緑の癒し手は千年樹に終わりと始まりの魔法をかけた
その時が来た・・・
私は固有魔法《緑の手》を発動した。
辺りには清廉な空気が流れ美しい翠色の魔法陣が現れるや今にも朽ちようとする千年樹を優しく覆ったのだった--
◇ ◇ ◇
永く人々から愛された千年を生きる大樹があった。 千年樹は人々の暮らしを近くで見守り癒していた。
樹の葉は時に薬となり、時に魔法士の浄化を助ける役目を果たしていたからだ。
樹からたくさんの恩恵を受けた民達は日々感謝し過ごしていた。
しかし千年が経ち、とうとう大樹はその命が尽きようとしていた。
どこを探しても癒しを授ける千年樹の特性を引き継ぐような新たな樹を見つける事は出来なかった。
次の千年樹が見つからない。
千年樹は実が成らず種が取れなかった。 なんとか接木にして増やそうにも上手くいかない。
今にも命が尽きようとしている千年樹に人々は慄き恐れることしか出来なかった。
千年樹を囲むように幾つもの国がある。 その中でもナーデル王国こそ特に千年樹の恩恵を最も受けていた国だった。
そんなこともあり、次代の樹を探すのだが…… 見つける事が出来ずに酷く焦っていた。
この千年樹があったからこそ他国から有利な条件で国益を賄い増やしてこられたのだからーー
見つからないなら仕方が無い。 残るはもうこの千年樹を枯らさない手立てだけを必死に探していた。
そんな時だった。 ナーデル王国のはずれにある一番小さく貧しい村から吉報がナーデル王へ届いたのだ。
それは植物に関して特化した魔法《緑の手》を持つという少女が現れたという報せ。
ヴァールという名の旅人の少女だった。
ヴァールは、鮮やかな緑眼で銀髪の16歳の娘だった。 とても貧しい平民とは思えない程、美しい少女だった。
母と二人で転々と旅をしていたが、この貧しき村で母の持病が悪化して、暫く住みついていたらしい。
母と共に宿を世話してくれた村人を助ける為に畑仕事を手伝うと申し出たヴァール。
すると畑一面には、青々とした葉が茂り瞬く間に丸々とした豆がなっていた。
近くの果樹園でも、ヴァールが手をかざすと翠色の魔法陣が現れ、あっと言う間にオレンジの実はたわわに実り、枝が重そうにしなっていた。
そんなヴァールの噂は、ナーデル国王の知るところとなったのだ。
そして今・・・ナーデル王国の『ルビーの間』にて、連れられて来たヴァール一人が主要な貴族や国王に囲まれるように立っていた。
国王を守るように、宰相と騎士団長そして大魔法士達・・・錚々たる顔ぶれを前にしてもヴァールの落ち着いた態度は変わらなかった。
国王陛下は、威厳のある口調で話し始める。
「其方、ヴァールと申すか。我が国最高峰の大魔法士が最高の《緑の手》を持っていると申しておる。 平民は魔法測定をしておらぬのだろう。ましてや旅人だ。 あの小さな村でその才能が埋もれてしまっては何と勿体無い 」
ヴァールは、国王陛下の言葉を興味なさげに聞いている。 いや、端から視線すら合わせず、寧ろ聞き流していると言ってもいいのだろう。
国王をはじめ、国の重鎮たちはヴァールの態度に憤慨しているが、縋る思いがあったため黙って見ているしかない。
「千年樹の命が、近く終えようとしているのだ。 ヴァールよ、其方の力で千年樹を治せ! 」
ヴァールは自分を凝視してくる者たちを見渡して、口を開いた。
「だから?・・・千年樹は、樹としての命を終え・・・ 新たに別の命として生を受けるの。人の勝手で治してはいけないわ・・・」
その美しい緑の瞳は、決して揺るがない光を放っていた。
「な、なにを! 」
「国王の下命だぞ! 」
国王やその他の面々は、全く納得できなかった
「ふざけるな! 国王として出した命令に、其方が背くことは許されんのだ! 」
それでもヴァールは、相変わらず平然とした態度で変わらぬ意志を話す。
「なんと言われようと、私は千年樹の命の巡りを邪魔はしないわ 」
「なっ!何を・・・! もう我慢ならん! こやつを捕らえろ! 無理にでも千年樹を治してもらうぞ!」
ヴァールを騎士団の者が捕らえる。 ヴァールは特に抵抗もしない。
ヴァールは遠くを見て、うっすら微笑んでさえいた・・・
縛りあげられたヴァールは、馬車に揺られ千年樹の前まで連れて来られた。
それは誰が見ても分かる・・・
終わってしまう・・・
千年樹が朽ちようとする畏怖の姿・・・
千年樹の根元には、枯れた葉が降り積もっていた。 枝が落ち、千年樹の幹は沢山の苔に覆われていた。 所々に大きな穴もポッカリと空いている。
国王陛下は、益々生気の無くなった千年樹に焦り、ヴァールに強く命令をする!
「ささ、早く治すのだ! 治さぬのなら、この場で其方を直ちに処刑するぞ! これは脅しではないのだ! 」
ヴァールはフンっと、特に怖れる事もなく潤んだ視線を千年樹に向けた。
「縄が・・・ 邪魔だわ 」
ボソっと呟いたヴァール。
「そっ・・・そうか! 騎士団長、早く縄を解け! ヴァール! 逃げようと思うなよ! さぁ、早く治せ!! 」
ヴァールは既にうるさく騒ぎたてる国王や貴族達に意識を向ける事はなかった・・・
ヴァールは千年樹の樹皮に…… 優しく震える手でそっと触れた。 もう何千、何枚と触れたか分からない。
小さな声で慈しむように千年樹へ囁いた。
「よく・・・永らく・・・頑張りましたね
・・・・・・ああ・・・・・・千年は・・・本当に永かった・・・
貴方・・・ 私は約束通り幾度となく輪廻を繰り返しました。 その度に千年樹の貴方を見つけるのが私の旅の目的でした・・・・・・私は愛しい貴方を見つけては語りかけました・・・
でも貴方の返事は無かった・・・
でも今生で・・・やっと!
返事のない最後の語らいに・・・
終止符を打てます!
やっと、終わりの魔法をアナタにかけられる・・・
そうしたら私を抱きしめてね・・・
たくさん泣いた私を・・・
愛しい貴方・・・」
--私の緑の手が、美しい翠色の魔法陣で千年樹を覆った ・・・
いつものような五穀豊穣の魔法じゃ無い。
それは千年樹としての、終わりを迎える魔法だった。 目の前で、どんどんと枯れてゆく千年樹に、ナーデル王国の国王、貴族達が阿鼻叫喚している!
ヴァールを止めたくても、誰も覆われた魔法陣の中に入ることはできない。
すっかり枯れ落ちた千年樹ーー
しかし且つて根元だった場所が突如、眩く光り出した。
そのあまりの眩しさは周りの者たちの目を塞ぎ誰一人として瞼を開けることが出来なかった!
徐々に光は収束し、やっとの事でそっと目を開けるとが出来た一同だが、もうそこにヴァールの姿は無かった。
慌てふためいた!
顔色から生気を亡くした国王が叫ぶ!
「ど・・・どこに行ったのだ? 隠れているのか?・・・そうだ! あの貧しい村に行って、母親と共にまた連れ戻すのだ! あやつを!ヴァールを直ちに処刑する! 」
ヒステリックな国王の命令から、王侯騎士団が貧しい村に急ぎ向かったが既にヴァール親子と一人の若者は旅立った後だった。
すぐに後を追うべきと判断するが
母娘に宿を貸した村人が、ヴァールから預かったボロボロの酷く傷んだ本を騎士団長に手渡した。
手元で何とか形を留めている本を急ぎ読み、驚愕した騎士団長はすぐに国王陛下に献上した。
「国王陛下・・・私たちは、とんでもない事をヴァールにしてしまったかも知れません・・・ 」
眼にはすでに覇気が失われた騎士団長は、諦めのこもった声を漏らしたのだった。
それは古の一冊の本だった。
遠い・・・
遥か・・・
果てしなく永い昔の話
深く愛を誓い合った二人がいた
しかし 二人の強い愛が成就する事は叶わなかったーー
何故なら王家や貴族たちの私利私欲に塗れた不遜な態度や怠惰な行い・・・ましてや大切な民達を苦しめいたのだ
とうとう豊穣の神デメテル神の怒りをかってしまった
天変地異を防ぐには二つの尊い誓いが必要だった
その条件に王家や貴族達は逃げ出した。 全てを年若い愛し合う二人に丸投げしたのだ
愛を誓い合った一人・・・
王家の血を引く若き王子が
王国民達のために
デメテル神の試練を受けた
愚かな国王と貴族が
悠久の千年を恐れて
逃げたから・・・
デメテル神の試練・・・
千年の刻を大きな樹となること
自然を知り人の営みを知りなさい
そして民の薬となりなさい
毒が溜まる魔法士たちの浄化をしなさい
さすればこの地を守る
神は約束を果たそう
片や愛を誓い合った隣国の王女は
愛する人の枷を共に背負う
緑の手をもつ乙女となりなさい
悠久の千年を輪廻転生し
その試練を受けなさい
民の助けとなりなさい
千年樹の最後を見届けなさい
さすれば二人は結ばれよう
神は約束を果たそう
デメテル神の怒りをおさめること・・・
それは千年の約束を果たすこと・・・
二人は涙を流しながらこれからの千年をやり遂げようと固い固い希望の約束をした
アルブル王太子とヴァール王女の物語
本の末尾には・・・
千年耐えた王太子と王女の約束は必ずや果たそうーー
民とこの地は守られるーー
神と二人の尊い約束だから
しかし千年の後も・・・
愚かな王家の権力を振り翳し
貴族らがはびこるなら・・・
民達を支配するのなら・・・
滑稽者達を
神は決して赦さないだろうーー
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