10話 遊園地②
それからみんなでいろんなアトラクションに乗り回った。かすみの心の壁はすっかりぶち壊されたらしく、待ち時間の会話も弾んだ。
お揃いのヘッドバンドを買って、チュロスを食べ歩き、気づけばシオンまでも思惑を忘れて楽しんでしまっていた。
——いけない、本来の目的を忘れてたわ。
そう気づいたのは日が傾きはじめた頃、かすみと腕を組んで歩いていたときだった。
ふと視線を向けると、リリが小さく頷く。それに応じるように、かりんに話しかけながら歩調を速め、人混みの中へと紛れていった。
「あれ? リリちゃんとかりんちゃんは?」
しばらくして、かすみも二人がいないことに気づき、きょろきょろと辺りを見回す。
「はぐれたみたいね、ちょっと連絡してみるわ」
スマホを操作してリリにメッセージを送ると、すぐに返信が届いた。『観覧車の前で待ち合わせをしよ。ちょっと時間かかるかも』という、事前に聞いていた通りの文面だ。
「観覧車の前で待ち合わせですって。少し時間がかかるみたい」
「そっか、たしかに観覧車なら目立つし、近いもんね」
納得した様子でかすみはうなずき、そのまま視線を上げた。視線の先には、夕焼けに照らされた大きな観覧車。
本当に近いし、目立つ。待ち合わせ場所としてはこれ以上ないくらいわかりやすい。
シオンは何食わぬ顔で歩き出した。かすみも何一つ疑っていない顔でその隣を並んでついてくる。
ほどなくして目的の場所にたどり着く。それを見計らったかのようなタイミングで、追加の連絡が届く。
『もう少しかかりそう』
事前の打ち合わせ通りだ。シオンはそれを確認すると、小さく息をついた。
——ありがとう、リリ。あとは私のがんばり次第ね。
「まだかかるみたい。せっかくだし観覧車に乗って待ちましょうか」
「え? いいの?」
「乗ってていいか聞いたらいいって」
「うん、それなら……」
少しだけ照れたように頷くかすみ。二人は並んで列に加わった。人はまばらで、列は思ったよりも短い。そういえばこの時間はパレードがあった。このシオンに運は味方してくれている。
ほどなくして順番が来て、二人はゴンドラの中に入る。 扉が閉まり、ゆっくりと地上が遠ざかっていく。
「観覧車なんて久しぶりだよ」
「そうね、最後に二人で乗ったのは7年と127日前ね」
「そうそう、3月24日17時32分だよね」
当然のように細かい時間まで覚えている2人。
殺人事件でもあった?
「あの時はシオンちゃん怖がってたよね。高いところが怖くて」
「む、昔の話でしょ!? それに、かすみが心配ないよって励ましてくれたから大丈夫だったじゃない」
少しだけ頬を膨らませながら言い返すシオン。そんな反応がおかしくて、かすみはくすりと笑った。
今では何ともないが、当時のシオンは高所が苦手で、観覧車のわずかに揺れるゴンドラを怖がっていた。そんな震えるシオンを、優しく抱きしめて励ましてくれたのがかすみだった。
当時のことをシオンはこう振り返っている。
『あの時だけは、かすみはママだった』と。
自分の言動を振り返ってほしい。
ちなみに高いところが苦手なのに観覧車に乗ったのは、かすみとゴンドラで2人きりというシチュエーションに憧れたからである。
そんな昔の記憶をなぞるように、シオンは静かに口を開く。
「私はそういう優しいところが好きなの」
「え!?」
『好き』と言われて、かすみは大きな声を上げた。思いがけずオーバーなリアクションに少し驚きながらも、シオンは続ける。
「かすみがかすみだから、私は好きになったのよ。おバカだから好きになったわけじゃないわ」
まっすぐに見つめながら、はっきりと言い切る。
「シオンちゃん……」
「まったくもう……何年幼馴染やってると思ってるのよ」
どこか不満げな様子でシオンは告げた。この想いは本物だというのに、表面しか見ていないと思われていたことが悔しかった。かすみにも、かすみを不安にさせた自分にも腹が立つ。
「ごめん……なさい、シオンちゃん。わたし、なんてことを……」
かすみはうつむき、ぎゅっと手を握りしめる。自分がどれだけ大きな過ちを犯したのかを理解した。今まで騙していたことではなく、大切な幼馴染のことを信用しきれなかったことだ。それはシオンを侮辱するに等しい行為だった。
シオンは立ち上がると、泣いているかすみの隣に座り、手を重ねる。
「好きなように振る舞いなさい。絶対嫌いになんかならないから」
「……じゃあ、好きなように振る舞おうかな」
涙を拭うと、シオンの胸元に顔を埋めた。
シオンは母親のように微笑むとその頭を撫でた。
「あの頃と立場が逆転しちゃったわね」
「……シオンちゃんが怖がらないようにしてるだけだよ」
小さく呟くその声は、どこか照れくさそうだった。シオンは一瞬きょとんとしたあと、ふっと肩の力を抜いて微笑んだ。
ゆっくりと上昇していたゴンドラはいつの間にか頂点近くまで登っていた。窓の外には沈みかけた夕日が広がっている。オレンジ色に染まった空が二人の乗るゴンドラをやわらかく包み込んでいるようだった。
観覧車特有のわずかなきしみと、遠くから聞こえてくる歓声。昼間の遊園地の騒がしさが、嘘のように穏やかに感じられる時間。
かすみはシオンの胸元に顔を埋めたまま、少しだけ強く抱きついた。シオンは何も言わず、その背中にそっと手を回す。言葉にせずとも伝わるものがそこには確かにあった。
——ふおおッ!? 観覧車で密着キタコレ!! え、これもう恋人じゃない? えっちなことしても大丈夫じゃない?
——待ってこれ……シオンちゃんに包まれてるみたいで……イイっ! すごいいい匂いだし、くんかくんか……
なんだかいい雰囲気だが、2人の頭の中ではこんな感じの叫びが響き渡っていた。
言葉にしてなくてよかった。
いや言葉にしてなくても台無しだけど。
「……私、シオンちゃんに好かれたかったの」
地上から離れたこの場所なら、もう他の人には聞こえない。そんなふうに思ったのかもしれない。観覧車が頂点に達した時、かすみは今まで胸に秘めていたことを打ち明け始めた。
「昔、夏休みの最終日に自由研究の宿題するの忘れてたことに気づいた時、手伝ってくれたでしょ? 「もー、だから宿題全部やったか確認しなさいって言ったじゃない」なんて文句垂れながら。でもシオンちゃん、口では叱ってたけど、私に教えてる時嬉しそうだった。だからおバカな方が好きなのかなーって思ったの。最初はちょっとした実験みたいなものだったんだけど、次第にやめられなくなって……ごめんなさい」
「……そういうことだったのね」
はぁ、とため息を吐きつつ、シオンは悪いことをした子供を嗜めるように言う。
「たしかに昔は教えるのが好きだったわ。かすみも感謝してくれたし、この子はわたしがついてあげないといけないんだって、必要とされてるようでわたしも嬉しかった……でも、今は違うわ。あなたを大切に思っているから、できるだけ幸せな人生を歩めるように、勉強を教えているだけよ」
ポチャァァン——
かすみの子宮が恋愛を始めた。
始めるな。
「あなたの学力が上がると自分のことのように嬉しいの。そう、言うなら我が子みたいな感じかしら」
「ンッ……!!」
かすみは発情するのを気合いで抑える。
さっきからいい言葉に対してリアクションが最悪すぎる。
「シオンちゃんがママかぁ、それもいいかもねー、ママぁ」
「ママはかすみじゃない」
「え、何が?」
「なんでもないわ。教えているのになかなか成績が上がらなくて不安だったけど、実力を隠しているだけだと分かって安心したわ」
シオンはこめかみを抑えると本日何度目かのため息を吐いた。
だが、その顔には遊園地に来る前とは違い、リラックスした笑みをたたえていた。
「シオンちゃん」
そんなシオンの肩にかすみは頭を預ける。触れたところから、じんわりと体温が伝わってきた。
「何?」
「大好き」
一瞬だけシオンは言葉を失う。だが、すぐにいつもの調子に戻る。
二人はお互いに好きと言いすぎて、その好きが幼馴染としての好きだとしか認識できなくなってしまった。だからシオンはこれもそうだと結論づけた。
「ええ、私もよ」
二人は地上に降りるまでの間、しばらく寄り添い互いの体温を感じていた。その姿は、今だけしかできないようなかけがえのないものに思えた。
お互い脳内は発情期なのが惜しいところである。
観覧車から降りた二人を、かりんとリリが出迎える。
「どうだった?」
再会を喜ぶでもなく、リリは成果を聞いた。
「何の成果も得られませんでした!」
「かりんだまってて」
「ごめんなさい」
かりんは黙った。何かよくわからないがボケたところ、地雷を踏んでしまったらしい。
「……なるほどね、ちょっと変だなーって思ってたけど、リリちゃんと組んでたんだ」
「ええ、遊園地に行こうっていうのもリリの発案よ」
「ありがとうね、私のためにこんなことしてくれて」
「別に。前々からここの遊園地行きたかったから、そのついで」
だから気にしなくていい、とリリは言うが、何かお礼は考えたほうがいいだろう。遊園地の提案だけでなく、ゲームのエリアでかすみの緊張を解いたり、2人きりで話ができるように取り計らってくれたりと、色々と援助してもらった。リリの協力がなければ仲直りできなかっただろう。
「ありがとう、リリ。このお礼は必ずするわ」
「ありがとうね! 最高の夏休みの始まりだったよ!」
「楽しんでくれたならよかった」
3人が笑い合い、こうしていつもと変わらない雰囲気で夏休みが始まった。
「さっきから何の話してんの?」
最後まで蚊帳の外にいたかりんは、三人の輪に入れず、少し寂しい気持ちになった。
もう俺には……何が見やすい文章なのかわからん……ということで、文章の空け方はこんな感じでいきます。




