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周回少女  作者: i
第2章 ─上演─ <体育祭編>
23/24

第22話 ─格差─

前回のあらすじ


家庭というものは、もっとも小さな社会であり、すべて…というのはよくないな。

多くの人にとって、初めて参加する社会である。


しかしながら、そんな社会は最も小さな社会である。

一方では縮図された社会とも言え、もう一方では被検体不足の盲目な社会とも言える。


まさに、この二人はその被害者であり、被検体でもある。

現状、n=2だ。


世の創作物だの妄想上の設定というものは、大抵このnに当てはまる。


理由は単純。

そういう設定があればあるほど、悲しければ悲しいほど、これらの設定というものは、登場人物の説得力に繋がる。


とある国の偉大なる勇者の地を引き継ぎし者だとか、戦うことを運命づけられた悲しき者だとか、家庭内暴力、虐待を受けている者だとか。

どうも現実味のない話でも、実際にあったことを参考にしたものでも、その設定の規模は何でもいい。

ただ、規模は大きければ大きいほど説得力が大きくなり、ある程度の小さな設定なら、ありえないと思えても、説得力の大きさで納得させられてしまう。


…そんなんだから、最近のモノはそういう重い設定ばかりだ。

それが事実かどうかなんてどうでもいいのだが、設定のわりに信念もクソもないっていうのは、私としては数少ない、許しがたいことだ。

─────────────────────────


作品を開いていただきありがとうございます。iです。


前書きの前(?)に、私は前書きや後書きで無駄におしゃべりしてたりするので、前の話から見たほうがいいかもしれないです。


はてさて、せっかくの休みなんで頑張って投稿しようとか言っておきながら、展開は決まってるのに文章は書けないとかいう、小説書いたことある人なら皆感じたことはある(であろう)状態で、とてつもなくじれったいことこの上ないです。


し か も!書きたいこともまとまってないまま無理やり書いたせいで、今話驚異の約20000字です。

狂ってやがる!


待ってる人がいるとか、そんな高尚な存在でないことはわかっているのですが…って、この話をするのも何回目でしょうね。

投稿頻度を守れなかったことをここに供養します。


ただ!こっからはすらすら書けそうな気がする…!

たぶん!きっと!めいびー!


…期待せずにお待ちください。


それではごゆっくりどうぞ…

果ての見えない、飾り付けられた荒野。


広大な土地とは裏腹に、思ったよりも目的地に早く到着した。

あの路地とは同じ種類なのだろうが、慣れていないか、はたまた別の理由化は知らないが、どこか重ならない部分がある気がする。


そしてこの競技場。

ここまでの道とは異なり、果ては見えるが、それにしても広大。

校内に、一つ競技場のドームを置く学校なんて聞いたことあるか?

…そんなドームに私は実際に行ったことはないもんで、わかったもんじゃないが、やはりどこまで行っても規格外という言葉が似合う。


指定された座席内、といってもうちの全校生徒数で考えたとしても明らかに余り過ぎている範囲内に、適当に荷物を並べ、見たくもないコートは一度見納めだ。


誰もいない、視線もない。

これほど静かな感覚はいつぶりだろうか。寂しさがないといえば嘘にはなるが、皆も時には一人の時間も欲しくなるだろう。


…これほど視線のなさに違和感を覚え、それと同時にそんなことにも寂しさを覚えている自分に…とても苛立つ。


『んで…校舎はどこだったかな。』


再び繰り出した荒野には、目印になるもの自体は一応存在しているため、普通に生活するうえでは慣れれば問題はなさそうに思える。

ここでの問題は、その目印らしきものを私が今日初めて見るということ。


『えっとね…後ろの競技場が南だから、ここからこう…こう…うまいことこの角度で行けば行けそう。』


独り言のつもりだったが、いつの間にか隣にはおそらく北北西を指しながら、目を細める少女がいた。


『なんだ仁南、ここで待っててもいいんだぞ?

 嫌というほど時間はあるけど、中には小倉もいただろ?』


『え、あぁ…付いて行ったら迷惑、だったかな…?』


『いや?実際助かってるわけだし、私はいいんだがな。

 私のためにお前に時間を取らせるのはどうかと思っただけだ。

 というか過剰に気遣わせて、こっちのほうが迷惑かけてないか心配するくらいだ。』


『いやいや、私は全然迷惑だなんて。

 さっきのお礼の分もあるし…どうせ暇だから準備運動がてら動きたかったし…』


『そいつは…小倉がちょっと不憫だな。』


今思えば、不憫という言葉はおそらく、世界で一番彼に似合わない。

彼へと降ってゆく面倒ごとを、まるで喜ぶように受け止める。


微塵も苦しそうな姿は見せない。実際に苦しんでいないかどうかは知らないが、周りから見てみれば、やりたいことをやっているだけのように見える、純粋な正義の持ち主。


『はは…確かに申し訳ないこともしたかもしれないね…

 まぁでも、なんやかんや彼も忙しそうだったし…私たちが気にしすぎなだけってことはありそう。』


『あいつもこのくらいでどうとか思うやつじゃないだろうからな。』


…そして残念なことに、純粋すぎるもの、とくに正義というものはいつだって腐るためにあるといってもいい。少なくとも、フィクションではいつもそうなる。

 

それでも、きっと彼は不憫ではない。

…これも運命か、救えるのなら救いたいものだ。


『さて、私たちもやるべきことをやりましょうか。』


『おぉ…狛枝君の敬語…なんか新鮮かも…?』


『私は意外と礼儀正しいんだな、これが。』


失礼な譲さんと話していると、気づけば荒野の果てには見慣れた校舎。

今思えば、いつもどうやってここまで来ているかも…鮮明には覚えていない。


あぁ…いつも誰か隣にいたっけ。惨めだなぁ…高一になっても一人で歩けないとは…


『ひとまず、教室とかより先にその手の治療だからね!

 ほんと…馬鹿みたいに出血して…』


怪我だの病気だの、そういう話題になった時のこいつの言葉は…私でも中々圧倒されるものがある。


おそらくキレている彼女の視線から離れないのは、私の左手。

なんとも不器用な私は、結局何かを破壊だの傷つけなければ、自身の沸騰を抑えられない。


『患者さんにこんなこと言うもんじゃないけど、すごい握力だねぇ。

 ちょっと私も試してみたけど、出血どころか皮すら切れる気配もないんだけど…


 爪とかのせい…?ってわけでもないのね、あなた…

 びっくりするくらい短いし…』


『そりゃ爪剥がれたりしたら痛いだろ。』


無意識下での発散故、本能レベルに刻まれた昔の技術が引き出され、自分自身に活用し自滅。

なんて馬鹿なのだろうか。


『そういうことじゃなくてさぁ…─

 まぁなんでもいいんだけど…


 というか、普通にやってもできる気配すらしないってことは、やっぱり昔の技術ってやつ…?』


『…お前ほんと今日勘いいよな。

 それともなんだ、もしかして全部知ってたりすんのか?』


『だとしたら、私は狛枝君のすべてをどこで知れるのかな?』


『はは、なんだか今日は絶好調だな。』


『もうね、いろいろ吹っ切れちゃった。嫌だった?』


『いやまぁ、私は知らねぇけどよ、友人の距離って普通このくらいなんでねぇの?

 少なくとも、前みたいに離れすぎてるっ手よりかはマシだ。』


『そ、そう。それならよかった…


 ─よっこいしょ。とりあえずはい、軽く止血しただけだけど、包帯とかいる?』


『多分いらないだろ、このくらい。

 変に目立って心配されるのも面倒だし。』


『狛枝君さては結構これ系に見分がある感じですか!

 いやー、よく意味も分からぬまま一応包帯だけもらって心配されたがる人とかいるんだよねー』


『そりゃ昔は全部ひとりでできなきゃいけなかったしな。自分の怪我がどのくらいかなんて、自分でよく

 わかってるつもりだ。

 

 今回だって、わざわざやってもらう必要はなかったってのに…お前がどうしてもって言うから。』


『やっぱ過酷なんだね。ほんと、平和になってよかったなぁ。

 消毒しても微動だにしないのはさすがに驚いたけど…』


『慣れだ。別にそれ以上でも以下でもない。

 もう大丈夫だよな?私は教室行くけど、お前はどうする?』


とはいえ、こういう外傷自体は久しぶりな気がする。

見慣れたつもりだった血も、こうまじまじと見ると、やはり気分が…


きっと皆そう思い込んでいるだけで、慣れることだって、何もかも忘れることだって─

そんな身近であった感覚からの隔絶は、そう簡単にできないのだろう。


そのくせ、新しいものというのは、早々に覚えることも忘れることすらできないというのは…中々皮肉なことに思える。

まぁ、世界中に存在する対比なんて、大体そんなものなのかもしれない。


『私は戻ってもいいんだけど、教室行くんでしょ?

 一人で行き方わかるの?』


『…』


意図しているわけじゃないが、私は新しいことを覚えることが苦手なうえ、最近のことは何かと記憶に残りにくい。主に、昔の記憶が頭の大半の容量を占めているせいなのだが…


『同伴…お願いします…』


そのせいで、こんなにも惨めなことになっている…

本当に面目がない。







惨めに先導され、到着した教室は…なぜだろうか。

誰もいない、のは当然なのだが、それ以上に何か…妙な寂しさというか虚しさというか。

埃っぽい哀愁を感じる。…とても嫌な予感も。


これは…なんだろうな。

デジャブ…とはまた違う、あまり一般的ではないがジャメブ、というものなのだろうか。

はたまた…まぁ、こういう時は大抵私の勝手な勘だ。


…そして、私のこういう勘は大抵当たってしまう。


ただなぁ…今日ここに来ることなんてもうないだろうしなぁ。

自分の勘という感覚にも違和感を覚えているのは…私が変わっている証拠ともいえるのだろうか。




数歩進んだところで、机の上に何かを感じる。

机の上に平衡に置かれた薄物は…本当に見えにくい。


しかし何と喜ばしいことに、私は人間である。

一度した過ちを学習し、未来へと活かすことができる生物である。


そう、過去の過ち。

とてもくだらない、致命的な過ち。



机にあった紙らしき何かを持ち上げた狛枝君は、それをじっと見つめて固まってしまった。

内容が気にならない、なんてことはないのだが…なんだか、今は近づくべきではない雰囲気を感じる。


別に彼が何かをしてるわけじゃない。

なんなら、何もしていない。


表情だって、筋繊維一つすら動いていないんじゃないのかと、息をするのも忘れているのじゃないかと。

そんな風に思わせるほどに、彼は…意味深、というのだろうか。そんな感じ。



─と言っても、今この状況で彼を置いてどっかに行くというのも…心配というか、私がそこまで不愛想に思われるのも…私にとっても良いこととは言えないだろう。


─かといって、この場にただ居るだけなのは…


気まずい。

とても。


結局私は、探すものなんてないのに教室を見渡す。

何かを時間をつぶせるものを求めて。


そうして見つけ出したのは、私の机にある簡易的な医療器具の入ったありふれた小袋。


医療器具、なんて大層な言葉を使ったが、実際はただの絆創膏とか包帯とか、そのくらいのものだ。

する必要なんてないのに、私は医療器具の点検を始める。


なんともまぁびっくり。

私には絆創膏という、なんとも頼りない装備しかもっていなかった。

医療関係者としては恥ずべき状況なのだろうが、結局私が持ってこなくたって、とてつもない設備のそろった保健室には何でもある。


さらにここは世界一安全と言われた国の中で、最も安全と言われている施設。

こんな場所で、そんな大層な医療器具を使うことはない…はず。


まぁ、今日という日だけはどうなるかなんてわからないんだけどね…



あーあ、何も起きませんように。


少し早めな七夕の願いを、私は晴天の空に掲げた。



少し長めの物思いにふけたところで、手元のそれを読み終えた。


どうもこうも、やはり私は自分が思っている以上に、未練たらたらな野郎なのかもしれない。

だが…やはりそう簡単に切り離せるものではないし、簡単に切り離して良いものではないと思う。


まぁ、こんなこと私の勝手な考えでしかないわけだが…私のことだからなんだっていいんだけどな。


…完全に忘れていたが、ここにいるのは私だけではなかった。


『ごめんな、仁南。変に時間かかっちまって。』


『いやいや私は全然大丈夫なんだけど…

 その…狛枝君のほうは大丈夫?』


『心配してもらうほどじゃない。悪いな、無駄に気遣わせて。

 んじゃ、お前がいいなら戻るぞ。』


雑ながらも、ある程度は綺麗になるように重ね、軽く折る。

なんとも面倒くさい記述は…一度無視しよう。


『…わか、ったけど…本当に大丈夫?

 なんというか…とっても考え事してたみたいだけど…結局あの紙は何だったの?』


『あれな、古波蔵からの…なんてんだろうな。伝言?手紙?みたいなもんだ。

 手書きだったんだがな、字が汚くて時間かかってたんだ。』


『─そっかぁ…』



そんなこんなで、再び繰り出された荒野は、普段から見たことがあるはずなのだが…



─違和感が否めない。


今回出た扉は普段使いしているものだ。

そう…普段使いしているにも関わらず、私が違和感を覚えている。

いわば、違和感を覚えていることで違和感が生まれている。


言語化できないがゆえに違和感というのだが、今回ばかりは原因も理由もわからない。

それが故に、私は初めて…なのだろうか。真の違和感というものに苛まれる。


繰り返しなくだらない思考になってしまうのだが、あの裏路地と似て非なるものを感じる。


…とても使いこなせるようには思えないのだが。





闇雲に歩いてみれば、到着するのはやはり私の望む目的地。

やはり、あの裏路地とは違う気がする。


周りが開放的だからだろうか。

ここには、あそこにはないものが多々ある。


木々の香り、小鳥のさえずり、咲き誇る花。

そして、それらを照らす美しい太陽に、涼しい風。

最も異なるのは、やはりこの綺麗すぎる空気。


私は、これまでの人生の大半…九割五分を、濃淡さまざまな汚れ切った世界を生きてきた。

そんな私にとって、これほど綺麗な空気というのは…正直、今でも吐き気がするくらい─苦手だ。



座席に戻る中…私たちは今からでも教室に戻りたいと思っているのだろう…

彼女のことは正直他の人ほどわからないが、今だけは意見が一致していると思う…


先ほどまで閑散としていた観客席が…騒がしい。

むろん時間が経過しているから、人が増えていることは当然なのだが、ここはそんな簡単に言い表せるほど、正常な騒がしさではない。


まぁ…こういう場合の原因は、概ね予想がつく。

例えば、有名アイドルがサイン会をしてるだとか…


『はいはいみんなーちゃんと1列に並んでねー

 じゃなきゃ、サイン書いてあげないよー』


ほーら言わんこっちゃない。

我らがアイドルこと古波蔵が、何やら人を集め騒がしている。


無自覚だろうが、そこらには私たちの荷物がある。非常に迷惑なので今すぐやめていただきたい。


『あはは…古波蔵さん、やっぱすごい人気だね…

 サイン会やってるっていうのは、ちょっと珍しいけど。』


そう。

私にはあんな態度だから忘れてしまいそうだが、彼女は一応塩対応系アイドルでやっているのだ。

まぁ…実際にはどの事務所にも入っていないし、活動という活動もしていないので、ファンの皆が勝手にアイドルと呼んでいるに過ぎない。


そう。

彼女はノリノリに見えるので忘れてしまうそうになるのだが、彼女はファンと名乗る勝手な奴らから、アイドルと崇められてるに過ぎない。

たとえ彼女であっても、塩対応系アイドルだなんて分類されるというのは、不憫と言わざるを得ない。



そんな彼女に、軽々しく「他の奴らと仲良くしろ」なんて言ってしまった私にも、この状況を作り出した責任があるし、私ももはやそういう加害者の1人ともいえる。


結局私がしていることもその勝手なファンの勝手なエゴによる欲望と何ら変わりない。

完全に無関係な人ばかりを巻き込んでは、無理やりこちらに引き釣り込む。

…まだ出会って数か月ではあるが、正直私は他人に色々と託し過ぎているようにも思える。


自信の罪の自覚を軽くしようと、自白で罪を償った気になっているのか。

はたまた、単に誰かに話したかっただけなのか。


今は私の、このクソくだらない思考のことなんて、どうでもいい。

今の私は、この責任を果たさなければならない、どうにかして。



…と言ってもだ、私が何をやったとて、彼女の助けになるのだろうか。

正直何をしたらいいのだか、さっぱりわからない。

まさに善を積み慣れていない、意志のみが先行するだけの…きっとそんな偽善者。



んま、やらない善よりやる偽善だ。


─それに、私が何かを間違えて彼女に嫌われたら、それはそれで都合がいい。

あぁ、私はなんていい性格なのだろう!友人にもよく言われる。


…しかしながら、いくら私の性格が良けれど、こういう時にどうすればいいなのかなんてわからない。


『あははー…なんだか私たちの荷物を置いたであろうところ、なんだか物凄い盛り上がってるね…

 どうしようか…近くをうろうろしててもいいけど…もうすぐ開会式始まるし、微妙だよね…』


『…そんなら、普通に荷物のとこで待つとするかね。』


『え。あ、え、えぇ…?

 本気で言ってるの?それ…』


『当然だろ。

 もともとも私たちがあそこに荷物置てたんだ。

 

 あとから来た奴らのほうが、優先権なら低いだろ。

 別に並んでるやつらはここに荷物があるわけでもないし。』


『た、確かにそうだけどさ…

 あそこ…列の真っただ中というか、今の列がちょっとでも崩れたら、物凄い邪魔になるよ?』


『別にいんでねぇの?

 あいつらこんなところで並んで、もともと荷物置いてる私たち邪魔してんだ。


 それに…』


…少しだけ、言葉に詰まる。


『それに…?』


馬鹿正直に言えるわけもない。

が、私の最近の嘘は…結構見破られやすいらしい。


『それに…


 私は厄介ファンに気づかいほど、いい性格をしてないんでな。』


薄っぺらい理由。

ただ、この言葉は偽りでもなんでもない、また別の真実。


『えぇ…?なんか…薄いというか…そんなことだけでよく行こうと思えるね…

 何人からヘイトを向けられるかわかんないんだよ?

 

 やっぱり先のこととかよく考えて…』


『いいや、行くね。

 先のことも考えた、私なりの最善手だ。』


『えぇー…本当に行くの…?

 

 ─先人は狛枝君が切ってね…?私はついていくだけだからね?』


『あったりめぇよお!

 ついてきんしゃーい!』


『え、誰?』


「うおーーー!」なんて言う雄叫びと共に、偽善者の犠牲となるファンに突っ込む。




─なんてことは当然できず、無言でずかずかとかき分けかき分け…そんな数分の格闘の末、ようやく古波蔵と私たちの荷物を見つける。


あいにく、私たちの荷物はサイン会場の一段下においている。

そんなんだからファンたちには…冷たい視線を送られ、見下され…


別に気にしてなんかない。

今更こういうことをされても苛立ちはしないし、別に視線を感じるだけ。それ以上でも以下でもない。



─ただ、一つ。


たった一つの重要な視線を感知するため、という特定条件下では…実に鬱陶しい。



はぁ…こうなっては感覚は無理だな。

実際に確認するくらいしか、ほかの視線をすべて消さなければ…クソほど参考にならない感覚を頼ってしまうことになる。


うーん…自分で突っ込んでおいてあれだが…実に振り返りずらい。

今更ちっとやそっとの恨みが増えたとて、私の平穏な人生設計はすでに崩壊しているので…まぁ、ノーダメージ…?



─恨みを浴びながら確認した視線。


とても良い表情とはいえるものではなかったが、その内側には…まぁ、それらしい安心した様子もあって、ひとまず一安心といったところか。

…私のせいでこうなってるのにな。実に無責任なクソ野郎だ。


んま、そんなら…私もやるべきことをこなすしかないのかぁ…



私に少し視線を奪われ、ロット?というのだろうか。

上手いこと回っていたペースが崩れる時。現在は都合よく開会式数分前。


『は、はーいみんなー!

 そろそろ始まっちゃうから、席に戻ってくださーい!

 

 もらえなかった子はごめんねー!

 時間があるときにまた描いてあげるからー!』


会場中に響き渡るほどのものではない、しかし並んでいる人にはしっかりと聞こえる声量。

やはりこういう技術は、アイドルをやっていれば身につくものなのだろうか。


そしてこちらは…特別透き通るわけでも、響き渡るわけでもない、しかしなんとなく重々しい空気を感じさせる、ため息や愚痴の数々。

やはりこういうことは、醜い人生を送っていれば身につくものなのだろうか。



『─長らくお待たせいたしました。これから─』


このムードから始まる体育祭。

不安がないといえば嘘にはなるが、どうせ何とでもなるという、諦められるほどの信頼もある。


『んじゃ、私はトイレにでも行ってくるかな。』


『今!?ちょうど今から開会式始まるんだよ!?』


『だからこそ、だ。』


『えぇ…?何言ってるの…狛枝君…』


『はいはい、とりあえず私は行くから。

 …頑張れー』


『え、ちょ、ま─』


開会のMCだの、騒々しいBGMだとか…なんともキンキンする中で、かき消される声は聞こえない。

フリをしておく。


『…ね ぇ!』


私が見えなくなっただけですぐさま目的をとらえに行く。

…おっそろしいことしてんな…あいつ。


ま、私ができることはやった。

あとは…はぁ。




─不本意いだ。


不本意なんだ、これは。


そう自分にい聞かせないと、この木偶の棒ない、飾り付けられた荒野。


広大な土地とは裏腹に、思ったよりも目的地に早く到着した。

あの路地とは同じ種類なのだろうが、慣れていないか、はたまた別の理由化は知らないが、どこか重ならない部分がある気がする。


そしてこの競技場。

ここまでの道とは異なり、果ては見えるが、それにしても広大。

校内に、一つ競技場のドームを置く学校なんて聞いたことあるか?

…そんなドームに私は実際に行ったことはないもんで、わかったもんじゃないが、やはりどこまで行っても規格外という言葉が似合う。


指定された座席内、といってもうちの全校生徒数で考えたとしても明らかに余り過ぎている範囲内に、適当に荷物を並べ、見たくもないコートは一度見納めだ。


誰もいない、視線もない。

これほど静かな感覚はいつぶりだろうか。寂しさがないといえば嘘にはなるが、皆も時には一人の時間も欲しくなるだろう。


…これほど視線のなさに違和感を覚え、それと同時にそんなことにも寂しさを覚えている自分に…とても苛立つ。


『んで…校舎はどこだったかな。』


再び繰り出した荒野には、目印になるもの自体は一応存在しているため、普通に生活するうえでは慣れれば問題はなさそうに思える。

ここでの問題は、その目印らしきものを私が今日初めて見るということ。


『えっとね…後ろの競技場が南だから、ここからこう…こう…うまいことこの角度で行けば行けそう。』


独り言のつもりだったが、いつの間にか隣にはおそらく北北西を指しながら、目を細める少女がいた。


『なんだ仁南、ここで待っててもいいんだぞ?

 嫌というほど時間はあるけど、中には小倉もいただろ?』


『え、あぁ…付いて行ったら迷惑、だったかな…?』


『いや?実際助かってるわけだし、私はいいんだがな。

 私のためにお前に時間を取らせるのはどうかと思っただけだ。

 というか過剰に気遣わせて、こっちのほうが迷惑かけてないか心配するくらいだ。』


『いやいや、私は全然迷惑だなんて。

 さっきのお礼の分もあるし…どうせ暇だから準備運動がてら動きたかったし…』


『そいつは…小倉がちょっと不憫だな。』


今思えば、不憫という言葉はおそらく、世界で一番彼に似合わない。

彼へと降ってゆく面倒ごとを、まるで喜ぶように受け止める。


微塵も苦しそうな姿は見せない。実際に苦しんでいないかどうかは知らないが、周りから見てみれば、やりたいことをやっているだけのように見える、純粋な正義の持ち主。


『はは…確かに申し訳ないこともしたかもしれないね…

 まぁでも、なんやかんや彼も忙しそうだったし…私たちが気にしすぎなだけってことはありそう。』


『あいつもこのくらいでどうとか思うやつじゃないだろうからな。』


…そして残念なことに、純粋すぎるもの、とくに正義というものはいつだって腐るためにあるといってもいい。少なくとも、フィクションではいつもそうなる。

 

それでも、きっと彼は不憫ではない。

…これも運命か、救えるのなら救いたいものだ。


『さて、私たちもやるべきことをやりましょうか。』


『おぉ…狛枝君の敬語…なんか新鮮かも…?』


『私は意外と礼儀正しいんだな、これが。』


失礼な譲さんと話していると、気づけば荒野の果てには見慣れた校舎。

今思えば、いつもどうやってここまで来ているかも…鮮明には覚えていない。


あぁ…いつも誰か隣にいたっけ。惨めだなぁ…高一になっても一人で歩けないとは…


『ひとまず、教室とかより先にその手の治療だからね!

 ほんと…馬鹿みたいに出血して…』


怪我だの病気だの、そういう話題になった時のこいつの言葉は…私でも中々圧倒されるものがある。


おそらくキレている彼女の視線から離れないのは、私の左手。

なんとも不器用な私は、結局何かを破壊だの傷つけなければ、自身の沸騰を抑えられない。


『患者さんにこんなこと言うもんじゃないけど、すごい握力だねぇ。

 ちょっと私も試してみたけど、出血どころか皮すら切れる気配もないんだけど…


 爪とかのせい…?ってわけでもないのね、あなた…

 びっくりするくらい短いし…』


『そりゃ爪剥がれたりしたら痛いだろ。』


無意識下での発散故、本能レベルに刻まれた昔の技術が引き出され、自分自身に活用し自滅。

なんて馬鹿なのだろうか。


『そういうことじゃなくてさぁ…─

 まぁなんでもいいんだけど…


 というか、普通にやってもできる気配すらしないってことは、やっぱり昔の技術ってやつ…?』


『…お前ほんと今日勘いいよな。

 それともなんだ、もしかして全部知ってたりすんのか?』


『だとしたら、私は狛枝君のすべてをどこで知れるのかな?』


『はは、なんだか今日は絶好調だな。』


『もうね、いろいろ吹っ切れちゃった。嫌だった?』


『いやまぁ、私は知らねぇけどよ、友人の距離って普通このくらいなんでねぇの?

 少なくとも、前みたいに離れすぎてるっ手よりかはマシだ。』


『そ、そう。それならよかった…


 ─よっこいしょ。とりあえずはい、軽く止血しただけだけど、包帯とかいる?』


『多分いらないだろ、このくらい。

 変に目立って心配されるのも面倒だし。』


『狛枝君さては結構これ系に見分がある感じですか!

 いやー、よく意味も分からぬまま一応包帯だけもらって心配されたがる人とかいるんだよねー』


『そりゃ昔は全部ひとりでできなきゃいけなかったしな。自分の怪我がどのくらいかなんて、自分でよく

 わかってるつもりだ。

 

 今回だって、わざわざやってもらう必要はなかったってのに…お前がどうしてもって言うから。』


『やっぱ過酷なんだね。ほんと、平和になってよかったなぁ。

 消毒しても微動だにしないのはさすがに驚いたけど…』


『慣れだ。別にそれ以上でも以下でもない。

 もう大丈夫だよな?私は教室行くけど、お前はどうする?』


とはいえ、こういう外傷自体は久しぶりな気がする。

見慣れたつもりだった血も、こうまじまじと見ると、やはり気分が…


きっと皆そう思い込んでいるだけで、慣れることだって、何もかも忘れることだって─

そんな身近であった感覚からの隔絶は、そう簡単にできないのだろう。


そのくせ、新しいものというのは、早々に覚えることも忘れることすらできないというのは…中々皮肉なことに思える。

まぁ、世界中に存在する対比なんて、大体そんなものなのかもしれない。


『私は戻ってもいいんだけど、教室行くんでしょ?

 一人で行き方わかるの?』


『…』


意図しているわけじゃないが、私は新しいことを覚えることが苦手なうえ、最近のことは何かと記憶に残りにくい。主に、昔の記憶が頭の大半の容量を占めているせいなのだが…


『同伴…お願いします…』


そのせいで、こんなにも惨めなことになっている…

本当に面目がない。







惨めに先導され、到着した教室は…なぜだろうか。

誰もいない、のは当然なのだが、それ以上に何か…妙な寂しさというか虚しさというか。

埃っぽい哀愁を感じる。…とても嫌な予感も。


これは…なんだろうな。

デジャブ…とはまた違う、あまり一般的ではないがジャメブ、というものなのだろうか。

はたまた…まぁ、こういう時は大抵私の勝手な勘だ。


…そして、私のこういう勘は大抵当たってしまう。


ただなぁ…今日ここに来ることなんてもうないだろうしなぁ。

自分の勘という感覚にも違和感を覚えているのは…私が変わっている証拠ともいえるのだろうか。




数歩進んだところで、机の上に何かを感じる。

机の上に平衡に置かれた薄物は…本当に見えにくい。


しかし何と喜ばしいことに、私は人間である。

一度した過ちを学習し、未来へと活かすことができる生物である。


そう、過去の過ち。

とてもくだらない、致命的な過ち。



机にあった紙らしき何かを持ち上げた狛枝君は、それをじっと見つめて固まってしまった。

内容が気にならない、なんてことはないのだが…なんだか、今は近づくべきではない雰囲気を感じる。


別に彼が何かをしてるわけじゃない。

なんなら、何もしていない。


表情だって、筋繊維一つすら動いていないんじゃないのかと、息をするのも忘れているのじゃないかと。

そんな風に思わせるほどに、彼は…意味深、というのだろうか。そんな感じ。



─と言っても、今この状況で彼を置いてどっかに行くというのも…心配というか、私がそこまで不愛想に思われるのも…私にとっても良いこととは言えないだろう。


─かといって、この場にただ居るだけなのは…


気まずい。

とても。


結局私は、探すものなんてないのに教室を見渡す。

何かを時間をつぶせるものを求めて。


そうして見つけ出したのは、私の机にある簡易的な医療器具の入ったありふれた小袋。


医療器具、なんて大層な言葉を使ったが、実際はただの絆創膏とか包帯とか、そのくらいのものだ。

する必要なんてないのに、私は医療器具の点検を始める。


なんともまぁびっくり。

私には絆創膏という、なんとも頼りない装備しかもっていなかった。

医療関係者としては恥ずべき状況なのだろうが、結局私が持ってこなくたって、とてつもない設備のそろった保健室には何でもある。


さらにここは世界一安全と言われた国の中で、最も安全と言われている施設。

こんな場所で、そんな大層な医療器具を使うことはない…はず。


まぁ、今日という日だけはどうなるかなんてわからないんだけどね…



あーあ、何も起きませんように。


少し早めな七夕の願いを、私は晴天の空に掲げた。



少し長めの物思いにふけたところで、手元のそれを読み終えた。


どうもこうも、やはり私は自分が思っている以上に、未練たらたらな野郎なのかもしれない。

だが…やはりそう簡単に切り離せるものではないし、簡単に切り離して良いものではないと思う。


まぁ、こんなこと私の勝手な考えでしかないわけだが…私のことだからなんだっていいんだけどな。


…完全に忘れていたが、ここにいるのは私だけではなかった。


『ごめんな、仁南。変に時間かかっちまって。』


『いやいや私は全然大丈夫なんだけど…

 その…狛枝君のほうは大丈夫?』


『心配してもらうほどじゃない。悪いな、無駄に気遣わせて。

 んじゃ、お前がいいなら戻るぞ。』


雑ながらも、ある程度は綺麗になるように重ね、軽く折る。

なんとも面倒くさい記述は…一度無視しよう。


『…わか、ったけど…本当に大丈夫?

 なんというか…とっても考え事してたみたいだけど…結局あの紙は何だったの?』


『あれな、古波蔵からの…なんてんだろうな。伝言?手紙?みたいなもんだ。

 手書きだったんだがな、字が汚くて時間かかってたんだ。』


『─そっかぁ…』



そんなこんなで、再び繰り出された荒野は、普段から見たことがあるはずなのだが…



─違和感が否めない。


今回出た扉は普段使いしているものだ。

そう…普段使いしているにも関わらず、私が違和感を覚えている。

いわば、違和感を覚えていることで違和感が生まれている。


言語化できないがゆえに違和感というのだが、今回ばかりは原因も理由もわからない。

それが故に、私は初めて…なのだろうか。真の違和感というものに苛まれる。


繰り返しなくだらない思考になってしまうのだが、あの裏路地と似て非なるものを感じる。


…とても使いこなせるようには思えないのだが。





闇雲に歩いてみれば、到着するのはやはり私の望む目的地。

やはり、あの裏路地とは違う気がする。


周りが開放的だからだろうか。

ここには、あそこにはないものが多々ある。


木々の香り、小鳥のさえずり、咲き誇る花。

そして、それらを照らす美しい太陽に、涼しい風。

最も異なるのは、やはりこの綺麗すぎる空気。


私は、これまでの人生の大半…九割五分を、濃淡さまざまな汚れ切った世界を生きてきた。

そんな私にとって、これほど綺麗な空気というのは…正直、今でも吐き気がするくらい─苦手だ。



座席に戻る中…私たちは今からでも教室に戻りたいと思っているのだろう…

彼女のことは正直他の人ほどわからないが、今だけは意見が一致していると思う…


先ほどまで閑散としていた観客席が…騒がしい。

むろん時間が経過しているから、人が増えていることは当然なのだが、ここはそんな簡単に言い表せるほど、正常な騒がしさではない。


まぁ…こういう場合の原因は、概ね予想がつく。

例えば、有名アイドルがサイン会をしてるだとか…


『はいはいみんなーちゃんと1列に並んでねー

 じゃなきゃ、サイン書いてあげないよー』


ほーら言わんこっちゃない。

我らがアイドルこと古波蔵が、何やら人を集め騒がしている。


無自覚だろうが、そこらには私たちの荷物がある。非常に迷惑なので今すぐやめていただきたい。


『あはは…古波蔵さん、やっぱすごい人気だね…

 サイン会やってるっていうのは、ちょっと珍しいけど。』


そう。

私にはあんな態度だから忘れてしまいそうだが、彼女は一応塩対応系アイドルでやっているのだ。

まぁ…実際にはどの事務所にも入っていないし、活動という活動もしていないので、ファンの皆が勝手にアイドルと呼んでいるに過ぎない。


そう。

彼女はノリノリに見えるので忘れてしまうそうになるのだが、彼女はファンと名乗る勝手な奴らから、アイドルと崇められてるに過ぎない。

たとえ彼女であっても、塩対応系アイドルだなんて分類されるというのは、不憫と言わざるを得ない。



そんな彼女に、軽々しく「他の奴らと仲良くしろ」なんて言ってしまった私にも、この状況を作り出した責任があるし、私ももはやそういう加害者の1人ともいえる。


結局私がしていることもその勝手なファンの勝手なエゴによる欲望と何ら変わりない。

完全に無関係な人ばかりを巻き込んでは、無理やりこちらに引き釣り込む。

…まだ出会って数か月ではあるが、正直私は他人に色々と託し過ぎているようにも思える。


自信の罪の自覚を軽くしようと、自白で罪を償った気になっているのか。

はたまた、単に誰かに話したかっただけなのか。


今は私の、このクソくだらない思考のことなんて、どうでもいい。

今の私は、この責任を果たさなければならない、どうにかして。



…と言ってもだ、私が何をやったとて、彼女の助けになるのだろうか。

正直何をしたらいいのだか、さっぱりわからない。

まさに善を積み慣れていない、意志のみが先行するだけの…きっとそんな偽善者。



んま、やらない善よりやる偽善だ。


─それに、私が何かを間違えて彼女に嫌われたら、それはそれで都合がいい。

あぁ、私はなんていい性格なのだろう!友人にもよく言われる。


…しかしながら、いくら私の性格が良けれど、こういう時にどうすればいいなのかなんてわからない。


『あははー…なんだか私たちの荷物を置いたであろうところ、なんだか物凄い盛り上がってるね…

 どうしようか…近くをうろうろしててもいいけど…もうすぐ開会式始まるし、微妙だよね…』


『…そんなら、普通に荷物のとこで待つとするかね。』


『え。あ、え、えぇ…?

 本気で言ってるの?それ…』


『当然だろ。

 もともとも私たちがあそこに荷物置てたんだ。

 

 あとから来た奴らのほうが、優先権なら低いだろ。

 別に並んでるやつらはここに荷物があるわけでもないし。』


『た、確かにそうだけどさ…

 あそこ…列の真っただ中というか、今の列がちょっとでも崩れたら、物凄い邪魔になるよ?』


『別にいんでねぇの?

 あいつらこんなところで並んで、もともと荷物置いてる私たち邪魔してんだ。


 それに…』


…少しだけ、言葉に詰まる。


『それに…?』


馬鹿正直に言えるわけもない。

が、私の最近の嘘は…結構見破られやすいらしい。


『それに…


 私は厄介ファンに気づかいほど、いい性格をしてないんでな。』


薄っぺらい理由。

ただ、この言葉は偽りでもなんでもない、また別の真実。


『えぇ…?なんか…薄いというか…そんなことだけでよく行こうと思えるね…

 何人からヘイトを向けられるかわかんないんだよ?

 

 やっぱり先のこととかよく考えて…』


『いいや、行くね。

 先のことも考えた、私なりの最善手だ。』


『えぇー…本当に行くの…?

 

 ─先人は狛枝君が切ってね…?私はついていくだけだからね?』


『あったりめぇよお!

 ついてきんしゃーい!』


『え、誰?』


「うおーーー!」なんて言う雄叫びと共に、偽善者の犠牲となるファンに突っ込む。




─なんてことは当然できず、無言でずかずかとかき分けかき分け…そんな数分の格闘の末、ようやく古波蔵と私たちの荷物を見つける。


あいにく、私たちの荷物はサイン会場の一段下においている。

そんなんだからファンたちには…冷たい視線を送られ、見下され…


別に気にしてなんかない。

今更こういうことをされても苛立ちはしないし、別に視線を感じるだけ。それ以上でも以下でもない。



─ただ、一つ。


たった一つの重要な視線を感知するため、という特定条件下では…実に鬱陶しい。



はぁ…こうなっては感覚は無理だな。

実際に確認するくらいしか、ほかの視線をすべて消さなければ…クソほど参考にならない感覚を頼ってしまうことになる。


うーん…自分で突っ込んでおいてあれだが…実に振り返りずらい。

今更ちっとやそっとの恨みが増えたとて、私の平穏な人生設計はすでに崩壊しているので…まぁ、ノーダメージ…?



─恨みを浴びながら確認した視線。


とても良い表情とはいえるものではなかったが、その内側には…まぁ、それらしい安心した様子もあって、ひとまず一安心といったところか。

…私のせいでこうなってるのにな。実に無責任なクソ野郎だ。


んま、そんなら…私もやるべきことをこなすしかないのかぁ…



私に少し視線を奪われ、ロット?というのだろうか。

上手いこと回っていたペースが崩れる時。現在は都合よく開会式数分前。


『は、はーいみんなー!

 そろそろ始まっちゃうから、席に戻ってくださーい!

 

 もらえなかった子はごめんねー!

 時間があるときにまた描いてあげるからー!』


会場中に響き渡るほどのものではない、しかし並んでいる人にはしっかりと聞こえる声量。

やはりこういう技術は、アイドルをやっていれば身につくものなのだろうか。


そしてこちらは…特別透き通るわけでも、響き渡るわけでもない、しかしなんとなく重々しい空気を感じさせる、ため息や愚痴の数々。

やはりこういうことは、醜い人生を送っていれば身につくものなのだろうか。



『─長らくお待たせいたしました。これから─』


このムードから始まる体育祭。

不安がないといえば嘘にはなるが、どうせ何とでもなるという、諦められるほどの信頼もある。


『んじゃ、私はトイレにでも行ってくるかな。』


『今!?ちょうど今から開会式始まるんだよ!?』


『だからこそ、だ。』


『えぇ…?何言ってるの…狛枝君…』


『はいはい、とりあえず私は行くから。

 …頑張れー』


『え、ちょ、ま─』


開会のMCだの、騒々しいBGMだとか…なんともキンキンする中で、かき消される声は聞こえない。

フリをしておく。


『…ね ぇ!』


私が見えなくなっただけですぐさま目的をとらえに行く。

…おっそろしいことしてんな…あいつ。


ま、私ができることはやった。

あとは…はぁ。




─不本意いだ。


不本意なんだ、これは。


そう自分にい聞かせないと、この木偶の坊な足もぽきっと折れてしまいそうだ。


残念ながら、私が折れるのはもう少し先の話らしい。

…なんて決意の抱き方だ。


進み進み、ひたすら突き進み、たどり着く先。


室内。


たかが学校のグラウンドにいたはずなのに、探索を進めるにつれ、ここはまるで…そこらのドーム、だよなぁ…完全に。

あの、選手控えだとかなんだのに繋がっている、グラウンドの室内。


妙に質素な雰囲気は、独特の高級感を感じる。

単に非日常的だからなのだろうか。


やはり、質素・シンプルというのはいい。

変にごちゃごちゃした壁紙だとか、価値すらわからんそれっぽい装飾品だとか。

そういう不純物がないのは…昔に戻ったみたいで落ち着く。


ただ…シンプルが故に…やはり、私はよく迷う。





『…あなた…自分がどれだけ遅れてきたかわかってる?』


『そーいや時計何て持ち歩いたことなんてほとんどなかったな。

 スマホも荷物のほうにおいてきちまったし。』


『そういうことじゃないんだけど…?

 あなた…自分の米に立って人が誰かわかってる?』


『残念ながら私は存じ上げない。

 一体あんたが、どこのアイドルかなんてな。』


『あのねぇ!?私は、あの完璧アイドルこと古波蔵こいしの!

 あの最高に可愛くて最高で究極で天才で秀才でなんでもできるなんていう天賦の才を持って生まれた

 にもかかわらずファンのいない私だけが知っている中で絶え間ない努力をしてて前までは塩対応だっ

 たファンサも最近ではよくするようにもなってただでさえ突出してる人当たりの良さがあの良すぎる顔

 も相まって人気が爆発し、て、て…


 ちょっと待って…こいしちゃんが積極的なファンサを始めたのは、入学してこいつとばかり話すように

 なってから…


 あんた!私のこいしちゃんに何吹き込んだの!

 もちろんサービスしてるこいしちゃんも可愛いけど、ああいうのは私の前だけで十分なの!

 それで尊死するファンが増えちゃったらどうするの!』


大きく息を吸い


『あなたにわざわざほかのファンを減らしてもらわなくたって!

 こいしちゃんにとって私はNo.1なの!』


この量を二呼吸でって、肺活量すごいなぁ…


…やっと終わったのかなんていう愚問は抜くとしても、呼び出されたら現地に行き、用件を聞く。

そして…今回の場合は非常に不本意ではあるが、敬意を払う。

私を私たらしめる、引きずり持ったポリシー。


『…んで、呼び出した要件はなんですか?

 その面倒くさいお気持ち表明をこれ以上続けるのなら、私は戻りますけど。』


『ふふ…まぁそうね。

 私とこいしちゃんの高尚な愛をあなたに語っても仕方ないしね。』


妙に自信に満ちた態度。

無論鼻につくものはあるが、別にここで行ってもどうしようもない。


ここは大人らしく、関わらないのが正解だ。


『んじゃ、低俗な私はこれで失礼しますね。』


『ちょぉっと待ちなさい!?

 この私が!あなたに依頼を受けさせてあげようといっているの!

 話くらい聞きないさい!』


図々しい、折れることのない太々しい態度。

真にこんなやつなのか、はたまた見栄っ張りなのか。


『そーゆー依頼だとかなら、お抱えのファンにでも依頼すればいいんじゃないですか?

 なんで私が─』


『もちろん!これはあなたにも関係しているからねぇ!』


『…それはどういう…


 はぁ…とにかく、話だけは聞きましょう。』


はっきり言って今の私なら、どこかで尾行されて気づかないなんてこともあり得る。

別に握られて困るような弱みはないのだが、いささか面倒なことになるのは避けたい。


『ふぅ…ようやく話を聞くに気になったわね。

 おかげで多少落ち着いたわ。


 それで本題だけど、一回で聞いて覚えなさいね?これも誰が聞いているかわからないんだから…』


舐めるなよクソガキ、という思いをこらえ…ただやっぱイラついたので、顔には出しておく。


『今年の子の体育祭には…実はとても大きな陰謀が隠れているの…

 このことを知っているのはこいしちゃんと、その陰謀を起こそうとしている首謀者、そして偶然こいし

 ちゃんに盗聴器をつけていて、その話を聞いた私だけ。』


当のクソガキさんは私の険しい表情にも気づく様子はないく、なにやらスパイごっこでもするかのように、それっぽく小声で私に自身の犯行を自白してくる。


はたから見れば、棒立ちの一般高校生男子に、二大アイドルの一端が周りを警戒するようなそぶりを見せながら、何かをコショコショと話しているという、なんとも意味の分からない状況になっている。


ちなみに、当の本人は実に不愉快である。


『そこでの首謀者…といっても声の様子的に複数人なのだけれど、彼らはなんと…』


なんと…?


『この体育祭で、こいしちゃんのいるチームを勝たせたら、こいしちゃんになんでもお願いできる権利

 を要求したの…!』


なるほど。

どこでかは知らないが、私の素性を知り、小汚い大人から古波蔵を守るために、特大の犯罪者を利用しよう、言う話なのだろう。

残念ながら、私には全く手伝う気なんてない。


『私も実際にあって、そいつらをいろいろ問い詰めたんだけどね?

 だーれも答えちゃくれなかったんだよね、そりゃそうだけど。』


ほう。

あまりアイドルのことなんて知らなかったが、そんな大物に真っ向から会えるなんて、私が思っている以上にそういった権限があるらしい。


『それで、あなたには子の体育祭でそいつらをぶっ飛ばしてほしいって話。』


そんな犯罪者が犯行現場にのそのそとくるのだろうか。

…まぁ、デスゲームの観客みたいなもんか。


『私にはそんな大物をどうぶっ飛ばせっていうんですか。』


『大物?確かに才能保持者だけど、ただの同級生だよ?

 いや、なんならこういうことをするファンってことで、クソ野郎って言ってもいいくらいだけど。』


戻ろう。


『ちょ、ちょちょちょ!

 ど、どこいくの!まだ話は終わってないんですけ⁉』


もう少し、こう…学校だとか政府だとか、そういう規模で私に関係してくるなら考えはしたのだが…

まさかこんな規模で、こんなしょうもないことに少しでも警戒していた私は、いったい何なのだ。


『そんな学生同士の喧嘩なんて、勝手にやってください。

 私はそういうことに首突っ込むのはごめんです。』


『はぁぁー⁉あんたねぇー!

 自分のファンが!マナーねぇー奴に好き勝手されようとしてんの!

 よぉくほっとけるねぇー!』


『いやまぁ、私は別にファンでもないんで。』


『おんま…あんだけこいしちゃんに好かれておいて、私はファンじゃありませんだぁ⁉

 そんなんじゃ、いつ刺されても文句言えねぇーなぁ!


 …あんだけ信頼してるこいしちゃんが報われませんわー。

 あー報われませんわ!』


『いろいろ言ってるが、私はあくまでただの一般人だ。

 お前ら芸能人とは違う、ただの一般人だ。


 勝手に好かれて勝手に付きまとわられてるのに、そこにファンだからどうだとか信頼がどうだとか。 

 お前らの勝手なエゴでしかないんだよ。


 今のあんたはアイドルである以前に、古波蔵のファンとして、あんたの嫌いなマナーのないファンと

 同列かそれ以下だ。』


『はあ⁉なに責任転換してんの⁉

 こいしちゃんを巻き込んだのはあなたのほうでしょぉー⁉

 

 それなら責任取って、最後までこいしちゃんを守ってあげるのが当たり前なことでしょ⁉』


『お前がそれをどこでしったんだが知らないが、たしかに別件であいつを巻き込んだのを認めよう。

 ただ、これは今お前が話した件とは一切関係ない。

 

 私は巻き込んだ責任を持ち、あいつを守るが、あくまであの件に関係することのみだ。

 今回の無関係な件にまで首突っ込んで守るほど、私はお人好しじゃない。』


『だとしても!

 目の前で知り合い、私は認めてないけど恋人って話なんでしょぉ⁉

 目の前で事件に巻き込まれていて、さらに助けられる距離にいるの!


 それも無視して「関係のない件からー」なんてふざけたことを言ってられるの⁉

 なんて無慈悲なんでしょうね!こいつはぁ!』


『別にただの知り合いってだけだ。そこまでのことをする奴のほうが少ない。

 

 それに、こういうことにさっさと首を突っ込む奴ほど、そのあとの報酬バッカ考えてるんだろ。

 残念ながら私はそこまで扱いやすいやつでもないし、そういうやつだと思われたくないんでな。』


それに…


『はぁー⁉むろん私だってそのくらいわかってるわよ!

 だからこそ、こいしちゃん本人からの信頼もあるって聞いたうえで、お前に相談したんだよ!

 

 まぁ、もういいわ!私が一人で何とかする!

 悪かったわね!あんたみたいなやつに相談したのが間違いだった!

 せいぜい巻きもまれないようにしなさい!』


足早に歩き去る少女を私は無理に追撃しようとしない。


…今更こんなことを言うのはどうかと思うが、私はずっとここまで口論をする気はなかったのだ。

ただ…いや、わからないな。

自分でも自分が何をしたいのかが、全く。



今は、素直に…あんな態度をした時点で素直ではないのだろうが。

たまには純粋に、この異世界のよな格差社会を楽しもう。

─ろくに回収もできない要素ばかりを、まるで自分の好きなことを表現するための道具として彼らを扱うような、そんなクソ野郎どもが…


っと、気づけばここまで熱弁できるなんて。

私もここまで熱中できるようになったのだろうか。


はたまた、彼らへのお情けか。


そこまでの多彩な感情を持ってはいないのだが、少なくともこの先を知ってしまっている私は、表面上だけでも温情というものは湧いて出てくる。

世の人間が、人のそれっぽい苦労話に適当に反応するように。


…いつからだろうか。

はっきりとは覚えているが、自分の意志で記憶から消したがっているが故、最近ではようやくぼやけてきた気がする。


─忘れられもしないのに、何をしてるんだろうな。


自分の行動に理由を求めるというのは誰しもできることではない。

というか、理由を持ってるやつのほうが少ない。

そいつらと同じだと認めるのは癪だが、私も、彼も、それらと同族だ。


少なからず、この先少しは楽しめるだろう。

彼には…少し苦しいのかもしれないが。


           次回 第23話 ─小戦─


─────────────────────────

第22話 ─格差─


意味は『同類の間に生じる、何かしらの能力や事実上などの格付け上の差』。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


ここでは、前書きみたいな独り言や、ちょっとした裏話だとか、そんな感じのことを適当に書いています。

興味がなければ読んでいただなくても結構です。


最近では新しいことを執筆できないもんで、ほかのサイトに投稿する用の文章の手直しだとか、ほかにも小説関連でいろいろやってたんですよね。


そういうところでも自分の文章を読み直してるとですね…やはり初めのほうは鮮明だったやりたいこととかが詰め込まれ過ぎてるし、登場人物の設定もいろいろグチャグチャになってもうてるなぁ思いまして。


面倒なんで誤字脱字とか、微妙な表現を直すだけなんですけどね!


正直、これ以外の作品を執筆する予定はないんですけど、どこかしらでリニューアルしてぇなぁ…という欲もないことはない…


皆さんには関係ないんですけどね、こういう裏事情も私はバンバン露出していきますんで。

嫌なら…慣れてください!


ここまで読んでいただきありがとうございました。

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