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周回少女  作者: i
第2章 ─上演─ <体育祭編>
24/24

第23話 ─小戦─

前回のあらすじ


第一の催しが始まったとて、何が起きたって、この場所の私だけは変わらない。変わる必要もない。


やはり催し内での醍醐味というのは…単なる行事だの遊戯だの、そういう実働することだけではなく、形にならぬただならぬ、非日常な雰囲気も含まれると思う。

形なきものを言語化するというのは、これまた骨の折れる嗜好だが、それもまた一興。

ま、それすらも楽しいと感じるのとはまた別の話だ。


さあ、話を戻そう。

蛇足もコミュニケーションの一つの面白みだとは思うが、すべての人…いや、多くの人は好き好むものでもない。私のような変わり者もいるのだ。それを寛容に受け入れるのも、君たちの大好きな’’多様性’’というものだ。


さぁ、話を戻そう。

いつだって軌道を修正するのは、重要だ。

実家のような安心感、なんていう言葉があるほどなもんで、日ごろから過ごしている場所は何かと良い。

精神面、地理的知識面、装備の充実面、実用面─

挙げればきりがないだろうが、新天地よりはこれまでの生活を維持している方が楽であるうえ、わざわざ挑戦して安定する場所に帰ってくるのは面倒だ。


さあ、いい加減話を戻そう。

いい加減というのは、さっさと戻すのような意味で使ってはいるが、実際は丁度よい塩梅というのが本来の意味であろう。

近年ではこういった本来の意味と異なった意味や読み方が、正しいものになっている。

大きな規模な話で言えば「言葉」だろうが、個人個人の領域で言えば、互いに気にせず気づかぬ関係故、ある意味では他人への認識が、これと合致しているといえるのではないのだろうか。



さて、そろそろ興味が苛立ちへと変わったころではなかろうか。


本来の話はまたいつかしよう。


とはいえ、私はあまり無意味なことをしたがる性分ではない。

すべてに意味を求める必要はない。

ただ少なくとも、私は意味がないことはしない。


今の君がどういう状況下は知らないが、私や彼同様、未来を見れる君たちなら、この意味もわかって然るべき。

もしわからないのなら、そいつはきっと、さぞ何も考えずに読んでいるのだろう。


繰り返しになるが、すべてに意味を求める必要はない。

ただ、この見やすい、透き通る世界ですら現実ととらえられぬものは、より広い世界で何をして生きていくのだろう?

私は疑問でならない。


ま、どちらでも構わないが、出来ぬ自分を卑下する必要はない。

何も小さな取り組みからだ。

まずは一話、伏線、心境、言葉の節々から読み取れる些細な状況。何か一つでもいい。

この時間だけは、頭を使ってみるのもいいだろう。


…私は他人の人生がどうなろうか、どうでもいいと思っているのだが、案外干渉したがるらしい。


この世界が、少しでも君に有意義になれば幸いだ。



─いつしか。

─────────────────────────


作品を開いていただきありがとうございます。iです。


前書きの前(?)に、私は前書きや後書きで無駄におしゃべりしてたりするので、前の話から見たほうがいいかもしれないです。


お久しぶりといえば、お久しぶりなのでしょう。

夏季休業を利用して、もっとお話を進めたかったんですけど、思った以上に時間がありませんでした。

ごめんちゃいっ!


さらには執筆中の今も体調不良真っ盛りです☆

わーお☆大変☆


んまぁ、前々から言ってる通り構想は固まってますんで、これからも忙しくなりますが、月二くらいで書ければいいかなぁとか思ってます。


んで、実は別の問題があるんですけど、この話を書きながら思ってるのは、話を切る場所が中々難しいんですよね。

上手ーいこと引っ張ってもいいと思うんですけど、個人的には引っ張られると楽しみではあるんですけど、イライラするタイプなんですよね。

勝手に先の展開を妄想するとかいう、くっそ面倒くさい性格をしているせいかもしれませんがね。

とにもかくにも、私が嫌なことはやりたくないんで、やりません!(?)


それではごゆっくりどうぞ…



…あ、今回も約二万字、なんとも長々としてます。

おもろ

面倒な面接は、途中解散という形で終わりを迎え、私は…!私は遂に!

面倒ごとのない安寧を手に入れた!


戻りゆく観客席が目に入る。

ここは…先ほど見た時より、神々しい光を放っているように見える。


もう今は私の座席の周りにいる、助けの眼差しをこちらに向ける仁南だとか、笑顔で手招きしている古波蔵だとか、その隣で小さくこちらを見つめているスカーレットだとか。

そういう外野はまるで気にならない。

そう!今の私は降りかかる面倒ごとをすべて押しのけた、究極完全体狛枝なのだ!


何も解決していないけど。





『はぁぁぁ…』


『クソデカため息何てついてどうしたのー?

 女子クラスメイト3人、うち二人はアイドルを周りにつかせておいて、ため息をつくのは…ねぇ…?

 ちょぉーっと失礼なんじゃなーい?』


いやそうだよね。

さっき自分で言ってたしね?わかってたしね?


私の座席に仁南、まではわかる。


そして古波蔵がいるのも、まだわかる。

私が居なくなった瞬間に仁南と話していたし、手紙にもそんなことがあったから。

…まぁ、何事もなかったように話しかけてくるのは想定外だけれど。


そしてスカーレットがいるのも、わか…っていやいやいや…わからんわからん。何を考えてるんだこいつ。

なんでさっきまでドンパチ言い合ってた、そんであちらからすれば、恋敵であろう野郎の席の近くにいるんだよ。


…古波蔵がいるからだろうか。

こいつはどこまで私に迷惑をかけるんだ…本当に。


それとまぁ、先ほどまでこの二人に囲まれていた仁南のことを考えると、ははは…不憫でならない。


(ちょっと狛枝君…!この人たち怖いんだけど…!

早くなんとかしてよ…!


狛枝君の女ってやつでしょ!)


(何言ってんだお前。


というか、なんとかできるなら、もっと前から何とかしてるんだわ…

この現状ですべてを理解してくれ…私も苦しんでるんだ…とっても…)


真後ろに本人がいる状況で話すのはどうなのかと思いつつ、小声で仁南と通信を試みる。

現状仁南は、私の気持ちを理解しているであろう唯一のこちら側の被害者である。


この協力できる絶好のチャンスを逃し、二人別々にされたら…

少なくとも、仁南一人ではどうしようもなくなってしまうだろう。


私もまた然り…ということは黙っておこう。


(ならさ、もう好きになるなりなんなりして、公式にもお付き合いとかすれば、変にアプローチされる

事もなくなるんじゃないの?)


(…あいつのアプローチがそんな簡単になくなると思うか?)


(まぁさっきの一瞬しか話してないけど、おっそろしいコミュ力の高さと、ものすごいの自信とプライドがあるっていうと…

それはもう大変なんだろうね…


だからこそ!私を巻き込まないでほしいんだけどね!)


(いやそれは本当に悪い。

不可抗力というか…あいつ、というかあのアイドル二人の行動はマジでわからんのだ。)


(んまぁここまで理由もなく好きになるってなると、雑に付き合うとか言っても、あんまり効果ないの

かもしれないね…)


(うんうん。私のはくへの愛情は、そんなんじゃなくならないしね。

それに、はくが認めたら認めたで、それはもうイチャイチャするから!)


(こいしちゃんがどうしても!って言うから付き合うまでは認めてるけど、それ以降の段階を踏んだり、手を出したりしたら…

 

─お前は死ぬ。)


『…我々の秘密のお話に勝手に入らないでもらえます?』


『あれ、もうコショコショ話は終わり?

 というか秘密話って言っても、こんな本人の目の前で話されてもねぇ…

 聞いてくださいと言ってるどころか、もはや話に入ってくださいって言ってるようなもんだよ。』


『それに、聞き捨てならないセリフも聞こえてきたしね。

 

 …桃山さん?あなたは味方だと思っていたんだけれど?

 聞き間違えかもしれないから確認するけれど、もしかしなくともこいしちゃんと、このくそボケカス陰キャとくっつけようとなんてしてないよね?』


『い、いや…私は…ほんとに…』

 

『し・て・な・い・よ・ねーー?』


『ひぃーー…してませんしてません!

 ほんと!してませんから!』


『古波蔵、重いし鬱陶しいからどけ。』


『ちょっとぉー?

 私は重くないですし、女の子にそんなことを言うのは、ノンデリってやつだと思いまーす!』


『…死…?』


私に乗りかかりながらポカポカと殴ってくる古波蔵。

私と仁南の間を行った来たりしてるスカーレット。

そして、スカーレットに怯えながら、頭を抱えて縮こまっている仁南。


スカスカの体に響き渡る打撃と、ボロボロの鼓膜に響く騒がしい声と、最近ようやく構築されたスカスカボロボロの私の心、というか良心に響く仁南の現状。



ふと思う。

あぁ…私の安寧、ないなった。



騒がしい二人と、自覚はないのだが自然と騒がしくしてしまう私含めた二人。

そんな四人が集まれば、そりゃまぁ…暇をすることはないのだろう。


二人はともかく、仁南には中々に酷いことをしている。

…しているが、良心も痛むが、私がどうにかできることでも…なくはない…のか…?


あー…本当にこいつらはよくわからない。


天井のシミを数えるように、遠く遠い反対の観客席を眺める。

遠すぎるあまり、普通ならば誰がいるとかわかったもんじゃないのだが、ここにいるのは私だ。



あれは、我らが柏木。

私の唯一といっていいまとも…ではないかもしれない知り合い。


…助けて、柏木。


私がじっと見つめている間も、こいつらはバカのように騒いでいる。

真にバカではない、ということだけが残念で癪だ。


んあああぁぁぁぁーーーーーー!

どんだけ考えたって、どうしようも出来ねぇじゃねぇか…!

ふぅ。


ありがたいことに、もうすぐ女子の競技が始まる。

仁南は犠牲になるが…頑張れ、仁南!

私たちの平和のために…!


『古波蔵、どけ。

 私は着替えにゃならん。』


『えー、そんなの後で着替えればいいじゃーん!

 わざわざこんな、幸せぇーなハーレムを崩壊させるなんて、おバカねぇあなた。』


『ハーレムだとしても、私は幸せぇーじゃない。』


『なによ幸せぇーって…

 プークスクス』


『言い出しっぺが何言ってんだ。

 とにかくどけ。私は今着替えたいんだ。


 それに、今着替えないとお前の競技みれねぇぞ?』


『グググ…中々いい重りを天秤に出せるようになったじゃないか…

 

 ただそうだねー…

 競技は一瞬だけど、待ち時間は無限だしね。

 しかたない!行ってらっしゃーい!』


『えちょっとま─』


『競技中のこいしちゃんを見るのは、普段なら許しかねるところだけど…

 まぁ仕方ない、今日だけは許してあげようじゃないか。

 ここまで公開されていれば、どうせ後で盗撮したやつとかでも見るだろうし…


 ただ!今後変な目で見るようなことがあったら…

 

 ─お前を殺す。』


こいつは私のことを何だと思っているのだろうか。


とはいえ、絶好の抜け出すチャンス。

ここで無限かまってちゃん編が始まるより、ただ競技を眺めている方が楽だ。


『えちょ、狛枝君…?』


…仁南には申し訳ないが、少しの辛抱だ…!

今日一日の、ちょっとの辛抱だ…!頑張れ!





そうしてそそくさと抜け出し、着替えすらも無駄だと思った私は、我が友の元へ。

競技まではまだ時間があれど、わざわざあの地獄に戻るような真似はしない。


『─というという訳だ。

 知り合いの男による癒しが欲しい。』


『ぬなぁーに言ってんだお前。

 あの二人に振り回してもらえるなら、そりゃもう幸せってもんだろ。

 他の奴らなら、本望のあまり死ぬレベルだぞ。』


『盛りすぎだろそれ。

 

 それに、他の奴らがどうあれ、私は嫌なんだ。

 しばらくはここに避難させてもらう。』


『来るのはいいけど、どうせならあの二人もつれてきてくれよぉー

 スカーレットさんと席隣で、クソ気まずいから仲良くなりたいんだよぉー』


『とんだ変わりモンもいたもんだ。』


『あはーい!こいつ今、世のローラファンを敵に回しましたー!』


『お前もそういう感じなのかよ…めんどくさ。』


『くぅー、お前にはこの感情がわからんかー!

 可哀そうでならない!そうだよなぁ!町田ぁ!』


『僕はそこまで彼女らの熱烈なファンじゃないから、あんまりわかんないかな。』


ズバッと切り捨てた、柏木の隣に座る彼。

教室でも見たことがある、よく言えば敵を作らないようなイメージがある彼とは、柏木とは違えど気の合うような気がする。


『カーーッ!お前もそっち側かいな!

 君たちには早く、一秒でもはやく!アイドルを推す楽しさを知ってほしいもんだなぁー』


『町田君といったね、君。

 何やら君とは気が合いそうな気がする。


 あの二人のファンじゃないというところは特に。』


『まぁ、熱烈じゃないってだけで、全く興味がないってわけじゃないけども…』


『んやねんお前。』


『え、君たちもしかして知り合い?

 せっかくお友達の少ない狛枝君の貴重なコミュニティ拡大の機会だし、気合入れてたんだけど。』


『全くの初対面だけれども。』


『そうだね。僕のほうは大樹からも聞いたり、噂話でも色々聞いてるから知ってはいたけど、話たのは

 初めてだよね。』


『ほえー…コミュ障で友達のいない狛枝が初対面から話せるって、なんか運命的だな?お前ら。』


『なんでお前はちょくちょく言葉で私を殴ってくんの?

 言わなくていいよね?それ。』


『はいはい、でも事実だし。

 お前にいる友達は少ないし、コミュ力も高いとは言えないし。』


『友人がいねぇのは、主にあいつのせいだ。

 私は悪くない。』


指し示すグラウンドには、既に入場し準備運動をする古波蔵。


審議はいいとして、恋心を逆手にとり、好きでもないやつの相手をさせる。

確かに、このことについては申し訳ないと思ってはいる。


が、だからと言って、他のことを許しているわけではない。

クラスでの孤立化、ありもしない噂の流出、そして何よりファンからのヘイト集中…


あぁ、なんでこうなってしまったんだ。


『僕は普段大樹と話してるからわかるけどさ、君らだってそこまで多く話してるわけじゃないでしょ?

 そんな久しぶりの会話なのに、ここまで盛り上がれる方が運命的だと思うんだけど。』


『んまぁーやっぱ俺は狛枝と違って、コミュ力高いからな!

 気さえ合えば、誰とでもこんな感じなんだわ!』


『絶妙に突っ込みにくいボケはやめろ。』


『事実だしね!残念ながら!』


『おっ、大樹。

 次スカーレットさん、走るっぽいぞ。』


『なぬ⁉そりゃ見にいかんとあきまへんで!』


『なんで大阪弁…?』


わずかな疑問も、私の腹を押して飛び出す彼の勢いに負けて流される。


『がーーんばれーーー!

 ローーーラちゃーーーん‼』


どこからかそんな叫び声が聞こえたと同時、呼応するように会場全体が、とてつもない声援に包まれる。

当の本人は、まぁ…案の定あまり喜んでいるようには見えない。


初めの競技は200mの徒競走。

なぜかは知らないが、この学校は女子から競技が始まる。


深い意味はないのか、それとも上位の観客の気分取りのためか。


『──…ですっ!』


気合の入っているであろう選手紹介のアナウンスすらかき消す熱狂。

どちらかといえば、ファンが少ない方のスカーレットですらこれほどとなると…古波蔵が出てきた時が中々恐ろしく思える。



スターターがピストルを構えたことなんてお構いなしに、歓声は鳴り止まない。


彼女らと同じレースで走らされる他の選手も可哀そうだが、本人たちも望んでいるわけでもないし、なんなら嫌がっているのだ


いやー可哀そうだなー本当に。ウンウン。


…本当に可哀そうだと思ってますけどね?

別に私を苦しめやがるやつが苦しんでいて、喜んでいるなんてことは、ない。




そうしてピストルは聞こえにくい小さな音と、小さな煙を上げた。

壮大な妨害を受けながら、競技は始まった。


この無駄にでかい競技場は200m程度なら、直線でも曲線でも用意できる。

そんなんだから、同レースの会議で直線曲線すらも選択することができる。

他にも諸々、同レースの選手全会一致でカスタマイズできるそう。


ちなみに、彼女らは曲線を走るそう。

…騒がしくなるような、嫌な予感がする。


最も驚くべきことは、こんだけクソ面倒なことをしておきながら、当日現在一切手間取ることなく、時間通りに催しが行われている。

いや、これはもはや一般人からする神の行事が、神の運営によって執り行われているといっても、過言ではない。


いつの間にか選手は皆100m地点を超えていて、やはりトップはスカーレット。

他の選手も、平均的な女子高校生の走力に比べれば早いように見えるのだが…彼女は正直、かんなーり、すごい、とってもぶっちぎってる。


流石は天才と言われた少女。

私は最近ようやく知ったことだが、二人とも文武共に平均を逸脱した能力を持ち合わせている。

その二人を比べると、スカーレットはスポーツ、古波蔵は勉強が優れているそうな。


そりゃぁ…天才と呼ばれた、運動できる方っつったら、あんくらいぶっちぎるよなぁ…



あ、ゴールした。

電光掲示板に表示された記録は21.05秒。


どこか嫌な予感がしたので、確認がてらスマホに指を走らせる。


…参考までに、高校女子200mの日本記録は、23.97秒、男子200mは20.90秒。


あんだぁ?このバケモンは。


幸いなことに、今回は風速だとかが計測されてなかったし、曲線だったし。そんなんで記録が正式になることはない、はず。


…とはいえ、記録に残らないバケモンがいるというのは、他の選手からしたらたまったもんじゃないのだろう…


そんな彼女の速さを見ていて気づかなかったのだが、彼女が走ったところの観客席はより一層うるさい。

走ってる最中何で、騒がしい歓声のウェーブのようになっていて中々面白かったそう。



そうして大迷惑観客祭第一波は、終わりを迎えた。


興奮しきっていた柏木も何とか平静を取り戻し、何事もなかったかのように席に着いた。


こいつ…私の腹を思いっきり押しやがって…

かなり内臓に響いたんだけど…


…そういえば持ってきてたな、これ。

てってれー、鎮痛ざーい。

幸いにも、ポッケに一錠入れていた。


作用するまでの時間を考えれば、そろそろ飲み始めるべきなのだろう。


『ちょっと飲みもんとってくるわ。』


『ふぅ、いってらっしゃい。』


こいつ…もうやり切ったみたいな雰囲気出しやがって…




結局面倒くさくて着替えていなかったクラスTにも着替えようと、更衣室へと向かう。


やはり、こういう会場の裏の道というものは、わかりにくい…

最近はデザイン性を重視してるせいで、看板がかなり撤去されている。


私にとっては…とてもこまる。とても。



十数分間にわたる格闘の末、ようやく見つけた更衣室でさっさか着替える。


なんとここには、等身大の鏡まで置いてある。

こう言うどうでもいいところに金をかけられる様子に、政府というか金を直に感じる。




鏡に映った自分を見て、少し思うところがあった。


そこにいる私は…朗らかに見えた。

幸せなように見えた。

楽しんでいるように見えた。



私は、私は…



…私は、言葉にもならぬような罪を抱えている。



許されざる、罪。



法律だの憲法だの倫理だの、そういうルールとしても。

被害者家族だの親戚だの、そういう被害者関係者の思いとしても。



許されざる、存在。



─私。



世に放たれたそれは、真実を打ち明けられることなく、関わる人をこの世のモノでなくする。

一秒でも早くここから消えるべきだ。



…私はいつまでここにいるのだろうか。


なんでも理由さえあればいいのだろうが、そこまで運命の都合はよくない。



素直になれない、とでも言うのだろうか。



…飲み込んだ錠剤は、懐かしい味がした。





『お、ようやく戻って来やがったな?この着替え着替え激遅丸。』


『迷ったんだよ。

 ここの裏道、デカすぎだ。』


『そんなになら、僕たちも気をつけなくちゃいけないかもしれないね。』


『騙されるなよ、町田?

 こいつは、こいつはな…超がつくプロ迷子プレイヤーだぞ?』


『超とプロって同時につけるもんか…?

 狛枝君の不名誉解消のためにも、ちょっと僕トイレついでに見てくるわ。』


町田君…きっとそれは、私の不名誉を重ねることになるぞ…


『はいはーい、いってらー』


『…』


『…』



『…なんかあったんか、お前。』


席に戻ったどこかくらい私の様子は、柏木すらも気遣わせてしまうらしい。


『別に…何でもない。』


『なんかあったら、ちゃんと相談しろよ。

 あいつらにはできないんだろうから。』


『だから、本当に何でもない。』


『ふーん?』


数分の、小さな会話。


言葉一つ一つ、何一つ流暢に出てこず、言葉のすべてが行き詰まる。


『さてはお前…こいしちゃんのレースを見れなくて拗ねてるんだろ。』


…何を言ってるんだこいつは。

明らかに冗談を交えるような流れではない。それくらいはわかるはずだ。


あぁ、一瞬何を言っているのか理解できなかったが、後ろに町田がいるのを感じた。

まさかここまで気遣われるとは。


『狛枝君、君は…超のつくプロ迷子プレイヤーだね…

 更衣室まで見てきたけど、逆にどうやって迷うのか疑問に思うくらいだよ。』


『んな?いったろ?

 こいついまだに校舎でも迷うからな。』


ケロっと返す彼には、本当に敵わないと思ってしまった。


『一応私って、幸運とかいう才能なんだがな。

 あいつらに全部吸われたのかもしれん。』


そんなことをさせてしまったのだから、その波に乗らぬは無作法というものなのだろう。


『運が悪くて迷うって…さすがにありえない話…じゃないのかなぁ?』


『それがまかり通っちまうのが、この学校なんだからなぁ…』

 

『まぁ、才能じゃないのに日本記録を覆すアイドルもいるくらいだしなぁ…』


『あ!ね!実況の人も言ってたけど、あれって男子の記録にも迫ってたらしいね!』


今考えても、本当におかしい。

聞いている限りでは、陸上のなにかをしている、という訳でもないそう。

…怖い。


『なに勝手に私のこと見てんだ。』


『それに!私だってローラちゃんには負けてるけど、日本記録は超えてるんだからね!』


『…』


柏木をにらみつける。


(おい…!なんでこいつらここにいんだよ…)


(べっつにー?俺はなんもしてないけどー?

ただお前を探してるこいしちゃんに、ここで待ってれば来るかもーって言っただしー?)


こいつはいつかぶちのめす、絶対に。


(だってさー、はくがどっか行っちゃうからさー

というか、逃げたんなら追いかけられる覚悟くらいしときなよー)


『いやもういいてこの(くだり)。』


『あ、やっぱ終わり?』


『というかなんだよお前ら…日本記録超えるのが最低ラインみたいに言いやがって…』


『というかはく、その反応からして私が走ってる時、見てなかったでしょ!』


『いやまぁ…見たらお宅のスカーレットさんに殺すぞって脅されてるんだな?これが。』


『うわーーん!はくが私の頑張る姿見てくれなーいー!』


『お前なにこいしちゃん泣かしてんだ殺すぞ。』


一切の躊躇もなく、私に襲い掛かってくる。

やだこのアイドル怖い…


というか、それなら私詰んでるじゃん。


『古波蔵…!こいつ早く何とかしろ…!』


結構マジで取っ組み合いをしている私たちを見て、他の奴らは全員笑ってやがる。

サイコパスか?こいつら。


『あはははは!

 ローラちゃん、もう大丈夫だから。ほら、やめてやめて。』


『ふんっ。

 次こいしちゃんを泣かせるようなことをしたら、本気で殺すからな。』


こいつ…普通に本気で来やがる…


『はいはい、ローラちゃん。

 アイドルはそんな言葉遣いしちゃいけません!

 

 まぁ、はくにならいいけどさ。』


『ゲホッゲホ…

 全然よかねぇんだわ…』


『あ、え、えっと…古波蔵さん…あの…さ、サインもらっても…?』


『はいはーい。あ君、町田君だよね?

 毎回並んでくれてるけど、時間足りなくてさ、書いてあげれてないよね?』


『そ、そうですね…あははは』


『そうだ、スカーレットさん!俺も俺も!

 今回こそサインお願いします‼』


『嫌。』


『ぐおぉぉぉ…

 今月47回目…すべて断られてる…』


裏切った町田は緊張のあまりか、機械的に笑っている。

柏木はというと、なんか…可哀そうすぎて、何も言うことはない。



…この景色を、彼らを見ていると、少しだけ。

少しだけ、ここにいてみたいと思う。


─決めるのは…なにかきっかけがあってからでもいいだろうか。



後ろにもう一つ感じた気配を見てみると、案の定未だ息を切らしている仁南がいた。


『んで、お前の方はどうだったよ。』


『え?あ、あぁいや、あの二人と比べられちゃうとなぁ…

 単品で見ても酷い結果なんだから…』


『んまぁ…私たちが迷惑かけたって、どうせあいつが何とかしてくれるし、別に良いんじゃね?』


正直どうでも…よくはないのか。


『それはそうなんだけどさ、流石に申し訳ないじゃん?』


『まぁまぁ、我々運動苦手勢は目立たないように、最低限点数を取ってけばいいんじゃね?

 私だって得点源になれるわけじゃないし。』


『狛枝君、すごい運動できそうなのに…

 というか、絶対できるでしょ。』


『さーね。

 少なくとも、今は動く気になれない。


 集合もそろそろだし、私は行くわ。

 二人三脚、よろしくな。』


『うわぁ…やる前から嫌なんだけど…』


『んはは。

 ま、最低限頑張ろうな。』


『とりあえず、狛枝君は200m頑張って。』


はいはい、と言おうとした声は、私たちを呼び出すアナウンスにかき消された。


お互い目の合ったまま苦笑い。声は聞こえず、絶妙に気まずい。

重い手を振り、その場を去る。



んあー…どうするかな。

薬飲んだとは言え、全力で動いたりなんかしたら、シャレにならない。

違和感のない程度に手を抜いて─



『こーまえだぁー!

 置いてくなよー!一緒に行こうぜー?』


…柏木に飛びつかれた私の体は、粉々に砕け散った…

まぁ、砕け散ってはないんだけどさ。

ただ、そのくらい痛い…とても痛い。

絶対に動けない。というか、動きたくない。


『いやー、ここで活躍してローラちゃんの気を引いちゃおっかなー!』


…まぁ、こいつらがいようがいまいが、私の動向には関係ない。

私はただ、ただ…



『おーい、なんで無視するんですかー!

 

 あ、もしかして…お前もどうやって気を引くのか考えてんの?』



『るせぇ、さっさと行くぞ。』


『なーに?照れ隠しぃー?

 狛枝君も思春期かなー?』


『ぶっとばすぞ。』


一瞬だけでも、こいつらのためになら、なんて思った私を殴りたい。





…この競技は終わりを迎えたらしい。


私はまだスタートラインに立っているだけなのだが、周りがその…元気というか…騒がしいというか…


『はぐぐーーー!

 ガンバレーーーー!』


本来静かになるはずだった私のレースに…


『うおーーーーーーーーー‼

 ガーーーンーーーバーーーレーーー‼』


いるんだよなぁ…

これでもかってくらい騒がしい奴が。

しかも単身。


そして、それに釣られて向けられる冷たい視線…

やってるのがまさか古波蔵当人なもんで、流石に表立ったブーイングは聞こえないが、やはりその分視線が痛い。


あぁ…なんだか懐かしい。

こんなことに懐かしさを感じたくはなかったが。


声の方に視線を向ければ、思った通りの小さな少女。

距離によって縮んだ姿とはとても似使わない、でかすぎる声…


『第3レース選手紹介です!

 第1レーン、1年狛枝ー珀!


 かのアイドル2人に続いて、1年生で3番目に有名といってもいい生徒!

 アイドルからの熱烈な声援を受けた彼は、どんな走りを見せてくれるのでしょうか!』


おい実況、お前までやかましくなってどうするんだ。


そんでもって他の人の選手紹介の間にも、ちらちらとこちらを睨んでくる別レーンの選手。

前に殴ってきたやつと一緒にいた、はず…


だからといって面識があるわけでもないし、名前も知ったもんじゃないんで気にするようなことじゃないんだが。


『…』


そんなちらちら見てくるって…


私のことが気になってるのカナ?

…さすがにご勘弁。



『位置について─

 

 よーい…』


耳に優しいピストルの音と、よく匂う火薬で包まれる。


それっぽくした体を倒し、少しだけ痛みに怯えながら、思いっきり一歩を踏み出してみる。

おぉこれは…とてもよい。


全く痛みがないという訳ではないが、羽を伸ばせるくらいには快適だ。


うおっふぉっ…!これっ…楽しっ!

いんやまじですげぇ!かっる!

フォー!鎮痛剤サイコー!



…う゛う゛う゛ん…失敬。

少し舞い上がってしまったが、おちつけぇ…?


手を抜かねば目立つ…

それにこのまま走れば、あの二人同様日本記録を覆してしまうかもしれない。

落ち着けぇ…快感に身を任せる出ない、狛枝。

別に鎮痛剤なんていつでも飲めるだろう。



…うーん、やっぱ無理!

最後に転んだりしてうまいこと調節すりゃいいでしょー


っと、ようやく落ち着いて、ある程度周りの状況も目に入る。


観客はアイドルの時ほど騒がしいわけではないが、あの、あの…彼…なんだっけ。

殴ってきたやつのお友達。

そう、殴ってきたやつのお友達は、普通の高校生くらいにはお友達がいるようで、殴ってきたやつのお友達のお友達によって盛り上がっている。


当人たちはバカ騒ぎしているだけだが、ある程度騒がしければ他の奴らの躊躇も消えて、実際のうるさいやつらよりうるさくなる。


うーん…走りながらでなんだが、ゲシュタルト崩壊しそう。



それはそうと…


うっひょー!全力で走れるって楽しー!

しかも!なんとこの速度、才能力使ってないんですよー

そんなんだから、体への負荷も小さいんです!


いやー最高か?


うひょひょひょひょー!たーのすぃー!

あん時はわかんなかったけど、これ実はすげぇんだなぁ…感激!


あやべ、もうゴールじゃん。

200m短すぎな?


本来ならクソほど痛い転倒。

今ならアドレナリン&鎮痛剤で躊躇する暇もない。

どこかの三段跳びを失敗した選手のように、にこやかな飛び込─




私の横を紅色の…(あか)(あか)い風が吹き抜ける。

と同時、私の体が想定以上に浮く。



何かに引っかかったような、引っかけられたような。

そんでもって押し上げられたような。



興奮した世界が一瞬で凍る。


どうやら私は足を掛けられたらしい。

だがそんなことはどうでもいい。


仁南以外にも…使える奴が、いる。



持ち主は先ほどの男。

勝ち誇った顔で私の横を通り過ぎていく。



無関係といえば無関係だが、私のせいで運命が狂ったといえば、そうとも言える。



そして何より、知らず知らずのうちに自殺へと歩んでいる人を見捨てるのは、目覚めが悪い。


…少し癪なのは否めないが。



普通に側面から転ぶ予定だったが、このままではグラウンドと熱烈なキスをさせられる羽目になる。

…とまぁ、別に焦るような事態ではないので、そのまま転がる。


そうしてゴール。


私は2位で、私は最後の数十m手を抜き、でんぐり返し含め22秒台。

こちらもまたどうでもいい。


『おいあんた。

 警告しとくぞ、その力は2度と使うな。』


『んー?なんの話かなぁー?

 それとも、負け惜しみかなぁー?』


『好き勝手いえばいいさ。


 ただ…いつか後悔する。

 というか、今日で止めさせる。』


『はいはーい。好きにしてどうぞー』


まぁそんな反応は想定通り。

あとはどうすっかなぁー


トラックの端で考え事をしながら、そいつの背中を眺める。


ま、あとで考えよ。

期限は今日までだし、まだまだ余裕っしょ。



本当にそう簡単に行けばいいけどなー





『んあ、おかえりー!

 いややっぱはくさ、想像通り早いねぇー!』


『掘り返さんといてくれ。負けてんだよ、私。』


『ローラちゃん!俺の走り見てくれた?!』


『見てない。』


『かーーっ‼知ってたー‼』


『大樹だって普通に早かったけどね。

 今回は…狛枝君の出たレースだけ異常に速かっただけでさ。』


『だよなー!やっぱ町田はよくわかってるぜぇー!』


あっちは何やら盛り上がっているよう。

どうやればあんなハイテンションでいれるのか…中々恐ろしい。


だが今はそんなことより、このそわそわした二人のほうが気になる。


ちょいちょいと手招きをし、呼び寄せる。


『こ、狛枝君…

 割と全力で走ってるように見えたんだけど…大丈夫なの…?』


『いやほんとにそう!

 競技中二人でずっとドキドキしてたんだから!』


『ふはは、そこまで気になるのなら種明かしと行こうか。

 

 といってもな、ほら。これだけだ。』


『これって言っても…薬ってことしかわかんないんですけどー

 まさかこれ何か当ててみてとか、クソおもんなくて面倒くさい件やるつもりじゃないでしょうね?』


『世の中にはそれを面白いと思ってる人もいるんだから…あんまそういうことを言うのはやめなさい。

 知らず知らずのうちに人を気づつけてるんですよ?あなた。』


『これ…前にもらってたやつだよね…?

 だからと言って何かはわかんないけど…』


『ちょっとな、薬作れる友人に昔もらったやつ。

 痛み止めみたいな?特殊な鎮痛剤みたいな?』


『ほえー…』


二人は…と言っても主には古波蔵だが、珍しく静かにその薬瓶を眺めている。

単なる知的好奇心…なのだろうか。


仁南が食いつくのは…まぁ予想通り。

だからあの時は見せなかったわけだし。


『ね、ねぇ…別に飲んだりしないからさ、1個もらってもいい?』


『別に飲んでもいいけどな、好きにしてくれ。』


そんなんでしばらく二人の鑑賞会が続きそうなもんで、暇する私はあの問題児の更生方法を模索する。

どうせならと会場の熱気から逃げるためにも、自販機へと向かいながら色々考える。


さっき水筒を確認したら、古波蔵に既に飲まれていたのだ…ふざけるなよ、あいつ。


もはや今の時代、言葉で何を言ったって無駄なのだろうし、物理的な障害を与えたとてそれを出汁にしてSNSでどうこうする。

とてもまともな手段ではどうしようもない気がする。


…となれば…拷も─

いやいや違う違う。


拷問をするようにメンタルをへし折る。

そう、私はそう言いたかった、ウン。

彼にどうにか才能力を使わせ、そのうえで無茶苦茶ボコる。それはもう、ハチャメチャにボコす。

うーん…気は進まないが、正直これ以上いい案が浮かばない。


最近のお母さんたちはどうやって子供をしつけてるのだろうか…

変にインターネットを見てるだけあって、論破だとか色々面倒くさいことばかり覚えてそうなもんだが…


─屈んで取ったペットボトルの結露を鬱陶しく思う。


そして何より気の進まない理由が二つ。

基本的に才能力に対抗するには、才能力が必要だということが一つ。

シンプルに心が痛むのが一つ。


『ちょっと…!』


いんやーどうすっかなあー…


『ちょっと!なんで無視すんの!

 というか、あんた何転ばされてんの⁉

 

 あいつだよ、あーいーつ!

 ボコボコにしてぶっとばなさきゃいけないやつ!

 

 その相手に逆に転ばされるって…もう恥ずかしくて見れらんなかったんですけど!』



そしてもう一つ。

最終目的は違えど、こいつに協力するのは癪というのが一つ。


『なーに黙ってんの⁉

 絶好のチャンスだって言うのに、なにのうのうとやられてんの!

 

 はーぁ…』



そう、今はこんなやつにわざわざ反応するまでもない。

心を落ち着かせろ…今はあいつのぶっ飛ばしなんかじゃなくて、あいつの止め方を考えなくてはならないのだ。


というかなんでわざわざついてくんだよ…ストーカーかよ。私のこと好きなんか?

…全く嬉しくない勘違いは、自己完結することでより虚しくなった。


そう、こんな外野を気にしている暇はない。

冷静に、落ち着いてやるべきことだけを─


『そもそも!あなたがこいしちゃんと絡んでなんかいるからこうなってるんだからね⁉

 言い訳とか聞きたくすらないから、そうなったからには責任取りなさいよ!』


『…』


『えちょなに急に。

 ちょっと!こっちにこないで!』


後ずさりをしても、彼女の後ろにはもう壁しかない。


私の圧力なら、かのアイドル様すら後ずさりさせられる。


『…』


手は…出さぬと決めている。きっとその境界線が、私を人間たらしめる最後の線引きだと思うから。

正直胸ぐらを掴んで、一発くらいひっぱたいてやりたい気分ではあるが。


『お前は、自分勝手すぎる。

 何もかもお前が望めばその通りに世界が、周りが合わせてくれるとでも思ってんのか?

 

 まぁどうせこれまでも、今でもそうなんだろうが、私はそれらに当てはまらない。

 残念ながら私は、お前のわがままを聞くほどお前のファンじゃないし、寛容でもない。


 それと、お前は古波蔵のことを思ってるつもりなんだろうが、そんなのただのエゴだ。

 お前のわがままあの一部に過ぎない。

 そういうのを勝手に抱えんおは自由だが、それを押し付けちゃぁ、周りから誰もいなくなる。

 

 愛しの古波蔵もな。』


『でも!結果的にあなたが関わってるからこういう結果に─』


大分圧もかけつつ、諭すようにしてみたが、彼女の熱はまだまだ冷めないご様子。

最近の若い子は、こういう圧ですぐパワハラなんだの言うって聞いたから、こういうのは効果的だと思ったんだがなぁ…


…もったないし、あまりこういうことを室内でやるのは褒められた行為ではないが、致し方なし…かぁ。



『ひゃぁ!ちょ、は?え?』


誇りの顔に泥…ではないが水をかけられ、さぞ困惑のご様子。

そんなことしたら普通殺されるくらいだしなぁ…だれもできるわけないよな。


軽く壁に押し付け、圧を強める。


『結果がどうなったにしろ、結果に至るまでの挑戦を阻害する権利は、誰にもない。

 無論、お前にもだ。


 私の言ってることがわかるまで、頭冷やしとけ。

 落ち着いてからならいくらでも話なんて聞いてやる。』


『…』


『とにかく冷静になれ。

 今のお前は、盲目的に突っ走ってる。一回立ち止まって、落ち着け。

 話はそれからだ。』


困惑もまだ抜けきっていないのだろう。何も言わずに、キョトンとした顔でどこかを見つめている。


そのまま放置するのは、少し懐かしい申し訳なさというか罪悪感というか、そういうものを感じる。

とはいえ、ここにいても気まずいだけなので、さっさと逃げる。


…こんなんで解決するとは思ってはないが、可能性がゼロという訳でもない。

あいつの聞き分けの良さ次第。


はてさて、これからどうしようか。あいつの結果を待つのは億劫で癪だから、先に何とかしておきたいものだが。


それと…この水はどうしようか。微妙な量しか残ってないうえ、まったく問題ないのだが、これを飲んだら…なんだか悪いことをしている気分になる。

適当に古波蔵にでもあげとくか…



はぁ…いま思っても、いったいこといってんなぁー

誰にも聞かれてないといいんだがな、本当に。


感じた二つの気配も、この混乱に乗じた気のせいだと思いたい。




席へ戻っても、こいつらの興味はまだまだ削がれないらしい。

本当にこいつらの考えてることはわからない。

まったく…こんな瓶のどこがおもしろいのか。


『…』


なんともないように席に戻る。

古波蔵には気づいてないような立ち居振る舞いだが、まぁなんとなく察しているのだろう。


グラウンドでは、なんともまぁ若々しい上級生たちが騒いでいる。

数は少ないのにここまで騒げるというのは、数が少ないが故なのだろうか。


はたまた、普通の高校生は一年も共に過ごせば、ここまで仲良くなるのだろうか。

心を開き、互いに信頼のできる、そんな仲。

私も…なれるのだろうか。


『…』


『…』


ただ…


『古波蔵…黙って後ろに立つのはやめろ。』


『あ、ばれちゃった?』


こいつと仲良くなれる未来は…とてもじゃないが見えない。


『んだよお前、普段ならこういう状況で蹴り飛ばすように飛びついてくるだろ。

 変なもんでも食ったか?』


『いやいやー私の素がこんなもんだって、はくなら知ってるでしょ?』


『そりゃそうだが、いいのか?誰かに聞かれたりしたらいろいろ面倒だぞ。』


『別に聞かれてもよくなーい?

 私は朝からファンサしてるし、疲れてるのー』


『そいつぁ…まぁ悪かった。私が無責任だった。』


『なんではくが謝んのよー?別に私の意志でやってるんだからさー』


きっとこんなへにゃへにゃした声とは裏腹に、いろいろと抱えているものがあるのだろう。

それを無理やりさせている私だって、無関係ではない。


『というか…あれ、どうするの。』


後ろ指を指したって視線をやったって、きっと喜んでしまうのだろうから、一瞬の視線だけだが、その先にいるのは例の徒競走足掛けマン。


『あいつの…あれだよね、才能力。』


『だなー。まさか使える奴がいるとは思わんかったが。』


とはいえ、こいつらすらもあの一瞬でわかるとは…ここまで見慣れさせるもんではない。

…やはり変に巻き込むものではないな。


『で、どうすんの、あれ。』


『どうすっかね、あれ。』


『…』


『…』


『もしかしてはくってバカだったりする…?』


『まさか。

 私は今世紀一の天才と呼ばれた男だぞ。そんな俺がバカなわけないだろ。

 99割ありえん。』


『あぁすっごいバカだ。


 って、そういう茶番はいいから。

 まじでどうすんの、あれ。』


『んまぁ正直どうしようもないわな。

 どうせ私が何やったって意味ないんだから。』


『といっても放置するでいいの?

 一応あんなだけどクラスメイトだよ?』


『私はそんなこと知ったこっちゃないんだがな。

 お前らはさすがに知り合いが死んだりしたら、流石に笑えねぇもんな。』


『あなたも一応顔見知りなんだからさ…もうちょい温情とかないわけ…?』


『ない。特にああいうクズには、微塵も。』


『わーかわいそー』


『微塵も思ってないだろ。』


『さぁどうだろうねー?

 とはいえ、あのレベルだと私のファンだとしても普通に引くんだけど。』


それならお前が何とかしてくれよ、とは言えなかった。

これ以上彼女に何かを背負わせるのは、酷というものだろう。

本当に申し訳が立たない。


『んまぁ、宣戦布告しちゃったしなぁ…

 私の方で何とかしとく。』


『うーん、そういわれると私もなんかしたくなるなー』


『いやいやたまには私も活躍したいんだよ。まかせんしゃい。

 んで、代わりっと言っちゃなんだが、一つ答えてくれ。


 お前はスカーレット、あいつのことは好きか?』


『ローラちゃん?

 あー…まぁ好きだとも言い切れないね、嫌いではないんだけどさ。

 あの子とは生まれ育ちも、境遇もほとんど一緒でね、世間的に見てもアイドル同士の友情が芽生えるような仲なんだよね。


 私ももちろんお友達だと思ってるんだけど…やっぱり時々、というかかなりだけど。

 私のファンに見えなくもないんだよね。


 まぁそうだね、結論は…

 こんだけ長く一緒なんだから嫌いなわけないし、何も考えずにただの友人として見たら、とっても

 いい子だとは思うんだけど…

 一時ファンだと思わされると、一概に好きとも言えないかな。』


境遇。

私にもいろいろと響くものがある。


『思い出深そうにしてる割には、思い出話の一つも話さないんだな。

 お前なんかは自語り好きそうだと思ってたんだがな。』


『そりゃファンの子たちは何話してても聞いてくれてるけど、はくはそんなことないでしょ。

 それに私だって、わざわざ話しても適当に合図を打たれるだけじゃ、話す気も失せてくしね。』


『そうか、ならいい。

 悪いな、変なこと聞いて。


 ほら、さっさといつものテンションに戻れ。』


『んふふー!はくも私のことわかってるじゃなーい!』


私から言っておいてなんだが、こうもコロコロキャラが変わるのをまじまじと見ると、やはり恐ろしさは拭えない。

アイドルのマネージャーというのは、なぜこんなことばかり見せつけられる職に就きたがるのだろうか。


『んま、これ以上風評被害を被られても都合が悪いからな。

 一応こっちにも罪悪感ってのはあるんだわ。』


『なら、私の気持ちも汲み取って、さっさと付き合ってくれなきかなー?』


よし、少しでも申し訳ないと思った私が間違っていた。

なんと返してこいつをしばいてやろうか。


『あ、あの…!こ、狛枝君!

 これ…なんかごめんね、わざわざ借りちゃって…


 そ、それと…ちょっと一錠割っちゃったんだけど…大丈夫?』


『ん?あぁ、どうも。

 そんな面白いもんでもなかっただろ。別に気にすんな。』


『ちょっとなんとも言えないけど、私の知らない成分っぽいのが入ってる気がするんだよね。

 でさ!できればでいいんだけど、これ買ったところに連れてってくれない?

 これは…医療関係者としてほっとけないものなんです!』


『お…おう…そんな見ただけでわかるもんなんだな?』


『そりゃぁ確証はないけど!やっぱこういう未知のものへの探究心は!つきることはないんだよね!』


『あ、あぁ…そうだな?』


(おい…何とかしてくれよ。)


(なに、もしかしてだけど、仁南ちゃんのこと嫌いなの?

私に次ぐほどのいい子なのに?)


(別に嫌いでもなんでもないし、お前はいい子なんかじゃない。)


(さばさばしてるねぇ。

そんなこと言っておいて、まんざらでもないように見えるけど。)


(んなのどうでもいいだろ…)


『それでですね!それででですね!

 やはり醸造といえば、お金がかかる製薬をどうやって節約しながら効率的に研究するかが肝でね!

 ─』


(いやー、普段の姿からは想像もできない元気っぷりだねぇー…

私もちょっと怖気づいちゃうね。)


完全に手の施しようのない様子に感嘆とする私たちのほうにすら目もくれず、というか目をつぶりながら、あたりを徘徊しながら色々語っている。


(今落ち着いたお前は出さなくていいんだよ…

というか、ほんとにどーすんだこれ。)


(とはいってもだね、狛枝君。

君がどうしようもないことは、大抵私もどうしようもないのだよ。)


(うおーい勘弁してくれよ…

誰もどうしようもねーじゃねぇか。)


(人生の出来事って大体そんなもんだよ、狛枝君。

君ならよくわかってるでしょ?)


あぁ、まったくだ。

あいにく、謎にすかした態度をしているこいつのおかげで、そういうことには慣れてしまっている。


(私もおかげさまでこーゆーことには慣れたからねー

まぁお互い様だってこと。)


お前のせいだこんにゃろ、と軽く殴ってやりたい気持ち半分。

謝意、半分。

さあ、少しは本題を話さねばならない。

あの長々しい前書きを覚えている人がいるとは思わぬが、忘れてしまうのも違うだろう。

伝えるべきことは早くに伝えるべきだ。


…あんな前書きを書いておいて何を言っているのだろうか。



─変わる必要のない場所。

こう言えば何の話か、多少はわかるだろう。


話すといっても、そこまで話すことがあるわけじゃない。

ここでの内容だって、他に断片的にちりばめられた伏線の一つに過ぎず、単品では何の意味もなさない。


あえて言うとするならば、君たちと同じ場所であり、それでかつ一生相容れることのない場所。

それだけだ。


…さて、こんなんで私の話を終わってもいいが、幸い今はいろいろと話したい気分だ。

不思議なものだ。感情はなくとも気分はあるのだな。


私はいつまでたっても変わらぬ此処で、変わらぬ生活を送る。

楽だといえば楽だろうが、おそらく君らの想像を絶する苦労があると思う。

単純な生活、いやもはや業務と言っていいだろう。

残念ながらこの仕事は、ほぼ永遠と言える年月の間は終わることはない。


ま、大したころじゃない。別に苦労することもない。

人は自分のことになると、大抵低く見積もってしまうらしい。そういうものなんだろう。



だが、君たちは違う。

またも残念ながら、君たちは変わる必要がある。

今の生活がどうあれ、現状がどうあれ。


前書きであれだけ話したのだ。

私の仕事のためにも、君たちに離れられても困る。

いや、困りはしないのだが、困る。


…好きにするといい。

きっと一定の人間は、なんにせよこの世界にたどり着くのだから。


─私の仕事は増えるがな…


           次回 第24話 ─素直─


─────────────────────────

第23話 ─小戦─


意味は『小さな戦争』。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


ここでは、前書きみたいな独り言や、ちょっとした裏話だとか、そんな感じのことを適当に書いています。

興味がなければ読んでいただなくても結構です。


えー、前書きで体調不良何て書いてましたが、なんともコロナでした。

おもろ


何やら最近ではまた流行ってるらしいですね。

案の定学級閉鎖まで追い込まれ、暇な時間ができて書き進められると思いきや、そんなこともなく。

今年のコロナは喉がひどいって聞いたんですけど、なぜだか私は頭痛がものすんごく酷くて、咳が一生止まらないんですよね。


発症から三週間もたったのにまだ咳が止まりましぇん…助けて…


んまぁ、あんまり自語りすると嫌われちゃいますからね。ほどほどにしときます。

皆さんも体調にはお気をつけて…ほんとに…



そんで本編についてなんですけど、実は今話もっと書く予定だったんですよね。

前書きの約二万字って言うのも、本来は二万字超える想定だったんですよ。

ただぁ…小説を23話も書いてようやく気付いたんですけど、あまりにもたくさんの文字を書くと、打つのがめちゃくちゃ重くなるんですよね…


具体的に何文字あたりからとかはわかんないんですけど、今話は空白・改行含めて18000字くらいでは、変換が五秒くらい待たないと出てこないとかいう、ほぼ執筆できない状況です…


なんでこれからは多少文字数を減らして、私が健康に書ける程度にしたいと思います。


皆さんもご注意を。



そんでもって、今話のオチ、正直弱いと思った人もいるでしょう。

そう!さっき話した通り、途中でブチぎつような形になってしまったんですよね。

本来はもうちょいわくわくするような終わり方のはずだったんですけどね…

まぁ次回のお楽しみということで。


…それと、前にも話したのかな?私は思いぶらせるような終わり方が嫌いなんですよね。

どうせならすっきりして終わらせてほしい。

そのすっきりしたのを含めて、作品全体を見渡して考察だとか伏線を考えたい…!

わかる人いるかな。


まぁ自分の思想を他人に押し付けるわけじゃないですけど、私はそういう「次回にお楽しみ!」とか、「決着は次回!」とか。

そういうもったいぶった終わり方で客引きをするのではなく、私の好きな形で、それでも読んでくれるような人に読んでもらいたいですね。


さぁ長々と失礼しました。

次回こそはきっと面白くなるはず!


ここまで読んでいただきありがとうございました。




…これも含まれるんですかね?w

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