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周回少女  作者: i
第2章 ─上演─ <体育祭編>
27/28

第26話 ─完敗─

前回のあらすじ


互いに抱き思いは、伝えるまで決して交わることはない。

伝えたとて、すべてが分かるわけでも、心が通じるわけではない。


ただ、人に何かを伝えるというのは、素晴らしいことだ。

逆もまた然りだが、言葉でしか伝えられないことも、言葉故の美しさというものもある。


まぁ、私にはよくわからない。

結局、言葉なんて上面に過ぎない。

そしてまた、言葉を伝えるときには、恨みというカスが残る。

そんな避けられないもののため、必死に言葉を選択をするなんて、馬鹿馬鹿しい。


さらに人間は、ただでさえ通じ合えないにも関わらず、心を通わせる魔法を捨て、銃器なんかで殺し合いをしているようだな。

あぁ、そもそもそんなものは扱えなかったな。


自力で伝えられないのに、環境すらも伝えられないようになっているのだから、期待するだけ無駄だ。


そして何より、その環境を作るのが、私の仕事だ。


─────────────────────────


作品を開いていただきありがとうございます。iです。


前書きの前(?)に、私は前書きや後書きで無駄におしゃべりしてたりするので、前の話から見たほうがいいかもしれないです。


もはやここまで更新頻度が遅いとなると、お久しぶり何て言わなくてもいいのかもしれませんね。

お久しぶりです。


またまたまた…というかいつもなんですけどね、多忙に多忙が重なり、イレギュラーな多忙によりハイパー多忙だった、という訳ですね。

いやーほんとなんでこんなことになっちまったんだか。


そんな中でも残念ながらある程度空き時間はあるわけでして、何とかしてそんな中を生き抜こうと楽しくお小説のことを考えるわけですよ。

やっぱ色々思いつくんですけど、それのおかげで先の展開ばっかり思いついちゃって、ここら辺の展開の認識が甘くなっちゃってるんですよね。

草。


笑い事じゃないんだよなぁ…


んま、そんな中でも頑張って書きましたんで、ごゆっくりどうぞ…

再び降り立つ戦場。律儀に引かれた境界線は、始めより鮮明に見える気がする。

肝心のルールは、もはやその体裁を成していないといってもいい。


『…』


もはや勝敗の確信など誰の目にも明白だが、皆興味があるかといえば、おそらく誰も気にしない。

唯一せっせとやっているあいつらでさえ、おそらく勝ち負けはどうでもいいのだろう。


『…』


あいつらの原動力は、私を貶めることだけだろう。


ま、そんな悪意に易々と負けてやるつもりはない。

私は、私の言葉を守るだけだ。


とまぁ、とりあえずは陣地にあるボールを外野に送る。

流石に2球は、いくら私でも厳しいものがある。

それに、どうせなら楽したい。



うおっと危ない。

まったく、相変わらず人に投げていい威力の球ではない。


とはいえどうしようか。

このレベルの速度で回されると、取るだけでも一苦労、というか少なくとも今の私がしたら、確実に体のどこかがひしゃげる。


それはもう、筆舌し難いほどに、グロテスクな感じになる。

流石にそれは、観客の精神衛生上も、私的にも、あとはあいつらにはとてもよろしくない。


そんな意味もわからない心配ばかりしている間も、私の横をビュンビュン飛び交っている。

まぁ結果的に横を通っているわけだが。


そんな球を、こうして数分耐えているというのは、とても肝の冷える話である。


『ほらほらーちゃんと当ててもらわないと困るんだけどー?』


こういうやつはさっさと感情的にさせたほうが楽だ。


『…』


聞こえていなかったのか表情は変わっていないが、その色は濃くなり、威力は増していくばかりだ。


まぁまだなんと中なる範囲だが、うーん…そろそろ足腰が痛い。

こいつらそれなりにコントロールもあるから、見てから動かにゃならんし、腰回りを酷使するのは仕方ないが、もう少しこの傾けねば避けられすらしない体をどうにかしたいものだ。



そのまま、ぷらぷらとのんびり耐え続けていると、いつの間にか手数が二倍になってる気がする。


『うげー…つらいなぁー…』


やっぱりちゃんと二倍になっていた。

誰かが当たのか取られたのかなんて知らないが、頼むからこれ以上私を苦しめるように風向きを傾けるのはやめてほしい。


それはもう辛いのなんの。


…いよいよ軽口すらも叩けなくなってきた。


難化する弾幕は、もはや触れることさえ(はばか)られる。

前と後ろと、右と左と、絶えず展開される。


もう、やるしか─


そんな余計なことを考えた途端、普段動かないもんで、見事なまでに足が絡まり、体が後ろへ倒れる。


『…』


前にはすでに投げられている球。

残念なことに後ろに目はついていないのだが、気配で投げられていることはわかる。


万事休すか。



…そうだ。

別に私が躍起になって頑張る必要なんてないのだ。



『…』


ほら、もう球は目の前。

身を委ねるだけで、世界は案外、安らかな道へ導いてくれる。



『…』



絶えず当然に動き続ける球の裏から見える奴の、古波蔵の、仁南の、スカーレットの、柏木の、小倉の、名も知らぬ仲間たちの。

その顔。


本当にどうしちまったんだろうなぁ。

こんなことに本気になって。

こんなくだらないことに動かされて。

こんな…くだらなくて、ばかばかしくて、儚くて、単純で、空虚で。

たかだか一つの関りなんていうものに、いちいち命なんかかけてられない。


…そういう思想だったはずなのになぁ。


生きるために自分に押し付けた考え方も、いつしか限界を迎えた。

とてもいいもんじゃないが、最近はまた戻ってきたと思っていたが、自分のことは他の人たちよりわかってないのかもしれない。


ただ…最近は少しだけ、そいつも自分で呼び出せるようになった気がする。



…できりゃ頼りたくはなかったけどな。


体を蒼く染め上げた瞬間、口の中に広がるのは、懐かしい血の味。





…久々に血の味だ。


『…』


かつてこれを毎日味わった。


凍る血、脳で動かさない体、自分ではない自分、向けられる殺意、溢れ出る虚無。




殺し屋やってた時以来だ。



『おぉ…!』


伸ばした両手の先にある球ども。


『誰だ…お前…』


怯え(おのの)いている、投げてきた(やつ)

俺に何か思うところがあるらしい。


『…』


お前が刻み付けたその一発と、その殺意と、その間違いが、俺の中の俺を引き摺り出す。


俺は、多重人格者なんかじゃない。

ただ、ほとんどそうと言ってもいいかもしれない。


以前の記憶だって何ら異常もなく、引き継がれている。

こんな状況で、こんな体…にしたのは俺の方か。

まぁなんでもいい、今生きてるのだから。


『…』


こいつらを殺す事以外、考えられない。

俺がそうしたのだから、迷う必要もない。


もう…こいつらとか、周りの奴らとか、どうでもいい。



痛みもない。苦しさも、心も、何もかも。

歩みだした足にかかる重さだけが、ここを、俺を認識させる。


こいつらは俺に動きを見せすぎていた。


『…!』


両手に武器何て、贅沢な話だ。


その片方は、もう奴の目の前にいる。


『がぁっ!』


かろうじて避けたが、その先にはすでに逆の手から死が放たれている。


『は⁉』


奴の顔が、後ろに仰け反る。

同時に舞う血に、何も思わないのは俺だけではない。


本来なら何でもするところだが、この戦場は守るべきものがある。


だが


『殺すうえで何も問題はない。』



『はぁはぁ…!』


なんだ…こいつは…!

意味が分からない…負けるのか…?俺は…


俺は…!俺はぁ!


『俺はぁ‼』


闇雲に力を込めて投げた球は、かつてない速度を出す。


『…』


なんでだよ…


なんで…全部見え透いたように避けるんだよ…


なんでお前は!お前だけ!

特別な力を持っていて!


なんで!お前だけ!


俺はよく見えている!


避けた一発目の球を、外野が送るタイミングで投げた。

本来なら、回避とキャッチで揺らぐか、どちらかを失敗するはずだ。

なのにこいつは…


『…』


すました顔で同時にこなすだけでなく、その直後には、隙も無く死ぬような球を放ってくる。


奴は…奴は、先ほどの2人の技から、何もかもが変わった。

その外見には一寸の変化はないが、それ以外のすべてが違う。

きっとそれらを、気配だの空気というのだと、始めてわかった。


俺も持っているこの力。

色々言われたが、俺の方が使いこなせると思っていた。


ただ…その物量、その技量、その質。

そのすべてにおいて、今俺は完全に…


『…違う…』


俺は…負けてなんかない…


あんな才能だけの奴なんかに…!俺は!


『…』


奴が投げたのが見えた。

微塵も隙が見えないが、嫌でも足は止まる。


俺はこいつの球を止めるか避ける。

そうしてれば、俺のパスを受け取った土屋が、あいつを止めるはずだ。


これまでにも、奴が変わってからしばらく、取られないように回していた。

取られないようにすることは、当てるように投げないのと同義だ。

俺としても威力は上がり続けているのは、この身で感じている。


何度か取られてはいるが、当てられるのは周りの奴ばかり。

それは仕方ない。俺ですら避けるのが精いっぱいだ。


なのになんでこいつは…


だが、今回は取られないかつ、当てられるタイミングを見つけた。


俺へ向かう球は完全に正面。

その気迫、先ほど見た威力も相まって、体が強張る。

だが、やらねばならない。

俺は…俺は…!


『お前なんかに─』



取ろうと腕を広げる。

取れる。


『ま゛っ─』


は?

…球が浮いたのか。


顎に当たった球からは、まだ痛みは感じない。

遅くなった世界は、頭が真っ白のまま過ぎ去る。


当てられていないのは想定外だが、後はあいつが─


『…』


あぁ…無理だ。

俺は、負けた。


首を縮めて見た相手コートでは、こっちを見たままの奴が、後ろすら見ずに、片手で背後の球を取っていた。


地面についてからは早かった。

肺は潰れるように痛み、口の中では、舌と口内を噛み潰して、血と唾液が入り混じっている。

頭蓋骨全体が脱臼したように痛みが響きわたる。

さらに後頭部を地面にぶつける。


打ち上がり、後ろへ飛んで行った球も、取れるわけがない。


もう…無理だ。

負けた。


終わった、すべて。

そう、終わったんだ。

試合に負けて、すべて終わる。


『…』


『…』


しばらく寝っ転がっていたはずだが、なぜいまだに当てられていない…?


恐る恐る起き上が─


『っ─』


は…?


再び青い空を見させられている。


『さっさと起き上がれよクズ野郎。

 敗北なんて、そんな安っぽいもので終われると思うなよ。

 

 覚悟しろ、お前はこれから死ぬ。』


何を言っているのか、わからない。

死ぬ…?俺は…死ぬのか…?


何が何だかわからない。

だから顔を上げて状況を─


『─』


一瞬だけ見えた奴の顔。

見えずとも感じ続けている、殺意という名の圧力。


きっと、もう軽い脳震盪が起こっているのだろうか。

そんな中で、一つ浮かび上がる言葉。



─死



殺される。


痛い。


痛い痛い痛い…!


首が外れそうだ。

奴の視線だけで吐きそうだ。


殺される…!死ぬ…死ぬのか、俺は?


いやだ…


いやだいやだいやだ!



逃げないと…!あいつから…距離を…!

仰向けの状態から、地面に手をつき、膝を曲げて、肘をついて体を─


─死ぬ。


いやだいやだいやだ…!


逃げ、ないと…逃げな、いと…


揺れる脳と痛みで、頭がだんだん白くなる。


いやだ…いや、だ…い、や…


もう振りかぶっている。

まるで悪魔だ。

怖い。

いやだ。

死にたくない。


再びついた肘は、もう体幹を維持できないほどに揺れている。


体が動かない。

でも、逃げないと。


あぁ…俺はもう思考が混濁してしまった。

白い頭は、客観的思考だけが残った。


俺の恐怖とは裏腹に、体を起こす。

自分から死にに行くように。


『…』







まだだ。

こいつは確実に、殺す。


上がる顔の角度に合わせて─



『…』


─違う。


なんか違う。

私は…こうじゃないだろ…


私の頭に去来した、短く厚い思い出。


私は…俺とは違う…!



気が付いたときにも、戦場は変わらず騒然としていた。


何があったかは覚えていない。

…記憶にはあるが、今は思い出す気がない。


振りかぶった腕は、なぜだか下ろせない。

一呼吸ついても、怒りは収まっていないのかもしれない。


『あ、あぁ…』


目の前のこいつは、私に怯えているのだろうか。

まぁ、私が出ればそうもなるか。


…とはいえ、これまたなぜか緊張が抜けない。

相変わらず、掲げられた腕も下ろせない。


…抑えろ。

私は…もう違う…


ちが…


それと同時に、こいつを認識したことで、私の中にある黒い何かが、再び私の底からグツグツと湧き出てくる。


初めてだ。

私は、こいつを今、殺したいほど憎んでいる。


『…』


『あぁ、あ…』


腕は、下ろせない。

いや違う、こいつは同じことを仁南にしたのだ。

これはただのその報復で─


だが、ここで殺すことを選んでしまえば、私はきっと戻ってしまう。



私は…私は…!


─ポコッ


『─は。』


腑抜けた音に、私の緊張の糸が見事に切れる。

まぁ確かに1球は外野に行ったけどさぁ…


『桃山さん、よくやったわね。』


『おぉー…人生で初めて当てたかもしれないです…』



『はー…まじでよくやってくれた…』


私は出し切った。

まじで疲れた。


あれ…

視界が…

薬なしで…力、使い過ぎた…か、な…


後ろに倒れようとしたが、それすらも実現しなかった。


─まずいな…


前からは…この体じゃ…死─


『はくっ…!


 はー…ほんとにさぁー…』


『─すまん…救護室に…』


『あーもういいから!

 ほら、肩貸すから!』


外野から走ってきた古波蔵に、ギリギリで受け取ってもらえた。


…せめて、あそこまでは持たせないとな…



『…狛枝君は…』


始めて目に見える活躍をしたことに酔いしれてしまったが、そんなことをしている暇はないことを思い出した。


一見、お相手の方がよほどひどく見えるが、私だけはわかっている。

彼の体は…


『っ!狛枝君…どこ…!』


こいしちゃんもいない…

こいしちゃんは、彼の事情も知っている。


となれば、一緒に向かとしたら救護室…!


『ローラちゃん!ついてきて!』


『え、どこに。』


答える前に駆け出した。

心配でたまらないから。


狛枝君が、私の…私の…大切な人だから…!


『おい!早く救急車呼べ!』


後ろからは、お相手の救護のための騒音が聞こえる。

狛枝君の方が断然重症なのに…!


…だけど、きっとあそこに行くことを望まないだろう。

そうやって世間とか周りとか、伝えれば味方を増やせる時にでも、彼は自分のことがよくわかっているから、それが正しくなと知っているから。


そうやって、自分を孤独に壊していく。


『仁南ちゃん…あなた自分から走り出しておいて、そんなに遅くてどうするの。』


『おあぁぁー‼

 ちょ!そんなに引っ張らないでぇー‼』


きっと詳しいことを知らないのに、そんな状態でも私を助けてくれるこの子は、キツイ態度なのは表面上だけなんだと改めて思う。


今の彼にはこいしちゃんもついてる。



きっと私たちは、世間から見れば変わり者だろう。

共犯者のようで、犯罪者のようで、反社会的でもあるだろう。


だけど…私たちしか彼を救えなのなら、少なくとも私は、私だけでも彼の味方でいようと思う。





救護室に辿り着いた時、ちょうどこいしちゃんたちに追いつき、彼は見事に膝から崩れ落ちた。

支えられていない右脇に滑り込み、彼をかろうじて支える。


彼からは、その人生の厚さとか、抱えてきたものの重さとか。

そういうものを嫌というほどに感じた。


『仁南ちゃん!はく意識失ってる!

 どうすればいいの!』


『どこでもいいからぁっ!ベッドに寝かせたいです!』


『ローラちゃん!仁南ちゃんのほう手伝って!』


『う、うん…』


『私ベッド用意するから、お願い!』


呼吸が明らかにおかしい。

不安で、心配で、自分が、自分がって思う気持ちを抑えて、駆け出す。

2人になら彼を任せても大丈夫だろう。


どうせ空いてるだろう。


ほらあった。

ほんと無駄に数だけはあるんだから…


『2人!こっちにお願い!』


『よいっしょっ…

 はー…驚くほど軽いな、こいつ…』


『2人ともありがと。

 あとは任せてくれていいから、ゆっくり休んでて。』


前に少し診たことはあるが、それはそうとわからないことだらけだ。


彼には止められているが、まぁ今回ばかりはやむを得ずということで、彼も許してくれるだろう。

今は何より、彼の状態を確認することが最優先だ。


『…』


お腹の底というか、心の内側というか。

未だによくわからない体の中から、この力を湧き立たせる。


私をまとう淡い光は、やがて腕へ、やがて指先へ、そしてやがて彼へと移ってゆく。

この瞬間の感覚は、いつまでも慣れないかもしれない。


これは…なにが…どうなっている…?

指先から絶え間なく虚空から伝わってくる感覚は…何も感じない…?

いや、これは…


『…っ!』


すべて知っている。

何もないと感じさせる彼の内側は、これ以上ないほどに砕かれている。


『どうなってるの…あなたの体─』


思わず呟いてしまった。


ほとんどの骨が、(ひび)どころか骨折しているうえ、治した様子もない。

あらゆる腱が切れかけ、回復する様子がない。

内臓が半分以上、いや7~8割が機能をまともにしていない。

筋肉、気脈に関しては特にひどい。傷だらけで、ぐちゃぐちゃになっている。


さらには…そのほぼすべてが完全に古傷になっている。


『本当に…どうなってるのよ…』


真剣に検査しているだけなのに、なぜだか目が涙でいっぱいになって、少しだけ声が震えてしまった。


彼の体を本格的に治し始めれば、その傷の深さがしみじみと、私の体に痛みとして伝わってくるようだ。


彼は…こんなものを隠して過ごしていたのだろうか。

いや、きっとこれ以上なのだろう。

それでかつ、あれほどに動き回れるとは…本当に人間か怪しい。


まさかと思い、少し汗ばんだシャツに手をかける。

ただの友人同士の学生に許されることではないとわかりつつ、もう惑わない。

彼ならきっとそうするだろうから。


『─…』


これは…とても言葉じゃ言い表せない…

だが、私はこれを見届けれなければならない。


だけど…流石にこれは…


『仁南ちゃん、はくは大丈─』


『っ見ちゃだめっ─』


『…』


私にはまだしも、流石のこいしちゃんとスカーレットさんとはいえ、流石のアイドルとはいえ、皆ただの高校生だ。

こんな光景、見たくとも見れない。


『…、…─』


彼を案ずるその言葉は、白く染められた脳では派出できず、不意のその情も喉に重く詰まる。

部屋には…何かを言おうと吸って、詰まり吐く息だけが囁く。


『─仁南ちゃん…はくは…』


珍しく大きな声を出して、急に隠し遮るように動いて、私も息が少し乱れた。


『無事…ではないと思うけど、大丈夫だよ。絶対に。』


医療従事者のプライドなのだろうか、柄にもなく変に強い言葉を使ってしまった。


『─うん、わかってる。

 ─大丈夫だよね、はくなら。』


疑ってはいけない言葉すらも、簡単な信じる言葉も、そのすべてが詰まる。


『─ごめん。ちょっと外歩いてくる。

 ローラちゃん、一緒に来てくれる?』


『─ん…』


スカーレットさんも、何ともない様子だが、その視線は彼から離れていない。


『いってらっしゃい。』



1人取り残されたお通夜のような部屋で、私は向き直らなければならない。


内部はまだ私の誤解だと思えば、精神衛生上まぁよかった。

だが、彼の表面に示される情報たちが、今回ばかりは私を現実から逃してくれない。


無数の銃創。

ただ痕のついた肌に見えるが、それは完璧に縫合されているだけで、それをつけられた時の衝撃や体への負担はなくなるわけではない。


無数の切り傷。

こちらもまた完璧に縫合されている。これをした人は、一体何者なのだろうか。

多すぎるそれを縫い合わせる糸の後は、もはや繋がっているようだ。


美しい火傷痕。

広すぎるそれも、なぜだか完璧に処理されている。残った痕は、もはや美しい。

…とてもいいものとは言えない。


すべてを挙げているときりがない。

しかし、その傷の治療は完璧であるのにも関わらず、そのどれもが治っていない。

完全な古傷となり、もはや手の施しようもない。


…本当になぜ生きているかわからない。


それでも絶え間なく力を放ち続けるが、効果があるかはわからない。

まるで私の体だけが痛み続けるよう。


でも…きっと狛枝君なら


『きっとそうする、よね。』


返答はない。

未だに意識は戻らないし、息は弱い。


でも、世界が彼を否定しようと、私だけでも認めていたい。


…なーんてね。

今はとにかく、治すことに集中集中…

あー…本当に大丈夫かな、これ。





『む…』


いつにもなく快適な寝起き。

嫌な予感がして目が覚めたが、それがなければさぞ快眠だったことだろう。

フィクションではこういうのはフラグだろうが、私の場合は結構当たってしまったりする。

現実のはずなんだけどなぁ、はは。


体感的には時間未満だが、普段ではこんな時間ですら、過去の痛みは寝ることを許さない。


だが…なぜだか体が軽いな。

睡眠の回復効果なんて、もうあてにならないと思ってたが…どういうこった。

内側だけではない、外傷も状態の良さをかなり感じる。


『…』


腕を伸ばしたり、お手をにぎにぎ。

うん、痛みはほぼない。

いやないことはないんだけど、まぁ慣れってやつだ。


そんなこんなで、自分の体を未開発地のように探っていると、腹に妙な絆創膏を見つける。


『切り傷なんてした覚えはないが…』


意味はないが、なんとなく怪しく見えて思わず剝がしてしまう。


『うぉっ…!』


急に腹だけに、鈍重な錘が乗せられたような感覚に襲われる。

見事なまでに、いつもの痛みが返ってきた。

自覚したのはついさっきだが、懐かしい痛みのようだ。


思わず貼り直すと、嘘のように痛みは消える。


『ほんとなんだ、こいつ。』


絆創膏にここまで感情を抱くことになるとは思わなかった。

とはいえ、ある程度検討はついてしまっている。


『えっ─』


『や、生きてるけど死にかけ。』


こんな会話をいつだかにしたのを思い出した。


『えっ、だ大丈夫なの?

 あ、うー…あー…』


『一旦落ち着け。

 とりあえず、私が寝てから何時間たった?』


『あー、えっと…えっと時計は…

 あっえーっとね…1時間弱くらい…?』


『おま…落ち着けって─』


『あーんあー…えっと…』


こりゃだめだな。


『私は寝るぞ。落ち着いたら声かけてくれ。』


ろくでもないことでこうなった私が言えたことじゃないが、こいつはバカがつくほどお人好しだ。

残念ながら、私と関わり続ける限り、それが報われることはない。

…いつ踏ん切りがつくんだか。


そうして数分うあうあ言っていると、何か思い立ったのか、椅子に座って背筋を伸ばす。


『狛枝君!聞きたいことがあるんですけど!』


『はいどうぞ。』


『狛枝君の体は、なんでそんなにひどい状態なんですか!』


『つまるところ、診たんだな?お前。』


『うぐ…それは…

 はい…いやでも─』


『いや別にそれはいい。

 嘘つかないか試しただけだ。』


『いい性格してるね…』


ただんまぁ、そこまでわかるんだったら、話してもいいかもな。


『お前の力がどうだとか、特に聞くつもりはないが、先に答えてくれ。

 お前は、私の体の状態が分かっているのか?』


『…うん。なんでかわからないけど、狛枝君のいう才能力?ってやつなのかもしれないけど。』


『そっか。じゃ、もう一つだけ教えてくれ。

 お前から見て、私の体はどうだった?』


私はこの質問にどんな返答を期待しているのか、自分でもわからないが、聞かずにはいられなかった。


『え、それはもちろんいい体だったと思うけど。』


『…?は?』


『え?細身だけど筋肉質というか、ちゃんとしてて─』


『いや…私は医療的なあれを─』


そこまで言いかけて、仁南の顔が赤く染め下られていき、やがて手によって覆われる。


─ゴンッ『いっっ…』


そして顔をうずめようと、ベッドのフレームに頭をぶつけている…


『ちょっ…うーーー!うぁーーー‼』


『お前なぁ─』


『やめて!忘れて!それ以上は何も言わないで‼

 今の狛枝君の言葉は、私を殺せるから‼』


『─まぁ一旦なんでもいい。

 んで、実際どうだったんだ。』


『あー…うん…えーっと、ちょっと待って。』


ふー、はー、と息を整え、話せそうではある。

…顔を手にうずめたまま、もごもごと語りだす。


『…正直、酷いなんてものじゃない。

 まともに機能してる部位の方が少ないし、ほとんどがもう手がつけられない状態になってる。

 こんなこといっちゃあれだけど、なんで生きてるのかわからないっていうのが、本心。』


『そうか。』


私は、私が思っているよりも愉快な状態らしい。


『ありがとな、見たくないもん見せちまって。


 だから、私もお前に答えよう。

 まさしく才能力のせいだ。』


う、っと少しばかり仰け反っている。


『ちょっと長くなるが、まぁ気長に聞いてくれ。


 才能力は、前にも言ったが強い才能とでも思ってくれたらいい。

 それはOnOffができて、使うと才能彩なんていう色がなぜだか出てくる。

 

 でだ、才能力ってのは、使えば使うほど強くなる。

 威力だの効果だの、そのすべてが、だんだん増す。

 あんま関係ないが、彩も濃くなる。

 

 フィクションに出てくる、こういう「特別なチカラ」ってのは無条件で使えるもんだ。

 ここは現実だ、残念ながらそう甘くない。

 

 チカラには対価がつきものだ。作用反作用みたいなもんだ。

 才能力は使えば使うほど、その対価を支払う。

 そしてその対価は、才能力が強くなればなるほど、大きくなる。』


ここまで話せば、流石にわかるだろう。

…少し、脅しを入れておいてもいいのかもしれない。


『私らのこの力は、アニメの格好いい力なんかじゃない。

 自然の摂理の一つだ。


 なんなら、寄生虫共で思っといたほうが気は楽かもな。

 私らの体に力を与えるふりをして壊し、死に至らしめる。

 

 才能力保持者はな、普通に過ごしてると3~40代が平均寿命になってんだ。

 それはさっき言った対価のせい。

 残念なが、大抵はそれまでに子供にも遺伝し、破滅は増す。


 効率的に人間を消しさるために放たれた寄生虫だ。

 だから私は、そんな力を使ってほしくないし、そもそも目覚めてもらいたくもない。』


仁南は…よくわからない。

震えているのか、決意に満ちているのか。


『んま、そんなもんだ。私の長い話は終わり。

 他に聞きたいことは?』


『…私って、大丈夫かな…』


『はっきり言って、私をここまで治すレベルで使い続ければ、だがな。

 さっき言った以上の、笑えない結末を迎えるだろうな。』


『…もちろん、その覚悟だよ。』


その眼には、不退転の文字すら浮かんで見えた。

…こんな若い子に、私はなんてものを背負わせてしまったのだろう。


『なーにいっちょ前に格好つけてんだ。

 どちらかといえば、私らの力を使わないほどの平和な世の中を作る方を頑張ってくれ。』


『でもさ、遺伝したらこの寄生虫は広がり続けるんでしょ?

 なら、遺伝する間もなく、短い間で多くの人を救って、死んだ方が─』


『バカやろ。冗談でもそんなこと言うな。

 少なくとも、私らの生まれたこの国は、その時点で平等に生きる権利が与えられてんだ。

 

 覚悟しなよ、次んなこと言ったら、嫌でも死なせないからな。』


『…って、そんな体で言われてもねぇ…

 ほんと、これまでどんだけ酷使してきたのやら…』


『うははは、こうなりたくなかったら、二度と使わないことだな。』


『うん…まぁ、それも本当に緊急時以外ってことで…』


『んま、そのくらいなら認めよう。私もそうだしな。

 ところで─』


互いに言葉に出さずとも、どこかで打ち解けた上で、まだ残る疑問がある。


『お前…いつになったら力解除するんだ?

 一応だいぶ脅すつもりで言ったんだがな。』


『え、別に今使ってないけど。』


『は?じゃぁこれって…』


痛みすらも無視して、絆創膏を剥がして見せる。


『あぁ…それは…一応つけてみてるってだけのやつ。

 よくわからないんだけど、長い間ずっと私と一緒だったから、同じような力を感じてね。

 もしかしたらって思ったんだけど…どう?効果ある?』


『マジか…!』


無自覚とはいえ、そこまでできれば話は変わってくる。


『仁南…お前の力は、対価なしに人を救えるかもしれん。』


『え、それはどういう─』


『才能力ってな、力者の傍にあるもんにその力が宿ることがあんだよ。

 それは、そもそもの制作に時間もかかる。

 ストック形式で減ってくもんだ。

 

 だが、力者に対価が一切支払われない。

 力が別のものとして、独立して働くからな。


 私も事例が少ないもんであんまり見たことない。

 ただ、意図的に物に力を宿せられるようになれば、さっきの話だって全部覆る。

 

 あとはお前がどうなりたいか次第だが、今のお前には想像以上の力がある。

 医療界、ひいては世界の英雄となれるかもしれない。』


『おぉ…急に壮大だね…そこまでじゃないと思うけど…

 まぁロマンあるね。それだけ恐ろしいってこともわかったけど…』


『ふぅ…ま、今はひとまず力を使うのはなしだな。

 特に、私には。


 対価もわからん状態でむやみやたらに使うもんじゃない。』


『う…うん…ごめんなさい…』


とはいえ、こいつに助けられたのは事実だ。

…脅してばかりじゃ、流石によくないよな。


『んまぁ…助かってるのは事実だ。

 正しい使い方を覚えてからだな、人助けは。』


『…!はい…!』


胸やけがするほどに無邪気な仁南は、どうしても甘やかしたくなってしまう。

…いつぞやぶりだな。


『他の奴らは?

 ローラとか、特に古波蔵とか。』


『あー、えーっと…二人は競技もあるし…』


嘘をつくのが下手なのは、どうにかした方がいいと思う。


『そうか。んじゃ、私はもうちょいのんびりしてくかな。』


『私としてはもう動いてもらいたくないくらいだけどね…』


『はは、古波蔵にもそんなこと言われたな。』


─ウ゛ウ゛


『んあ?こいしちゃんからだ…どうしたんだろ。』


そういや私も連絡先交換してたな、とおもむろにスマホを取り出す。

通知は…昔の名残で切っている。


残念ながら、私にも連絡が来ている。


『えぇ…?』


『おっとぉ…?』


よくわからない写真が一枚。

…よくない例えばかり出てくるが、廃倉庫のような場所。

そこには、ぼけているが拘束されているように見える人影。


いよいよ嫌な予感が実態を得だした。


『仁南…早速無理することになりそうだ。』


『え、なんかわかった?』


『ほらよ、こんな臨場感あるLIVE配信は始めてたぜ。』


多くの航空映像と、レポーターが薄っぺらいことだけを話している。

スマホの何を見ようが、どこのサジェストにも配信ばかり上がってくる。

ニュース番組では、どこもかしこもこの配信をしている。


『うちの生徒を誘拐、ねぇ…

 なんで自分から死にに行くんだか。』


『いやいやそれどころじゃないでしょ!

 え、やばくない⁉みんな大丈夫なの…』


『まぁ下手すりゃ殺されるわな。』


恐らくやったのは下っ端。

こっから上層部と合流して、か。

こりゃいい道具にされて、最後にゃ殺されるオチだな。


『はー…行くかぁ…』


『えっ、いや心配なのはわかるけど…流石にその体じゃ…』


『だからって知り合い見殺しには出来ねぇだろ?

 お前がどうしても見殺しにしたい、っていうならやめとくけどよ。』


『そういう訳じゃないけど…

 だけど体が心配っていうかぁ…でも見殺しにしたいわけじゃないっていうかぁ…』


そうやってうずくまっていく仁南を横目に、そそくさと逃げだす。


『仁南、人生にはどっちも捨てられない究極の選択ってのがある。

 私はその経験がちょーっと多いだけだ。


 そうすぐに出来るようにならなくていい。

 出来るようになるまでは、出来る奴に任せればいい。』


納得できたのか、仁南はそのまま俯いて固まってしまった。


『それに、これまで頼りっぱなしなんだ。

 ちょっとは格好つけさせてくれ。』


そうして気配を消しきり、脱出した。


『でも…ってえぇ⁉ちょ、狛枝君⁉

 いつの間に⁉』


そんな悲痛な叫びを聞き流し、荷物を取りに行く。

それらしいコートと薬くらいはないと、あいつの力があれどお話にならない。

こいつは…使わないことを願いたいが、そう上手くは行かないだろう。


『はてさて、間に合うことやら。』


着実に濃くなる嫌な予感と、私の受動的な決意。

やがてすべてが繋がる、そんな感じがする。





…いよいよまずくなってきた。


一回ローラちゃんが暴れたタイミングで、はくと仁南ちゃんに連絡できた…はず。

見えないものはしょうがないが、出来てると信じるしかない。


『ちっ…アイドルの癖に無駄に抵抗しやがって。

 

 お前らも次何かやったら殺すからな。

 代わりなんざいくらもいるんだ。』


周る中で嫌というほど見てきた、ステゴロの薄いセリフも、こういう状況になってしまっては死を明確に感じる。


拘束された縄は、とてもじゃないが解ける気配はない。

本当にまずい。


とりあえずは、はくに連絡できたことを祈って、大人しく待つしかない。

幸い、今すぐに私たちを殺すつもりはないらしい。

…もし連絡ができていなかったら…その時はその時だ。


皆が恐怖とかでビクビクしている中、一人だけ変に震えてるやつがいた。

先ほどはくにボコボコにされてた、あのクソ野郎。

あいつだけは、良くわからないが、怒りとか焦りとか、そういうので震えているように見えた。


まさか、と思った矢先、そのまま突撃していった。

彩がにじみ出ているが、縄がほどけているわけじゃない。

これまでほどの速度は出ていない。


そして、馬鹿正直に正面から向かったとて、相手は仮にもこんなことをする奴らだ。

それなりの心得くらいはあるなんて、想定できるだろうに…


『いっ─ガキがっ!』


一人を蹴り飛ばしたあたりで、他の奴らが捨て身で取り押さえにかかる。

結ばれたまましばらく暴れたが、やがて奴らからナイフが取り出され、首に押し付けられ止まった。


『殺すって言ったばっかだよな。 

 じゃ、もう死んでも─』


─ウ゛ウ゛ピッ


『はい、高木です!


 はいっ、はいっ!わかりました!お待ちしております!』


─ポロン


『良かったな、少しだけ延命だ。』


依然組み伏せられたまま、男はスマホを触っている。


『えーっと─』


そう呟いたら、男はそのまま固まった。

かと思うと、そのまま奴にかぶさるように倒れてきた。


『はくぅ…』


『なーに情けねぇ声出してんだ。

 暴れまくってんじゃないかって思ってたんだけどな。

 その様子じゃ、杞憂だったみたいだな。』


倒れた男の陰から現れた黒いローブ羽織った人。

深くフードをかぶっているが、どこからかはくということがわかる。

主に…私の嗅覚がはくのかっこいい気配をかぎ取ったから!かな!


『ま、大人しくしといてくれてありがたい限りなんだが…』


わぁっ、っと安堵の声が倉庫を包む。


そのまま、全員の縄をあっさりと切って行く。

…何事もなさ過ぎて逆に恐ろしい。


『んじゃ、全員一緒にそっちから出ていけ。

 多分外に警察か何かがいるから。


 中で起こったことは…そうだな。

 古波蔵とスカーレットが解決したってことにしといてくれ。』


少し状況を飲み込めきれていない子もいるようだが、ひとまずは皆従って正面から出て行く。


私はというと…まとまって行動しろと言われたのに、未だに現場に残り続けていた。


『何してんだ、お前も早く逃げとけよ。』


『はくは…?』


『私は…ほら、まだあいついるし。』


目線の先は、あの野郎。


『別にあれなら見捨ててもいいんじゃない?』


『それでもいいけどな、有言実行のためだ。』


『そっか…ところでさ─』


『わかってる、順調すぎる。おかしな話だ。

 絶対にどっかでツケが回って来る気がする。』


『ならはくも逃げようよ…』


『残念ながらそうにもいかなさそうなんだよな。

 ま、詳しいことは後でも話せる。

 

 嫌なもの見たくなかったら、さっさと行きな。』


『…無理しちゃだめだからね。』


『あいつのせいで、無理出来ない体になっちまったもんでな。』


軽口を叩いてはいるが、少なくとも先ほど見た体からは、生き物のそれを感じられなかった。

それが底知れなく心配で、果てしなく恐ろしい。


多分…それが理由で逃げ出してしまった。

彼の優しさを利用して理由にして。


…?…なに。

私は今…ほっとした?


くそっ…イライラする。

この握られる汗も、詰まり途切れる呼吸も、全部全部。

あぁ、本当にムカつく。


私の大好きな彼は、こんなに優しくしてくれているのに、自分のことばっか考えている自分が─

一番ムカつく。


抜け出して走っていく空は、晴れているはずなのだけれど、歪んでうまく見えない。


くそっ、そくっ!

こんなに惨めで、こんなに情けなくて、こんなに、こんなに…


─ムカつく、ムカつく、ムカつく…!



なんでこんなに、嬉しいんだよぉっ…


すすり泣く音を遮るものはなく、こだまして帰って来る響きわたる音は、感慨も増幅させる。



さて、やることをやろう。

どうせ面倒にはなる。


『んで、這いつくばらされた気分はどうだ。』


『…最悪だクソったれが。

 さっさと助けやがれ。』


ボコボコにされた顔のままその態度をされると、ちょっとツボに刺さる。


『そいつぁ、お前次第だな。』


『なんだよ。聞くことあるなら早くしろ。』


『あんま恰好つけ過ぎない方がいいぞ?

 結構滑稽だぜ。』


『…あくしろ。』


『あいあい。』


よっと、とわざとらしく言いながら、適当な椅子に腰かける。

目線は、どこかに向いている。


とはいえあまりに怯えさせるのは、そりゃまたよくない。

コートは適当に脱いで、放っておく。


『名前は…やっぱいい。

 別に興味なかったな、お互い。


 お前、そこまで演じるお前ほど悪いやつじゃないだろ。』


俯いたままだが、少し顔が暗くなった気がする。


『ま、別に答えは求めてない。

 そうならそれで、まんざらでもなさそうにしといてくれ。


 んで、私からしてみりゃぁだがな。

 んなお前があんなことをしたか、理由がなく見えるんだなぁ、これが。


 …親だな。

 継承がなんとかって話か?』


様子は変わらぬまま、私たちのおかしな空気は維持され続ける。


『別にこれも答えなくてもいい。

 ただ私は、自分の行動に責任を持てとだけ言いたいだけだ。


 親がなんだとか知らねぇけどな、私以外の狂ったやつなら、この状況でお前を殺しかねない。

 残念なことに、私ゃ察しがいいもんでな。

 ただ、全員がそうってわけじゃない。

 少なからず、お前らに負の念を抱いてるやつはいる。


 もう一度言おう。

 

 私は、お前をいつでも殺せる。』


依然として奴の態度は変わっていない。

変わってほしいわけでもない。


ただ、確実に変わりつつある。

言葉になんかできやしないが、互いに何かを感じている。


『つってもなぁ、むずいよな。

 それはわかる。


 ただなぁ…それを理由に他人に危害加えちゃあかんだろ。

 逃げ続けたって仕方ないだろ。』


『…仕方ないだろ。やらなきゃ俺がやられんだ。』


ごもっとも。

結局、最後に可愛いのは自分の身だ。

自覚がなくとも、体験したことはどんな文献よりも恐ろしい。


そして、何より醜い。


どんな態度を取って、どんな言葉をかければ─


『お前は…何を求めてるんだ。

 慰めの言葉?更生を促す施設?』


『…知らんな。』


『なんでも察して欲したがる彼女かよ、めんどくせぇな。』


とはいえ、こうなりゃもう一息でいい。


『じゃあ例えばだけどな、親に虐待され、日夜監視されてる子供がいるとしてだ。

 お前に助けてって懇願してきたら、お前はどうする?』


『…施設、とかに連れてく。』


『監視下にあるんだぞ?無理だろそりゃ。』


『…じゃあ警察に通報する。』


『んなこと言ったって、調査して証拠を集めたうえで…なんて時間がかかるだろう?

 その間も虐待されてるその子には、何て言うんだ?』


『…助けが来るから、それまで頑張れ、とか。』


『じゃ、お前も頑張れ。』


『は?んなことじゃ─


 …』


『わかったか?

 ならこれ以上嫌味を言う必要はないんだが。』


『…でも…』


『別にお前が悪いなんてことは言ってない。

 普通皆そんなもんだ。

 結局自分が恋しくて、他人にはそれ以上を期待する。』


互いに顔は見合わせていない。

だが、拳の握る音、歯の軋む音だけは、心を通じさせたように、広く暗い倉庫に二つ響いていた。


『ただ、お前はここまで言われ罵られても、口答えすらしない。

 正しさを図る思いが、感情を統制できている。


 そんなお前なら、きっと変われる。

 怒りの滲む話も、乗り越えられる。』


『…』


『どうだ。

 まだ親だなんていう言い訳を使いたいなら、私はもう知らん。』


『…よく、わからない。』


『ま、今はそうだな。それでいい。


 まぁ関係ない私から余計に言うなら、親はまだしも受け継ぐことがーとかっていうのは、特にお前次第だと思うがな。

 結局思想何て合うか合わないなんて人次第だしな。

 

 とはいえ今は少しずつ考えていきゃいい。』


私は高校生なんかに何を求めてるんだか。

…私も、意図せずにそちら側に立ってしまう。


『んじゃ、そろそろ帰るか。

 走るの早いんだろ。

 じゃ─』


立ち上がったところで、少し遊んでみたくなった。


『お前、名前は?』


こういうのも乙だろう。


『…


─ゴググググ


『ん?人少なくねぇか。』


『おじさん、あれだれー』


『…』


…気づかなかった。

私が?いや、そんなことはどうでもいい。


そういや、どこの奴らか聞いていなかったな。


『おじさんじゃねぇ、お兄さんと呼べ。』


『おじさん、あれだれー?』


『さあなぁ。聞いたら答えてくれるんじゃねぇの?』


(私の合図で真っすぐあっちだ。)


180cmくらいの髭や髪を汚く伸ばした中年の男。

まさしく面倒くさがりという言葉が似合う、そういう風貌。

腰には日本刀。久しぶりに見た。


その隣には150cmくらいの…二桁年齢あるかも怪しい子供。

武器は特にない。

その言動から、真に幼いのか、障害関係かわからない。

若さからは、無邪気ゆえの恐ろしさを感じる。

が、それ以上に子供を利用することへ怒りがこみ上げる。


『おーーい!そこのおにーーさーーん!

 だーれでーすかぁー!』


『響くからあんま叫ぶなよ…』


相手から視線を切らぬよう、片手で縄をほどきながら、片手で小さく出口を指す。

時間はかかれど、隠し玉はあったほうがいい。


『ねー!答えてくれないんだけどー!

 逃げようとしてるしー!』


『そうだなぁ、逃げられたら困るなぁ。』


『じゃあ早く走ってっ!』


『うえー、走ってる走ってるー』


未だ一度も会話なんてしていないが、距離は詰まり、思惑は交錯する。

こいつらとは殺り合わなければならない、なんとなくそんな気がする。


その真意に関係なく、少なくとも男の方はやり手だ。

タダでは帰れないだろう。


逃げも…私だけならまだしも、こいつもいるとなると時間が必要だ。


…やはり殺り合うしかなぁ。


『だから速くー!』


『あいあい─』


一見時間があるように見えるが、奴のポッケの中で何かが動くように見える。


(今っ)


出口に奴を投げながら、薬を一応飲んでおく。

間に合うかは別だが、それはそうと後々痛みがなくなるのは嬉しい。


『あっ!逃げてるよ!』


『あちゃー、こりゃ逃げられちまうなぁ。』


私もギリギリまでは逃げられることを祈ってそっちに行く。

とはいえこの距離何もなければ逃げれ─


─ピッ


出口のシャッターの部分から、瓦礫が墜ちてくる。

こいつ…舐めた態度だが、用意は周到らしい。


『…』


私もこいつも力を使ってはいるが、ギリ間に合わないな、こりゃ。

またも私だけならまだしも、下手したら撃たれかねん。


はー…たまには主人公ぶるかな。


『腹に力入れろよ。

 そんで振り返らず逃げろ。』


一気に最大まで加速、そのまま奴の背中を蹴り飛ばす。


『いだっ─』


華麗に加速し、そのまま吹き飛んでいった。

残念ながら、その醜い顔は瓦礫によって防がれた。


埃が晴れるまで少しだけ気を落ち着かせる。

さっき解いた縄、奥の手につけておけば、きっと役に立つ。


『おぁー…相変わらず凄いことするねー

 死んじゃったかな?』


『んま、ガキにここまでするのは大人げないけどな。

 というか残念だな、今回お前が学ぶことはなさそうだ。』


『えーどうせなら遊びたかったー』


『はいはい、帰ったら稽古な。』


『って言っていつもダラダラしてるじゃん!』


『あー…今日こそは…いや…明日…』


『いっつもそれじゃん!

 約束して!約束ー!』


『というか、人質殺しちまったなぁ…

 俺らボスから怒られちまうかなぁ。

 そうなったら、稽古どころじゃないなぁ。』


『えー!じゃあ今から何とかして!』


『いやいやあれに潰されちゃぁ助からないって。

 ほらぁ、このよさげなコート。遺品ってことで持って帰ろうぜ?

 おう、めっちゃ折りたためる。』


…こういうフラグ回収も、主人公の役目なのかね。

意味のないこと。

単に定義しようとし出来るものでも、だが決して存在しないものでもない。


そんなものについて語ることこそ無意味なのかもしれないが、少なくともこの世界においては案外そうでもない。

こんなことですら無駄にならない。


無駄と無意味は、明確な違いがある。

これについて語るのは…まぁ、無意味ではないが無駄なのでやめておこう。

これで理解できなのなら、きっと語ったとて理解できやしない。


…はぁ、意味のある事をする前には、このくらい無意味なことをやらないとやっていけない。

仕事というのは…本当に有意義で無駄だ。


           次回 第27話 ─因縁─


─────────────────────────

第26話 ─完敗─


意味は『完全に敗れてしまうこと』。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


ここでは、前書きみたいな独り言や、ちょっとした裏話だとか、そんな感じのことを適当に書いています。

興味がなければ読んでいただなくても結構です。


近年稀に見るペースで一話を書き終えてしまった…

何ならちょっと書きすぎて思うなったんで、減らしたくらいなんですけど。


いやー制限されたものが解き放たれた瞬間というのは…いい意味でも恐ろしいですわね。


まぁ、こんな計画性をなしにやってるせいで、色々と不都合が起きてるのはまた別のお話…

ほんと勘弁してよ…過去の俺君さぁ…


んまんま、とりあえず今は書き終わったからいっか。


…そうしてまたまた私は私に後悔させれられましたとさ。

皆、何をするにも、計画性は大事にね!

私との約束だぞ!


ここまで読んでいただきありがとうございました。

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