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周回少女  作者: i
第2章 ─上演─ <体育祭編>
21/24

第20話 ─昏迷─

前回のあらすじ


旧友との再会。


それは彼の中で何かを強く決心させるとともに、淡い期待を持たせる、結果としては何にもならない経験だった。


何も悔やむことはない。いくら精神がすり減らされようとも、肉体に支障が出ようとも、人生の大半の唯木だという経験にはこれらの対価がつきものだ。


そして、結果的に何もなくとも、その苦労や痛み辛みを経験するのは空虚なことではない。


少なくとも日々を現代の技術を言い訳にしてだらけている世界の住人よりはましなのだろう。


…私は何を言っているんだ?まったく、誰に影響されたのだろうか。

こんなことを言ったって、あいつも、誰も変わらない。


もしこんなことで変われば、世界は平和にまっしぐらだ。

─────────────────────────


作品を開いていただきありがとうございます。iです。


前書きの前(?)に、私は前書きや後書きで無駄におしゃべりしてたりするので、前の話から見たほうがいいかもしれないです。


だいぶお久しぶりになりました。


これからは以前くらいのペースで投稿できたらーなんてこと言ってましたけど、恐ろしいくらいに時間がありませんでした。

もうその以前もいつなんだって話なんですけどね…w


とりあえず、これからはだいぶん時間もできそうなので、頑張りたいなーと思ってるんですけども…やっぱり私はいつでも忙しい運命をたどらされる気がするのでいうのはやめておきます…


ひとまず久しぶりの小説。

ちょっと長めですし、私の苦手なセリフばっかりですけど、よろしければごゆっくりどうぞ…

景色というものは何かと不思議なもので。

行きと帰り、中と外、たかが視点が逆になるだけで全く違うものに見える。


私のやる気をつないでいた何かが外れたような、月曜に一歩起き上がるのが億劫になる感覚にも近い。


新しいものはなんだって恐ろしいが、一人旅やらではこういった道に勝るものはないと思う。


慣れたつもりだったが、常に新しくなり続けるこの道は…本能だとか直感的ななにかを超越した類のものだ。まさに、神の遊びでできた場所。


たしかに、作り方も原理もわからないものを我が物顔で使うのはどうなのかとは思う。


どこかの文章で読んだのを思い出した。

人は確かに賢く、文明も発達しているが、それは過去の先駆者の発明品を使っているだけに過ぎないと。

今の現代人は皆、スマートフォンのだとかパーソナル…いや、なんで説明口調で話してるんだ?

すべて話すのが億劫になった。

本来誰も聞く人なんていない、くだらない考え事なのにな。


…スマホだとかPCだとかの使い方なんざ誰でも知ってるが、それらの発明品の作り方を知ってる人はごく一部に過ぎない。

それで…結論は何だったか。確か、現代の人も猿も大して変わらないということだったような気がする。

我らが勝手に思っている、人類という生物学上の帝王という概念は、意外にも危ういのかもしれない。


何もこの事例に限った話ではない。今の人は皆、技術に頼りすぎているようにも思う。

あぁ…こんなことを考えたって、どうせ世界は変わらないし変えられない。



…少なくとも今の私には。


そんなんだから、何をやってもやる気が出ない。


ま、こんなのも怠けるための口実なのかもな。


政治家の批判だとか、宇宙のことだとか、技術の進歩だとか、そういったことを問題視し、批評分として世に発信するのは悪くないとは思う。

だが、たかが人っ子一人に伝えたとて、それを真摯に受け止めた人がいたとして、その問題を解決し現状を変えられるのはほんの一握りの人材であり、容易ではない。


さらに、変えた先に求めていたものがあるとも限らない。


変えてどうする、問題を解決してどうする、人類のあるべき姿にしてどうする。

そういう考えなしに、常識をひっくり返し、あたかも崇高な話をしているような奴は…本当に嫌いだ。


いや、好き嫌いはよくないな。

…どういう心理状況してるんだ俺は。意味がわからない。


私は変えたかった。若くして知りすぎた。私たちをただの道具としてしか使わず、理不尽な運命を押し付けてくるあいつらに、従いたくなかった。


私だって、この先に何かあるわけじゃない。もしかしたら、あそこにいたほうがよっぽど安全で幸せだったかもしれない。…じゃあ俺は自分のことが好きなのか?気持ち悪い。


これまた聞いた話だが、道徳心というものは「自分の生活を良い方向に変えようとする覚悟や意識」のことらしい。

あいにくながら私は、これ以外の意味でも道徳心を持ち合わせており、過去に変える力を持っていた。


生物の自己認識というのは中々ザルなもので、誰もが距離を見誤った猫の跳躍を笑うのと同じように、我々も自分自身の可能不可能の境界を見誤ることが多々ある。


私は…私には不可能という言葉が世界で最も似合わない人だったと自負している。本能的に認識してる。


だから、今の私は自分を理解できていない。頭ではわかっているが、体はそうもいかない。

覚えている本能が呼び覚まされ、なんでもできると勘違いし、無理に体が動く。

おかげさまで死にかけだくそったれ。


私はいつまで過去の自分を恨まなくちゃいけないんだ。


『そんな自分を恨むような顔してどうした、失恋か。』


屋台の店主が見透かしてくる。


『なわけないでしょう。口じゃなくて手を動かしてください。』


『動かしたくない手は動かない。話したい口は動く。そういうもんだ。

 お前だってそうだろ?戦いたい体は動く。考えなしに動く最強さんだ。』


『なんであなたが誇らしげに言うんですか。もう遠い昔の話ですよ。

 というか、あなた仮にも医者でしょう?責務を全うしないさいよ。』


『医者っつっても、わたしゃあ薬剤師だしなぁ…』


移動販売店のような外観はいつまでたっても見慣れない。

はたから見ればただのおでん屋だといわれても遜色ないほどによくできた、スタンダードな店。


移動販売店をしていると聞いたときは正直、私より先に気が狂ったのかと思った。

薬剤師…移動販売店…裏社会…いまだに意味が分からない。


『関係ないでしょう、ほら目の前にはか弱い病人ですよ。

 早く助けて、ご希望の品を提供してください。』


『なんてわがままなお強いお客だこと。

 

 といってもだな、私はまだ人間やってるんだ。動かしたくない手は動かん。』


『どっかの誰かは人間やめてるみたいな言い方ですね。』


『全くどこの最強の厄介客だろうな。なぁ?』





裏の世界を渡り歩く薬剤師との間に少しの静寂が流れる。

誰もいないこの世界を、一つの抜け殻と一つのタマシイが渡り歩く。


『いつになったら本拠地構えるんですか。

 そっちのほうが行きやすくて助かるし、わざわざ探す手間も省けるんですけど。

 それに、あなただって仮にも女の人だ。そんな歩いてちゃあ疲れるでしょうよ。』


『別にいいじゃねぇかよ。

 そういうお前はいつもそこらの路地からひょっと出てくるじゃねぇか、ほんとどこからともなく。』


『こっちは結構苦労してるんすよ。一回こっちに来てみてほしいくらいです。

 道なき道を歩く苦労を知れ。』


『やなこったねぇ。私は自由なんだ。誰かのために苦労したくねぇな。


 それに、私が歩けばそこは戦地となり病院となる。

 どうせお前さんが手伝うだのなんだの聖人ぶったこと言ってくたびれるのがオチだ。

 まぁ、ドMのお前さんにはご褒美かもな?』


いやらしく明るく笑う旧友。

なぜか最近になって少しだけ寂しさを覚えた。


…昔のことも。



同時に本能をも。


新しい生活が始まってしまったからだろうか。

意図せず昔を思い出す。…深い深い意識に沈んだ本能も。


『ぶっとばしますよ。

 私は意味もなく人を傷つけたくないんですよ。あなただって理解できるはずだ。

 それに自分のことはよくわかってる。だから信頼できるあんたに頼んでるんですよ。


 というか、みんなして心配のしすぎです。会うやつ全員に言われますよ。』


『会った人ねぇ…あ、だいごっちゃん?元気?彼。』


ゴト、と屋台が揺れ奥から人のような何かが現れる。


白衣を着た高身長の女性。

実年齢に見合わないその美貌、面倒見の良さ、勘の良さはいつになっても驚かされる。

なんなら、前にあった数年前より若返ってるようにも見える。


『おばさん…』


『あ゛?毒薬処方するぞクソガキィ?

 若い分際で責任背負ってかっこつけてるんとちゃいますのォ?』


『冗談っす、勘弁してください。

 というかそんなことしなくても普通に死にます。

 

 それはそうと元気でしたよ、あの人。

 もう私が命助けられる側になっちゃって。』


『はっ、ガキは泣いて大人に頼ってりゃいいんだよ。

 ほら、ひとまず鎮静剤。


 一日一回、効果はお前さん次第だが、目安は30分から1時間。

 当然連続使用はやめろ。効果は薄れるし、体に余計負荷がかかる。


 鎮静するのは力の痛みだけであって、外傷には影響しない。

 蓄積した力は害のないレベルまで分解され、少しづつ消費される。』


『さっすが天才薬剤師。

 そのまま追加オーダーも頼みます。』


『断固拒否だね。

 私はそんなもの作るために薬剤師やってるわけじゃない。

 

 それに、そんなもの商品として売るくらいならこの職降りるわ。

 職人魂なめんなよ?ガキィ?』


そんなこと言っても、手はしきりに動きをやめない。


『ガキって…もう15歳、世間体ではもう高校生ですよ?

 いくらなんでもガキは無理があります。』


『いつまでたっても心はガキのままなんだよお前は。

 今回だって、自分一人で何とかしようって魂胆だろ?

 そういうところがまだまだガキだって言ってるんだよ。』


『立派じゃないですか?我ながらそう思います。

 自分のまいた種を自分で回収しようって言ってるんですよ?』


『そんなのは大人になってからでいいんだよ。

 

 とりあえずほら、一杯飲んでけ。』


『未成年ですよ?私。』


『ジュースだよバカ。

 ほらよ。』


『こっちだって暇じゃないんですよ。

 無駄話するくらいなら早く帰らせてください。』


『いいじゃねぇか。クールなお姉さんと無料でお話しできるんだぜ?

 本来なら秒単位で金取ってる。』


『大した詐欺ですね。といっても話すことなんてないでしょう?

 学校での青春でも話せばいいんですか?』


自分で遮るように飲み干したそれは、もうないはずの懐かしい味。

少しずらした視線の先を少しだけ…少しだけ見つめる。


『その馴れ初めを聞いて、私はどうすればいいんだよ。

 

 まぁ、話すことなんてないんだけどな。

 前だって特別話すことがあったわけじゃないだろ?そういうもんだ。


 あ、お前あれか。昔の友達と会って話が続かないと申し訳なるタイプのシャイボーイか。

 そうだよな~お前の友人関係の少なさから姉さんは何でもわかるんだ。』


『しばきますよ。

 そもそもですねぇ…昔からの知り合いなんて社会上にはいません。

 なんで、そんな社交辞令的なものを気にしないんですよ。』


『キャーカスハラだぁー』


『クールなお姉さんはどこ行ったんすか。』


『いいだろ?こういうギャップ。

 惚れたか?もーマセガキは仕方ないねぇー』


『やっぱしばきますよ?

 それと、彼女いるので惚れたりしないですよ。』


『ほう…そりゃあいいな。ただまぁ…

 人生の先輩であるお姉さんから言わせてもらえれば、幻想からは早く冷めたほうがいいともうぞ。』


『仮にも数年前まで誰よりも信用してた後輩にかける言葉ですか、それが。

 それと、幻想じゃないです。信じたくはないですけどね。』


『ほーん…まさかとは思ったがほんとにいるなんてな。

 どういう人だ?というか名前は?こういう時は馴れ初めとか聞いた方がいいのか?』


『古波蔵って人なんですけどね、なんか有名人らしいですよ。

 人柄は元気なあなたって感じです。』


『ほー古波蔵ねぇ…なんともな名家なこった。

 それに多分同級生だろ?あのアイドルさんがお前の彼女ねぇ…』


『そんなすごいんすね。

 こっちでは名家がなんだとかあんまり聞かないもんで。

 それに皆可愛い可愛い言って寄ってたかってるんですよね。』


『私もな、実際に見たことはないんだがやっぱいい顔してんだな。

 まぁ近寄るやつらの欲望何て大体この二つだろ。

 なんだかんだいい性格が集まるじゃねぇか、名門校も。』


『どこ行ったって変わらないでしょう。そんなもんです。

 馴れ初めは…聞かんどいてください。ロクなものはない。』


『まぁ…最近まで寝てて彼女ができてるなんてなぁ…相当に無茶苦茶な奴なんだろ。』


『…大正解ですね。はぁ…だからそいつも含めていろんな奴が私の周りにいるんですよ。

 巻き込むつもりなんてないんですけど、もうすでに巻き込んだこともあって、これ以上は…』


『関係ないやつをこっち側に関わらせたくない…と。』


『そういうことです。


 と言う訳で、ご注文の薬。お願いしますね。』


相変わらず掴み所のない雰囲気の彼女は「断る」と、目だけを笑わせてこちらを見つめる。


『金なら払いますからー。

 他の人守るためですよ?薬剤師としてはこれ以上ないほどにうってつけの働きどころでしょう。』


『働くといっても、私もモットーは誰も傷つけない、だ。

 誰かを守る以前に、守るお前が体やられてどうするんだ。』


『もうボロボロな体がちょっと悪化するだけですよ。

 1000円が999円になるみたいなものです。気にならないでしょう?』


『その1円で寝込むお前はどうなんだ。

 

 とにかくだ、そんなもの商品として売れない。私のプライドにかけてだ。』


『はぁ…相変わらず若々しいのに堅苦しい考えをお持ちだ…』


『そんなもんで私をおだてられると思うなよ?カギが。

 というかお前、今日来た用事それだけだろ。することないなら帰れよ。』


『話してけって言ったのあなた…

 まぁもう用事はないんで帰るんですけど。』


『はいはい、帰りなさいや。お子さんは夜遅くまで外出するのはよくないですからね。』


『じゃ、またどこかで。

 次会うまで生きてるかわかんないですけどね!ハハッ!』


『前もそういって生きてるじゃねえか。

 ま、せいぜい生きとけよ。きっと悲しむ奴がこっちにもいるかなら。』


『だから迷惑かけないように買いに来たんですけどね。

 なんて無責任な薬剤師だ。人を助けろよ人を。』


ちょうど目の前に現れる裏路地へと向かう。


帰ったら何をしようか。


仁南もいるわけだから大きくは動けない。

次の犯行がいつになるかもわからないし、何かしら対策を練らなければ…

起きてからでは話にもならない。


…最後に振り返る。

もう二度と会えないかもしれない、移動販売所の店員に。

これまで心身ともに世話になった、薬剤師の彼女に。

私が心を開ける、数少ないこちら側の旧友に。


『うっさい姉さんだこと。

 行きますね。薬、ありがとうございます。』



『じゃ、また会えたらどこかで。』


路地に視線が戻る。

今でも人と目を合わせて話すのは苦手だ。風景を見ていたい。


…少し不愛想だったかもしれない。

もう会えないかもしれない友人にかける言葉としては短すぎることにはこの上ないうえ、無理に切り上げたのは明白だ。


そう。

私はいつ死ぬかわからぬ身であり、死因何てこじつければなんでも成り立つくらいには悲惨な肉体だ。

…とはいえ、ある程度の寿命は保証できる。どれくらいの長さかもわからないが、すぐではないし、永遠ではない。

その中で会いに行くのもいいのかもしれない。

会わなことに越したことはないのだが…彼女にアレはいらない。


もう少し寄りたいところがあるが、これ以上は体もキツイうえ心配されると申し訳ない。

あぁ…そうか、彼女は私を戻してくれたのか。

最後まで、誰にだって、いつまでたって私は周りの人に助けられてばかりだ。


…少しだけそちら側に行きたい。高みへ。


そう思い、さっとかざした腕に、少しためらったような返事が送られる。



…これで、最後だ。







手で包んだ瓶の冷たさから独特の現実味を感じる。

夢のような時間は終わり、我が家に帰ってくる。触れるドアからあふれるいつもの匂いが一段と強く感じるが、その少しの抵抗もすぐに消えた。


戻ってきたここでは、私は再び天の糸に繋がれた操り人形のような、そんなつながりを感じる。

知ってのおとり、運命に体を委ねるというのは、とても無責任で、退屈で─


…何よりも楽な状態でもある。


少しだけ安心感に包まれたかと思うと、すぐに別の違和感に襲われる。



─人の気配がない。誰一人として。


『…仁南?』


声をかけてみても勘の通り返事がない。

以前のこともあり、正直背筋が凍る。血の匂いはない。荒らされてる形跡だって。


今の私ならそんな気配だって読み間違えるかもしれない。

何も確証があるわけでもない。


あぁ…バカの賭け事だ。

─だが、人生はそういうものだろう?


恐る恐る内部へと進む。気配を消さずに、殺意を軽くまとう空気も気配も駄々洩れのまま。

裏の人間であれば感覚だの匂いだのでわかるのだが、これは…謎の入り混じったような、独特な雰囲気。

まるで、この世のものではないような何かを感じさせられる。

一度間違えて踏み入れた程度しか感じないが、そんな奴がここまで気配を消せるだろうか。


…異様だ。

かなり時間を空けたから、当然風呂から出ているだろう。

そこはいいのだが、当人の気配すらない。誘拐か…わずかに感じる玄関の異質な雰囲気なのか。


『…誰だ…』


返事はない。

少し乱暴にドアノブを空ける。意識しなければ本能が先行してしまいそうだ。



開けたドアから一歩先にでる。体に負荷のかからぬよう、速度は落として一気に─




…誰もいない。

あの独特な雰囲気もどこかに消えてしまった…はず。


近くにあるような、まるで別次元から見られているような。

まぁいい。今の私は、戦わないことに越したことはない。


が、となると仁南はどこだ。

あの雰囲気が仁南でも正直違和感はない。ただ…巻き込みたいわけじゃない。誰だ…?


『仁南…?』


家に戻っても、呪文のようにつぶやく。


『は、はーい…』


いた。普通に、ではないが当然かのように、そこから湧いて出たように。


…正直、信じられなかった。自分の感覚が間違っているなんて。

事への安心感と自分への失望感の混ざった懐かしい感覚。


─私は今どうなっているのだろう。


『…どこに行ってた?あんま勝手に外に出ないでほしいんだが…』


『あっ…いやごめんね…心配させちゃって…』


少し汗ばんだ、焦ったような息遣い。


『まぁ…はは、無事ならいいんだがな。


 んまぁ…なんだお前、卑下したり謙遜する割にはちゃんと努力してるんだな。

 私はいいと思うぜ、そういうの。報われるかは知らないが、その経験が大事だと思うな。』


『狛枝君は…ほんとどこまでも見抜いてるんだね…

 あれだよ…役に立たないから最低限迷惑をかけないようにね…?』


『いや、最高だそれ。

 才能がないからやけになってあきらめる奴なんかより、よっぽどましだ。』


『そ、そうかなぁ…』


驚愕の心をぐっと押さえる。

少し自分なりに整理する時間が欲しいが、やはり聞かなくてなならない。




『…で、お前。どこ行ってた?

 ─誰と会ってきた?何を聞いた?』


高鳴る本能は昔をしみじみと思い出させる。


思い出そうともしない、思い出したくもない本能。

ただただ肉体がその本能だけを記憶し、呼び覚ます。


『ん?何の話をしているのかわからないんだけど…

 私はただ軽くランニングをしてきただけで、誰かと話したりはしてないんだけど…』


こちらを不思議そうに見つめる仁南の目は…濁らない。

鮮やかでまっすぐなその眼の奥は、私の経験上では真実だ。


焦りもしない、これまでと様子もなに一つ変わらない。


この目をして嘘をついていたやつはごく少数で、裏社会の強者ばかりだ。

私の目は一般人にごまかされるほどザルではない。


これは…真実─



そんなわけはない。今回ばかりは状況が違う。

どうせ誰かに吹き込まれたのだろう。そして概ねはあの薬剤師。


『お前…目のほうばっかに意識が行って他で丸わかりだ。』


一瞬仁南の体が跳ねる。


『誰かに教えられたんだろ?俺と話すとき、仕草に気をつけろって。』


ようやう仁南に冷や汗がにじむ。


『…』


依然黙り切った彼女は少しうつむいている。


『んま、別になんだっていいんだがな。私としては。

 

 ただ、そのうえで個人的には誰も巻き込みたくないと思っている。

 どうせだいたい聞いたんだろ?

 なら、私の今置かれている状況をよく理解してるはずだ。

 

 …なんで自分から死に場所に突っ込むんだ?

 これはもはや、お人好しだとか、ただ困っているから助けたいだとかいう次元を超えた話だ。』




 死ぬんだぞ?最悪の場合。

 

 この世界に絶望してるか、生きる理由がないのか、お前がそこまで自分の命を軽んじる理由なんてし

 ったこっちゃないけどよ。

 辛いことも、喜ばしいことも、退屈なことも、楽しいことも、なんだって生きてる間しか感じれな

 い、刹那的で、まさに確率論の中に存在するものだ。


 死んだら…何も残らない。その確率論に抽選すらできない。


 今後の人生なんてわかったもんじゃない。辛く苦しい人生かもしれない。

 ただ、どんな人生でも希望さえあれば何とでもなる。

 

 疲れたって、なにか自分の中にある希望一つだけで生きる理由になる。

 

 希望。それは思い出といってもいい。

 

 過去の希望は今の思い出であり、今の希望は未来の思い出だ。

 そして、人は思い出を作るために生きる。

 

 逆に言えば、思い出のない人間、思い出を作る気のないような奴は死人と同じだ。』


今年齢16になる人間の記憶がこんなにも少ないのは、はたして幸せなのだろうか。


『お前にはまだ希望がある。生きる理由があるはずだ。


 なによりまだまだ若いんだ。さっき言ったみたいな抽選会にだって参加できる回数も多い。

 死ぬまで行われる、運命の抽選会。


 後悔するのだって死んでからでいい。不幸だと思ってたことがいいことに繋がったり、

 なんてことだってある。

 死ねば時間だけはできる。後悔ならそこでじっくりと思い返してすればいい。

 

 それに、思い返した中には思い出がある。

 

 わざわざ今運命を後悔するのはバカバカしい。

 だから今は、曲がったって寄り道したっていいから、諦めずにお前の人生である道を行け。


 もし希望が無くなったって、お前も仮にはあの超が付く名門高校に入ったんだ。

 楽しいかは別として、苦労することはないだろう。安泰に天寿を全うできる。

 死なずとも時間的余裕なんざ、金との兼ね合いでいくらでも生める。

 希望探しはそれからだってかまわない。


 そして、希望を配れ。

 希望を持つ気がない怠惰な奴はいい。環境で存在を許されず死人にされられる人に。

 

 本来社会で上の立場に行けばするべき当然のことなんだがな、いかんせん怠っている輩が多いらし

 い。

 一般人じゃなできっこない、私たちのクラスの中でさえ、全員ができるわけじゃない。


 

 お前のその才能は、できる。


 誰かに希望を与えられる。


 だから生きろ。お前の、不幸な死人の希望のために。』


私の成し遂げられなかった世界。

こんな殺戮のための力だって、正しく使えば希望を与えられると思っていた。


今考えれば笑える話だ。

幾千もの屍の上に存在している奴が、他人へと希望を与えようだなんて。


彼女にはできる。私のできなかった偉業を…なんて、私はとんでもない無責任野郎だな、まったく。


『とまぁ、いろいろ言ってきたわけだが、お前は死ぬ必要はない。

 お前の人生レールは俗にいう勝ち組ルートだ。

 わざわざ線路を変える必要なんてない。


 基本的に私はいいやつにならまともに人生を送ってほしいと思っている。

 希望を配れーとかいうやつはぶっちゃけ私情だからどっちでもいいんだが、希望を持って思い出を

 作るってのはなかなか楽しいと思うんだ。

 

 そこで苦労だってしないんだぞ?


 ある程度、というか今の私たちくらいの生活の中なら自然と思い出なんてできる。

 生きてるだけで儲けモンってやつだ。


 今みたいに生きてりゃ…うまい飯が食える。くだらないギャグで笑える。友達だってできる。


 だから、お前はそこまで私のことを突き止めるほどの力できっぱり諦めて、その力を何か別のところに

 使うんだな。』


…長い。


自分で言っていても億劫になるような文章でしか自分の言いたいことを表せないのは…非常に面白い。

私のおかげではないが、奇しくも心地よくなる。


…あー、誰かが怒っている気がするが気にしない。

少なくともここにいる誰も気づかない程度にしか影響がない。




─ははっ、私の寿命が少し縮んだかな。



『…じゃあ狛枝君は…あなたは死んでいいの?

 罪があってたとえ贖罪のためだとしても…』


『違うな。

 

 …これは私の罪であって、私によって引き起こされた事態なんだ。贖罪なんかじゃない。

 会社で不祥事があれば、その責任者がわが身を持って償う、といってもその職を降りる程度だけどな。

 

 そういう社会での不祥事なら、職を失うだけで済むかもしれない。 

 ただ、私は…たとえ罪のことを理化できてなくとも、幾千という人を殺してきたんだ。

 法に「知らなかった」は通用しない。まぁ、今回は関係のないことだけどさ。

 

 公に出てきていないだけで、この世界には少なからず私に影響を受けた戦闘者が数多存在する。


 元居た組織からは懸賞金が出され、腕試し感覚で私を狙うものがいて、戦力として私を無理やり勧誘

 する人がいて…なんて、自分で言うのはあれだが、私は需要であふれている。

 つい最近までは私が死んでいたということになっていたからよかったものの、最近学校になんざ入っ

 たこで存在がバレたってなれば、当然狙われる。

 

 他人は関係ない、まさに私の問題だ。

 それで私が死んだって、不祥事で職を失ったやつがそのまま飯にありつけず死ぬようなもんだ。

 

 要は自業自得。誰も関係ないし、助ける理由も、助けられる義理もない。

 だから私はこの問題を自分で何とかする。それだけだ。』


『じゃあ、狛枝君は死ぬかもしれないのにわざわざ飛び込むの?

 あなただって幸せになれるだろうし、私は知らないけどさ、あなたがどれだけ強くたってその…死んじ

 ゃうかもしれない…でしょ?

 運命はどうなるかわからないんだから…』


まぁそうだな、ごもっともだ。

運命が理不尽で、不条理で、不合理で…いや、どれも同じ意味だ。


…私はこのばかばかしい運命の歯車の中に巻き込まれ、そこから抜け出す力も気力もなくしてしまった、ただの抜け殻。

形の変わった陰謀論信者といえるのかもしれない。


私は運命が嫌いだ。

その運命に逆らえない自分はもっと嫌いだ。


『だ、だから狛枝君が行く必要なんて…!』


『ただ、私はある意味、運命によって守られているんだよっ』


軽快に笑って見せる。


私は運命が嫌いだ。

その運命に逆らえない自分はもっと嫌いだ。


そして、私はそんな憎き運命に生かされている。


今の私はいわば、ネタバレをさせられたデスゲームの映画を見ているような状態だ。

─ただ、二週目というわけではない。

誰だって運命には逆らえない。


人は多くの思考を「なんとなく」で片づけてしまう。

その状態で行わされるものが「運命」だ。


学ぶということは、単に知的好奇心を発散するためだけの行為ではない。

また、皆が学ぶ理由は様々だが、その裏には意識していない理由もある。


その一つが運命への抵抗。

誰も意識したことはない、無意識状態の選択への抵抗。


皆、少しでも思考状態を増やし、より多く自分の意志で生きるため。


しかし、多くの場合、この目標は達成されない。

意識がない故か、はたまた日々思考の連続への疲れか、多くはこの「運命」にすら気づかずにその生涯を終える。

仕方のないことなのだ。あるかもわからない存在を理解するだなんて普通なら不可能に近い。


それこそ、誰か偶然にでも運命によって気づくまで待つか、それをその偶然知った人に運命的に出会い、知識や知見として伝達されなければならない。


さらにそこに加え、その偶然知った人がこの抽象的な状況を言語化し、相手にも理解する思考、おふざけだと思われないほどの信頼という、単なる偶然だけでなく、その後の彼らの選択も正しく行われなければ、伝達すら困難である。


この可能性は某世界最大面積を持つ国の大統領が突然戦争をやめて平和条約を結ぶ際に平和の証としてナイフを安全な方向に投げようとしたときに、滑って手に持っていたナイフを勢い余って投げて会場にいる某国の大統領にまでナイフが飛んで心臓に刺さって死ぬような確率だ。


まさに科学だ。



…ただ、こんなにひどい条件でも、これは少なくとも一度は行われた。


           次回 第21話 ─開催─


─────────────────────────

第20話 ─昏迷─


意味は『道理に暗くて迷ったり、分別を失って判断できず、心が迷うこと』。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


ここでは、前書きみたいな独り言や、ちょっとした裏話だとか、そんな感じのことを適当に書いています。

興味がなければ読んでいただなくても結構です。


前書きで書いた通り、私が個人的に書くのが苦手なセリフが大量にあって、言いたいことを伝えるためにはいかんせんお話が長くなってしまったんですよね。

読みにくいし長いとかいう最悪なお話になってしまったのは申し訳ない…


個人的にもだんだんと構想が固まってきて、複線もばらまける程度にはなりました。


呼んでてだいぶ「何言ってんだこいつ」となるようなところはもちろん、個人的に頑張って元の文章に入っていても違和感のないような伏線と、いろんな角度で楽しんでもらえるように頑張ってます。

皆さんの中でなんかしら予想を立てながら考えてみてもらってもいいんじゃないでしょうか。


私が小説書専のように皆さんなりの楽しみ方を探していただければと思います。


ちなみに、休んでいる間に小説の今後の展開を書いたデータ(約50000字)が消えてだいぶ死にかけです。助けて。


ここまで読んでいただきありがとうございました。

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