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4.復讐と懺悔

 目が覚めるとシャロンはベッドの中で眠っていた。

 頭が鈍く重いけれど、眠る前は地下牢にいたことは記憶にしっかりと刻まれていた。継母の折檻に耐えられなくて気絶したシャロンは、いつもならそのまま地下牢に放置されて自分の足で部屋に戻るのが常だった。


 誰がシャロンを部屋まで連れてきてくれたのだろうか。

 そういえば背中の痛みがない。いつもなら1週間は眠れなくなるほど痛むのに。


 ふと、ノアの顔が浮かんだ。


 そうだ、地下室でノアの声を聞いたのだ。彼が何と言っていたのか詳細は覚えていない。もしかしたら、優しい彼のことだからシャロンが地下室に連れていかれたことを知って忍び込み、シャロンを治療して部屋まで運んでくれたのかもしれない。


 そんな彼の優しさに胸が暖かくなる一方で、継母にバレてしまったら彼の身が危ないのではないかと心配になる。

 シャロンは昔から継母から折檻を受けているので痛みにはなれている。けれど何の関係もないノアが酷い目に会うことは耐えられなかった。


 ノアは無事なのだろうか。忍び込んだ姿を誰にも見られないといいけれど。

 見目のいい彼はメイドから一目置かれているから、もし見つかっても見逃されるかもしれない。けれど中には容姿になびかないで継母に忠実な者もいる。


 不安と心配が押し寄せ、いてもたってもいられなくなったシャロンはベッドから飛び出す。ノアが無事であることをどうしても確かめたかった。

 日が暮れているから、もしかしたら小屋に戻っているかもしれない。


「あれ?」


 レバー式のドアノブを引こうとして、自分の手に違和感を感じた。見ると、赤切れだらけの手は傷一つないすべすべの肌に変わっていた。


「どうして、傷がないの?」


 もしかして夢なのではないかと混乱するシャロンの耳に、甲高い悲鳴が聞こえた。


 はっとしたシャロンは急いで扉を開ける。血生臭い匂いに思わず眉根をしかめたシャロンはその惨状に目を見開く。


 廊下のあちこちでメイドが死んでいた。

 体を引き裂かれ、バラバラになった肉片があちこちに散らばっている。


 何が起こったのか。恐怖に身がすくんでいるとまた悲鳴が聞こえた。

 シャロンはまだ生存者がいるのかもしれないと声がした方へ向かう。


 そこはホールだった。

 中央に、ノアがいる。


 彼に会えたのが嬉しくて名前を呼ぼうとしたが、すぐ側に継母たちがいることに気がついて言葉を飲み込む。


 一瞬ノアが責められているのかと思ったが、様子がおかしい。

 継母は目に涙を浮かべ、両手を合わせて許しをこうように何かをまくしたてていた。

 他にも父と義妹のリリアーナ、そしてアルバートもいた。アルバートは膝からしたがなくなっており、地面に這いつくばりながらもノアの足に縋っていた。


 ふと、ノアがこちらを見た。

 にこりと笑みを浮かべる彼に、シャロンも思わず笑みを返した。


 姿はノアそのものなのに、なぜかいつもと違うような気がする。

 真っ白だと思っていた髪は月明かりに照らされ、美しい銀色だった。赤い瞳はアルバートの足から流れ出る血よりも綺麗な赤。

 衣服に血がついているけれど、それさえも彼の美しさを引き立てる装飾品のようだった。


「シャロン、おいで」


 ノアに縋っていた継母たちがいっせいにシャロンを見た。

 異常な光景に脳が麻痺しているのか、逃げたいという気持ちにはならない。シャロンは呼ばれるまま、彼の元へ歩いていく。


「本当はシャロンが目を覚ます前に皆殺しにするつもりだったんだけど」


 ノアの言葉にひっと継母たちは悲鳴を上げる。


 何か恐ろしい思いをしたのか、普段とは違い酷く大人しい。みんな目に涙を浮かべ、ぶるぶると震えている。その姿は地獄を前に必死に許しを請う罪人のようだった。


「僕はお前たちを全員殺すつもりだ。母を助けなかったお前達を許すつもりはない。けれどシャロンが望むなら、生かしておかないこともない」


 突然矛先を向けられ、シャロンは戸惑う。


 ノアの言葉で継母たちが一斉にシャロンに縋り付いてきた。


「シャロン、父さんを助けてくれ! ここまで大きくなれたのは俺のおかげだろ。子供なら親に恩を感じてるはずだ。そうだろ、な?」


「シャロン、今まで本当にごめんなさい。あんたがあまりに母親に似てたから、八つ当たりをしていたの。学業も恋愛面も勝てなくて、その上愛する男も取られたのよ。同じ女なんだから、どうかわかってちょうだい。ね」


「シャロン、今日は本当にごめんなさい。ちょっとした悪戯のつもりだったの。私たち血は繋がっていないけれど、たった1人の姉妹でしょ? これからは本当の姉だと思ってあんたに優しくするわ。だから助けてちょうだい」


「シャロン、すまなかった。俺は間違っていた。本当はわがままなリリアーナよりもシャロンの方がいい女だってことわかっていたんだ。浮気したのはいっときの迷いだ。お前も俺のとこで暮らすのを望んでいただろ。絶対に幸せにしてやる。だからこいつに見逃すように言ってくれ。お願いだ」


 シャロン、シャロン、お願いだシャロン。と、彼らは口々にシャロンに命乞いをする。

 今まで酷いことをされてきたシャロンだったが、涙を流して助けを求める彼らのことがなんだかかわいそうに思えてきた。


 酷いことをしてきたとはいえ、命を奪うのはやりすぎなのではないだろうか?


「ノア、いくらなんでもやりすぎなんじゃ……」


「シャロンが望むなら助けてもいいよ。でもそうなると、僕はもうここにはいられない。ここの人間の大半は殺したから、彼らを逃すと僕は捕まって打首になるだろう。君を守るものは誰もいなくなるよ。それに、思い出してごらん。今まで彼らが君に何をしてきたのか。命の危険に晒されているから彼らは君を大切にするというけれど、本当にその約束が果たされると信じているのかい?」


 シャロンは今までのことを思い出した。


 父はシャロンが継母から酷い仕打ちを受けていると知っていたし、何度も助けを求めたのにずっと何も対処してくれなかった。それに、母が高熱で苦しんでいたのに、仕事が忙しいと色々理由をつけてすぐに医者を呼んでくれなかった。父が医者を手配してくれたのは3日後だった。だけどそのときには手遅れで、薬を飲んでも回復せずにそのまま亡くなってしまった。

 そして母が死ぬのがわかっていたかのように葬式がすぐ始まり、終わったと同時に他の女を妻として迎え入れた。ずっと考えないようにしていたけれど、母が亡くなる前から継母と関係を持っていたのではないか。もしかしたら母が邪魔になり、毒を仕込んだのではないだろうか。もしそうなら……。


 継母からは毎日のように酷い仕打ちを受けてきた。顔を合わせる度に適当な理由をつけてはシャロンに怒鳴りつけ、身に覚えのない罪で体罰を与えられてきた。その全てがシャロンが母と似ていて、その八つ当たりだと言っていた。シャロン自身が嫌いならまだよかった。けれどそこに愛する母を持ち出したことは許せなかった。


 義妹のリリアーナとはあまり関わらないようにしてきた。リリアーナと関わる度に、今回のように継母が無実の罪でシャロンを責め立てるからだ。以前も何度も彼女のせいでシャロンは酷い目にあってきた。

 けれどそれよりも、リリアーナの顔を見る度にとある記憶が蘇るのだ。

 昔、シャロンが大切に育てていた子猫がいた。庭園で見つけ、弱っていたところを保護したのだ。母に許しを得て世話をし、いつしか元気になってシャロンに懐いていた。名前はハナ。鼻の部分に黒いぶちがある可愛い猫だった。

 母が亡くなり、ハナはひとりぼっちだったシャロンを支えてくれた。けれどある日、リリアーナがぶさいくだからと木の棒でなぐり殺してしまったのだ。シャロンはその日のことを今でもはっきりと思い出すことができる。


 アルバートに関しては継母やリリアーナほどの酷い仕打ちをシャロンにしたことはなかった。

 顔を合わせる度に陰気だとか一緒にいると不幸が移るとか辛辣なことをたくさん言われてきたし、一緒にパーティに出席してもすぐに他の女とどこかへ行ってシャロンを1人にしていた。陰でシャロンの悪口を言いふらし、社交界での評判を落としていたのも彼だと知っている。

 ただそれだけで、特別恨んでいる訳ではなかった。シャロンのことを嫌いな人はたくさんいる。彼らはきっとシャロンが存在するだけで不快に感じるのだろう。

 だからここで、継母たちに混じって殺されそうになったのは、リリアーナと一緒にいたから起こったただの不運なのだろう。

 アルバートは自分よりも義妹であるリリアーナと一緒にいることを選んだ。それなら、どんな結末になったとしても、愛する人と一緒にいられる方が幸せなのではないだろうか。


「シャロン、どうするか決まったんだね」


 継母たちはすがるようにシャロンを見る。

 今まで視線を合わせるのも恐ろしかった彼らが、今では大きな災害に巻き込まれてしまったかわいそうな人たちに思える。けれど、どんなに謝罪の言葉を並べて命乞いをしても、彼らが今までシャロンに行ってきた非道な行いが消えることはない。


「私、あなたたちが大っ嫌いです」


「あはは、これで決まったね。残念だったねお前たち。地獄でたくさん後悔して、苦しむといいよ」


 継母たちは悲鳴をあげた。と思ったら、体が引き裂かれてばらばらになってしまった。

 何が起こったのかわからなかった。どこかから黒い影のようなものが現れたかと思った瞬間、人だったものがただの肉塊になったのだ。


 あまりに凄惨な光景に気分が悪くなり、シャロンはその場に吐いてしまった。


 くらくらとする。きもちわるい。

 むっとするような血の匂いが脳髄の奥まで侵食するようだった。


 生きてる時はあんなに恐ろしかったのに、死んでしまえばただの臭い肉の塊なんだな。

 意識が暗闇に塗りつぶされる間際、シャロンはそんなことをのんきに思ったのだった。



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