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11話 夏休みの始まり

 翌朝、シオンはいつものようにかすみの部屋に侵入する。カーテンの隙間から差し込む朝日が、部屋の中をやわらかく照らしていた。静かな空気の中で、規則正しい寝息だけが小さく響いている。

 ベッドの上では、かすみが無防備な姿で眠っていた。いつものように可愛い姿だ。頬をつつくと「んん」と身を捩り、わずかに口角を上げた。


 ——可愛い。


 寝ているのを確認すると、毎度のごとく棚に手を伸ばす。手慣れた様子でパンツを被るとつぶやいた。


「……始まったわね、夏休みが」


 完全に終わっている姿だが、その胸の内は晴々としていた。両片思いの幼馴染たちが織りなす、甘く切ない青春百合ラブコメの姿か? これが?


——昨日はかすみと話し合ったし、今日からは普通の態度に戻るわよね!


 最近かすみから距離を置かれていたが、今日からは大丈夫だろう。ここ最近、どこかぎこちなかった距離感も、もう心配いらないはずだ。最高の夏休みになる。


 そして、十分堪能したシオンは棚にパンツを仕舞おうと






「わっ!」




 ◆



 遊園地から帰ってきたその夜、かすみはいつもよりも早く布団に入った。体はほどよく疲れているはずなのに、不思議と気分は軽い。胸の奥に残っていたもやもやも、今日一日で綺麗に晴れていた。

 もう、バカのふりをする必要はない。変に取り繕わなくてもいい。なので、明日は早起きするつもりだった。


「シオンちゃんびっくりするだろうな〜」


 目を閉じると、遊園地を歩き回って疲れたからか、すぐに意識は眠りへと沈んでいく。

 

 そして翌朝。


 カーテンの隙間から差し込む朝日で目を覚ましたかすみは、むくりと上半身を起こした。時計を見ると、いつもより少し早い時間だった。

 ちょうどそのタイミングで玄関のチャイムが鳴った。 かすみはにやりと口元を緩めると布団を被った。


——シオンちゃんが来たら驚かそう!


 イタズラが成功した時のシオンの顔を想像しながらほくそ笑む。

 やがて階段を上がる足音が近づいてくる。そしてドアが開く音がした。かすみは呼吸を整え目を閉じる。


 シオンの足音が近づいてきてすぐそばで止まった。様子を見ているのだろう。ほっぺたをつつかれる感触がして笑いそうになるのを抑える。数秒の観察の後、シオンは小さく息をつきベッドから離れた。


——あれ、どうしたんだろう。


 薄目を開けて様子をうかがうと、シオンはかすみに背を向けたまま、棚の前で何やらごそごそと手を動かしていた。

 もしかしたら部屋がちゃんと掃除されているかチェックしているのかもしれない。シオンのことだから、かすみの衛生観念を心配しているのだろう。

 謎の布を頭に乗せている理由はわからないが、そんなことを想像して笑みを漏らしながら、音を立てずにベッドから抜け出す。そして、棚の方で何かをしているシオンの後ろに近づいていく。


 ━━きっとおどろくだろうな~


 ほくそ笑みながらかすみは声をかけた。


「わっ!」


 朝ということもあって、そんなに大きな声は出なかった。


「ぎggGGGGGgyyyいyyyやaaaaAAAぁああぁあああッッ!!!」


 だが、返ってきたのはその十倍くらいの音量の絶叫だった。もはや悲鳴というより工事現場である。

 さらにその表情は墓地で亡霊に出くわしたかのように恐怖でひきつっている。昨日あんなかっこいいこと言ってた人とは思えないほどの狼狽ぶり。


「ご、ごめん、シオンちゃん、大丈夫?」


 尋常ではない驚き具合に、ドッキリを成功させた喜びよりも心配が勝った。というよりも尻餅をつき息を荒げているシオンの姿に喜びを感じられるような異常性癖は持ち合わせていない。他の性癖は待ち合わせてるけど。


「腰……腰が抜けた……」

「そんなに……!? ごめん、ちょっと驚かせようとしただけなんだけど……」

「い、いや、気にしないで……私が悪いから」


 床にへたり込んだまま、シオンはふるふると首を横に振る。呼吸はまだ少し荒く、心臓の音がこちらにまで伝わってきそうな勢いだった。

 

「シオンちゃんは何も悪くないよ! 私が悪いんだよ!!」


 かすみは声を張り上げた。大切な幼馴染をこんな目に遭わせてしまった自分への怒りがこもっていた。シオンはなぜか胸を押さえて苦しみだした。


「あ、あの、もう言わないで……罪悪感で胸が締めつけられるから……それより、朝ごはん作っておくわね」

「本当に大丈夫? 無理しなくていいからね?」


 生まれたての子鹿のようにふらつきながら、なんとか立ち上がろうとする。それを支えようとしたところで、シオンの手に握られている布に気づく。


「あれ? シオンちゃん、何持ってるの?」

「ッ!!??」


 何気なく聞いてみたところ、シオンはまるで雷でも落ちたかのように目を見開き、ぎこちない動きで手元を隠そうとする。


「え、えーと、これは……ハンカチよ、ハンカチ!」

「あ、ハンカチかー。布の質感とかデザインとか形とかわたしのパンツに似てるね! なんちゃって!」


 かすみの言葉がクリティカルヒットし、シオンの思考が停止した。


 ——まずい……まずすぎる……!


 もし、パンツを盗んだことがバレたら、『昨日の遊園地であんなにかっこいいこと言っといて、その翌日にパンツ盗んだりする普通? 変態と幼馴染とかもうマジ無理』と言われるに違いない。


「そ、そんなわけないじゃない。限りなくパンツに近いハンカチよ」

「そういえばさっきそれ頭に乗せてなかった? どうして乗せてたの?」


 半目だったので細部までは見えていなかったが、頭に布を乗せていたこと自体ははっきり覚えている。


「そ、それは……そう! 髪が汗でベトベトになったから、汗拭いてたの! いや〜暑いわ〜」


 シオンはそう誤魔化しながら、"布"で頭を拭く。先ほどからかすみに痛いところを突かれまくったおかげで本当に汗をかいていた。


「それわたしにも使わせてくれない?」

「なんで!? ダメよ! ダメ!」


 シオンの汗を吸ったハンカチということで、かすみはそれを使いたくなった。だが、シオンに猛反発されてしまう。


「と、とにかく、朝ごはん作っておくから、身支度を整えたら一階に降りてきなさいよ!」


 それだけ一気に言い切ると、背を向けて部屋から出ていった。

 シオンがいなくなった部屋でかすみは考える。どう見ても怪しい。まるで幼馴染の女の子の部屋からパンツを盗み出した少年のように何かを隠しているように見えた。さすがにそんなことしないだろうけど。


「まあ、別に盗んでていいけど」


 むしろ盗んで欲しいし、なんなら履いて欲しい。


「まあ、でも昨日あんなかっこいいこと言ってたのに、その翌朝にパンツ盗むとかさすがにそんなことするわけないよね。悪いことしちゃったな……」


 かすみは反省しながら服を着替えて、下の階に向かった。


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