3話 お前もか
※性的描写あり
二人のキスを目撃した翌朝、シオンはいつものように隣の家に向かった。起きていませんように、と願いながらインターホンを鳴らす。少し待ったが応答はない。ほっと息を吐き、シオンは合鍵で家に入った。家族ぐるみの仲なので、お互いの家の合鍵を持っており、かすみの部屋へもフリーパスなのである。
階段を上がり、そっと扉を開け、かすみの部屋に入る。
「……すううう、ふうううう」
シオンはまず深呼吸をした。それは緊張を和らげるためでもあり、かすみが排出した空気を自らの肺に取り込むためでもあった。
「さて、と……」
落ち着きを取り戻したシオンは、ベッドの上で気持ちよさそうに寝息を立てているかすみに近づく。
━━今日もかわいいわね。
寝顔を眺めながら、パシャリと写真を撮ると、次に枕を慎重に観察する。
━━あった。
枕元からそっとつまんだのは髪の毛だった。それをジッパー付き保存袋にしまうと微笑みを浮かべる。
何やってんだこいつ。
朝のタスクをこなしたシオンはいよいよかすみを起こそうとして——ピンク色の唇に視線が向かう。
「……」
昨日の出来事を思い出してしまい、胸の奥がざわつく。
友人たちが教室でキスをしていた光景は、シオンの記憶に強く残っていた。
——私も、かすみと……
そんな考えがよぎり、無意識のうちに顔がかすみに近づいていく。プルリとした唇の皺の一つ一つが目視できるような位置まで近づいたところで。
「わっ!? しおんちゃん!?」
「ッ!?」
かすみが目を覚まし、シオンは驚きのあまり尻餅をついてしまった。
「わっ、大丈夫!?」
かすみは慌てて手を差し伸べる。
「もー、びっりしたよー。起きたら目の前にシオンちゃんがいたんだもん」
「……なかなか起きないから、熱でもあるんじゃないかと思って、額をくっつけようとしただけよ」
咄嗟に言い訳を絞り出した。
「あ、そうだったんだ。ごめんごめん」
「元気そうでなによりだわ。それじゃあ、朝ごはんの用意しておくわね」
「うん、ありがとう」
そう言うと、シオンがいることなどおかまいなしにパジャマのボタンを外し始めた。視線が胸の谷間に吸い込まれる。中学生になってからかすみの胸は成長し続け、今や果実のごとくたわわに実っていた。
「……ッ!」
シオンは鋼の意思で視線を逸らすと、足早に階下へと降りていった。
顔を覗き込んでしまったことといい、胸元をじっと見てしまったことといい、今日は一段とうかつだと頭の中で反省会をする。いつもは理性で抑えられているはずなのに、今日は理性の調子がすぐれない。間違いなく昨日の出来事を目撃したことが原因だろう。
「バレないようにしないと……」
かすみへの邪な気持ちがバレてしまえば、今の幼馴染としての関係が崩れてしまうかもしれない。それだけは絶対に避けなければならない。
━━この気持ちは隠し通さないと……
かすみが顔を洗っている間に、シオンは朝食の用意をする。昨日かすみが作ったスープを電子レンジに入れ、食パンをトースターに入れる。焼き上がるのを待つ間に食器を並べ、温め終わったスープを皿に盛りつける。スプーンなども用意して食卓を整えたところで、かすみがリビングに入ったきた。
「いつもありがとう、シオンちゃん」
いつものことなのに、かすみが感謝の言葉を欠かしたことは一度もない。シオンはその言葉を聞くたびに、理想の夫婦の形はこういうものをいうのだと、しみじみと思うのであった。もちろん夫婦ではないのだが。
食事を終えると、かすみは身支度を整えるために、自分の部屋に戻った。その間にシオンは食器を洗う。これもすっかり日課になっている。
「さて……と」
自分の皿を洗い終えたシオンの眼は、かすみの食器へと向かった。獲物を発見した狩人のようなギラギラとした目つきである。嫌な予感がする。
「くんくん……」
シオンはかすみの箸を手に取ると、匂いをテイスティングし出した。
「あむっ」
そして、おもむろに自分の口の中に突っ込んだ。
やっちまったな。
「おいしい、おいしいわよかすみ……」
恍惚たる表情で、甘いキャンディーを口に含んでいるかのようにペロペロする。端から見れば犯罪的な絵面、というか実際なんらかの法に触れてそうだ。女同士であっても普通に許されないレベルである。
皿を洗う時はいつもこんな感じだ。
常習犯というわけである。
なんでこんなことをしているかというと、かすみの一部を自らの中に取り入れることにより、快楽を得るためである。えぐい性癖してる。
かすみのことが好きすぎる思いが暴走してしまい、こんなことになってしまった。なっちゃったからにはもう……ネ……というわけで、常習的な犯行に手を染めてしまったわけである。
やがてひとしきり舐め終えると、満足したのか口から箸を取り出した。透明な糸がシオンとかすみを繋いでいるかのように、口の先と箸先をつないだ。もったいないと思いつつも、ようやくかすみの皿を洗い始める。
ちょうど皿を洗い終えた頃、制服に着替えたかすみが階下に降りてきたので、いつものようにリボンを調整してやる。
なぜかかすみはいつもリボンのつけ具合が甘い。とはいえ、リボンをつけるときは合法的に胸を凝視できる上に触れられるので、特にツッコんだりはしない。
「これでよし、それじゃあ行きましょう」
「うん!」
ローファーを履いた二人は学校へと向かった。
◆
教室でかすみと雑談していると、かりんが入ってきた。
「二人とも、はよーっす」
「かりんちゃんおはよう!」
「おはよう、かりん」
昨日あんなことをしていたというのに、かりんはいつもと通りの様子だった。少し不思議に思ったが、すぐにその考えを頭から追い出して冷静を装う。普段かすみ相手にやっていることなので、表情に出さないようにするのは造作もない事だった。
「もうすぐ期末テストだよなー、だりー。部活できないしー」
かりんは大きくため息を吐いた。この桜下高校では、テストの一週間前から部活動が禁止されるのだ。
「どうせ自主練はするんだけどさ、やっぱりアスファルトより土の上走りたいんだよなぁ」
「へー、テストかあ。大変だねえ」
「他人事みたいに言ってるけど、かすみにもテストはあるからね」
緊張感のない様子のかすみに、シオンは軽く釘を刺す。中間テストではどの教科も平均点以下だった。赤点は免れていたが、この高校のレベルを考えれば、もう少し点数は取りたいところだ。
「かりんも、部活に打ち込むのはいいことだけど、テストにもきちんと取り組みなさい」
「うへえ、部活がんばってるのに勉強もがんばらないといけないなんて、高校生って大変だなぁ」
「中学の時もそうだったでしょ」
「中学の時はほとんど勉強してないな」
「え? そうなの?」
かりんの言葉に、かすみが驚いた声を上げる。この高校は特別難関というわけではないが、全国的に見ればそれなりのレベルだ。日頃から授業を真面目に受けて、内申点をそれなりに稼いでおかないと、合格は難しいはずだ。
「リリにヤマ張ってもらってたんだよ。的中率は脅威の七割越え」
なんの自慢にもなっていないことを自慢げに言ってくる。リリの頭の良さはシオンもよく知っている。なにせこの高校に首席で入学し、中間テストでも学年一位を取ったほどだ。シオンが秀才型だとすれば、リリは間違いなく天才型だろう。
「へえ~、いいなあ」
「かすみ、ダメよ」
うらやましそうにするかすみの目を、シオンは手で覆った。大事な幼馴染を楽な方に進ませるわけにはいかない。人間一度楽をしてしまうと、夏場のクーラーのようになかなかそこから抜け出せなくなるものだ。この令和の時代、夏はクーラーしないと死ぬレベルだからクーラーから抜け出すのは自殺行為だが。
「いい? よく聞いてかすみ……たしかにリリの力を借りれば点数は取れるかもしれない。でもね、テストは自分がどれだけ理解できているか確かめるためのものよ。リリのやり方はテストの目的に反しているわ。将来大学に進むなら、ちゃんと勉強する習慣をつけないと」
「う……うん、わかったよシオンちゃん」
「なんかお受験ママみたいだな」
かすみの将来のためであればお受験ママで結構だ。かすみには幸せになってほしい。将来の安定した生活のためにも学力は高ければ高いほどいい。
「まあ、私はまだいいや。まだ高一だし、今は陸上をがんばりたいしな」
「いや、シオンのいうとおり。勉強もしないとダメ」
「うおっ! いたのかよ!」
かりんがのんきな顔で笑っていると、脇からリリが現れた。身長が低く気配も薄いため、こうして突然現れることがよくある。
「リリちゃん、シオンちゃんの言う通りっていうのは?」
「『将来大学に進むなら、ちゃんと勉強する習慣をつけないと』。たしかにそのとおり。今までわたしはかりんを甘やかしすぎていた。かりんのためを思うならスパルタで勉強させるべきだった」
「うげっ!?」
かりんが悲鳴を上げた。
「理解してくれて助かるわ」
「かりん、今日から放課後は私とテスト勉強する。つきっきりで見てあげる。とりあえずテスト一週間前までに、中一から中三の範囲をマスターしてもらう」
「あの~、今日は部活があるんですけども……」
「今日は休め」
かりんはがっくりと肩を落とした。どうやらリリには逆らえないらしい。
「あ、そうだ、どうせならみんなで勉強しようぜ。人数多い方がやる気出るだろ」
「それいいかも! そうしようよ!」
かりんの提案にかすみは手を上げて賛成する。だが、シオンとリリは顔を見合わせる。
「この二人を一緒にすると、勉強よりおしゃべりになりそうだけど、どう思う?」
「同意。かりんはかすみを巻き込んでサボるつもり」
「え、そうなの?」
「ぎくううううッ!?」
図星だったのか、かりんは目を逸らして下手な口笛を吹き始める。シオンは呆れを通り越して感心した。よくこんな演技力で、昨日のことを表に出さないものだ。
「それなら、私とかすみ、リリとかりんで分かれて勉強しましょうか」
「それがいいと思う。でも、それでも集中できるかわからない」
リリは少し考え、静かに言った。
「そこで一つ提案がある」
「提案? なにかしら」
尋ねると、リリは短く答えた。
「勝負をしよう」




