僕の名前は「琥珀」。
名のない野良猫が良い人間に拾われ、そしてずっとのお家とご主人様と出会い、共に暮らし、名前が決められるまでを書きました。
僕の名前は、琥珀。
今は、大好きなご主人様に可愛がられて、狩りをする必要もない。
でも昔、シュンと呼ばれていたこともあった。
でもその前の遠い昔には名前もなかった。
その頃は、どうにかゴミを漁って生き延びることだけを考えて1人寂しく足掻いていた。
天敵のカラス、餌にありつけたと思えば毒餌、なんとか落ち着ける寝床を見つけたかと思えば人間に冷たい視線を向けられ追い出される、そして寒い冬には体温を奪われ体力を消耗し、苦しい思いを何度も何度も経験してきた。
僕の精神は幾度となく擦り減らされ、気が狂いそうであった。
寒い冬の風、雪などは僕の冷えて固まった心をさらに凍らすように僕に難題な試練を与えた。
僕はお母さんの温もりを感じていたあの頃を思い出していた。
そしてその後すぐに人間に捨てられたことを。
何とかして、厳しい冬を乗り越えられたと思ったとき、ある1人の人間に出会った。
のちにシュンと名付けてくれる人だ。
いつもならすぐに逃げ出さなければと思うのにその人間の瞳を覗き込むと何故だか、不思議な心地がした。
とはいうものの、僕は何を愚かなことをしているのだろうとすぐに走り出す。
しかし、その人間にすぐにヒョイっと捕まえられる。
この人間に何かされるのではという焦りでバタバタとするが、この人間は僕を安心させるかのように毛布で視界を覆い、暗くさせて声をかけてくれた。
慣れた手つきでケースの中に僕を入れた。
すぐに病院と呼ばれるところに僕を連れていった。
あそこはあまり好きではないが。
でも、その人間の家に連れて行かれると、そこには多くの猫がいた。
その人間にゴロゴロと擦り寄る奴や、僕と同じ境遇で拾われたような奴などがいた。
まず、ゲージに入れられ、毒が入ってなさそうな餌が与えられた。
この人間は悪い奴ではないのではなかろうかと思うような気がしたが、でもそれでも人間を信じるのは怖くて出されたものを食べられずにいた。
そのことについてその人間に責められるのではと思ったが、その人間は何も言わずに僕を慈愛で包み込むような暖かな目を向けてきた。
僕はこのような人間を見たことがないので、調子を狂わされた。
「そして、君とは暖かい春の日差しのもとで出会ったから、春と書いてシュンね」と。
それからは、「シュン」と呼ばれた。
なんだかんだで、僕たち猫の世話を焼くその人間に悪い気はしなくなった。
こういうことは、時が経つにつれてなんでも変わってしまうもので。
僕はその人間に絆されつつあったのだ。
その人間はたまに僕にちゅーるをくれる、それは格別に上手い。
そんなこんなでその人間の家に来てから、何ヶ月かの時が経った。
とある日、その人間はいつもと違う雰囲気で僕をケースの中に入れた。
どこに行くのかは分からなかったが、きっと悪いことではないのだろうという謎な確信があった。
とある一つの部屋に連れて行かれ、僕たち猫は1人づつゲージに入れられて、見知らぬ人間たちがその部屋に立ち替わり入れ替わり入ってきた。
その見知らぬ人間たちは、皆遠慮しがちにゲージの中に手を入れてきた。
人差し指を差し出してくるあたり、匂いを嗅がせてくれるのであろう。
それでも僕は、見知らぬ人間たちに、見知らぬところに疲れ果ててしまった。
そうすると、「お疲れさま、頑張ったね」と僕を連れてきたその人間は声をかけてくれた。
その日は、格別のちゅーるもくれた。
そういうことが何度も続き、少し場の雰囲気に慣れてきた。
そして、周りの人間たちを観察すると悪い奴らではないことは流石の僕でも分かった。
そして、今のご主人様に初めて会う日が訪れたのであった。
初めてそのご主人様と目が会ったとき、ご主人様はこんなことを言ったのだ。
「あぁ〜、可愛い、運命の子だ!この子をトライアルしたい」と。
最初はこいつは何を言っているのだと思ったが、とんとん拍子に人間たちの間で話が進んでいき、僕は今のご主人様の家に初めて連れて行かれることとなった。
僕を拾った人間は、その家に連れて行く前に「嫌だったら、私のもとへ帰っておいで」と。
僕は今のご主人様となる人間にその人間と引き離されるのではないかという悲しみと怒りとで、今のご主人様の家をめちゃくちゃにしてやった。
でも、今のご主人様は何も言わずにまるで僕を拾った人間と同じような目でいた。
こやつも悪い奴ではないことは分かってはいたので、そのようなことはすぐにやめた。
無駄なことだと。
なんだかんだで、今のご主人様の家族の人間にも慣れ、この家も悪くないと思うようになった。
そして、僕を拾った人間とのお別れの時が、きた。
その人間は、数日前から様子がおかしかった。
ずっと僕を構うかのようにしていたのだ。
人間の気持ちを完璧に読み取ることはできないが、その人間との別れが近づいているような気がしてならなかったのだ。
なんか悲しくて寂しくて、もっと君といたいと思った。
それでも君に心配はかけたくないから、出されたご飯はちゃんと食べた。
その人間と別れた。
そして、今のご主人様の家で正式に暮らすようになった。
今のご主人様は、僕の悲しみを知っているかのように本当に優しく温かく接してくれた。
僕も今のご主人様のことが大好きになった。
僕が今のご主人様の家に本当に馴染んだときに「僕の琥珀色の瞳に一目惚れをした」と言ってくれたのであった。
そのときから僕の名前は「琥珀」である。
⚠︎トライアル… 正式に譲渡する前に、猫と里親希望者が試しに暮らす期間のこと