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戻ってきてから、一ヶ月がたった。
この一ヶ月間、私はひたすら魔法の訓練を積んでいた。ムネラに復讐をするにしても、まずは物理的な力がないと何もなしえないと考えたからだ。
魔法の上達は、魔力の源である魔核という臓器を鍛えることでなし得る。
死ぬ寸前まで魔力を放出して、魔核を傷つける。魔核が修復する時に魔核は大きくなり、生み出す魔力量を増やしていく。
魔法は、魔力を使い想像力で形にしていく。想像力と魔力量が高ければ高いほど魔法は精度を増していく。
この一ヶ月。文字通り死にかけながら訓練したことで、死ぬ直前と同等くらいの魔力量は手に入った。
そして私は今。悩んでいた。
ムネラに対してどのような復讐をするのか。
今、あいつを殺すのは簡単だ。
次に会う時にでも指に鳴らせば容易に首を刎ねることはできる。
でも、それだけじゃ気が済まない。
一瞬で終わる死など、認めない。もっと苦しんで、苦しんで、苦しんで。死にたいと自ら死を望み、死んだ方が救いだと思うような。そんな惨めで無様な思いをさせてやりたい。
けれど私の望みとは逆に、それは容易なことではない。
ムネラは第一王子。その地位を落とそうとしても王族の醜聞を恐れる王族が存在する。そいつらがもみ消す可能性が高い。だから、必要な醜聞は生半可なものではいけない。王族すらもみ消すことのできないような、そんな手札が必要となる。
……そうなると、王族全員まとめて潰すのが手っ取り早い。
でも、それだけの大きな手札を手に入れるのは容易ではない。いくら魔法が使えようが無意味。
そもそも、それだけの情報を手に入れる人脈も伝手もない。
と、いうところでいつも詰まってしまう。どうしたものか、とため息をつきながらも頭を悩ませていることはそれだけじゃなかった。
……メトゥスのことだ。
メトゥスは魔王になったけれど、生まれながらの魔王ではない。
そもそも、歴代にいたと言われる魔王も一人として魔王と生まれてきたものはいない。
元々魔王は、黒髪に赤眼。そして人間では考えられないほど、膨大な魔力を持って生まれてくる人の子だ。その人の子が人間に迫害され、人間への恨みが募ると魔王と成る。それがこの世界の仕組みなのだと、メトゥスは語っていた。
メトゥスが魔王に成ったのは私が十五歳の時。その時、魔王が覚醒したとかで、救済の魔女が召喚されてきたり、魔王による被害などで色々荒れた。
私は今八歳。つまりメトゥスはまだ人の子のまま。
きっと今も辛い思いをして生きているのだろう。
……メトゥスに会いたい。
私はメトゥスに助けられた。もう一度、メトゥスに会いたい。メトゥスが今苦しんでいるのなら助けになりたい。そう思う。
メトゥスが魔王に成ったら確実に救済の魔女が現れる。
救済の魔女は魔王の魔法を無効化する力を持つ。救済の魔女は確実にメトゥスを倒すためにメトゥスの前に現れるだろう。
だったら、魔王にさせない。
そう決意している。のに、どうしても動けない。
「……どんな顔をして会いにいけばいいの」
私は、メトゥスを殺した。
奴隷印があったから。命令を下されたから。そんな言い訳はいくらでも並べられるけれど、確かに私はこの手でメトゥスを殺したんだ。
メトゥスが私と同じようにあの時の記憶を持っているなんて思ってはいない。けれど、それでも。また何かしらのことがあって失敗してメトゥスのことを殺してしまうかもしれない。そんな考えが頭をよぎり体を動かすことができなかった。
「お嬢様、準備をさせていただきます」
メイドに声をかけられて、そういえば今日はムネラとの約束があったと思い出して一度考えることをやめた。
ムネラとの時間は、やはり気が重いものだった。
ニコニコと表情を取り繕って、中身のない会話を繰り返す。
ムネラとの婚約解消を申し出てみようともこの一ヶ月間何回か考えたが、それはやめた。
ムネラに近づくのであれば婚約者という立場は都合がいい。それにムネラの性格上、格下だと思っている私に婚約解消を申し出されれば逆にムキになって付き纏われる可能性が高い。
だから、前の時とあまり行動を変えずに虎視眈々とムネラの地位を落とすようなことを探すのが一番いい。
ようやく、ムネラとの面会時間が終わる。
そんな時にムネラは口元に笑みを浮かべながらとあることを告げてきた。
「そういえば、最近。召喚陣が反応しているようです」
その言葉に思わず目を見開いてしまう。
召喚陣。それは、魔王が現れた時に救済の魔女が召喚されてくる世界の機構のようなものだ。
つまり、メトゥスが魔王になりかけていることを意味していた。
「ミセリア嬢?どうかしましたか?」
ムネラに問いかけられて、慌てて表情を戻す。ムネラの前で感情を隠すのを忘れてしまったのは不覚だった。
「いえ……召喚陣が反応しているということは、魔王が現れるということですよね。そう考えたら怖くて」
不安げな顔になるように眉を下げて微笑めば、ムネラは笑う。
「その時は僕が助けますから」
嘘つくなよ。思いっきり馬鹿にしているのが表情を見てとれる。
だけど、気がつかないふりをして「嬉しいです」なんて言葉を返しておいた。
そしてムネラとの約束はまた一ヶ月後。
もう会わなくていいのになんて思いながらも、見送って部屋に戻る。
そして、華美なドレスを脱ぎ捨てて動きやすい格好に着替えた。
「もう、逃げてる場合じゃないか」
このまま何もしなければメトゥスは魔王に成る。
だったら、私が取るべき行動は一つだけ。
移動魔法を使って、とある村につく。
そこは、山奥にある村で閉鎖的な場所。私のような毛色が周りと違う人間が歩けば遠巻きに見られる。
……場所に関して、検討がついていた。
忘れるはずもないメトゥスの魔力を感知していた。メトゥスの魔力を目印にそちらに歩いていけばそこには小さなボロボロの小屋があった。
廃墟となって廃れたわけではない。素人が寄せ集めのもので建てたような本当に見窄らしいそんな小屋。
息を呑んで、小屋に近づく。
壊れかけているその扉の前でしばらく立つ。どうしても声をかけることも、ノックすることもできなかった。
今日は帰ってしまおうか。
そう頭によぎったとき。目の前の扉が歪に開く。
そこに立っていたのは、傷だらけで痩せ細った黒髪に赤眼の子供だった。
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