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「救済の魔女と戦うことになった?」
「戦うって言っても、試験の一環だけどね。流石に救済の魔女って理由で授業に出ていないからとはいえ、試験は免除にならないでしょう」
救済の魔女が授業をサボっているのに見逃されている理由が気になっていたけれど、それは学園側が許可を出していたようだった。救済の魔女としての役目をまっとうするために必要なことだとムネラが申し出ていたところを見ていたと、ネモの友人である他クラスの令息が言っていた。
もちろん、学園側もまさかサボっているとは思っていないだろうが。
「それで、どうするんだ?本気でやるのか、手を抜くのか」
「悩んだけど、多少本気でやるつもり」
多少、と言うのは本気でやれば前と同じように私の魔力量の多さに少なからずムネラは気がつくだろう。それに目をつけられて前と同じになることは避けたい。
「それだと、救済の魔女の思い通りにはいかないんじゃないか?」
「うん。それも考えたんだけど、今まで通りサボられると救済の魔女との接触が図れないことも多いから、試験で悪い成績取らせてサボらせないようにするのも手かなって思って」
「なるほど」
メトゥスは納得したように頷く。
それに、私のために怒っていたネモや協力してくれるアシステレに恥をかかすわけにもいかないだろう。
そんなことを思っていると、寮の扉がノックされた。
メトゥスは慌てて身だしなみを整えて、その扉を開く。そこに立っていたのはアシステレだった。
「どうしたの?アシステレ」
「ごめんね、放課後に。ちょっといいかな?」
「もちろん、いいよ。メトゥス、お茶の用意をお願いできる?」
「かしこまりました」
アシステレを部屋の中に招いて、向かいのソファに座らせる。
メトゥスがお茶を用意している間にアシステレに「どうしたの?」と尋ねれば、アシステレは少し恥ずかしそうに口を開いた。
「救済の魔女と、第一王子と、護衛の人と戦うことになったでしょ?負けるつもりはないけど、三人の連携が必要になるかなって思って特訓に誘いにきた!」
「特訓?」
正直、特訓なんてしなくてもアシステレとネモと私で戦っても負けることはないと思う。
現時点で救済の魔女はそこまで脅威ではないし、ムネラも王族として人並み以上に魔法は使えるけれどネモとアシステレの方が魔法の扱いには長けている。あの三人の中で一番脅威になるのはエドワードだろう。もちろん、エドワードに負けるつもりもないけど。
でも、アシステレの言い分もわかるからその申し出を受け入れることにした。
「そ、特訓!やっぱ戦うことになったからには勝ちたいじゃん!一緒に特訓しよう」
「うん、いいよ」
「本当に?」
「本当。確かに連携取れないのは困るもんね」
「やった!そうなると、練習相手が必要なんだけど、誰かいい人いないかな?同級生に頼もうかと思ったけど、みんなに断られちゃった!力不足だからって」
「そうなの?」
でも確かに、私たち三人は魔法の実技に関しては学年上位だ。
そんな相手の練習相手になろうと言う人は少ないかもしれない。誰かいい人がいないか、それを考えた時。一人だけ思い当たった。
いや、でもな。どうしよう。
嫌がるかな。
そう思いながらも、お茶を持ってきたメトゥスに声をかける。
「ねぇ、もしよかったら相手してくれない?もちろん、忙しかったら断ってくれていいから」
私の申し出にメトゥスは少し驚いているようだった。
「俺でいいんですか?」
「うん。お願いできればだけど」
「わかりました。俺でよければ練習相手になります」
メトゥスが了承したことで、アシステレは嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます、ミセリアの従者さん」
「いえ、お役に立てればいいのですが」
そう少し嬉しそうに微笑むメトゥスに私もお礼を告げる。
何せ本気を出したメトゥスは私よりも強い。多分三人で連携しても倒せないくらいに強いほど。
「私、アシステレ・ヴィラノって言います。ミセリアの従者さんは?」
「メトゥスと申します。いつもお嬢様がお世話になっております」
「いーえ。私の方こそミセリアにはお世話になっているから!」
なんだか、二人の会話に少しくすぐったい感じがする。
特訓が始まったらこの会話の中にネモも加わるのかと思うとなんだか、少しだけ嬉しかった。
アシステレとネモは、利用しているとはいえ友達と思っているのには違いない。
それにメトゥスは拾って以降、私とムネラとエドワード以外、年の近い人間と関わることはなかった。
ネモもアシステレも一応公爵令嬢の私とも気軽に話しかけてくれているから身分を気にするような性分ではないだろうし、きっと、メトゥスにとってもいい友人になってくれるに違いない。そんな確信があった。
だから、こんなことになるなんて思ってもいなかった。
目の前で繰り出される緻密で高度な大規模な魔法たちに目を奪われながら、私の口からは大きなため息がこぼれ落ちた。
アシステレが特訓に誘いにきた次の日。早速私たちはメトゥスと実践訓練を行っていた。
最初は、よかったのだ。最初は。
ネモとメトゥスの顔合わせも同性同士だからか、ネモの社交性の高さが功を奏したのか穏やかに話していた。
けれど訓練が始まると、メトゥスは私たちのことを思い切り負かした。
それはもう、思いきり。多分、日頃溜まっていた魔力とストレスを発散もしていた。
メトゥスは魔力が多いから、それを定期的に発散していたのだけど学園に来てからはそれが目立つかもしれないと控えていたのだ。それなのに、私が特訓など頼んでしまったからタガが外れたのだろう。
そして、そんなタガが外れたメトゥスを前にネモもアシステレもムキになって魔法を返していた。二人の魔法の技術はすごいけれど、流石にメトゥスにはかなわないだろう。
このまま二人の魔力が尽きるまで待つことになりそうだ。
もうすでにメトゥスも、アシステレも、ネモも特訓のことなんて覚えていなさそうだし、しばらく前からこの三人の魔法の応酬を見学していた。
「それにしても、意外にネモとアシステレって魔力量あるんだな」
しばらくメトゥスと渡り合っているが、魔王級の魔力をもつメトゥスを相手にして、さらに大きな魔法を連発していると言うのに魔力が切れるようなそんな様子が見えない。
大きな炎がこちらに飛んでくるのを打ち消しながら二人の様子を観察する。
二人とも疲れている様子ではあるけれど、一向に魔法の威力も精度も落ちない。
アシステレは自分の身体能力を高める魔法が得意のようで、普通の人間には考えられないほどアクロバットな動きを繰り出している。そして、不意をついて高火力の炎や水などの魔法を打ち出している。
ネモは逆に単純な魔力勝負というような感じで、不意をつくことはほとんどなく正面からメトゥスの魔法を受けている。最初は押され気味だったけれど、アシステレの不意打ちが成功した瞬間に魔法の威力を高めて次第にメトゥスを押し始めていた。
メトゥスは……あれ、魔力抑えてないな。
本気で二人を相手取っているようで、不意打ちを狙ってきたアシステレに対し容赦無く蹴りを入れたり、ネモに威力で押されそうになったらネモの背後に魔法を出して徹底的に妨害している。
早めに見学に回っておいてよかった。
多分、あそこにいたら本気を出さなきゃついていけないだろうし、止める役割もいなかっただろう。
私たちの方に駆け寄ってくる足音が複数聞こえてきて、どうやら目立ちすぎたみたいだと悟る。
指を鳴らして三人の頭上に大量の水を落とす。
頭が冷えれば、闘志もおさまるだろう。そう考えてのことだった。
三人は一瞬何が起きたのか理解していないような顔をした後、すぐに私に視線を向けてきた。私が参加していないことにようやく気がついたような、そんな顔だ。
「少し目立ちすぎたみたい」
そうして駆け寄ってくる人たちに視線を向ければそこにいたのは、金色の髪に緑色の瞳をした、どこかで見かけたことのあるような顔をした上級生がそこに立っていた。
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