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1.濡れ衣、そして温かな手

閲覧ありがとうございます。

久しぶりの投稿ですが、よろしくお願いします。

「あんた、これがいくらだったかわかってやったの?!」

「きゃっ!」


 ホールで継母に頭を殴られ、シャロンは衝撃で冷たい床に倒れてしまった。


 ホールの中央には割れた大皿の破片が散らばっている。シャロンにはその大きい皿にどのような価値があるのかはわからないが、継母の鬼のような形相を見ればとてつもない金額で購入されたものなのだということは察することができた。


 突然皿を割ったのかと言われても、何も知らないシャロンには何がなんだかわからない。


 朝の身支度を終えたシャロンがホールに降りると、何人ものメイドが集まっていた。ただそれだけだ。

 何事かと思って見ていると継母がやってきて、何がなんだかわからない内に殴られたのだ。


「あんたがやったんでしょ! こんなことをやっておいてよくも呑気でいられるわね! 恥を知りなさい!」


「私、お皿を割っていません! 本当です! 信じてください!」


「嘘をいいなさい! ここにいるメイドみんなあんたがやったって言ってるのよ!」


 シャロンは犯人ではない。そう訴えるも、なぜかメイドたちはシャロンが犯人だと口々に言う。


「シャロンが犯人です。シャロンが皿を割ったのを見ました」

「私も見ました。さっきシャロンがここに来て、自分で皿を割っていました」

「きっと奥様への当てつけです。シャロンが奥様への不満を話しているのを何度も聞いたことがあります」


 シャロンにはなぜ彼女たちが自分を犯人にしたてようとしているのかわからなかった。


 実は数人のメイドがふざけて皿を触っていたら、うっかり落としてしまったのだ。

 もし自分たちが犯人だとバレてしまえば、弁償させられるか仕事を辞めさせられてしまう。そうならないために嘘の証言でシャロンを犯人に仕立てたのだ。

 幸いこの屋敷の伯爵夫人はなぜか義理の娘であるシャロンを目の敵にしている。彼女が犯人だと言ってしまえば、簡単に犯人をすげかえることができるのだ。


 メイド達の目論見は当たり、継母はシャロンが犯人だと簡単に信じた。

 哀れなシャロンは婦人に責め立てられ、半泣き状態だ。そんな姿を見てメイドたちはおかしくてたまらず、今にも笑い出しそうになっていた。


 唾を飛ばしながら怒り狂う継母にもう何を言っても無駄だと理解したシャロンは、口を閉じて俯いた状態で嵐が過ぎ去るのを待つしかなかった。

 今までもそうだった。継母は何かあれば必ずシャロンを犯人にし、怒り狂っていた。

 何が気に入らないのだろうか。たぶんシャロンの存在自体が気に食わないのだろう。

 いつしかシャロンは彼女が怒る理由すら考えることをやめてしまった。


「罰として洗濯物を1人でしなさい! 終わるまで戻ってきたら許しませんからね!」


「はい、お母様」


 ようやく怒りがおさまり、罰を与えられはしたもののようやく継母から解放された。シャロンは洗濯物を集めに向かう。メイドたちは嘲笑うかのようにシャロンを見てクスクスと笑っていたが、それもいつもの光景だった。




 各部屋のシーツや衣類などを回収する。1人でやるため、井戸の側にある洗濯場へは何往復もしなければならなかった。シャロンが目を離している隙に、洗濯物を入れていた籠はひっくり返されていた。たぶんメイドたちの仕業だろう。彼女たちは日頃の鬱憤を晴らすために、ときおりシャロンの邪魔をしては笑い物にしていた。


 砂埃のついた衣類から土をはたき落とし、たらいに溜めた水で洗濯をしていく。

 真冬の今、井戸水は身を切るほど冷たい。雪もちらついてきた。継母から水回りの仕事を命じられたのは今日が初めてではないため、手はすでに赤切れだらけだった。


 メイドたちも真冬でも水を使う仕事をしているが、彼女たちは数人がかりで仕事をこなして早く終わるようにしている。けれどシャロンは1人だった。かさぶたができたばかりの赤切れはまたも皮膚が裂け、たらいに溜めた水に赤色が滲む。このままでは洗濯物に血で染みを作ってしまう。

 小さめの桶に水を溜めたシャロンは、その中で手を洗う。けれどどんなに洗っても、血は次から次へと溢れて止まらない。


(どうしよう。手が汚れていたら、洗濯物ができない)


 焦るほどに手を強く擦るが、手は綺麗になるどころかますます赤くなっていく。

 洗濯物を早く終わらせないと、また継母に叱られてしまう。皿を割ったと誤解されているうえに、命じられた洗濯物もこなせなかったとなれば次はどんな罰を与えられるのか想像するだけでも恐ろしい。


「止まれ、止まれ……!」


「血はどんなに洗っても止まることはありませんよ」


 優しい声とともに、温かくて大きな手がシャロンの手を水から引き抜く。


「ノア……」


 伯爵家が抱えている奴隷の青年、ノアがいつの間にか側にいた。

 まだ若いのに腰まで伸びた髪は老人のように真っ白で、瞳は赤切れから滲む血のように鮮やかな赤色だ。


 ぽたぽたと血の滴る小さな手をノアの手が優しく包んでくれる。それだけでじんわりと暖かくなって心地いい。


「手、汚れちゃうよ」


「お嬢様の血は綺麗ですよ。本当はこぼさないようにワイングラスに溜めて、そのまま飲んでしまいたいくらいです」


「ふふ、ノアってば、おかしなことを言うのね」


 ノアの冗談にクスクスと笑うと、シャロンの沈んでいた心は晴れていくようだった。


「はい、できました。これで血は止まりましたよ」


 そう言ってノアは手を開く。シャロンの手は相変わらず赤切れだらけで痛々しいが、血はすっかりと止まっていた。痛みも治っている。これなら洗濯物をすぐに終わらせることができそうだ。


「ありがとう、ノア。あなたって本当にすごいわね」


 ノアは傷を癒す不思議な力を持っている。彼が傷に触れると血は止まり、痛みもよくなるのだ。義母から殴られたりして血が止まらない時、いつもノアがこの不思議な力で手当をしてくれていた。彼には感謝してもしきれない。


「今の僕にはこれくらいしかお嬢様の力になれませんから」


「そんなことないわ。あなたがいてくれて、どれだけ救われたかわからない」


 母が死に、父が継母と再婚してからシャロンの地獄が始まった。

 何が気に食わないのか継母は様々な理由をつけてシャロンに暴力を奮った。それを見ていたメイドたちは継母の真似をしてシャロンを虐めるようになった。父は娘の状況が悪化していっているのを知っていたのに、見て見ぬふりを続けた。


 誰も彼もシャロンを見捨てたが、ノアだけは味方になってくれた。

 メイドたちが放棄したシャロンの世話をノアだけがしてくれた。傷を癒し、傷ついた心を優しい言葉で励ましてくれた。ノアがいなければシャロンは今頃生きる希望を失って母の後を追っていたかもしれない。


「救ってくれたのは、お嬢様の方です」


「それはどういうこと?」


「母が死んだときのことを覚えていますか?」


 ノアの母が死んだときのことは、今でもよく覚えている。


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