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5.穏やかな目覚め

 瞼の裏に朝日を感じてシャロンは目を覚ます。


 明らかに自分のベッドにはない、薄いベールが広がる天蓋をぼうっと見上げながら、眠る前のことを思い出す。


 たしか父や継母たちが悲惨な最後を遂げたのだった。あんなに凄惨な光景を目の当たりにしたのに、彼らが死んでしまったこと自体には何の感情も抱かなかった。

 家族といってもそこには愛はなかったのだから、当然といえば当然なのかもしれない。


 普段使っている毛布よりも柔らかくて肌触りがいいので、とても心地よかった。ここがどこかわからないけれど、どうせならもう一眠りしたいと毛布をたくし上げたところで自分が裸であることに気がついた。


(どうして私、何も着ていないの?」


 動揺するシャロンに追い討ちをかけるように、すぐ隣から「うーん」と男の声がした。


 同じベッドにノアが眠っていた。しかも彼も裸だ。

 シャロンは彼が起きてしまう前にと、毛布の中に体をすっぽりと入れてしまった。けれどノアはまだ起きる様子はない。ただ寝返りをうっただけのようだ。


 まだ彼が起きることはないとわかると少し動揺も落ち着いていく。

 どうして裸なのか聞きたいけれど、あまりに気持ちよさそうに眠っているので起こすのも悪いかと思い、彼が自然に起きるのを待つことにした。


 それにしても、とても穏やな寝顔だった。

 眠る前に見た、父や継母たちを殺した狂気じみた彼と同一人物のようには思えない。

 もしかしてあれは夢だったのだろうか。そう思ったけれど、目の前に眠っている彼の方が夢か幻のように思えてならない。


 老人のように真っ白だと思っていた長い髪は、上質なシルクのように艶やかでとても触り心地がよさそうだ。まるで星の光を集めて紡いだようだった。

 長いまつ毛は朝日を弾いてキラキラと輝いているように見える。

 しかも陶磁器のように白く滑らかな肌のお陰で作り物めいていて、神様が作った芸術品のように思えた。


 本当にノアなのだろうか。もしかしたら、触ったら消えてしまう幻?

 そう思うと急に心細くなり、シャロンは思わず手を伸ばした。


 銀の髪を一房すくうと、さらさらと指からこぼれ落ちる。何か香油でも使っているのか、ふわりと心地のいい香りが鼻腔をくすぐった。


「シャ、ロン……?」


 銀のまつ毛が震えてゆっくりと、赤い瞳が開かれる。

 ルビーのように深い色合いの瞳が真っ直ぐシャロンを見上げる。薄く形の整った唇が柔らかく弧を描いた。


「おはよう」


 いつもと変わらない優しくて穏やかな声に、目の前にいる彼は現実なのだと理解した。そう思うとなぜだか泣きたい気持ちになった。


「おはよう、ノア」


「先に起きていたのなら起こしてくれればよかったのに」


「なんだか気持ちよさそうに寝ていたから、起こすのも悪いと思って」


「そっか、シャロンはやさしいね」


 少し褒められただけなのに、なぜだかどきりと胸が高鳴る。

 昨日色々あったせいか、心臓が誤作動を起こしているのかもしれない。


「そういえばどうして私裸なの?」


「ん? ああ、シャロンのドレス破れてたり汚れてたりしてたから、寝るのに邪魔だと思って脱がしたんだ。新しいドレス用意してるから、それを着るといいよ」


 ベッドから降りたノアはちゃんとズボンを履いていたので、シャロンはほっと胸を撫で下ろした。

 サイドテーブルに綺麗に折りたたんでいる衣服にノアは着替える。細身だけれど、ちゃんと筋肉がついていてとても綺麗な体つきだった。思わず見惚れていると、ノアがこちらを向いたので目があってしまった。

 悪戯っぽく笑う彼から慌てて視線をそらす。


「見ていたいのなら見てていいんだよ」


「み、見てないよ!」


 バレバレの嘘だったけれど、異性の裸を凝視するようなはしたない女だと思われたくなくて、思わず否定してしまう。

 そんなシャロンの姿にノアはふふと思わず笑みをこぼした。


「じゃあ、僕は先に行っているね。後のことはメイドにお願いしてるから、シャロンも着替えたらおいで。また後で」


 ちゅっと、額にキスをされた。


 手遅れだけど、思わず額を手で覆う。


 このキスの意味はなんなのか。

 奥手なシャロンをからかっただけなのか。

 優しいノアがそんなことをするはずはないとわかっているけれど、混乱したシャロンには彼の真意ははかれない。


 ノアが出ていった扉をしばらくぼうっと眺めていた。

 どんなに見つめても、答えは見つからない。なのにキスをされた額の熱だけは、いつまでも残っていた。



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