タイキック
ある夜、星が落ちた。
水も滴る惑星、地球。その地に降り立つ銀の肌を持った異星人達は、ぜえぜえ息を切らしながら珍妙な機械を取り出した。
「兄貴ぃ、ほんとにこんな機械で屈服するのか?」
「黙れ。我がパパポポ星の工業力を示すのに最適だと選ばれたものがこれだ。ならばやるしかないだろう」
弟よりやや背丈の低い兄は、スイッチを取り出した。
「さあ、怯えろ地球人共。我が星の工業力の前にひれ伏すがよい……」
高笑いする二匹の声が、あけぼのへ消えて行った。
「起きな……さい!」
ぎゃ、と叫ぶ少年の前に、中年の女性が仁王立ちで待ち構える。
「あんたこんなの買って……。重くて大きくて邪魔でさ……ふざけてるんじゃないよ‼」
なんだよ母さん、と少年が眼を擦り周囲を探る。すると母の背丈程の巨大な箱が自室に鎮座していた。
よく分からないが、わざわざ部屋まで持ってきてくれたらしい。少年は感謝しつつ外観を眺める。
そこには黒のインクで確かに刻まれていた。
「ほら、あんたの名前だよ。分かったらさっさと開けておしまい! ものによっちゃただじゃおかないからね!」
唖然とした少年は箱を開き、中身を取り出す。
『タイキック』
取り出した機械には、確かに記述されていた。
少年の視界が歪む。
「あ・ん・た……! こんなくだらないものにいくら掛けたのよ‼」
知らないよ、とかぶりを振って必死になる少年。それを見かねたのか機械が呼び掛ける。
『タイキックします』
「は?」と固まる親子をよそに、強烈なキックが少年の臀部に炸裂する。
声にならない悲鳴を上げ、悶絶する少年。
母が咄嗟に掴みかかる。
「ちょっと、何してんのよ! 機械のくせして人んちで暴れんじゃないわよ!」
『タイキックします』
まずい、と少年が腕と足に力を込める。
このままでは母が蹴られてしまう。ヘルニアを患っている腰にキックが刺されば無事では済まないだろう。
音声からキックまで約一秒。
―――駄目だ、間に合わない。
眼を閉じ、悔恨に沈む少年の臀部に……
タイキックが突き刺さる。
再び声にならない悲鳴を上げる少年。それを聞きつけて父も部屋に飛び込んできた。
「あんた。あいつが、あの機械が……」
「こいつ! ヘンテコでセンスない見た目しやがって!」
『タイキックです』
両親の会話も他所に、少年が再び悲鳴を上げた。
そんな様子を二匹の宇宙人は空から眺めていた。
「順調そうですね、兄貴!」
「ああ、このまま子供達の恐怖を引き出して地球を征服してしまうのだ!」
喜々としてメーターを眺める宇宙人達。
しかし、表情は瞬く間に絶望に代わってしまった。
「……なんか、メーターが全然増えないよ兄貴ぃ!」
「おかしい。データは少ないが、これまで様々な星が恐怖に屈服してきたのだが……」
冷や汗を浮かべてチャンネルを回す兄。映し出されたモニターには、公園で機械を取り囲む小学生の姿が映された。
そこでは名前を呼び合い、タイキックを恐れるどころか喜々として受け入れる狂戦士達がはしゃぎ回っていた。
「あ、兄貴ぃ……。この惑星、どうやらかなりやばいですぜ……」
「……帰ろう。こいつらは俺らの手に負えるやつらじゃない。……撤収だ。報復も覚悟しなければ……」
二人の宇宙人は、全速力で空の彼方へ消えて行った。
残った機械は二度と動かず、退屈した少年達によってメーターは最後に大きく振れた。