ミステリ好きの君へ
先に言っておく。
おれは後日プロポーズした。
おれは後日! プロポーズした!
大事な事だからな!? 二回言ったぞ!?
その日、おれはいつも来る喫茶店で彼女と待ち合わせをしていた。若い美人店長がいる喫茶店だ。事前にその店長にお願いしている事がある。
それが何かって? フフフ、実はそれはおれが彼女に用意したミステリーなのだ!
おれの彼女はミステリー好きだ。最近はイヤミス(嫌な気持ちになるミステリー)とやらにはまっているらしい。読んだ後に嫌な気持ちになる小説なんて何が楽しいんだかわからんが、ラノベや漫画くらいしか読まないおれにいつも講釈を垂れてくる。
だが残念ながら、おれのミステリーは嫌な気持ちになる事なんかない。そう、サプライズを兼ねて……おっとつい口が滑っちまいそうだ。
「この喫茶店の中にあるの? あんたの用意したミステリーが?」
おれはできるだけ真剣な顔を作って頷く。おれのミステリーを解いた時の彼女の嬉しそうな顔を思うと、顔がにやにやしそうになるぜ。
彼女は「ふーん」と言いながら、いつものパフェを注文した。よしよし、順調、順調。
ハハハ、ミステリー好きの読者諸君には簡単すぎる問題かな。そう、おれはこのパフェの中に、ある物を仕込んでもらったのだ。パフェが無事運ばれてきたのを見て、おれは店長にそっと「ありがとう」のウィンクをする。……ん? なんか店長が焦った顔をしているような?
まあいいか。彼女はおれの隠したミステリーを探してあっちを見たり、こっちを眺めたりしているが、しっかりパフェを食べ続けている。
そろそろ出てくるはずだ。おれの給料三か月分を注ぎ込んだあれが。
出てくるはず。出て……くる……はず……出て……?
あれ? 食べ終わっちゃったぞ? おれは慌ててパフェグラスの中と彼女の顔を交互に覗き込む。彼女は「?」という顔をしている。おれはばっと店長の方に振り返った。
ごめんなさ~い。
声にならない声で店長が謝っている。その手にはおれのあれ……いや、入れ忘れたんかーい!
本気でずっこけそうになったぞ、おい! いや、そんな場合ではない。おれは急いでメニューを彼女の前で開く。
「ほ、ほら。もっと色々頼んでいいぞ。パフェのおかわりなんてどうだ!?」
「えー、そんなにいらないよ~」
それはそうだ。でもとにかくおれが無理やり勧めると、彼女はコーヒーを頼む事にしたようだ。うむ、悪くない。コーヒーなら底が見えないしな。そこに隠せば……店長! わかってますよね!?
おれがぐっと目力込めて店長を見ると、店長はどや顔でOKサインを作った。
ふうー、仕切り直しだ。フフフ、もうすぐだ。今日は派手にならない程度に服装にも気を使ってきた。鼻毛もチェックしたし、髭もきれいに剃ってきた。散髪は昨日行ってきたばかりだ。ばっちり決まってるだろ?
決め台詞はまだちょっと迷っている。やっぱりシンプルに「結婚してください」か? 「君の味噌汁が毎日飲みたい」なんてのは古いか? 「I LOVE YOU」ってのもキザだが悪くないかもしれないな、うん。
とにかく顔がにやつくのだけは気をつけないとな。ビシッと真剣な顔で言うんだ。
さあ、彼女がコーヒーの中の物に気づいたぞ。彼女がそっとコーヒーの中から小さな丸い物体を取り出す。
彼女の目が丸く見開いている。今だ、言うんだ、「I LOVE YOU」を!
「ごめんなさ~い!!」
「おおう!?」
読者諸君、安心しろ! 今ごめんなさいと言ったのは彼女じゃなくて、店長だ! なんだ、店長か。……ってほっとしてる場合じゃねえよ! なんだよ、店長!
「ごめんなさい、これ、わたしのです……」
「……はい?」
おれは彼女が摘まんでいる指輪をよくよく見た。あ、おれが買ったのとデザインが違う。つまり……?
店長がそっとおれに耳打ちしてくる。
「すいません、間違えちゃいました……」
おれはまたずっこけかけたぞ、おい。店長は彼女から指輪を受け取ると、丁寧に彼女にお礼を言う。
「これ、彼からもらったものなんです」
いや、そうだろうねえ? 店長、頬を染めながらにっこり笑ってるんじゃないよ。おれの計画はどうしてくれるのよ。
なんか彼女の顔が険しくなっちゃってるな。そりゃあ、ミステリーが見つからないんだからな。おれもがっかり……
「あたし、わかったよ。あんたの用意したミステリー」
え!? わかっちゃったの? うわー、気まずー。さすがのおれもこの状況で「I LOVE YOU」は言えねえ……
「あんた、あたしと別れたかったんだね」
……ん? ……んん? え? どゆ事? 冗談……? にしては目が潤んでるし、めちゃくちゃ睨んでる。
「あんたずっと真剣な顔しているし、何より、何度も何度もあの店長の方見てた……ウィンクなんかしちゃってさ。あんた、あの店長とできてるんでしょ」
は、はいー!?
おれはあまりの事に口をぱくぱくさせるだけで、何も言えなくなってた。彼女は続ける。
「今日、たくさん食べさせようとしてくれたのも、手切れ金みたいなものなんだね。店長とこそこそ話したりもしてさ、店長に指輪上げたのもあんたなんでしょ」
おいおいおい、どういう勘違い? あ、おれが用意したミステリーって実は別れ話だと思ってる!?
「待て待て、落ち着け! 全然違う! 店長とは全然無関係……じゃないけど、でも全然関係ない!」
「意味わかんないよ」
彼女はそっぽを向いてしまった。おれも焦って何を言っているんだ。無関係だって言い切っちゃえばいいじゃないか!
「だから違うんだって!」
おれは彼女に必死に説明……できなかった。なぜならもうワンチャンあるんじゃないかと思ったからだ。彼女がサプライズプロポーズに気づいていないなら、また次回に仕切り直しできるんじゃないかと考えちゃったんだ。
彼女は立ち上がる。おれも慌てて立ち上がり、お会計する。彼女はその間は待っててくれた。そしたらだ。
「ごめんなさい、わたしのせいで」
店長がしおらしく言いながらおれの手を握ってくる。いや、気づかれずに指輪返そうとしてくれたのはいいんだけどさあ、今その台詞逆効果だから!
「なんなの、あの人」
ほらー、彼女の心証もかなり悪くなっちゃってるよ!?
おれは思わず目を泳がせた。
「いやー、ミステリー……」
完
ノベルアップ+様のイヤミス(嫌な気持ちになるミステリー)コンテスト応募作品です……が、すいません! 最後のダジャレ言いたいがためだけに勢いで書いたものです!
お読みくださりありがとうございました!




