14話 ファッションモンスター③
「シオンちゃんももう高校生になったんだし、そろそろスポブラじゃなくて普通のブラ買おうよ。周りの人もつけてるでしょ?」
かすみの言う通り、体育の着替えの際に周囲を見わたすと普通のブラをつけている人が多い。そういう大人っぽい下着が欲しくなる年頃なのだろう。
とはいえスポーツブラの人がいないわけではなく、かりんなんかもスポーツブラだ。
「スポーツブラで十分じゃない?」
「えー、そう? でも普通のブラつけてるところみたいなぁ。絶対似合うと思うんだよねえ」
「うっ」
似合うと思う、と告げられ低くうめく。それはつまり、普通のブラをつけている自分に魅力を感じてくれる可能性があるということだ。もしかしたらこういったブラをつければ、「かわいい! 私と付き合って!」なんて展開になるかもしれない。そんなわけあるか。
「しかたないわね……わかったわよ」
とはいえ少しでも希望があるのであれば、やっておいて損はないだろう。どのみちいずれ着けることになるだろうから、早めに挑戦するのも悪くない。
そんなわけで店員さんに採寸してもらい、自分に合ったサイズの中からかすみが数着選んできた。その中でも比較的おとなしめのデザインのワイヤーブラを手に取り、試着室へと入る。
カーテンが閉じられるのを見届けたかすみは、静かにほくそ笑んだ。
━━計画通り
そう、それは外出することが決まった瞬間に思いついた計画だった。全てはシオンのファーストブラを自分が選ぶための布石だ。
シオンの"はじめて"に自分が関わること、それがかすみにとっての至上の喜び。はじめてのデート、はじめての飲み会、はじめての恋人……"はじめて"とつくもの全てに自分を刻み込む。シオンの人生の節目全てに自分が組み込まれることこそかすみの夢、かすみの望み、かすみの業だ。
いきなり下着コーナーに行けば抵抗されることは必至だ。だから警戒心を解くために段階を踏んだ。まずは服を見て回ることから始め、ガーリーな服を着させ、水着を買わせる。そうすることで肌の露出に対する抵抗をなくした。女心を高め、羞恥心を取り除いたところで満を持しての下着コーナーという段取りである。
今日思いついたにしては綿密すぎる計画だが、実のところファーストブラの購入自体は数ヶ月前から考えていたことだった。自分が選んだブラをどうやって着させるか、シミュレーションを何度も思い描いていた。
そしてついに今日、その機会がやってくる。シミュレーションの成果が発揮され、この計画が立案された。つまるところシオンは周到に張り巡らされた蜘蛛の糸にかかった獲物というわけである。
「か、かすみ……見てほしいんだけど」
作戦の成功に内心ほくそ笑んでいたところ、試着を終えたらしいシオンがカーテンの隙間から顔だけ覗かせてきた。
「入ってもいいの!?」
かすみは身を乗り出して聞き返す。見てほしい、その一言に釣られてしまう。つまりそれは自分が選んだファーストブラをつけてもらうという栄誉だけでなく、それをつけた姿までを拝謁できることに他ならない。
「嫌じゃなかったら、似合ってるか確認してほしいのだけれど……」
「もちろんいいよ! じゃ、じゃあ、入るね……」
女子の部屋に初めて招き入れられる男子のように緊張しながら、カーテンの向こうへと足を踏み入れる。
「ど、どうかな……似合ってる?」
そこにいたのは、慣れない下着が恥ずかしいのか、頬を赤く染めたシオンの姿だった。
——あ、だめだこれ。
かすみはシオンに覆い被さった。
素肌が触れる感触。
「え、何? ……何!?」
かすみはシオンの声で理性を取り戻す。鼻血が出そうになりながらも、何とか離れることができた。
「ごめんごめん、ちょっと躓いちゃった。それにしても綺麗だよシオンちゃん……ちょっと揉んでみてもいい?」
「揉むの!?」
——何言ってんの私!!??
全然落ち着いてなどいなかった。シオンは警戒した様子で胸を腕で隠した。
——まずい!
「あ、違うの! 触ってみてサイズをたしかめるって意味でね!?」
「あ、ああ、そういうこと……着てみた感じサイズならピッタリだから大丈夫よ」
「そ、そっか……それはそれとして揉むね……」
「え? まあ、いいけど……」
我ながら無理のある誤魔化し方だが、シオンは納得したようで警戒を解いた。かすみはほっと胸をなで下ろしつつ、とりあえずサイズが合っているか確かめるために胸を揉んだ見た。すごく……良かったです。
「どう? サイズ合ってる?」
「うん、マシュマロみたいに柔らかくて気持ちいいよ」
「それサイズの話?」
的外れな感想に、シオンは眉をひそめる。対してかすみは「あ、やべ」と言った感じで手で口を覆った。そして、取り繕うようににこりと笑った。
かすみの様子はおかしいが、真面目に見立てた結果としても問題はなさそうだ。鏡に映る自分の姿を軽く確認しながら、シオンは小さくうなずく。
「落ち着いたデザインだし、これ買おうかしら」
「買ってくれるの!?」
「テンション高いわね。いずれは買うことになるでしょうし、挑戦してみるのも悪くないでしょう?」
「しゃあっ!!!」
かすみは点をとった卓球選手のようにガッツポーズをした。
——やった! シオンちゃんのファーストブラを選んだのは他の誰でもない! このわたしだ!
これでシオンの人生に、また一つ『かすみ』という存在を刻みつけることができた。
「あの、着替えるから出てくれる?」
「あ、ごめんごめん」
シオンに促され、かすみはどこか晴れやかな気分のまま試着室を出た。
そして待つこと数分、着替えたを終えたシオンもカーテンの向こう側から姿を現す。
そのまま二人でレジに行こうとしたところ、店員がにこやかに声をかけてきた。
「そちらのブラがよろしければ、もう1着色の違うブラはいかがでしょうか?」
——は?
かすみの思考が一瞬止まる。
「あ、この色もいいですね。それも追加で」
——はああああ??
「……」
「ひえっ!?」
うら若き乙女がしてはいけない顔になり、それを目撃した店員さんが小さく悲鳴をあげる。
——いやいや、何不機嫌になってるのよ私!? 最初に選んだのは私じゃん!
我に返ったかすみは般若の面相を引っ込め、にっこりと笑顔をうかた。
「ありがとうございますー! よかったねシオンちゃん! これでばっちりだね!」
「お、お買い上げありがとうございます……」
店員は態度が急変したかすみに笑顔を引き攣らせながらも、手際よく会計を済ませた。気の毒に。
こうして新たなブラを手にいれたシオンは、少しだけ女子力を上げたのだった。
ファーストと名のつくものはだいたい特別。
ガ○○ムとか。




