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 ……さて、どうしよう。


 次の日、私は自分の席に座りながら悩んでいた。

 クラスメイトとの距離を縮めようと決めたものの、考えてみれば私は前も今も友達というものを作ったことがなかった。

 声を掛ければいいのか?でも私は私と同じくらいの令嬢や令息が何を話して過ごしているのかわからない。近くの席の人を盗み聞きしてみたけれど、髪型がどうとか、ジュエリーがどうとか。小説がどうとか。そんな話についていけるような気がしなかった。


 悩みながら、俯いていると隣から笑い声が聞こえてきた。

 そちらを見てみれば、そこにいたのは灰色の髪に緑色の目をした令息だ。こちらを見てケラケラと笑っていた。


「……何ですか」

「あはは、ごめん。ごめん。なんか随分悩んでるようだったから気になって見てたんだけど、悩んでいる姿が面白くて」


 見られていたことに羞恥を感じて視線を外せば彼はそれすらも面白いみたいでケラケラと笑った。


「ちょっと、笑いすぎじゃないですか」

「あはは、ごめんって。俺、ネモ。ネモ・モルス。よろしく。ミセリア嬢」


 ネモ・モルスなんて人物、前の記憶には存在しない。

 いや、もしかしたら存在はしていたのかもしれないけれど記憶にない。クラスメイトの名前なんてそもそもあの三人しか覚えていないし。

 そもそも、なんでネモは私の名前を知っているのだろう。


「なんで、名前知っているの?」

「知ってるさ。悲劇の公爵令嬢。マルム公爵家のミセリア嬢。結構社交界では有名だぜ?」

「……何それ」


 そんなふうに呼ばれているのは初めて知った。

 ネモの説明を聞こうと耳を傾けると、ネモが語り出したのはとんでもないことだった。


「マルム公爵家の末子であるミセリア嬢は、膨大な魔力を見に宿したせいで別邸に軟禁されて、強大な魔力を欲していた王族への献上物って話で有名だぜ」


 ほとんど事実だ。

 血縁を持つ人間に対して何かを思ったことはないけれど、そんな公爵家の噂を放っておくなんて思えないけれど。


「……なんでそんなこと知っているの」

「何で、って言われても噂でとしか」

「そう」


 まあ公爵家の醜聞が広がろうが、どうでもいいけど。


「で、ミセリア嬢は何に悩んでたわけ?」


 ネモに尋ねられて、思わず口を噤む。

 ここで「友達が欲しいけどどうやったらいいかわからない」なんて言えばまた笑われるのだろうか。

 けれど、ネモは社交的な性格をしているようだし利用すればクラスメイトとの距離も縮まるかもしれない。

 悩んだ末に、口を開く。


「……友達が、欲しくて」

「へぇ。ミセリアでもそんなこと思うんだ」

「え?」


 ネモの反応は思っていたものとは違かったが、バカにすることなく立ち上がると近くにいた令嬢たちに声をかけてからこちらに戻ってきた。


「ネモ?」

「友達欲しいんだろ?ほら、名前」


 まさか、サポートしてくれたのだろうか。感謝しながら名乗ればクラスメイトの令嬢たちも名前を教えてくれた。さらに、私が友達欲しいんだってと他のクラスメイトにも声をかけてその輪を大きくしていった。

 自分の名前を言ったり、相手の名前を覚えたりして脳がパンクしそうだった。

 けれどこれで一応今教室にいるクラスメイトとの顔合わせは終えることができたし、好感度を上げるにはこれから好まれそうな態度を取り続ければいい。

 そういえば、今日は救済の魔女もムネラもエドワードもいないな。入学式の次の日から休むのか。まあ、あの三人は名前も知っているし、今やろうと思っていることを考えるといない方が好都合だ。


「ありがとう、ネモ」

「よかったな、友達できて」


 そう告げられて、素直に頷いた。

 なぜネモは助けてくれたのだろうと、疑問に思って尋ねようとするがネモに声をかけられる前に教師が教室に入ってきてそのまま授業が始まる。


 授業内容は、正直簡単だった。

 座学に関しては前の記憶もあるし、戻ってきてから勉強の方もかなりしていた。前の成績は中の上くらいの成績だったがこれだったら上位に入ることもできるだろう。


 魔法実践の方は、言わずもがな。

 死ぬ前は「厄災の魔女」と呼ばれながら魔獣や王族にとって不都合の人々を殺し回ったりしていたし、戻ってきてからもメトゥスと実践形式の訓練もしていた。

 そんな環境にいた私が、クラスメイトに苦戦するかと言われればそれはない。


 クラスメイトの魔法を観察してみると、思ったよりもみんな魔法の扱いに長けていた。階級の高いものたちは将来徴兵があるかもしれないし、低いものだって自分の土地を守るために魔法を扱うことがあるのだろう。


 その中でも、ネモは特に魔法の扱いに長けているように見えた。

 ネモから生み出される魔法は、本物のように精密で緻密だった。それは他の生徒たちとは一線を画していた。


 午前中の授業はそれで終わった。

 午前中の間、あの三人が来ることはなかった。


 昼食の時間になる。この学園の昼食は、基本的に学園側が用意してくれてそれをそれぞれの従者や侍女が配膳するシステムのようだ。

 食堂へ向かおうと一人で行こうとするが、ネモに手を引かれて止められる。


「みんなで一緒に食べようぜ」


 そう告げられて振り向けば、クラスメイト何人かが立っていた。交流を深めるにはいい機会だ。

 みんなで食堂に向かえば、そこにはみんなの従者や侍従と共にメトゥスがいた。やはりみんなの従者たちと比べるとメトゥスは年下のようだ。


 食事が始まると、みんな各々話し始める。

 私も隣に座っていた溌剌とした令嬢と話す。確か名前はアシステレ・ヴィラノ。ヴィラノ侯爵家の長女らしい。


「まさかミセリア様とこんなふうに食事の席につけるとは思いませんでした」

「そうなのですか?」

「えぇ。ミセリア様は未来の王妃様ですから。そのような方と同じ食事の席につけるなんて光栄です!」

「いえ、そんな……」

「それだけじゃありません!今日の授業の様子を見て、ミセリア様は努力家なんだとも思いました。そんな一生懸命な方に好感を抱かないものなんていませんよ!」


 アシステレは熱量高めで目を輝かせながら語る。

 アシステレの声が大きかったためか、周りのクラスメイトたちにも聞かれていたらしい。みんな同意なのか微笑みながら頷いていた。


 一体どんな印象を持たれているのかとも思うが、前の記憶でもこうだったのだろうか気になる。

 前は友達なんて作ろうともしないで、ひたすらムネラのために動いていた。クラスメイトの名前なんて覚えていないほど私は周りに興味がなかった。

 戻ってくる前、私がこんなふうに友達を作ろうとしていれば未来は変わっていたのだろうか。


 そんな後悔と反省を抱きながら、食事を進めた。


 食事が終わり、メトゥスと目があうとニヤリと笑みを浮かべてきた。

 なんだかメトゥスにクラスメイトと話している姿を見られることが少し恥ずかしいとも思いながらも、私も笑みを返しておいた。


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