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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

君の心臓になれたなら

作者: ヌシ


「ねえ、知ってる?

 4階の渡り廊下から行ける時計塔には

 少女の幽霊がいて、

 ずーっと時計の整備をしてるんだって。」


「えー不気味ー!

 絶対近寄らないようにしよ!」


「…それ、そんなに怖いかな?」




私の家から汽車に乗って

森を走って小一時間、

街の中央にある我ら白百合時計整備専門学校。


名前が長い。


この街には正確な時計が

この学校にくっついてるでっかい時計塔しかない。


この時計は絶対に狂わない。


だからみんなこの時計塔の時計を見て

時計を調節するんだ。


そして、そんなこの学校には

昔からある噂がある。


「4階の渡り廊下から行ける

 時計塔には幽霊がいる」と。


その噂を信じる信じないは置いといて、

なんとなく気になる。

好奇心、とはまた違う気がするけど…


2年の春、新入生が入ってきて

また噂が立ち始めた頃に

私はそこに行くことにした。


普段は立入禁止になっている

4階の渡り廊下。


と言っても、もともと人気のない4階の最奥。

渡り廊下に鍵もかかってない。


重い扉を開けて

狭い螺旋階段を登ってすぐ。


壁がすぐそこの短い廊下の途中に扉があった。


扉に手をかける。

ガチャ、と鈍い音がする。


「コラ!そこの君!

 ここは立入禁止だろう!

 何してるんだ!」


ヤバっ、先生だ!


逃げ道を確保しようと慌てて振り返る。

…が、右側の螺旋階段には誰もいないし

左側には壁しかない。



「うそうそ、ジョーダンだよ。

 誰?入っていいよ。」


手をかけたままのドアノブの

奥から声がする。


人?

幽霊?


一瞬そんなことを考えたけど、

結局なんでもないように入った。


外の光が透ける大時計の前、

女の子はスパナ片手に座り込んで

こっちを向いて笑っていた。


「あんた、名前は?あたしはクロハ。」


女の子は学校の制服を着て、

胸の所に穴が空いている。

心臓を貫くように。


向こう側が明け透けに見える

その穴を見て、直感的に彼女は幽霊だと悟る。

それでも、自然と不気味じゃなかった。


「…ワト。私はワト。」


自分の名前を口に出す。


「ふーん…ワト…」


クロハと名乗った女の子は

私に近付いて興味深そうにまじまじと見つめる。


自分と同い年くらいのクロハを

私も観察する。


心臓に穴が空いている以外は

普通の女の子に見える。

制服を着てるってことはここの学生?


ふと、クロハが私の胸の上に手を置く。

そして、私を見上げる。


「ねえ、あたしのこと覚えてない?」


さびしそうな笑顔でそう言った。


そう言われても…

初対面なはずだし、知らないはずだ。


「…ごめん、知らない。」


そう言うと、クロハはさらに

さびしそうな笑顔で笑う。


「そっか…それならいいんだよ。」


クロハは力が抜けたように

私から距離を取る。


そして少し考え込んで


「ねえ、ワト。…また、ここに来てよ。」


終業を告げる鐘が鳴り響く。

もうこんな時間か。


「うん、また来るよ。」


私は自然に頷いていた。


それから毎日時計塔に立ち寄った。


私とクロハは性格が合うのか、

いつしかワトちん、クロと

呼び合う仲になっていた。


「ね、クロ。こないだ大通りにね、

 クレープ屋ができたんだよ。

 今度一緒に行こうよ!」


クラスの人とあまり話さない私は

ある日、クロを遊びに誘った。


クロに苦い顔をされる。


「あー…ごめん、ワトちん。

 あたしこの時計塔から出らんないんだ。」


「え、マジで!?地縛霊的な?

 あ、じゃあ買ってきてあげるよ。」


「いいの?

 サンキュ。」


私たちはこの広い部屋の隅っこで二人、

青春を謳歌していた。


噂に惹かれてここに来る生徒は

何人もいたけど、

みんなにはクロは見えないみたいだ。


私たちはノブの音がすると

先生のマネをして追い返したり

幽霊の仮装して脅かしたり。


ああ、楽しい。

懐かしいな、こうして二人。


そうして二人でバカやって、

気づいたら卒業が近づいていた。


幽霊のクロと二人過ごしてわかったこと。

私はクロにどこか懐かしいものを

抱いてるってこと。


クロだけじゃない。

この時計塔にも、バカやったことにも。


卒業式前日。

私がクロに別れを告げに螺旋階段を登る。


扉を開けると、クロも私を待ってたのか

スパナを置いてこちらにゆっくり歩いてくる。


クロとは卒業が近い、という話だけして、

しんみりした空気にはなったことない。


学校を卒業して、これから会えなくなると。

そう考えても全然寂しくない。


クロのことは大好きだ。

でも、別れるのが寂しくない。

…というよりは、あまり想像できない。


明日卒業でさー、とか

クロに会うためにここの先生になろっかな、とか

何を言おうかと授業中考えてた言葉は

クロの沈黙に飲み込まれた。


「…ワトちんさ、あたしのこと覚えてない?」


そして、最初会ったときの言葉を口にする。


ずっと時間を共にしてきたが、

覚えてるようなことはない。


「…覚えてない。」


「…そっか。」


「ね、ついてきてほしいところがあるんだよ。

 …お願い。」


時計から透ける太陽の光が

クロの周りを包む。


…綺麗だな。


天使みたいになってるクロの手を取る。

クロは迷いなく部屋の隅の扉に進んでいく。


「ちょっとグロいかも。」


扉を開けると、台座に心臓が捧げられていた。

不気味でも、綺麗でもない。

ただ、静かで、寂しげに鼓動を打っていた。


クロの手を離し、

引き寄せられるようにそれに近づく。


「…これね、ワトちんの心臓。

 今のあたしの心臓は…今のワトちんの中にあるの。」


「…うん。思い出したよ。

 きっと全部。」


思い出した。

これは私の心臓だ。


私はもともとこの

捧げられている心臓の持ち主だった。

今の私が生まれる前の、もう何十年も昔の話。


昔の私はなにか特別な枠で

この学校に入学した。

そして、卒業する間際

私の心臓はここに捧げられることになった。


この心臓は鼓動が一定で狂うことがない。

先生から奇跡の心臓だと

もてはやされたのをよく覚えている。


時計塔の絶対に狂わない時計は、

私の心臓で動いている。


どうやら幽霊は

心臓がなければ成仏できないらしい。


心臓のない私は穴の空いた幽霊として

この時計塔で過ごした。


何年も、何年も。

暇すぎて、絶対に狂うことのない時計を

整備するフリをするくらいに。


そんなとき、クロに出会った。

話をした。

いっぱい、いっぱい。


そして、私の話をした。


クロは優しかった。


成仏できない私に心臓を譲る、と。

卒業の日にそう言った。


そして私はクロに心臓を譲ってもらい、

成仏した。


そして、今度はクロが

穴の空いた幽霊になった。


クロは私の身代わりになって

待っててくれたんだ。

何十年も。ここで。


「…ワトちん、思い出したんだ。

 …でさ、その…」


わかってる。

何十年もこんなとこで待ってて、

辛かったのはわかってる。


「…わかってるよ、クロ。」


私は転がってる工具から

ひときわ鋭いものを拾う。


そして、そうする。

クロはマジか…なんて言ってるけど、

ちょっと嬉しそうなの、わかってるんだからね。


「私のこと、ちゃんと迎えに来てよね。

 …きっと、これから何回も。」


これで、私が穴の空いた幽霊になる。

それをクロが迎えに来て、今度はクロが…なんて。


これから何回繰り返すんだろう。

そもそも、クロが思い出して

くれるかどうかもわからない。


永遠に待ち続けることになるかもしれない。


それでも、クロを信じたかった。


「…うん。約束するよ。

 じゃ、またね。ワトちん。」


なにか温かいものに包まれながら

私は意識を落とした。


「ねえ、知ってる?

 4階の渡り廊下から行ける時計塔には

 少女の幽霊がいて、

 ずーっと時計の整備をしてるんだって。」


「えー不気味ー!

 絶対近寄らないようにしよ!」



「…それ、そんなに怖いかな?」



ーENDー

たくあん。


初投稿です!っていうと初々しいよね。

いや初投稿なんだけどね。


すごいね色々できるね なろう小説。

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