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5話 女の子同士はありですか?


「……」


 シオンは驚きのあまり、無言で固まった。


━━やばい、やばい、やばい、バレた!?


 思考停止の後、次いで頭をよぎったのは自分の恋心がバレた可能性。しばし脳内が混乱状態に陥る。ただ、そんな異常事態でも、いまだ冷静を保っている脳の一部は冷静に分析をした。


━━落ちつけ……論理的に考えれば、昨日のアレを目撃したから、その流れで私に話題を振っただけだ。


 単に感想が聞きたいだけだろう。そう結論づけて、シオンはようやく呼吸を整えた━━と同時に警戒した。

 

 どうして自分に聞くのか。

 どんな答えを期待しているのか。


「なによ、勉強中に。もしかして昨日のアレのこと?」


 だが、同時にこれはチャンスでもある。かすみの本音を知るきっかけになるかもしれない。

 いや、それどころか━━


「うん……昨日から気になっちゃってさ、勉強にもあんまり集中できないし……」


 かすみはシャーペンを手でいじりながら、視線を泳がせる。


「シオンちゃん的にはどんな子が好きなの?」


 普段からかすみを観察している上に、部屋中にかすみの写真を飾っているシオンは、その頬がわずかに紅潮していることに気付いた。


 ━━探りを入れられている……!


 直感と推理が同時に答えを導き出す。


 だが、理由まではわからない。

 単に恋愛に興味が出てきたお年頃なのか、それとも自分の気持ちに気付いて牽制しているのか。


 あるいは――

 ありえないとは思うが。


 逆にシオンに恋愛感情を抱いているがゆえの探りなのか。


「うーん、そうねえ」


 シオンは軽く考えるふりをする。

 しかし頭の中では全力で思考が回転していた。

 

 どう答えるのがベストなのか。

 

 そして数秒後、結論を出す。


「よくわからないけど……好きな人なら、女子でも男子でもいいかもね」


 核心は避けつつも、嘘偽りのない本心を口にした。


「へえ~、そうなんだ。性別は関係ないんだね」


 かすみの返事は意外と淡泊だった。だが、声音がわずかに高くなったことに、常日頃からかすみの声を録音して聴いているシオンの耳は気づいた。


「まあ、たぶんね。それで? かすみはどうなの?」


 シオンはなるべく軽い調子で口にする。


「私に聞いておいて、自分は話さないなんてことはしないでしょうね?」


 表面上は余裕の態度。

 だが内心では喉から手が出る勢いでカウンターを返す。

 

 かすみはわずかにうつむきながら答えた。


「……私も、シオンちゃんと同じだよ」


 その言葉を聞いた瞬間、世界が1カラット明るくなったような気がした。

 

 これまで女同士だからという理由で、告白することを半ば諦めていた。だが今の言葉は、シオンに一筋の希望をもたらした。わずかな希望ではあったが、それでも明るい希望である。


━━よっしゃあああああああッッ!!!


 心の中で盛大に叫ぶ。

 

 その一方で、冷静な自分がブレーキをかける。


 女でもいい=シオンが好きとはならない。


 『じゃあ、私と付き合ってみる?』


 その言葉が喉元まで出かかったが、シオンは飲み込んだ。焦りは禁物だ、今は、この可能性が分かっただけで十分だ。

 


 ——もちろん満足するべきではなかった。


 

 『じゃあ、私と付き合ってみる?』と聞くのがベストだった。今このタイミングなら、冗談めかして聞くこともできた。もし断られても、笑ってごまかせたはずだった。


 だがシオンは踏み出せなかった。

 拒絶されることを恐れてしまった。


 だから、この千載一遇の機会を逃した。その一歩が踏み出せなかった時点で敗北者である。

 


 当のシオンはチャンスを逃したことに気づかず、「もしかしたら私のことが好きな可能性もあるかも……」などと楽観的なことを考えていた。

 

 告白するにはもう少し判断材料がほしい。

 その時、シオンの直感が冴え渡る——かすみが隠しているものが、その判断材料の鍵になるのではないか、と。


 希望を与えられたシオンの心に火が灯る。


——なんとかして探らないと……

 


 ただ、先ほどの話が衝撃的すぎてその後の勉強は身が入らなかった。シオンは心の中でかすみに謝った。





 ◆




「そこはこうするといいわよ」

「なるほど! さすがシオンちゃん!」


 シオンはかすみのノートを覗き込み、ペン先で間違いを示した。黒髪をさらりと耳にかける仕草が、いつもより近くに感じられる。


 指摘された箇所は、かすみがわざと外したものだった。シオンが気づきやすく、それでいて『シオンの知るかすみ』の実力でも間違えそうな絶妙なライン。


 正解を教えてもらうたびに、かすみの脳に快楽物質が分泌される。


 ——もっと教えてほしい。


 かすみの本来の実力なら、この問題集のテスト範囲であればほぼ解ける。そうしないのは、ひとえにシオンにかまってもらうためだった。


 自分よりも劣っていると思ってくれれば、こうして施しをもらえる。シオンの愛玩動物(ペット)になれる。


 愛する人に所有されたい。身も心も捧げたい。

 肉体的にも精神的にも、シオンに包み込まれたい。


 そんな願望が、かすみという人間の根幹を成していた。


 かすみを我が物にしようとしているシオンにとって、それは願ったり叶ったりの、カモがネギ背負ってる状況だが、それを知らないかすみはこの望みを隠している。同性同士なので、知られてしまえばドン引きされると思っているからだ。同性とか関係なくドン引きされると思うが。


 そんなわけで、この勉強はかすみにとって何度目かの復習ということもあり、あまり身が入っていないわけだが、それ以外にも集中できない理由がある。


 ━━二人のことが気になるよ~!!


 かりんとリリのキスは、いまだに深く記憶に刻まれている。

 同性同士でも、ああいう関係になることがある。もしかしたら、シオンもそういうふうに思ってくれる可能性があるのではないかと。


 実例が生まれたことで、そんな期待がかすみの中に生まれていた。

 昨日も結局、そのことばかり考えすぎてしまい、勉強に身が入らなった。


 本当は昨日のうちに聞こうとした。二人のことにかこつけて、同性同士の恋愛という話題を振ろうとした。

 しかし、踏み込めなかった。本心を悟られそうで聞けなかった。いまだに聞こうか聞くまいか迷っている。そのせいで素で凡ミスをして、シオンに指摘されたりしている。


 このままでは日常生活を送るどころではない。


 一番嫌なのは、シオンと体を密着させているのに、それを堪能できないことだった。これだけは我慢ならなかった。


 かすみは覚悟を決めて聞いてみた。


「━━シオンちゃんって女の子同士が恋愛するのってどう思う?」


 できるだけ自然に聞いたつもりだった。

 シオンは少しも表情を崩さず、淡々と答える。





「よくわからないけど、好きな人なら女子でも男子でもいいかもね」






━━やったああああああッ!!!





 回答を訊いた瞬間、頭の中で弾けるように歓喜が広がる。努めて表情に出さないようにするが、うまく隠せている自信はない。今自分がどのような表情をしているのかわからなかった。


「へえ~、そうなんだ。性別は関係ないんだね」


 表情筋に力を入れ、それとない反応を返す。

 するとシオンがすぐに聞き返してくる。


「それで? かすみはどうなの? 私に聞いておいて、自分は話さないなんてことはしないでしょうね?」


 シオンがわずかに首を傾げる。さらりと揺れた黒髪の隙間から、真っ直ぐな視線がかすみに向けられていた。なぜかその眼差しがギラギラしているように思えた。


 逃げ場はない。


 かすみは無意識にシャーペンを握り直す。指先にじんわりと汗がにじんでいるのがわかった。心臓の音がやけに大きく響いて、喉の奥が少し詰まる。


 ――どうしよう。


 ここで変なことを言えば、全部が壊れてしまうかもしれない。


 けれど、何も言わないわけにもいかない。


 ほんの一瞬だけ視線を落とし、かすみは小さく息を吸った。


「……私も、シオンちゃんと同じだよ」


 少し声が小さくなったが、とりあえず返事はできた。


 顔を上げるのが怖くて、かすみはそのままノートに視線を落としたまま動けなかった。頬が熱い。ちゃんと普段通りに言えたのか、自分でもわからない。


「へー、そうなんだ」


 シオンの反応はいつも通りだった。


 少しだけ物足りなさを感じたが、それでも十分だった。

 知りたかったことは、知ることができた。

 


 その後、勉強を再開したが、先ほどの話が衝撃的すぎてほとんど身が入らなかった。



 ——ごめん、シオンちゃん!




 ◆


 


 シオンとの勉強を終え、食事や風呂を済ませた後、かすみは自室の机に向かっていた。


「これなら全科目八十点以上はいけるかな」


 問題集を閉じながら呟く。

 実力的には問題ない。だが、表情は芳しくなかった。


——かすみと、一緒の大学に行きたいから。


 帰り道で聞いた言葉が、頭の中で何度も繰り返される。


 シオンと同じ大学に通いたい。そのためには、いつまでも実力を隠したままではいられない。教えてもらう時間は楽しいが、これ以上お荷物になるわけにもいかない。


 中学校や高校がどこだったかは、学歴としては重要視されないが、どこの大学に行ったかは将来に深く関わってくる。


「もう、教え子のままじゃいられないよね……


 スマホの画面には注文したものの配送状況が表示されている。かすみはすでにご褒美に必要なものをネットで注文していた。

 

 勝ちを確信しているからこその行動。いくらリリがついていようと、かすみが本気を出せばかりんに負けるわけがない。


「頑張らないと。ご褒美のためにも……」


 再びペンを手に取る。


 かりんに勝つためだけではなく、シオンを安心させるために。


「たまには、ちゃんと褒めてもらうのもいいかも、ペットみたいに撫でて欲しいな〜」


 不純物が混じっているように見えるが、シオンへの想いは純粋だった。

 

 純粋な変態だった。


 

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