6話 結果発表
それから二週間、テストに向けてシオンと勉強を続けた。
日を追うごとにかすみのミスは減り、シオンに褒められる回数も増えていく。
無論、それはかすみの意図的なものだ。今回のテストでは本気を出すので、これまでの自分からは考えられないような点数をとる。そのとき不審に思われないよう、少しずつ実力を上げているように見せていた。
そしてテスト当日。
かすみは教室の自席で、最後の見直しをしていた。
「かすみ、調子はどう?」
振り向くと、シオンが覗き込んでいた。
テスト前でも、黒髪をきれいにまとめたその姿は、いつも通り落ち着いていて頼もしい。
「バッチリだよ! これもシオンちゃんのおかげだね! 本当にありがとう!」
「かすみが頑張ったからよ。私がいない時も勉強してたんでしょ? えらいわ」
「えへへ〜」
シオンの手が、そっとかすみの頭に乗る。やわらかく撫でられて、かすみは思わず目を細めた。シオンの犬になったみたいで気持ちがいい。勉強を教えてもらう時、正解するたびに頭を撫でてくれた。もっと撫でてもらうためにかすみはがんばり、テストが近づくにつれ、撫でられる回数は多くなった。シオンも満更でもない様子で、お互い癖になってしまっていた。
「おはよう、最後の見直し?」
教室の扉が開き、リリとかりんが入ってくる。
その気配に気づいたシオンは、そっと手を離した。
かすみは名残惜しそうにシオンの手を見つめた。
「うん、そうだよ。かりんちゃんは……大丈夫なの?」
「だいじょーぶ。ね?」
「はい、大丈夫です」
かりんはフラフラ体を揺らしながら答える。
その声にはいつもの元気がなく、ロボットのように無機質だった。
「……なんで敬語なの? かりんに何かした?」
「勉強のことしか考えられないように洗脳を施した。単純な脳みそしてるから簡単だった。今やかりんはわたしの熱心なせいど……生徒だよ」
「はい、私はリリ様の従僕です」
「いや、それ大丈夫じゃないでしょ……従僕とか言ってるし……」
「シテ……コロシテ……ベンキョウハモウイヤ……」
「化け物になった人間のセリフ言ってるし……」
「だいじょーぶ。こうして手を叩けば元に戻るから」
ぱん、とリリが手を叩く。
すると、かりんは今ベッドから目が覚めたように、ハッと我に返った。
「あれ? あたしいつのまに学校に? リリと一緒に勉強してたはずじゃ……」
キョロキョロと辺りを見回すかりん。
「本当に戻ったわね……でもテスト前に戻しちゃってよかったの?」
「テストは正気でやるものだから」
「洗脳は正気の沙汰とは思えないけど……」
小さくため息をつくシオンに、かすみは思わず苦笑した。
「そもそも洗脳って、今回の勝負の趣旨とズレてない? 本来の実力でやらないとダメじゃないの」
「洗脳って何?」
「私がやったのは集中しやすくなる暗示だけ。勉強した記憶はちゃんと残ってる」
「ならいいけど……」
「洗脳って何?」
「時間感覚がわからなくなるほど勉強に集中したかりんは強い。かすみたちには負けない」
「それはこっちのセリフよ。地道に努力を重ねたかすみの力を思い知りなさい!」
リリに対抗してシオンが啖呵を切る。
その言葉に、かすみの胸がちくりと痛んだ。
本当のことを言えば、自分は『地道に努力して追いついた側』ではない。
最初からできていたのに、隠していただけだ。
それでも――かすみはそっと拳を握る。
——絶対に勝ってご褒美でアレをするんだ……!
「ねえ、洗脳って何?」
◆
「さて、結果発表といこうか」
「勝者は総合得点の順位で決めるからね」
数日に分けて行われたテストが終わり、結果のプリントが返却された。白い紙には各教科の点数と総合得点、そして学年順位が記載されている。
「あたしにしてはがんばったからな! 負けないぞ!」
「わたしもがんばったからね!」
二人は、プリントを同時に裏返した。
結果は━━
「かりんが98位、かすみが38位……これって……」
「ええ、かすみの勝ちね」
「やったあッ!!」
かすみは思わず立ち上がり、その勢いのままシオンに抱きついた。シオンも驚いたように目を見開いたあと、すぐに柔らかく微笑んで、かすみの背に手を回す。
「よくやったわね、かすみ」
耳元でそう囁かれて、胸の奥がじんわりと熱くなる。
「くっそお! 負けたああ!!
机に突っ伏すようにして、かりんが叫ぶ。
「ごめんリリ、勉強教えてもらったけど勝てなかったよ」
「かりんもがんばった。最近のポテチ並に足りない脳みそで100位以内に入ったのは奇跡に近い」
「ありがとうぅうう!」
かりんは涙目のまま立ち上がり、そのままリリに抱きついた。
リリは少しだけ目を細め、我が子をほめるように優しくなでる。
「がんばったご褒美、あげないとね」
「え? 負けたからご褒美はなしなんじゃ……」
「ちょっと無理させちゃったし。そのお詫びも兼ねて、ね」
「無理っていうか洗脳させてたけどね」
「洗脳したらダメでしょ」
洗脳については後々かりんから怒られていた。
「いいや、負けは負けだ! ご褒美はいらない!」
かりんはきっぱりと言い切る。涙を拭いながらも、その目は真っ直ぐだった。
「負けたのにご褒美もらったら、今後つけあがるかもしれないからな!」
「そっか……」
勝負に真剣なところは体育会系という感じがする。
対してリリはなぜか残念そうだった。
「かすみはご褒美何がいい? なんでも言っていいわよ」
「それなんだけどさ……シオンちゃんにもご褒美あげたいんだけど、どうかな?」
「私に?」
意外そうに目を瞬かせる。
「だってわたしが良い点とれたのは、シオンちゃんが一生懸命勉強を教えてくれたおかげだもん。だから何かしてあげたくて、ダメかな……?」
これは嘘ではない。勉強を教えてもらったおかげで、かすみの学力はたしかに上がっていた。
教えられなければ50位よりかは下の成績だっただろう。
「そう? それなら遠慮なくもらおうかしら」
「うん! なんでもいいからね!」
ぱっと明るくなるかすみの表情。
その無邪気さに、シオンは小さく笑みをこぼした。
「あの……やっぱり私もご褒美もらってもいいかな?」
かりんが罰が悪そうに、頭を掻きながらそう言った。
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