7話 ご褒美
「……」
シオンはリビングで一人、待機させられていた。家に帰ってから、まず最初にかすみへご褒美を与えることになったのだが、そのかすみは「準備するから待ってて!」と言って二階へ上がっていったきり戻ってこない。
準備が必要ということは、それなりに大掛かりなことなのだろうか。
シオンは腕を組み、小さく息をついた。
いったい何を要求されるのだろうか。
「待たせてごめーん!」
ドタドタと慌ただしい足音とともに、かすみが階段を降りてきた。
「ご褒美って何をすれば」
いいの? と聞きかけて、シオンは言葉を止める。
「えへへ……ど、どうかな?」
少し照れたように笑うかすみ。
その姿を見て、シオンは思わず目を見開いた。
「な、なんなのその格好……」
かすみが着ていたのは、フリルのついたメイド服だった。それもしっかりとしたものではなく、安っぽいコスプレ感のあるもの。スカートは短く、肩が露出しており、いかがわしい店のような雰囲気だった。
——かわいいぃッ!!
とはいえシオンの性癖にはドストライクだったので、内心で狂喜乱舞した。
ふわりと広がるスカートと、やわらかく揺れる髪。その組み合わせが、かすみの可愛らしさをより引き立てており、よく似合っている。
「もっとちゃんとしたのがよかったんだけど、安いのだとこういうのしかなくってぇ……」
「いや、待って。今はかすみのご褒美タイムよね? これだと私がご褒美もらってる気がするんだけど……」
スマホのカメラでシャッターを切りながら疑問を呈する。もうこの姿を見れただけで、シオン的にはご褒美だが、かすみは首を横に振る。
「ここ最近ずっと勉強教えてもらってたでしょ? だから恩返しがしたいの! これが私にとってのご褒美なんだよ!」
「いや、その理屈はおかしい」
「私がやりたいからいいの!」
きっぱりと言い切るかすみに、シオンは一瞬だけ言葉に詰まる。
気持ちはありがたいが、普通にお願いをして欲しかった。頑張ったかすみをちゃんとねぎらいたかった。
けれど、本人がそうしたいと言ってるのを無下にするのもよくないか。そう考えなおし、受け入れることにした。
「……わかった、私はどうしたらいいの?」
「今日一日、私はシオンちゃん専属のメイドです! なんでもいうこと聞くから、好きなように命令してください! よろしくお願いします、ご主人様!」
「ご主人様ッッ!?」
予想外のワードに、声が裏返った。
興奮のあまり叫んでしまった。
「いや、いきなりそんなこと言われても……」
そう言いながらも、頭の中ではいろいろな命令のパターンが浮かび、シミュレーションを勝手に始めてしまう。
あんなことやこんなことまで想像してしまう。
「なんでもいいんだよ? ……えっちなことでも、ご主人様のためなら……なんちゃって」
「エッッッ!!??」
妄想のリミッターが解除され、シミュレーションが説明できないくらいに過激になる。
━━いや、さすがに冗談よね?
数秒の間にいくつものシミュレーションを終えた後、シオンは小さく息を吐いて気持ちを落ち着けた。
「ま、まあ、えっちな命令はしないけど……」
「しないんだ……」
かすみがなぜか残念そうに目を伏せる。
その反応に少し引っかかりを覚えつつも、シオンは軽く肩を回した。
「そうね……じゃあ、肩を揉んでもらおうかしら。試験勉強で疲れてるのよね」
ゴキッゴキッと骨が鳴る。
「うん、わかった! それじゃあ……精一杯ご奉仕させていただきますね、ご主人様♪」
「おほッ!?」
不意打ちのささやきにより、シオンに電流が走った。とんでもない破壊力の言葉だ。
そんな内心を知ってか知らずか、かすみは早速肩を揉み始める。
「どうですかご主人様ぁ、気持ちいいですか?」
「んっ……ええ、気持ちいいわよ……」
━━きぼぢいいよおぉおおおッ!!!!
クールな返事とは裏腹に、頭の中は快楽で満たされていた。かすみの細くて柔らかい手が、優しくシオンの肩をもみほぐしていく。ただ揉んでいるだけなのに、手つきにいやらしさを感じ、だんだんとシオンも変な気分になっていく。これはひどい。
「ところで、んッ……なんでご主人様なの? とりあえず録音するけど」
「メイドだからね!」
「そうね、メイドならそうよね」
昔見たアニメに出ていたメイドキャラも「ご主人様」と呼んでいたし、こういうものなのだろうと納得した。さりげなく録音許可をとるな。
やがて肩もみが一段落したので、次のお願いもとい命令をすることになった。
「それじゃあ、メイド喫茶みたいにかわいいかすみと記念撮影しようかしら」
「はい、ご主人様! どんなふうに撮りますか?」
「うーん、そうねえ、こういうのはどうかしら」
シオンは片手でスマホを構え、もう片方の手でハートの片割れを作る。SNSで見たことがある写真だと、もう片方の人もハートの片割れを作り、それを合体させることで完全なハートを作っていた。
「こういうの、見たことあるでしょ?」
「あ、それ知ってる!」
かすみは元気よくうなずき――
ぐっと親指を立てた。
「こうするんでしょ?」
「……え」
違う。
いや、合ってるけど違う。
シオンは絶望した。
「あ、ごめん、違った?」
「う、うん、それは違うやつだから」
気を取り直して、二人で手を合わせてハートを作る。
「うん、いい写真が撮れた」
「私にも送ってね!」
「はいはい」
ちなみにスマホは録音状態で、かすみのメイドボイスもばっちり撮れている。
今夜はこれを使うつもりだった。
何に使うつもりなのだろうか。
「あ、そろそろ夕食の時間だね」
時計を見ると夕食の時間だった。言われてみれば少しお腹も空いている。
「スペシャルな料理つくるから、部屋で待っててね♪」
「あ、うん」
軽やかな足取りでキッチンへ向かうかすみの背中を見送り、シオンは階段を上がる。
慣れた足取りでかすみの部屋に入ると、ふう、と小さく息を吐いた。
料理ができるまでの間、やることは特にない。ならばやることは一つ。
いつものようにタンスの中を物色する。シームレスに犯罪に移行するな。
迷いなく開けた引き出しの中には、見慣れたかすみの衣類たちが入っていた。一組の下着を手に取り、匂いを嗅いだ後ジップロックに入れる。その後、カバンに入れていた先ほど手に取ったものと同じ柄の下着を引き出しに入れる。
「これでよし」
タンスを見終わったシオンは、今度は勉強机の引き出しを引いた。
「あら?」
中に入っていたものが目に留まった。
「首輪?」
取り出してみたところ、かわいい首輪だった。犬を飼っているわけでもないのに、どうして首輪がここに?
「ご主人様ー! できたよー!」
下の階からかすみの元気な声が響く。
シオンは一瞬で我に返ると、手に持っていた首輪を元の位置に戻し、引き出しを音もなく閉めた。
何事もなかったかのような顔を作り、そのまま平然とした足取りで一階へ降りる。
「さあさあ座って座って!」
メイド姿にエプロンをつけたかすみに急かされ、シオンは素直に席へと腰を下ろした。
テーブルの上には、湯気を立てる一皿。
ケチャップライスの上に、こんもりと乗せられた卵の塊。どう見てもオムライスだが、ただのオムライスではない。
表面はつややかで、今にもとろりと崩れそうな絶妙な半熟具合。ナイフを入れれば中身が広がるタイプのオムライスだ。
「メイドといえばオムライスだからねー! じゃあ切るね!」
ケチャップライスの上に乗った卵へ、かすみがナイフをすっと入れる。次の瞬間、切れ目からとろりと半熟の中身があふれ出し、ケチャップライスを優しく包み込んだ。
見ただけでわかる、ふわふわしたオムライス。完璧な火加減。すごく美味しそうだった。そう、美味しそうではあるのだが……
——メイド喫茶って、ナイフで割るタイプの本格的なオムライス出てくるんだっけ?
とはいえ作ってくれたものに対して、こんなどうでもいい指摘をするのも憚られる。
「ありがとう、かすみ。美味しそうだわ」
「あ、ちょっと待って」
スプーンを手に取ったところで止められる。
「仕上げをしないとねー」
かすみはケチャップを手に取ると、オムライスの上にすらすらと文字を書き始めた。
シオンは邪魔にならないように少し身を引く。やけに慣れた手つきなのが気になるが、それよりもメイドさんに書いてもらえて幸せである。
「じゃーん、完成でーす!」
「こ、これは……!」
そこには綺麗に書かれた「大好き♡」の文字。
「すばらしい……もったいなくて食べれない……」
「いや、食べてね?」
即座にツッコミが入る。
とりあえずこの尊い瞬間を残すため、シオンは素早くスマホを取り出し、何枚か写真を撮った。
満足したところで、ようやくスプーンを手に取る。
一口、口に運ぶ。
「どうかな? 美味しい?」
「……シェフを呼んでくれないかしら。感謝を伝えたいの」
「私だけど」
「ありがとう」
その後、二人はゆっくりと時間をかけてオムライスを平らげた。
「ご馳走様でした。ありがとう、美味しかったわ」
「喜んでくれて嬉しいよ〜!」
「お皿洗うわね」
「あっ、今日は私が洗うね! メイドさんだから!」
今日もかすみの皿をペロペロしようとしたが、今日はかすみがやる気らしい。
メイドさんなら仕方ないので、今日のところは譲っておいた。譲っておいたじゃねえよ。
「……」
鼻歌混じりに皿を洗うメイドの後ろ姿を見ながら、食後のコーヒーを啜る。
シオンは今、世界一優雅な女になっていた。そして、フリフリと揺れる丈の短いスカートを見て、シオンは疑問に思った。
——何色のパンツ履いてるのかしら。
どうやら頭の中は優雅ではないらしい。
『今なら覗いても気づかれないわよ?』
シオンの中の悪魔が囁く。
『いや、ここはスカートをめくるのもありよ。バレたとしても冗談だと笑い飛ばせばうやむやにできるわ』
天使も囁いてきた。こいつら一体なんなんだ。
——じゃあ、覗こうかしら。
シオンはコーヒーカップを置くと、躊躇いなく地べたに這いつくばった。自身の知的欲求を満たすためならば、このような無様な姿を晒しても気にしないのが、人間という生物の愚かしさであり、ここまでの発展を築いてきた理由でもある。知的というか痴的だけど。
だが、スカートの丈がそこまで長くない割に、フリルが邪魔でなかなか真実にたどり着くことができない。
——いや、諦めるな!
頬を地べたにつけることで、ようやく望んだ景色に辿り着いた。その先には雪国のように純白の——
「ご主人様、何してるの?」
気づいたらかすみが見下ろしていた。体の向きはそのままに、肩越しにこちらを見ていた。。
「……」
シオンは無言で立ち上がり、席に着く。
「……ご主人様? なんで地べたに倒れてたの?」
「そんなことより、私のご褒美、今ここで使ってもいいかしら?」
「え、今? それよりもさっき地べたに……」
「一つだけ質問したいことがあるの」
それはこのテスト期間中に思い至ったことだった。
「どうして今まで手を抜いていたの?」
それより地べたに這いつくばってた理由を話せ。




