13
「少しいいでしょうか?救済の魔女様?」
……ようやく、救済の魔女が一人になった。
毎日のようにムネラと共にいるせいで声をかけられなかった。さらに声をかけるところを他の人に見られないようにするため時間がかかってしまった。
せっかくメトゥスが身代わりをしてくれるのだ。それなのに私が台無しにしてしまっては元も子もない。
主従のベルはもうすでに鳴らしている。きっと今頃、メトゥスは私になりすましてくれているだろう。
「うん、いいよ。ミセリアさん」
笑みを浮かべる救済の魔女を前に、眉間に皺を寄せて目を釣り上げる。
そして用意していたセリフを嫌味たっぷりに吐き出した。
「あなたが救済の魔女というのは知っています。だから、次期国王である殿下と関わりを持つのはわかります。けれど、限度というものはあるんじゃないですか?」
その途端、背筋に冷たいものが走る。
私が吐き出した言葉に、救済の魔女は笑みを浮かべていた。
まるで欲しかったものが手に入ったような、そんな満足気な笑み。
「ひどい、ひどいわ。ミセリアさん。私はただ殿下とお話ししていただけなのに」
セリフとは裏腹に、口角が上がっている。
まるで決められた台本があり、それに沿って読み上げているようだった。
「何がひどいんですか?人の婚約者と何ヶ月も一緒にいて」
「そんなふうに思っていたの……私は、ムネラと一緒に世界を救おうと思っているだけなのに」
思わず笑いそうになってしまう。
部屋でいちゃついていることの何が世界を救うだ。
「あなたがそのような態度のままなら、私にも考えがあります。覚えておいてください」
笑ってしまう前にそう吐き捨てて、救済の魔女に背を向けた。
最初はこの程度でいいだろう。警告程度に終わらせておいて次回からはもう少し実害が出るように仕組んでみようと決める。
けれど、救済の魔女が浮かべたあの笑み。
かなり不気味で、身構えてしまった。なぜあんな笑みを浮かべたのか。
前に救済の魔女が言っていたことが頭をよぎる。
やはり、この前言っていたように私が救済の魔女のことをいじめることを期待しているように見えた。
「心を読める魔法があったら楽なのにな」
思わずそう口に出して、ため息をつく。
そういえば、メトゥスを解放してあげなくては。もう一度、主従のベルを鳴らし接触が終わったことを知らせる。それからメトゥスが立ち去れるような時間を一人で過ごしてから教室に戻ろうとするとアシステレが後ろから突撃してきた。
「ミセリア!一緒に戻ろう!」
「うん。いいよ」
「さっきまで図書室いたでしょ?ミセリア成績優秀なのにさらに勉強?」
「ちょっと調べたいことがあって」
「私は机にむかうの苦手。体動かしてた方が楽しいもん」
「ふふ、アシステレらしい」
どうやらメトゥスはうまくやってくれたみたいだ。
アシステレが騙されてくれたのだから、女装はきっといい出来だったのだろう。
「ミセリア様。今度一緒に勉強しませんか?ミセリアさん、成績いいのにすごい勉強してたから教えてほしくて」
「もちろん。私にわかる範囲なら教えますよ」
「私もお願いしていいですか?」
「僕もお願いしたい」
「私も!あ、そうだ。今度みんなで勉強会しようよ!ミセリアは教師役で!」
「教師役なんて務まるかな?」
同じく教室に戻ろうとしていたクラスメイトたちに声をかけられる。
アシステレ以外にも図書室にいた人がいたのかと思いながらも、適当に話を合わせると今度勉強会をする流れになってしまった。
そして、教室に入った瞬間。ザワザワしていた教室がしんと静まり返った。
なんだろうと、そう思いながら教室内を観察するとそこには泣いている救済の魔女とそれを慰めるムネラが立っていた。
……まさか、もうすでに話したのか。
そう思っているとムネラが私の元に大股で近づいてくる。眉間には皺がよっている。
「ミセリア。サクラに何をした?」
「なんのことですか?」
心底意味がわからないような顔をして首を傾げる。
ムネラとの面会時に鍛えていた表情管理がこんなところでも役立つとは。
「とぼける気か?」
「とぼけるも何も、私は休憩時間、図書室にいましたよ」
そう告げると、アシステレや一緒に戻ってきたクラスメイトが頷く。
「嘘をつかないでください!ムネラに近づくなって怒鳴ったでしょう!それに、その人たちはみんなミセリアさんの取り巻きでしょう!話を合わせているんだわ!」
あーあ。
心の中で、ため息をつく。
そんな言い方をしたら、反感を買うことは目に見えているだろうに。それすらわからないほど頭が弱いのだろうか。
「図書室にいましたよ。ミセリアも」
「そんなの、誰が信じられるか」
アシステレが庇ってくれるが、ムネラは即座に否定する。
アシステレの拳に力が入っているのがわかる。行動力の塊だが、流石に第一王子は殴らないだろうと思いつつも、なんだか殴りそうな感じもあったため、アシステレの拳を握る。
どうやって収束させようか何個か案を出していると、思わぬところから声が上がる。
「なあ、一個いいか?」
ネモだ。
ネモは遠慮なく手をあげて、救済の魔女を見据えていた。
「な、なんですか?」
「俺はミセリアは嘘ついてないと思うけどさ、もし救済の魔女さんが言っていることが本当だったとして、それは責められるようなものなのか?」
「え?」
ネモの言葉に、救済の魔女は間抜けな声をあげる。
「そりゃ、政略であろうがなんだろうが婚約者が他の女と一緒に何ヶ月もどこかに行ってたらそう思うの普通じゃね?」
ネモの言葉に、クラスメイトたちは頷く。
そんな様子に焦ったのか、救済の魔女は声をあげる。
「でも、私は世界を救うためにムネラと協力して!」
「へぇ……」
ネモは笑みを浮かべて、相槌を打つ。
なんとなくよからぬことを考えてそうだなと思いながら、ことの成り行きを見守る。
「じゃあ世界を救う救済の魔女様がどんな訓練しているのか、どれほど強いのか見せてくださいよ。今度の魔法実践試験で」
「え?」
「だって、救済の魔女様は授業をサボって世界を救うために第一王子と協力しているんですよね?だったら、それを見せてくださいよ。チーム戦で、救済の魔女様、第一王子、そこの護衛。相手は俺とミセリア、あとはアシステレが務めるから」
「いいだろう!」
返事をしたのはまさかのムネラだった。
だが、ネモはそんなムネラのことを舐めているのかなんなのか。余裕たっぷりの笑みを浮かべていた。
そして、ムネラは「覚悟していろ」と告げて救済の魔女の手を引いて去っていってしまった。
その途端、教室内に歓声が響く。
「よく言った!ネモ!」
「お前、まじ男だわ!」
令息たちがそんなことを言いながら、ネモのことを褒め称える。
「やめろよ」なんて少し照れているように令息たちを振り払って、ネモはこちらにやってきた。
「ミセリア、ごめん。勝手に色々言って」
「ううん。ありがとう。私はあんなふうにいえないからスカッとした」
本当に感謝している。
ここまで味方になってくれるなんて想像していなかったから。
「ちょっと、勝手に巻き込まれたのは私もなんですけど」
文句ありげにアシステレが声をあげるが、ネモは軽く「悪かったな」と告げるだけだった。
「それにしても、随分いつものネモと違ったね?」
ネモは社交的で、自分から喧嘩を売るようなタイプではない。それなのに、今回は最初から救済の魔女にも、ムネラにも敵意が剥き出しだった。
それを不思議に思い、尋ねればネモは少し恥ずかしそうに笑った。
「大事な奴が散々言われてたらああも言いたくなる」
「え?」
「……いや、なんでもない」
そういって顔を背けたネモは耳まで赤くなっていた。
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