4
メトゥスがこの屋敷に来て、一週間がたった。
最初は緊張していたのか口数も少なく屋敷の移動も最小限だったけれど、一週間でだいぶ慣れたようだ。
最初は世話をされることも嫌がっていたが、今ではそれも渋々受け入れているようで男性の使用人と話しているところを見かける。
メトゥスを屋敷に置くことを父親に使用人の一人が知らせたらしいが、やはり予想通り何も言ってこなかった。
もうあの父親に何かを期待することはない。けど、生まれて初めて父親に放っておいてくれていることに感謝した。
私は、そんな中。外を眺めながらゆっくりとした時間を過ごしていた。と言うのも、現時点で何もやれることがなくなった。
メトゥスは保護できたし、使用人とも関わっているのを見ると人間に対する恨みは消えてなんかいないだろうが、魔王に成るのはひとまずのところ阻止できたと考えていいだろう。
復讐の方に関しては、今のところ有効な手立てがない。
情報を集めるためには王族周りに近づくのが一番いいのだが、今の私に可能なのはムネラとの関わりを持ちながら王族に近づくしかない。
学園に入学する前には王城に呼び出されたりした。本格的な情報収集はその時にするのがいいだろう。今下手に動いて目をつけられるのも困る。
「……久しぶりにゆっくり過ごせるな」
思ってみれば、戻ってきてから久しぶりにゆっくりとした時間を過ごしたかもしれない。
戻ってきて最初の一ヶ月はずっと魔法の訓練をしていたし、メトゥスのこととかいろいろ考えていた。
なんだか、そう思ったらどっと疲れに襲われた。
少し寝ようとベッドに横になろうとした時。部屋の扉がノックされた。
「少しいいか?」
ノックをしてきたのはメトゥスのようだ。
扉を開けると、メトゥスは真剣な面立ちをしていた。どうしたのだろうと思う反面、なんとなく何を言い出すのかは察することができた。
「とりあえず、中入って」
メトゥスが中に入る。とりあえず防音魔法をかけて、ソファに腰掛ける。
「で、どうしたの?」
メトゥスに声をかけるが、なかなか話そうとはしなかった。
これはもしかしたら長くなるかもな。なんて考えながら、何も言わずに待っているとメトゥスは言葉を探しながらゆっくりと口に出し始めた。
「……俺を拾って、よくしてもらっていることには、感謝している」
「うん」
「だけど、ずっと気になっている。お前、何が目的なんだ?」
大方予想通りの話題だった。
メトゥスからすれば、突然初対面の奴が現れて「魔王になるのは困るから」と言われて人並みの待遇を受けている。それに疑問を抱かない方がおかしい。
この一週間は流れに身を任せていたのかもしれないけれど、落ち着いてきてメトゥスもいろいろ考えていたのだろう。
「最初に言ったでしょう。君が魔王になるのは困るから」
「だから、なんで困るんだよ」
「普通に。魔王が覚醒すれば君は恨みで人間のことを殺そうとするでしょう。魔獣も増えるし」
適当な言い訳を並べてみるが、メトゥスの眉間にはシワがよっている。
「嘘だな」
「うん。嘘」
「認めんのかよ……。お前、何を隠している」
どうやら速攻バレたようだ。
そういえば、前にメトゥスに嘘をついた時に今と同じようにすぐに指摘された。理由を聞いた時、親切を装って食事に毒を入れられたり、保護すると言われてついていったら奴隷小屋だったこともあったと言っていた。嘘を見破るのは生存戦略のため必要だったとも。
そんなことを思い出しながらも、今は目の前のメトゥスになんと答えようか。
どうせ嘘をついてもすぐにバレてしまうのならもういっそのこと言わないほうがいいかもしれない。
「内緒。でも安心して。別に君を始末しようとは考えていないから。ただゆっくりここで過ごしてくれればいいよ」
その言葉に嘘がないと思ってくれたのだろう。
大きなため息をついて諦めたように見えた。
「他に何か聞きたいことは?」
「……俺をここで働かせてくれ」
「別に働かなくても魔王にならなきゃそれでいいよ?」
「流石に何もしないでこの屋敷にいようとは思っていない」
そういうところ、律儀だよな。
働くよりも自由気ままに生きていればいいのに。けどそれもあまり健康的ではないか。
使用人として働くと言うことは、町に出ることもあるか……。
「いいよ。でも、その前に魔法の訓練は必須」
「?別に、今でも普通に使えるけど」
「駄目。君は、魔力量はものすごく高いし、君が本気になったらこの屋敷なんて吹っ飛ばせると思う。でも君はその魔力量に振り回されて大ぶりの魔法しか使えないでしょ。それじゃあ使用人として町に出て何かあった時に君が魔王と露見する可能性が高くなる。だからもっと精密なコントロールと想像力を働かせないと使用人として君を外に出すことは許可できない」
前のメトゥスはそのコントロールが本当に下手くそだった。潜伏先で宿をぶっ飛ばして追われたり、暴漢を吹っ飛ばしたら町外れまで飛んでいってしまったり。
その度に「やっちまった」と笑いながら逃げていたものだ。
「……わかった」
「うん。魔法の訓練は裏庭使っていいよ。君の場合、想像力を働かせるのがいいと思うから本を読むのが一番かな。図書室も使っていいし……あぁ、文字読めないなら誰かに習えばいいよ」
「大丈夫。読めるから」
「そう、なんだ」
あんな環境にいたわけだし、前のメトゥスは本を呼んでいるところを見たことがなかったから文字が読めないと思っていた。いや、それ以前に平民でも文字を読める子供はあまりいないと言うのにどのようにして読めるようになったのだろう。
少し引っかかったが、メトゥスがまた口を開く。
「最後に一つ聞いていいか?」
「うん。どうぞ」
「お前、俺を誰と重ねているんだ」
思わず目を見開いて、口をつぐむ。
「……それこそ内緒かな」
メトゥスは納得していないようだったけれど、それ以上は何も聞いてこなかった。
面白いと感じていただけたら、ブックマーク、評価お願いします。