。
テーマパーク、侮れない。
お前が笑顔にするんちゃうんかい




