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入学式が始まった。
記憶通りつまらない。学園長の長い話や、形式的な在校生の挨拶や、ムネラが行った機械的な新入生代表の挨拶。
思考を明後日の方向に飛ばし、あくびが出そうになるのを我慢しながらお行儀良く座っていれば会場がどよめく。
何だろうと、壇上に視線を向ければそこに一人の女子生徒が立っていた。この世界では珍しい黒髪に、黒い瞳。少し幼なげな顔立ちのその少女は不安気に学園長の隣に立っていた。
その姿を見て、思わず目を見開く。
「なんで……」
そう言葉が漏れたのは、無意識だった。
そして、隣に座っていたメトゥスに視線を向ける。メトゥスはなぜ自分が見られているのかわからないようで、首を傾げていた。
「昨日、召喚陣より救済の魔女様が召喚されてきました。救済の魔女様は、今年度よりあなたたちと共に勉強することになります。彼女はこの世界について知らないことが多いので仲良くしてあげてください」
学園長の言葉に、メトゥスも目を見開く。
「えっと、サクラ・ニノマエです。突然この世界に召喚されたのでわからないことがたくさんあり、ご迷惑をおかけしてしまうかもしれませんがよろしくお願いします」
なんで、なんで彼女がこの世界にいるの?
救済の魔女は魔王が覚醒しなければ召喚されないはず。メトゥスは今回魔王として覚醒していないのに。
私が混乱しているのに関わらず、入学式は終わりを迎えた。メトゥスと話したかったが、私は教室に。メトゥスは寮の方に向かうことになっている。
学校が終わったらメトゥスのところに向かうしかない。そう思うことにして流されるように自分のクラスに向かうとムネラとエドワード。そして救済の魔女が話していた。
「ミセリア。驚いただろう?」
私が教室に入ったのに気がついたのか、イタズラが成功したようにムネラが笑いながら近づいてきた。
そんなムネラにイラっとしながらも、それを隠して頷く。
「えぇ。まさか救済の魔女様が召喚されていたなんて」
「ああ。僕も驚いたよ。昨日の夜、突然召喚陣から彼女が現れてね。父上の提案で彼女にこの世界のことと魔法のことを学んでもらうために僕たちと同じタイミングで入学したんだ」
「そう、ですか」
「ミセリアには彼女の友達になって欲しくてね。同性同士の方が何かと話しやすいだろうから」
前はそんなことを頼まれなかった。
今回の方がムネラからの好感度は高いというどうでもいいことが今わかったけれど、救済の魔女と関わり合いになるのは避けたい。
だって、私はムネラと同じくらい……いやそれ以上に彼女のことを恨んでいる。
けれど私の気持ちがどうであれ、婚約者であり王族のムネラからそう言われてしまえば断ることなんてできない。
「……はい」
「サクラ、僕の婚約者を紹介するよ」
救済の魔女は名前を呼ばれてこちらに近寄ってくる。
記憶にある救済の魔女と変わりないその姿に、苛立ちすぎて思わず吐き気を催す。けれど、いつも通り微笑みを浮かべて名乗る。
「ミセリア・マルムです。よろしくお願いします」
「えっと、サクラ・ニノマエです。ミセリアさん、よろしくお願いします」
相変わらず、庇護欲をそそるようなそんな仕草だ。
「ところで、殿下。救済の魔女が現れた。ということは魔王が?」
「……それはまだわからないんだ。確かに昨日の晩、サクラが召喚されてきたがそれまで魔獣が活発になっているとかそういう話は僕たちの耳には入ってきてない。召喚陣に関しても、最近は全く反応がなかったのに昨日突然光出してサクラが召喚されてきた」
「そうなのですね……」
最近召喚陣の反応がなかったのは、私がメトゥスを保護してメトゥスも魔王に覚醒するつもりがなかったから。そう考えれば納得できる。
けれど、なぜ昨日突然召喚陣が発動したのか。
実はメトゥスが昨日魔王として覚醒したのかとも一瞬思ったが、それはない。覚醒すれば絶対にわかる。それほどまで魔王は圧倒的な存在に成る。
もし、救済の魔女が現れることが決定づけられているこの世界の運命だとしたら。
過去の改変などは許されず、メトゥスは魔王になる運命なのだろうか。
気持ちが落ち込んでいく。
けれど、今はそれを周りに気が付かれるわけにはいかない。
「とにかく、魔王がいるのかはわからないが今はサクラに魔法を学んでもらうのが最優先だ。サポート頼んだよ、ミセリア」
「はい」
けれど、ムネラの隣で微笑んでいる救済の魔女の顔を直視することはできなかった。
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