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周回少女  作者: i
第2章 ─上演─ <体育祭編>
25/25

第24話 ─素直─

前回のあらすじ


平和であることは、その時間、その場所、その関係が、これ以上ないほどに脆弱であるということである。


裏切り、誤解、食い違い。鈍感で過敏で、現実的で妄想的で。

それだけで崩れてしまう。


結局、積み上げてきたものも、どれだけ頑丈に積み上げたものも、終わることのない攻撃、つまるところエントロピー増大の法則には逆らえず、時の流れで崩れ朽ちてゆく。


…だからと言って争う選択肢を取るという者は、もういいだろう。

歴史がすべてを物語っている。


ならば我々は、この壊れゆく世界の中で、どんな選択肢を導くべきなのだろうか。


─共生。


人間が、人間性というあらゆる欲望のもとで占有し、身勝手に積み上げている環境などではなく、元ある形、言い換えるなら人間の生まれる前の世界。

それが、環境を守るなんざ綺麗ごとを言うより、何倍も効率がよく、何倍も建設的なプランである。


無論こんなものがまかり通るわけがない。

人間は生まれながらにして、持ち合わせた知能を盾に共存を否定し、占有を求める。

そして技術、知能共に発達していくこの未来において、変革が起きなければ、惑星としての寿命以前に、世界は崩壊することとなる。


我々は与えられた、この長いようで短い制限時間の中で、答えを導き出し、行わなければならない。


あぁ…語れば語るほど無理な話だ。

ひとつなぎの関係ですらできないのだから、世界規模でできるわけもない。

─────────────────────────


作品を開いていただきありがとうございます。iです。


前書きの前(?)に、私は前書きや後書きで無駄におしゃべりしてたりするので、前の話から見たほうがいいかもしれないです。


おひさしゅうございます。ほんとに。


いやー言い訳ならいくらでも出てくるんですけね、いかんせん忙しいもんで。

今話だって、忙しい中チマチマ書いて、ここ二日で仕上げましたからね。

馬鹿みたいなスケジュールですよほんと。


なんか仕事は来年のことをもうやり始めたりで多忙化して、さらに資格のためにも勉強時間確保しなくちゃいけないとか…普通に死ぬ。


そんなこんなで一時期ガチ病みで仕事も休みつつ、ほどほどに余裕ができた今日この頃です。


しばらくはガツガツ書けると思うので、お見逃しなく!


…って言えるほどペースは速くなれないと思います…

今回だって短くするっつって1万3千字ですからね…

いやー書きたいことが多すぎてさー!


…ごゆっくりどうぞ…

はてさて、世界は気づけば数十分後。

未だ止まらぬこいつをここに留めておいて、世界は私に何をしたいのだろうか。


(なぁ、こいつはいつ止まるんだよ…まじで。)


(んなこと私に聞かれてもねぇー…

落ち着けるかなって飲み物買いに行こうとした時だって、ずっとしゃべってたし…


あでもね、なんか話してる時だけマルチタスクがすごい出来るみたい。

私もさっき転びそうなとき助けてもらったし。

まぁ…その時もずっと話してたんだけどさ…)


自分の中でまったく別のことで合致がいき、目の前にそいつらがいることに恥ずかしさをこらえる。


そのくせ、目の前にいるのに一切理解できないその片割れに、妙な興味のようなものが湧いてきた。

恥ずかしさを紛らわせるための雑念か、はたまた未熟さが招いた現状に思いをはせているのか、自分でもよくわからない。


(とはいえそろそろ私も次の競技あるから行きたいんだけど…終わる気配ないよな。)


(なんでよ?一人で行けばいいじゃない。

次の競技なんだっけ?)


(二人三脚。さすがに皆ペア組んでる中で、私だけ一人なのは目立つから避けたい。)


(もう無理そうだし、代わりに私が出てあげようかー?

そうすればきっと勝てるだろうし!

それに大丈夫、私合わせるのは得意だから!)


(もはや言うまでもないだろ?嫌だね。

というか、普通に替え玉で失格だろ。)


(どーせこの学校なら許してくれるでしょ。そっちの方が面白いし。)


(どちらにせよやらねぇよ。)


(こんな機会を逃すなんてもったいないわねぇー…

ま、流石にそろそろ行ってもらおうかな。まだ終わってないファンサもしなくちゃいけないし。)



─そうだな。


(…)


(どうした。私のためにもさっさと行ってくれよ。)


(いやあのさ、今更だけどなんで私ってファンサ始めたんだっけ?

なんかあの日の成り行きですることになったのは覚えてるんだけどさ。)


(…)


私は忘れていたなんてことはない。今回ばかりは本当だ。

…いや、私は嘘なんてついたことはないんだけど。


にしても嫌なことに目をつける。


(んー…なんでだっけな?)


普段なら可愛らしい考えるそぶりでもするのだろうが、素のこいつは虚空を見つめている。

いつになく真剣なこいつの考える様子は、新鮮さを感じると同時に、どことない恐ろしさのようなものを感じる。


(んー…あー、ん?あー、ふっ。)


突如ニヤニヤしだすこいつに、この世界では少なくとも私しか恐ろしさを感じないことが非常に悔やまれるが、私の世界はそれ以上のことに苛まれそうな気がする。


『ねーねーはくー?

 私ってなんでファンサしてるんだっけー?』


ほれみたことか。

わざわざでけぇ声で話すせいで、周りのファンも聞き耳立ててやがる。


これほどに他人の頭がいいことを恨んだのは始めてだ。


『はてなんでだったかなぁ。

 んじゃ、私は競技あるから─』


『どこ行くのー?ねーねー答えてよー

 はくなら覚えてるんじゃなーい?』


『だまれ、私は覚えとらん。』


『たしかー?私がファンサすればー?付き合ってくれるって話じゃなかったけー?』


固唾を飲んでいたファンたちの視線が一層鋭くなる。

というか、誰かに殺されそうな気がする。

そのくらいの影響量を持つとわかっていたうえで、過去の私はなんてことを言ってしまったのだろう。


『んなこと言った記憶はない、ありもしない噂ばらまくな。

 私はもう行く。』


古波蔵が話し始めてから固まってる仁南を引っ張り、そそくさと逃げる。

あぁ…戻ってきた時が恐ろしいな…





私は今…15年間の人生においてはじめて、衝撃で体が動かないということを経験した。

いやまあ確かに、別におかしくはないんだけどさ?ウン。

知ってましたし?狛枝君からしか聞いてなかったから、お相手さんにもわざわざいわれて衝撃を受けたわけじゃないですし?ウン。


…あの二人って普段からあんな感じなのかな。


スカーレットさんとも何か話してたし…

あの時さ、狛枝君…か、壁ドンしてなかった…⁉


はぁ…

別に嫉妬してるわけじゃない。

それに私はあの二人と競争できるほどじゃない。


スカーレットさんとの密会?も見ちゃったことについても、私からはなんも触れられそうにないし。

結局私は狂ったふりをして、柄にもなく自分語りを続けることしかできなかっし。


あぁ…私は何がしたいんだろうなぁ。


『おい、そろそろ自分で歩け。』


『うあ、ご、ごめんね。』


『んま、あんだけ話したら、そら疲れるわな。

 これ、飲むか?』


『う、うぇ⁉え⁉いや、え⁉』


手渡された水いんざペットボトル…!

しかも飲みかけ‼


スカーレットさんへの壁ドンと言い、もしかして狛枝君って…た、(たら)し…?

アイドル二人に飽き足らず、一般人である私にまで…⁉


こ、これは受け取っていいものなのか…?

別に誑されたいわけではないのだが、受け取りたいという気持ちも捨てがたい…

いや別に下心とかはなくてですね⁉単に好意として受け取るだけであって⁉

べべ、別にそんな飲みかけが欲しいとかじゃないから⁉


『ん?いらねぇか?』


私は…どうすれば…!


『まぁ、別にそれはそれでどうせ古波蔵とかにやるからいんだけど。』


『ちょ…!も、もらうよ。もらうもらう!』


『お、おぉ…ならいいけど。』


流石にこれ以上遅れを取るわけには…!


って、私は何してんだ…

こんなくだらない、勝ち目のない戦いに見栄を張って。


とはいえ受け取ったものは消費しなければ無作法だろう。

わ、私は…今日新たな一歩を…


『…』


だめだー!こんな方法で先を越すのはどうかと思うし…

そして何より…陰キャの私にはそんな度胸はない…!


『…やっぱいらないならもらうぞ?

 無理して今飲まなくていいしな。』


『いやいや!今飲むから!今飲もうとしてたから!』


と言っても…もう飲むしかない…

えぇい、ままよ!どうとでもなれ!


『げほっ、げほっ…』


どんな水であっても、逆流したものが鼻にまで入ると痛い…


『そんな急いで飲むからだろ…

 今から競技が心配になるわ。』


笑って流してくれているが、私は恥ずかしすぎてそれどころではない。


そ、その…初めての味?っていうのは…急いで飲み過ぎてよくわからなった。

実にバカバカしいが、まぁ恥ずかしさを鑑みればよかったのかもしれない。


ふぁあー…やばいやばいほんとに飲んじゃった…

別に何か起きるわけじゃないけどさー

うわやば心臓やばい…


ふーはー…落ち着けー…

そう、今は体育祭で、二人三脚で、狛枝君だ。


…きゃー恥ずかしー!…





静かになったはずの仁南は、渡した水を飲むか飲まぬかの葛藤の後、なぜだか静かに暴れている。


あのアイドル連中含め、若いのが考えてることは本当にわからん。

素の古波蔵ならまだ分かり合えるところもあるのだが、常にそうあってくれるわけもない。


あいつはあくまでアイドルのこいしであって、私の知る古波蔵ではない。


…まいったね。


んま、とりあえずは戦いだ。

戦であり争いであり、無益であり徒労である。

目的地までの道のりは案外難しい方が面白かったりするが、目的地がそれに勝るとは限らない。

はは、私にとって目的地が勝ったことがあったかな。


『ほら、いい加減落ち着け。』


軽ーく叩くように声をかけると、いつも通りビビっているのを見るのは、どことなく安心できつつ拭えぬ母性を芽生えさせる。


…気がする。

私に母性何て最も似合わないものが芽生えるとはとても思えない。


(ね、ねぇ、あの人ってさ…)


『なーに小声で話してんだ。

 あの前に私のことをぶんなぐってきた奴と、その隣にいてついさっきの徒競走で足掛けしてきた奴がいたって、小声で話す必要はないだろ。』


(ちょちょちょ!ほんとに聞こえちゃうから…!)


(てかあいつらも出るんだなぁ…

…先謝っとくわ、絶対なんか起きる。)


(まぁ狛枝君と関わってる時点で、何か起きるのは明白だからねー…)


(嫌なら関わり切ってくれたって私はいいんだけどな?

無理して関わるほどの間柄は勘弁だな。)


(別に無理してるわけじゃないんだけどさ、狛枝君以外の人と関わりあるわけじゃないしなぁ…)


(まぁ、お世辞にもお前は万人と仲良しこよし出来るタイプじゃないしな。


ただ…なんだ?あんな薬一つでこんだけ、自分の好きなこと情熱的に語れるんだ。

気ぃ合う奴見つけりゃぁ、人生の居場所になる。

いつ見るかはわかんねぇけど、探し続けなきゃ見つかんねぇからな。

色々関わってみるといい。)


いつ聞いても恥ずかしくなるような文言だが、たまにはいいだろう。

思い付いてしまったのだからな、仕方ない。


(ふふ、本人の前でもお世辞言わないのも狛枝君っぽいね。

好きだよ、そういうところ。)


(おおぅ、そうか。

…あぁ。)


突然そんなことをいわれて、少し呆気に取られていた。

いや、珍しく自我を出した、出せるようになった仁南に、気持ちながらも感動を覚えたのかもしれない。


『なにいってんだか。

 そういうことは意中の相手にでも言ってろ。』


『ふふ、そうだね。そうするよ。』


…あぁ、本当に若いのが考えてることはわからない。






案の定というか予想通りというか。


グラウンドに立つ私たち。

男女ペアだと音を立てる外野。

また一人で騒ぐ古波蔵。

そして隣にある、例の男とそのペア。


その何もかもが予想通りで、その何もかもが避けられぬもとだとわかってしまえば、俄然抵抗する気もなくなるというものだ。


『仁南ぁ、なんでこんなことになっちまったんだろうなぁ…』


『いいじゃん、人生目立てるときに目立っとかないと損でしょ?

 私なんか一生目立つ予定ないんだから、なんやかんやで今ちょっと楽しんでるし。』


『お前いつからそんなメンタル強くなったんだよ…

 多分お前もなんか狙われたりするぞ?』


『狛枝君としばらく一緒にいればそこそこ慣れちゃうよね、はは。

 攻撃されるのはまったく笑えないけど…』


『だよなぁ…』


どれだけ嘆息をしたって結局変わらない。

出来ることといえば、その被害者を減らすことだけ。


『…今からでも棄権するか?』


『さすがに今からは無理じゃないかな…もう入場まで秒だよ?

 …したいけどさ。』


『ならしゃーねーよな、たまには私も頑張るかぁ。』


『お、なろう系主人公みたいだねぇー』


『…まぁ、そうだな。

 半分くらい正解なのかもしれない。』


意図せずというところに目をつむれば、だが。

まぁ他者から見れば見分けはつかないのだろう。

別に構わないが、やはり私は私が一番嫌いだ。





『さぁ続いて第三走者!本日二度目の出場!

 先ほどは何とも恥ずかしい姿を晒した狛枝珀!

 今度こそ男らしいところを見せられるかというところ!

 だが、だがこの男!

 そう、だがしかしこの男!会場には別の女子生徒を連れて登場!


 どういうことか小一時間問い詰めたいところですが、今は競技に集中してもらいましょう!

 二人の活躍にも期待です!


 続いて─』


『なんで俺ってここまで嫌われてるんだろうな。』


せっせと紐を結ぶ横目に聞こえるアナウンスには、なんとも私怨がこもっている。

…まぁ、アナウンスへの歓声しか聞こえないここでは、もはやアナウンサーの私怨は世論と言ってもいいのかもしれない。


『何を今更…』


『んま、それもそうだな。』


『こっちも今更かもしれないけどさ、なんか作戦とかってあったりするの?』


『んー…ないな、微塵も考えてなかった。』


『うわぁ…無責任…』


『失礼だな。

 それに、どうせ練習通りにやりゃあ、そこそこの順位は取れるだろ。』


『それは狛枝君だからでしょ…

 私なんて練習通りに出来た試しがないんだけど…』


『んじゃ、今日が初体験だな。』


『そんなうまく行くかなぁ…』


依頼主からの不安混じりの以来。

まさしくいつぶりかと言う感覚に、変な苛立ちが合わさって、自然と口が話す。


『安心しなよ、私は─


 …いや、なんでもない。

 私たちならなんとかなるさ。』


口から滑りかけた言葉は、またいつかの機会にしよう。


『いちについてー、よーい─』


そこまでしか聞こえない会場では、煙のみが我々の命綱となる。


『せーのっ…』


安直な薄っぺらい掛け声だが、その裏にある心と体が感覚的に共鳴し、一歩を進める。


次の一歩を。

次の一歩。

次の。

次。


気付けばいつかのペースはなくなり、ただ意味もなく焦る仁南に合わせることしか必要なくなった。

もはや私は走っていない。


『あっ…ご、ごめん…!無理に早くして…!』


無理に空中でと待った仁南の足を、無理矢理引っ張るように、二歩目を踏み出す。


『大丈夫だっ…今はそのままで良い…!

 変にペース落としたりするな…!』


『うん…!』


走りながら激しく頷くと、心もペースも落ち着いたようで、残念なことに私はもうお役御免らしい。



…いける…!いける…!いける!


練習の成果は微塵も出てないし、狛枝君にも迷惑かけっぱなしだけど…!それでも…!


このままいけば…!


焦らず、いつも無意識で歩くように、考えすぎずにしっかり踏み出す…!

あとはきっと狛枝君がなんとかしてくれる…!


最悪な考え方だけど、それもあと少しだけ…!


『えっ、』


横からの衝撃。

軽い重力のような重さに、人生ではじめて思わず声が漏れた。


不思議な浮遊感とともに、地面にはなぜだか着かなかった。


『えちょ、狛枝くん?』


空は青く、背中は少し暖かい。

下にいる狛枝君を見て、ようやく回転したことに気がついた。


『あいつら、ついには石を、それもそこそこでかいやつ。

 下手すりゃ当たって死ぬけどなぁ。』


何を言っているのかよくわからない。

ただただ芝生と狛枝君を感じ、胸がぽっかり空いたような、埋め尽くされたような感覚になる。


『ってわけで、さっさとゴールして逃げるぞ。

 とりあえず立ってくれ。』


あ、芝生の匂いのなかに狛枝君の匂い…

いい匂い…


なにやら私たちは仲良く仰向けで寝そべってるらしい。


『おい、立て。

 どっちも仰向けだから足絡まって痛ぇんだ、ぞっ!』


『ひゃあぅ!?』


体が熱くなり、脳が膨らみ痛むような感覚を感じる。

くすぐられるように触られた横腹の感覚と異なり、思考の感覚はどんどん遠くなる。


『もういい、頼むからじっとしててくれよ。』


『えっ、え。』


そのまま持ち上げられると、狛枝君が起き上がるのに合わせて体が勝手に動かされる。

一度後ろへ下がり、つけた勢いでそのまま起き上がる。

そんなことでさえ、狛枝君に支えられたまま立たされてから、ようやくわかった。


『やっぱ普通の芝生だとそれなりに抜けてるよな。』


平和なことを言っているが、その眼差しの先はとても平穏とは言えない。


『お前は自分だけ守っとけよ。』


疑問符すら発する間もなく、またも持ち上げられ…

というか、だっこされてない⁉エ⁉ナニコレ⁉


っていうか、ちょっと⁉落ちる落ちる!


『おま…ちょ…暴れ…』


あ、思ったより安定してた…恥ずかし…


『…狛枝君大丈夫…ですか…?』


『敬語じゃなくていい。

 

 …とりあえず腕を回すにしても、顔意外にしてくれ。』


『あっ、ごめん…』


腕を離そうとしたら、再び世界が揺れて、焦って何かを掴もうとする。


『あんまのんびりできないんだから、さっさと頼むぜぇ?』


『う…ごめん…』


『たぶんそっちから石飛んでくる。

 大体は私が避けるけど、たぶん全部は無理。死んだらごめん。』


『え、ちょ、それはさすがに頑張って⁉』


返事はなかった。すでに近くて遠いゴールへ駆け出している。

揺れる世界は特別な感覚で、乗り物酔いにも近しいものを感じる。


う…気持ちわる…

と、遠くの風景を見なきゃ…ん?なんか来て…


『ひょあぁ⁉』


飛んできたものと、再び叩きつけられたように動く視界に、思わず出る声人生二回目更新。


『ちょっと狛枝ぐあぁぁー⁉』


一瞬見えた、また飛んでくる石を避けたのだろうが…私には負荷が大きすぎる…


あ…また揺れて…揺れて揺れて揺れて…

ちょっ、とまって…ほんとに気持つ悪い…あ、い意識がぁ…

あ、頭の何かが薄くなって─



あいつら…どんだけ石投げ好きなんだよ…


本来この距離なら、余裕でブチ抜けられるのだが…

この抱えし少女が見事なまでな重荷となり、さらには当たらないようにする配慮までしなくちゃいけないと来たら…

思考する量が格段に増えるだけでなく、あまり試行回数を稼ぐわけにもいかない。

今の私なら…ミスってこいつに当てかねない。


ていうかこいつ…なんかすごい寄りかかってくるんだけど…?

なに?気ぃ失ってんの?まじぃ…?

暴れないんなら楽になるからいいんだけどさぁ…


ある程度仁南を気にしなくていいなら、次はあいつらをどうするかだ。

このままチマチマ進んでってもいいが…ここは一芸披露してみようか。


とはいえ、ゆっくり行こうか。



んあぁ…なんか…心地よい揺れ…眠気が…

そして風を切る独特な音…


ここはどこだろう…


『…』


あ、そういえば…過酷な世界を生きてたなぁ…私。


少し前を向けば、恐ろしい風切り音を立てて飛来物がやってくる。

恐ろしい…そう、恐ろしくはあるのだが、それにすら目が慣れてしまっていることのほうが恐ろしいのかもしれない…


『んあ?起きたか。』


『えっと…ひょ⁉

 …これは…私はどうしたらいいの…?』


『大人しくしてればなんでもいいさ。

 運がいいもんでな、一応まだお前に当たってないから、気を付けとけ。』


『…というかさ、そんな正面向いてるのによく避けられてるね?

 後ろに目でもついてる?』


『なんでだろなぁ…勘?』


『私の安全って、あなたの勘次第なの…?』


そんな軽々しく言っているが、今だってなんとも見事に避けている。

左に右にひらりひらり。

遠心力でやせ細った私の体は簡単に回るもので…まるで素早い社交ダンスのような、本当に足が繋がれているのかすらわからない。

そんな中で、クルっと一回転してみれば、うっ…私の酔いがよく回る…


『あ!み右に来てる!』


世界が右に流れる中で、予測されたような飛来物。

声を発した時には、すでに切り返されていた。


『えうそ。』


体はさらに切り返されてしまい、世界は半回転。


狛枝君が振り返ったおかげでゴールが見えた。

あれ、気を失う前とあんま変わってない…?


『─』


『えっ─』


何かが弾けるように目に入り込んだもの。

美しい鮮血。揺れる髪。他のすべてが混じった何か。

頭は真っ白で、ただただその情景を見ることすらできない。


『…まぁそりゃ、お前から見て右ってことだもんなぁ。』


『だ大丈夫⁉ちょっとま、まって‼』


覗き込んだら逸らされたが、その顔からはすでに黒くなりつつある鮮血が、しとどに流れている。

勝手に手が緩み、胸の底から何かが浮き上がるような感覚を巻き起こす。

今すぐだったら…


『やめろ。』


『あだっ。』


優しくチョップされてしまった。痛い。

そして再び、右へ左へ。再び世界が揺れ始める。


『それはなしだ。』


『でっでも…!ちゃんと血もでてるよ⁉』


こうしてゴールを見ていると、いかに牛歩かどうかがわかる。

そんな中でされる半回転にも、少しだけ慣れてきた。

う…やっぱ気持ち悪いかも…


『やるとしてもあとでいい。ちと痛いだけだ。

 それに…』


『いやでも悪化したりしたら─』


無理だとわかっても説得しようとしたが、突然世界が止まる。

本来はこの状態なのだが、あれだけ動き回ってから突然止まられると、いろいろ困る。


『ちょ、突然止まらない─』


と思ったら、片手で抱えられると同時の、唐突な斜め後方への浮遊感。

声を発する間もなく、続き続きで世界が墜ちる。

その衝撃が伝わる間もなく、狛枝君を支点に体が回る。

最中で、何か大きな影が見えた。


『ふぅ、読み勝ちだな。』


おそらく一周したであろう頃の地面には二人。

遠くてはっきりは見えてないが、おそらくあの投げてきていたやつら。

未だにどうやってここまで一瞬で追いついているのかはわからないが、彼らが見事なまでに正面から転んでいるのかもわからない。


『ほい、んじゃ改めて。自分で立ってくれ?仁南。』


『色々説明してもらいたいけど…ひとまずゴールしようか…』


もはや練習の意味があったかのかすら疑問だが、おかげでゴールにはそれから一瞬で着いた。


そして打ち合わせをしたわけでもなく、私たちは紐すら取らずに大自然へと身を委ねた。


『うー…動けない…疲れたー…』


一度この芝生と空気に包まれてしまえば、誰であって脱出は困難である…


『ちょお前!じゃまだろ!俺の足が抜けねぇんだって!』


『それはお前の足が俺のに絡んでるからだろ!』


あぁ…あんなのに妨害されてこんなに疲れるなんて…


『あぁー…久々に疲れたしくそ痛ぇし…』


『狛枝君…とりあえずお疲れ様の前に…頭…大丈夫…』


『石投げられて血ぃ止まんねぇけど、医療関係者のお前からして、大丈夫ぶだと思うか…?』


『いや…全く…』


『んじゃ…それが答えだ…』


お互い疲れすぎてろくでもない会話しかできないが…今はそのくらいのほうが心地良い。


『とりあえず…ちょっと休んで保健室にでも行くかな…』


『絶対…すぐ行った方がいいと思うんだけど…』


『…じゃあお前、自分が私を運んで行けると思うか?』


『…無理だね…』


『よし、休もう…』


『だね…』


『…』


『…』


『いい天気だねぇー…』


『だなー…』


『いろいろ気になるところはあるんだけどさ、最後のあれは何が起きてたの?』


『あーあれな。

 

 ちょーざっくり言うと、どうせまた足引っ掛けに来るだろって思ってたから、それっぽく時間稼いで、きそうだなってタイミングで逆に足引っ掛けてやった。』


『見ずに飛んでくる石避けてたし、足掛けのタイミングは完璧だし…

 なんなのよあなた…』


『ちょっとの技術と、あとは歴戦の勘とでも言っておこうか。

 途中でまったく石が飛んでこないタイミングあったろ?』


『あった?って言ってもほんの一瞬、気持ち少なめだったってだけだったけどね?』


『そこで、「これは…来る!」って思って、自分のいたところに足掛けしただけ。

 たったそれだけ。』


『もうやだこの化け物。

 たったの基準おかしすぎる。』


『なろうと思えば誰だってなれるだろうよ、このくらい。』


『もしなれるとしても、なりたいとは思わないけどね…よっと。』


『もう動くの…?早くね…?』


『まぁ私最初の方しか動いてないし…』


『とはいえ酔っただろ、あれ。』


『そりゃ気絶するくらいにはね…

 まさかここまで酔いに弱いとは思わなかったよ…

 

 まぁ最後にはちょっと慣れたけどさ。』


『そりゃよかった。

 なら今後襲われてもあれで逃げられるな。』


『勘弁してね…?』


『ならちょっと待ってくれ、まだ休みてぇわ。』


『それはもちろんいいんだけど─』


ふとゴールのほうを見る。

あのもがいている人たち以外も、案外行き詰まっていたり転んでいたり。


そして、その人たちの前でそれを見つめる私。



『…どうだ、努力が報われた気分は。』


『…慣れないね。

 それにすごい気持ち悪いよ。』


『まぁ初めはなんだってそんなもんだわな。』


『ただ…』


『…?』


『すっごい気分がいい…』


涙を抱えた輝かしい笑顔に対して湧き出るのは、再びの保護者のような母性。

我々は未来永劫にわたってこれを守らねばならない。

…あぁ、なにかを思い出せた気がする。


『よし、なら大収穫だな。

 そろそろ行くか、血も止まったしな。』


体を揺らす余力すらない…大人しく腕をついて起き上がる。


顔を上げ、体を上げ、足を上げようと、止まる。

あー…人工物は…自然と比べるとこうも醜いのだな…


『本当に大丈夫?

 か、肩とか貸した方がいい…?』


『まぁ…多分大丈─』


『え、ちょ─』


意図してないが、この青空がまた見れてよかった。

…そういえば、紐すら取ってなかったなぁ…


『─悪い…肩を貸してくれ…』



体育祭と言えど、医務室には誰もいない。

担当教員とか職員とか、そういうのはないのだろうか。


『多分ここなら使っていいんじゃないかな…?

 怒られたらごめんね。』


『もう2回も呼び出されてるし、そろそろやばいんじゃないかなぁ…』


苦し紛れの冗談すらも、今では笑えなくなってしまった。


『んじゃ、私ゃ寝るわ。もう出番は終わりだしな。

 終わったら起こしてくれ、起こさなくてもいいけど。』


寝っ転がったベッドは冷たき何かのようで、人の温かさだけが、それをベッドたらしめている。


『え、ドッジボールでないの?』


『なんじゃそりゃ。私聞いてないぞ。』


『プログラムに書いてあったけど…ほら、全員出場だよ。』


見るのすら懐かしい、有志で書かれた表紙のプログラム。


『マジぃ…?

 ─マジだなぁ…』


明らかに一波乱起こりそうというか、無事で帰れる気がしないというか。


『まぁ二人三脚であれならちょっと恐ろしいよね…』


『んーま、とりあえずそれまではここでのんびりしとくかな。

 古波蔵もいないわけだし。』


『こいしちゃん…あなたがいなくてじっとしてられるかなぁ…』


『そういわれると、ここも時間の問題そうだな。』


『本当に安全地帯なんてないのかもね…』


『だなー』


『…』


『…』


朝のこともあるのだろう。会話の中に紛れるどことない気まずさは、やがて牙を剥き、同じ形なきものに姿を変えながら、同じ形なきものに噛みついていく。


『…体は、大丈夫?』


『あぁ、相変わらずの手際の良さで助かった。

 こりゃ、将来有望で仕方ねぇな。』


『お世辞はやめてよ…

 実際、狛枝君の傷だってないせてないわけだし…』


『つってもなぁ…私のは例外もいいところだからな。

 

 それに、いつの時代だって不治の病ってもんはあるんだ。今焦ったって仕方ない。

 いつか治療法が開発されるかもしれねぇし、なんならお前が将来見つければいい話だ。』


なんて、他人の存在意義を勝手に決めつけるべきではないな。


『将来、かぁ…』


なにやら感慨深そうに考え事をしている。


『一回遠い将来を想像すんだよ。

 そこででっけぇ、絶対に今じゃ叶えられないような目標を見つけんだ。

 そっからはそれに向かって、近い将来の妄想をして、小さい目標を達成してく。

 そうしてりゃぁ、いつしかそのでっけぇ目標だって叶えられる。


 そっからはまた遠い未来を見る。その繰り返し。

 人生の努力なんて、全部こんなもんさ。』


『…』


無視をされてはいるが、しっかり聞かれている。

普段なら気にもなるが、今ではそれほどまでに真剣に聞かれると、戸惑うほどである。


『きれいごとだって、夢物語だってなんだっていい。

 最終目的は叶えにくければ叶えにくいほどいいからな。


 そういう人生の支柱がしっかりしてる奴ほど、人間として強いんだから。』


『人生の支柱かぁ…』


今更になって、こんなキザに教えを説くことに恥ずかしさのような気分の高鳴りを感じつつ、もう後には引けないと、最後まで出し切る。


『時間があるときにでもじっくり考えてみるといい。

 こうだらだらとスマホをいじれるほど、暇な世界なのだから。』


『暇な世界ってどこかで聞いたことあるね。

 なんだかはもう忘れちゃったけどさ。』


あぁそうだ、結局私の話は、偽りの受け売りばかり。

自分の言葉なんて、いつから見失ってしまったのだろう。


『じゃあ…』


神妙な面持ちで立ち上がり、隠すように背ける中で見えた、装った平常。

ここまで裏が見えてしまうとなると、もはやそうでない方が人生は豊かなのかもしれない。


『私、狛枝君を完治させるよ。

 それが今の、私の一生の夢。』


やはり普通を装い、焦りのような妙な自信が見え隠れする。


『なら、目標は大量に必要だな。』


そこだけは、私も同じなのかもしれない。



『それと私、』


そう、私にはまだまだ伝えたいことが。

詰まる喉を壊すように…押し出せ、押し出せ。



『はくー!だいじょーーぶ⁉』


『…』


『…』


せっかくの、青春っぽさもありながらも、かっこよかった雰囲気が崩される。


『あ、仁南ちゃんもいたんだ!

 大丈夫⁉』


『続けていいぞ、仁南。』


『え、流石に無理じゃないかな…』


『んふふー。私を無視しようとしたはくは、あとで小一時間問い詰めるとして。

 本当に二人は大丈夫?』


『私は本当に何も…

 どっちかといえば、狛枝君だけだよね。心配になるのは。』


『そうだけどさ!はくと一緒にいるとすーぐ二次災害が起こるからさぁー

 やっぱり心配になっちゃって。』


『人を疫病神扱いしやがって…』


『実際そうでしょうよー⁉

 私にも散々迷惑かけてー』


『それは本当に悪かった。』


『ふふー!ちゃんと謝れてえらいですねぇー

 ご褒美に、私とイチャイチャする権利をあげちゃう!』


『うお、罰ゲームじゃねぇか。

 こっち来んな。』


『はーい⁉誰に向かってそんなこと言ってるか、今思い知らせてやるんだから!


 せーい!』


突如現れたかと思えば、もうベッドに飛び乗っている。


あぁ、やっぱり…かなわない、かな。


きっと今回もそう思ってしまえば簡単なのだろうし、これまでもそうしてきた。

何一つ苦労ない人生なのがいい証拠だ。


『あ、私次の競技あるし、先戻っておくね。』


『おい仁南…こいつも連れてってくれ…』


『だーめ!それならはくも付いて来てもらうからね!』


『だ、そうです…では、お大事に…』


『なんで医務室で怪我が増えるんだよ…』


その言葉を最後に、私も外に出て、声も聞こえなくなってしまった。


逃げた…のかもしれない。

でもいつか、そんな小さな目標が私の中で激しく燃えている…気がした。



『なんとも酷なことをするんだな。』


ベッドの上でそれっぽく取っ組み合ってから、二人で去っていくのを眺めた。


『んー?何の話ー?』


『もうそのキャラもいいだろ。

 なんでわざわざ仁南の言葉さえぎってまで、あのタイミングで入ってきたんだよ。』


『やっぱわかる?気配的な?』


『そんな感じだ。盗み聞ぎされていい気になるやつはいねぇよ。』


『それを言うなら、はくだって中々酷いことしてると思うけどね。』


『なんのことだ?』


『思い当たりない時点でだねぇ。

 仁南ちゃんが救われないよ、ほんと。』


『何の話だよ、まじで。』


『ま、あれ見た感じ、思ったより元気そうでよかったけど。

 あなたもがんばりなさいよー?そろそろくどい。』


『あぁ、この話をしても意味はなさそうだな。

 ってことで本題だ。


 お前、最近まであんな距離置いてたくせに、なんで今日になっていきなり手のひら返してんだ。

 意味が分からん。』


『結局一つ目の答えとも重なるけどさ、私も負けたくないし。

 張り合いがなくっちゃ、やる気も失せちゃうでしょ?』


しばしこの空間は、人を素直にし、正直でなくする。

目に見える争いほど、平和なものはない。

誰しも見えぬものに恐怖するとかそういう話ではなく、存在するかもしれない未来を想像している方が、よっぽど残酷な世の中だ。

それが国家間、民族間、個人間で疑惑を掛け合うなんて、悲劇もいいところだ。


むしろ、世界中戦争をしているなら、誰も信用できない世界ならば、そちらの方が平和と言えるかもしれない。


…自身の悪い話をしてもいいことはないな。

誰もわからぬ話をしても仕方ない。君たちはどうだい?


前の話をしようか。


結局個人間ですら、人間性がとか倫理がとか。

感情や多くの非合理的、非効率的な概念たち、要するに人間のエゴや個人の欲求によって、それらが争いの火種となる。


すべて正しい判断をすればいだけなのに。

すべて合理的な選択をすればいいだけなのに。

感情なんてない方が幸せなのに。


こんなことを言っていると、人間らしい生き方なんて説かれそうだ。


…あぁ、人間性。

人間ではない私からすると、とても耳障りな言葉だ。


           次回 第25話 ─戦争─


─────────────────────────

第24話 ─素直─


意味は『性格や態度にひねくれたところがなく,あえて人に逆らったりしないさま』。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


ここでは、前書きみたいな独り言や、ちょっとした裏話だとか、そんな感じのことを適当に書いています。

興味がなければ読んでいただなくても結構です。


今回は久しぶりということで、本編の内容はもちろんのこと、技巧も少しばかり凝らせていただきました。


伏線とかはいつも通り結構いろんなところにあるんですけど、今回はそれ以外にも色々頑張って考えましてね…


例えば、本編最後の「人を素直にし、正直でなくする。」。

一見似てる素直と正直ですが、素直は上記の通りで、要するに従順、聞かれたことにちゃんと答えるみたいな感じですね。

じゃあ正直は何なのかというと、「うそやごまかしのないこと。」ですね。


何が言いたいのかというとですね、素直は問題に対して正しく答えるけど、正直は別解とかまで答える、みたいに捉えてください。

じゃあこれを本編に当てはめるとー…?

ってすると噛めば噛むほど味の出る駄菓子みたいに、より一層楽しめるわけです。


一見流しちゃいそうな文章とか、なんとなく理解できそうな文章ほど仕込まれてるはずなので、正誤はいいとして、自分なりに解釈を深めて当てはまて読んでみると、さらに楽しいと思います!


っていうのを意識して作品づくりしてるんで、是非今後ともじっくり読みながら、ノロノロ投稿を待っててください。


ここまで読んでいただきありがとうございました。

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